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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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身勝手・3

 夏休みを三日後に控え、生徒たちに渡す小冊子づくりや、夏休み中の生徒会活動についての打ち合わせなどがあるらしく、友華は今日明日と、朝早くに部屋を出ることになっているらしい。


 そろそろ佐奈が来る頃だと思っていると、ドアチャイムが軽快な音を立てた。


「柊くんおはよう! ごめんなさい。お世話になりますぅ」


 佐奈が現れると、場がふわりと明るくなる。


 赤みがかった柔らかな癖毛は左右でハーフアップにされていて、控えめな臙脂のりぼんで結ばれている。制服のリボンの色と揃えているのだろう。


 ふっくらとした頬と人形のように大きな二重の瞳。舌足らずの口調と甘えたように伸ばされる語尾。一歩間違えれば途端に嫌味になってしまうような仕草も、なぜか佐奈だと許せてしまうから不思議だ。それどころか、佐奈がにこりと笑うたびに花が咲いたようで、胸の内が自然と暖かくなる。


 妖艶さとは程遠いが、佐奈のそれもオメガとしての魅力だろう。それも、他の追従を許さないほどの完璧な可愛らしさだ。


 それもそのはずで、佐奈は幼い頃から子ども向けの教育プログラムに出演したことで爆発的な人気を博した子役だった。


 検査の結果オメガ性の確定した佐奈は、十四才のとき、アルファの名門小田村家の長子である小田村友華と婚約をする。それと同時に芸能界を引退。現役時代には、幾つかの企業の広告にも使われていたほどの売れっ子子役だったが、その後は一切メディアに姿を出していない。その潔さもあってか、未だに一部に熱烈なファンがいるのだという。


「いいえ、お気になさらず。佐奈さん、ご飯の用意ができていますよ」


 軽い足取りでリビング兼ダイニングへ入ってきた佐奈はテーブルの上を見ると胸の前でうっとりと手を組んだ。


「うわあ、柊くん、今日も美味しそう!」


 そのままくるりと振り返って柊を見上げる目佐奈の首元には、装飾の施されたチョーカータイプの可愛らしい首輪が巻かれている。発情を迎えたが、まだ友華と番関係にはなっていないということを、その美しい装飾品が物語っていた。


 テーブルの上のメニューはおにぎりのプレートと豚汁で、残り物の後始末のようなものばかりだ。卵焼きだけは今朝焼いたのだが、こんなメニューで喜ぶ佐奈に、柊は笑ってしまう。


「私も友華ちゃんも、お料理は苦手なの! だから朝はいつもトーストだし、お昼はお弁当で夜は食堂利用しちゃうわ。かんどう~」

「味の方も気に入っていただけるといいのですが……」


 柊が椅子を引いてやると、佐奈は慣れた仕草で腰を下ろした。春野家も、綺族の家系である。ただ、小田村や鷹司とは家の格式で遠く及ばない。


「柊くんのつくったものなら間違いないわよ。今までも何度か頂いてるけど、外れたことないもん」


 佐奈は大きく空気を吸い込んだ。まずは匂いを堪能、というところだろうか。


 脱衣場から姿を表した和眞も、すでに制服を身に着けている。


「和眞くん、おはよう!」

「お……」

「和眞様! きちんと挨拶をしてください『お』ってなんですか?」


 和眞が顔をしかめ、佐奈が笑う。


 和眞が小さな声でおはようと告げると、珈琲を運んだ柊も席に付いた。


 いつもは緩やかに流れる朝の時間が、佐奈がいるだけでなんとも忙しい。


 喋っているのは主に佐奈一人なのだが、ついつい真剣に話を聞き、返事をしてしまう。和眞が上の空な分も柊は頻繁に佐奈の話に大きくうなずいたり、感心してみせたりしなくてはいけなかった。佐奈といるのは楽しいが、四六時中となったら疲れるだろうなと思う。


 ふと佐奈のパートナーである小田村友華を脳裏に思い描いた。


 頭脳明晰、容姿端麗。そんな四文字熟語がよく似合う女性だ。


 いや、はっきり言ってしまえば美女というわけではないのだ。ただ、所作の美しさや内側からにじむ気品は、真似しようとしてできるものではない。


 灰色のストレートを高い位置で一つに結い、意思の強さを表すかのような太めの眉と涼やかな目元が印象的なアルファ。髪を短くして、男性的なファッションに身を包めば、もしかすると女性には見えないかもしれない。しっかりとした骨格で、女性としては大きな体格。


 友華には、ベータの女性だけで構成された『小田村友華ファンクラブ』が学園内にあるらしい。


 ベータの女性は普通ベータの男性とカップルになる。つまり不可能ではないにしろ、一般的に考えれば、小田村友華はベータ女性の恋愛対象ではないはずだ。アルファの男性もそのハイスペックさにおいて人気が高く、アイドルに憧れるように、ベータ女性が群がることはままあるのだが、友華はアルファとはいえど、女性である。


 が、真っ直ぐに背筋を伸ばした百合の花のような友華を見ていると、友華に憧れる彼女たちの心理もわからないではない。


 小田村友華の圧倒的な女生徒からの人気以上に柊が不思議でならないのは、理性の塊のような友華と、頭の中がお花畑のようにほわんとした春野佐奈が、恋人同士であるということだ。親の決めた許嫁同士なのかと思いきや、友華のほうが佐奈に『お前、私の婚約者になれ!』と、身も蓋もないプロポーズをしたのだそうだ。


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