身勝手・2
和眞は、やんちゃなために成績が悪いのではない。何事に対しても、やる気を見せないのだ。
「和眞様……」
いつもはもう少し優しく起こすのだが、昨夜の快楽がまだ身体のどこかに残っているようで、柊はそれを振り払うように、少し乱暴に和眞の肩を揺すった。
まだ寝ているのだとばかり思っていた和眞の腕が急に伸びてきて、柊を捉える。バランスを崩してベットの上に倒れ込み、そのままきつく抱き込まれてしまった。
朝から抱かれたのではたまらない。慌てて和眞の腕から逃れようとしたのだが、ふと気がついて見上げると、とうの和眞はすやすやと安らかな寝息を立てている。
「和眞様!」
柊の怒気を察したのか、うめき声を上げながらも、ようやく和眞の瞳が開いた。
「和眞様! 寝ぼけないでください。朝食の用意ができてます」
甘い顔をすると、またベットの中に引き込まれそうで、柊は頬を引き締める。
睨みつけたつもりだったのに、柊を見つめる琥珀色の瞳は笑んでいた。
この甘い微笑みと、優しげな瞳に、柊はときどき胸を突かれるのだ。
和眞とともに生活をするようになるまで、柊は何人かのベータやアルファと床をともにした。
今までセックスをするたびに考えていたのは、どうしたら相手を喜ばせることができるのか、自分に夢中にさせることができるのか、ということだ。
可愛らしい。美しい。妖艶だ。まさに女神とは君のことだ……。
どこか陳腐で歯の浮くような賛辞にも、鷹揚に「ありがとうございます」と、返すことができた。
なのに和眞の笑顔の屈託の無さに、柊の胸はキリキリと音を立てる。
今まで、アルファやベータの男たちから与えられるすべてのものを、当然のように受け取ることができていたのに。和眞の微笑みをみていると、重苦しいような気持ちになるのだ。
金色の髪。琥珀の目。白い肌。そして、作り物めいて見えるほどに整った顔立ち。――鷹司和眞は勉学の成績の悪さをカヴァーして余りあるほど見た目が麗しい。
そのせいかもしれないと、柊は思う。思い返せば、柊が今まで相手にしてきたのは、自分よりも相当年上の相手ばかりだった。同年代の、こんなに美しいアルファと一緒に暮らすなんてことがはじめてだから、だからこんなふうに苦い気持ちになるのだ。
まだまだ、修行が足りなかったのかもしれない。
いい機会じゃないかと思うことにする。発情が一般的なオメガよりも大分早かった柊は、今までどうしたって、自分よりも年上を相手にする他はなかったのだ。
父からの課題ということだけではなく、自分自身の向上のためにも、今の状況を最大限に利用しなくてどうするのだと、背筋を伸ばし、大きく深呼吸をした。
「すまない。おはよう」
喉の奥からくぐもった笑いを漏らしながら、和眞が身を起こしす。
寝乱れた前髪を大きな手ですくい上げると、和眞の耳朶で緑色の小さな丸いピアスが輝きを放った。
淡緑の優しげな色合いはあまり見たことのない色で、エメラルドとも違うようだし、トルマリンでもペリドットでも無いような気がした。
綺族であり、財閥でもある鷹司家の長男の耳に留まる装飾品なのだから、さぞや高価なものなのだろう。
『翡翠ですか? もしくは葡萄石?』
耳元を見つめる柊に、和眞は『単なる硝子玉だ』と言った。名のあるブランド品ですらないのだそうだ。
『思い出の、品だ』
どんな思い出なのかは聞かなかったが、高価なアクセサリーではなく、思い出を身に着ける和眞を柊は好ましく感じた。
和眞にとって大切な思い出だというピアスは、柊のなかの記憶をも刺激した。傷だらけで結城家に運び込まれた、木乃伊のような少年と、彼に渡した緑色の硝子片。
淡い緑の色があの時の硝子の欠片とよく似た色合いだったことと、思い出という言葉が、柊の心の奥底に沈殿していた感情を擽ったのだろう。
このところすっかり忘れていたというのに、和眞の耳朶の丸い淡緑を見るたびに、たった数日間の友人のことを思い出す。彼は今でもあの硝子の欠片を大事にしていてくれるだろうか。
「起きてくださいね!」
思い出に蓋をすると、きつめの声で念を押して柊はベットから離れた。
「今日は隣の部屋の佐奈さんが、朝ごはんを食べに来るって、覚えてますよね?」
柊の脇をすり抜け、浴室に消えていく和眞から「あ? あぁ……」というなんとも微妙な返事が返ってくる。
「忘れてましたね……」
和眞に聞こえないくらいの声で柊は呟いた。
◇
柊と和眞の住む部屋の隣。三階最奥の角部屋を利用しているのは三年A組、学園の生徒会長を務める小田村友華と二年E組で、柊や和眞と同級生の春野佐奈というアルファ女性とオメガ女性のカップルだ。
尚英学園に編入した柊は部屋も隣でクラスも同じ佐奈とすぐに仲良くなった。
そのため、友華が生徒会の仕事で朝早くから登校してしまう日には、佐奈は柊たちの部屋でいっしょに朝食を取り、一緒に登校するようになっていたのだった。




