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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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身勝手・4

「それにしても柊くん、すごいなぁ、わたし憧れちゃう」


 佐奈は幸せそうな表情で、黄色い卵焼きを小さく口に運ぶ。


「お料理も上手だし、かけっこも早いし」

「かけっこ……」

「ほらぁ、この間の陸上競技大会! オメガがクラス対抗リレーの選手に選ばれたのは、この学園始まって以来なんだって、だれか言ってたわよ?」


 噂話の信憑性、というものについては、甚だ疑問である。が、確かに体力的にも体型的にも劣るオメガがリレーの選手に選ばれたることは珍しいだろう。


 六月に行われる陸上競技大会。最終種目のクラス対抗リレーは、アルファの独壇場だ。特にアルファのなかでも身体能力に優れる男性が多く選手に選ばれる。


「……うちのクラスにはアルファが三人しかいませんからね」


 謙遜ではなく、事実なのだからしょうがない。アルファの割合の高いクラスだったなら、いくら柊でも、選ばれなかった可能性は高いに違いない。


「だってぇ、ベータ男性はいっぱいいるじゃない?」


 確かにオメガ性はベータ性にも能力が劣る。しかし、それは平均値の話だ。柊は、オメガとしては突出して能力が高いと評価されている。


「それにテスト! びっくりしちゃった。こないだは十五位だったよね。Aクラスにだって入れる成績じゃなぁい!」


「佐奈うるさい」


 黙々と朝食を食べていた和眞が、はじめて口を開いた。


「やだあ、和眞くん。ひがまないの。和眞くんも今回のテスト、まずまずいい成績だったんじゃない? 一年のときよりは。それにリレーもE組のアンカーだもん。かっこよかったよお! でもさ、うちの学校、カップルは同じクラスを希望することが出来るという決まりがあるわけだけど、オメガの子のほうが成績がいいってのも、随分珍しいらしいわよぉ」


 うるさいと言われた仕返しなのか、珍しく佐奈の口調が厭味ったらしくなる。


 たしかに和眞の成績は上がった。柊の涙ぐましい特訓の成果とも言えるが、それでもEクラスのトップ集団に入ったという程度だ。


「お前は、安定の最下位争いだよな」


 和眞の言葉に、佐奈がぶふっと口に入れていたおにぎりを吹き出しそうになり、慌てて手で口をふさいだ。


 なんとか堪えたものの、そのまま苦しそうに咳き込みながら、テーブルの上で悶ている。


 実は佐奈の言うとおりなのだ。


 柊は編入試験において、A組に編入することも出来る点数を獲得している。


 けれども、A組に入ってしまったのでは、和眞の監視ができない。


 柊がこの学園にわざわざ二年から編入してきたのは、鷹司和眞の監視役としてなのだ。


 そこでカップルはどちらかの学力に合わせたクラスに入ることが出来るというこの学園ならではの校則ルールを利用させてもらうことにした。


 本来この規則は、学力の劣るオメガが、番のアルファと同じクラスになるために利用される場合がもっぱらである。その逆というのは、それこそこの学園始まって以来の珍事であるかもしれない。


 そのために柊は、一学期が終わる頃には尚英学園に在籍する生徒たちから注目される存在となっていた。オメガでありながらAクラスの実力があるというだけでも充分に注目の的だったと思うが、落ちこぼれの婚約者のためにEクラスに入ったことで、更に注目を集めた。そこへ持ってきて、クラス対抗リレーの選手に選ばれる。


 今や結城柊の名前を知らないものは、尚英学園高等学校にはいない。


 当然のことだが、称賛してくれる生徒もいれば、快く思わない生徒もいる。


『結城柊は本当はアルファではないのか?』だの『突然変異の新人類だ』などと影で噂されているらしい。


 発情を迎えてからぐんぐんと身長を伸ばした柊は、今ではオメガとしては目を引くほどの長身であり、そのこともあらぬ疑いをかけられてしまう原因となっている。


 だが柊にとって、他者からどう思われるかなどということは、些細なことだ。


 いい成績を残すだの、いい交友関係を作ろう、などということが目的ではない。


 結城和眞を更生させること。それが父から言い渡された柊の仕事だ。


 更生とは一体何を指すのか。そこが判然としないのだが、鷹司の跡取りとしてだれにも後ろ指をさされないようにする。ということらしい。クリアのラインが明確にされていない分、どうしたって慎重になる。


「ねえねえ、柊くん。夏休みってどうするの?」


 朝食を終えて、流しで食器を洗っていると、背後でテーブルの上を拭いている佐奈の声が聞こえた。


「盂蘭盆あたりに家に数日戻るだけですよ」

「え! じゃあ寮にいる?」

「はい」


 佐奈から布巾を受け取り、それも揉みだしてしまう。


「わー、じゃあさあ、私にもお料理を教えてー。友華ちゃんは気にしないっていうんだけどぉ、やっぱりお料理のできる子って、ポイント高いでしょう?」

「佐奈は、勉強も教えてもらえよ」


 すかさず差し込まれた和眞の言葉は、先程の佐奈の嫌味への反撃なのかもしれない。しかし……


「ちょっと和眞くん! ()()()少しくらい成績上がったからってね、まだE組なんだからね! アルファの中じゃあ、最下位争いでしょ? 私は勉強はいいの! 友華ちゃんも私にそんなこと求めてなもーん」


 佐奈の鋭い反撃を喰らった和眞は、そのまま沈黙してしまった。


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