身勝手・5
寮のある一角から学校まで続く歩道を歩く間、佐奈はずっと喋り通しだった。
話題の中心は『二日後に迫った夏休みを、どうすればより有意義に過ごせるか』ということだ。佐奈にとって有意義な夏休みというのは、勉学に勤しむ……などということではなく、どれだけ沢山の楽しいイベントを詰め込めるか、ということらしい。
学校へと続く歩道の北側には入学式に護と怜生が騒ぎを起こした遊歩道があり、その向こうには、小さな山々が見える。しかし、この山のように見えるものは、実はコロニーの壁なのだった。
分厚い壁は、円を描くように丸くコロニーを囲んでいる。空から見れば巨大なクレーターのように見えるために、コロニーのことをクレーターと呼ぶ場合もある。
基本、コロニーの中に雨が降ることはない。空を見上げれば天上があるわけではないのだが、壁から吹き出す空気の流れが、膜となって空から落ちる雨粒や、風で運ばれてくる砂埃などをシャットアウトしている。
そのお蔭で、コロニー外の汚染された砂粒や雨粒が内部に降ることはないのである。
ただ、気温や湿度の管理をされているわけではないので、コロニー内だからといって、一年中快適というわけではない。夏になれば暑いし、冬になると寒くなる。
この地球、この日本という国の中には大小様々なコロニーがあった。
誰もが知っているコロニーは、セントラルイレブンと呼ばれる全国十一箇所に散らばる巨大コロニーだ。ここは申請さえすれば、誰もが居住可能という公共のコロニーであり、税金で管理されている。ちなみに、尚英学園はセントラルイレブンの中の五番目のコロニーに所属している。第五コロニーは尚英学園と学園関係者が住人の半数以上を占める学園都市である。
それ以外にも、個人や企業所有のコロニーが点在しており、はっきりした数字は把握されていない。
セントラルイレブン以外のコロニーは、それぞれが小さな国のようなものである。かなり独自のルールがコロニーごとに存在し、お互いに干渉することは、基本的に行われない。
だが、無法地帯というわけではなく、コロニーの主となる者は殆どの場合、綺族や華族、財閥のトップや企業の取締役といった者たちであるために、そこそこの統制は取れている。
このように、世界の終末以前の世界のような、強力なまとまりを持った『国家』というものは、今の日本には存在しない。
その代わり、確固たる身分というものが存在していた。
最も人口の多い階級は平民。そしてアルファの家系の中でもある程度以上の財力を持つ華族。華族の中でも格の高いとされる綺族。その綺族の中から投票によって選ばれたたった五つの家で構成される『あやぎぬ会』。あやぎぬ会の五つの家は、五綵家と呼ばれ、実質この五綵家により日本の有り様は決められている。
そして、尚英学園には、あやぎぬ会の五綵家の後継者が一人、在籍していた。
柊たち三人が五百メートルの散策を終えるころ、校門が見え始める。
「あ! 友華ちゃん!」
五綵家の一つ、小田村家直系長子小田村友華。
彼女を見つけた、佐奈の顔が、一気に華やぐ。
「どうしたの? 生徒会の仕事は?」
友華に向かって佐奈が駆け寄る。
それと同時に、今まで友華を取り巻いていた女生徒たちの輪が、ふわりと散った。
朝の仕事が思いのほか早く片付いたから校門まで迎えに来てみたのだという友華に、佐奈は嬉しそうにすり寄る。
「鷹司、結城。すまなかった。佐奈の面倒を見てくれてありがとう」
友華の謝意に、和眞は視線をそらしつつ「別に……」と小さな声で答えただけだった。
柊は失礼にならない程度の微笑みを浮かべて、小さく一礼すると、笑顔を残して友華とともに校舎へと入っていく佐奈の背を見送る。
友華が真っ直ぐに伸びる百合の花ならば、佐奈は霞草だろうか。白い色だけではなくて、ピンクやブルーに色付けされた色とりどりの霞草だ。
「お似合いですね」
佐奈が友華の婚約者となったことに、異を唱える者たちもいるのだということは柊も知っている。家の格が違いすぎると非難するものもいる。佐奈が芸能関係の仕事をしていたことを快く思わない者たちもいる。
しかし、あの小田村友華の相手は、たとえどんなに素晴らしい家柄だろうが、どれほどよくできた人間であろうが、口さがない者たちの格好の噂の的であろう。だとすれば、佐奈のような天然の神経の太さと天真爛漫さを持っている者のほうが、耐えられるのではないか。そんなふうに柊は感じている。
「まあ、あのままなのか、本音をさらけ出せるようになるのか」
だからぽつりと漏らされた和眞の言葉は、柊にとっては意外だった。
疑問がはっきりとした形を取る前に和眞の手が「行こう」と、柊の背を押した。
金の髪。白い肌。すうっと通った鼻筋。ヘーゼルの瞳。まるで天使のような横顔からは、なんの感情も読み取れない。
鷹司和眞という男も、よくわからない。
決して素材が悪いとは思えない。会話をしていると、今回のように、ときおり底知れなさを感じる時がある。
なのに勉学にしても、生活態度にしても、少しも良くしようという意欲が垣間見られない。
いくら柊が和眞の背中を後押ししようとしても、本人が向上することを拒んでいるのでは、どうしようもない。
もうすぐ一学期が終わる。
そう思うと、柊は自分の力のなさに肩を落とすほかはなかった。




