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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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天邪鬼・6

「邪魔? これは、俺のだよ」


 少年と怜生の間に立ちふさがるようにして和眞はそう言うと、、後ろの少年へ軽く視線を向けた。


「鷹司……様?」


 俺のだと言われた少年は、長いまつげを数度瞬かせて、自分の前に立つ、和眞の背中を見上げていた。


 一人の人間に対して『俺のだ』なんていう物言いは、いたく護の癇に障ったのだが、言われた当の本人に気にする様子はない。


「陣内。貝瀬護の位置情報取得の許可が降りた、すぐに此処に風紀委員のご一行様が来る」


 和眞にそう忠告されたにもかかわらず、怜生は鼻を鳴らして軽く肩をすくめるだけで、ここから立ち去ろうとしない。


「何やってるんだよ!」


 思わず声を上げたのは、護だった。


「怜生、早くどっかに行ってよ。鷹司くん、位置情報の取得の許可が降りたのは、僕だけなんでしょ?」


「そうだ」


「だったら怜生は此処にいなかったことにする。僕は怜生を探しに来たけど、もう怜生はいなかった! これでいい?」


 怜生と和眞と黒髪の少年、三人の視線が一斉に護に向かった。三人揃って驚いたような顔をしているから、こんな場合だと言うのに、なんだか護るはおかしくなった。まあ自分自身でも、何を言っているんだと思わなくはない。


 しかし、ここで怯んでいる暇はなかった。


 和眞と黒髪の少年に服装の乱れはないが、怜生と自分は、何もなかったと言い張るには多少問題があるように思われる。地面に倒れた時に、制服は汚れているし、護は手のひらを多少擦りむいてしまっている。その上怜生に胸ぐらを掴まれた時にワイシャツの第二釦がどこかに飛んでいってしまっていた。怜生の制服にも、煉瓦でこすった後がくっきりと残っている。


「怜生! 早く!」


 護が怜生の体を松の大木とは反対の方向へ向け背中を押すと、小さな舌打ちを残して、ようやく怜生はこの場を去っていった。


 遠くの方から、ざわめきが聞こえ始める。


「ごめん、言い訳が僕がするから! 君たちは黙っていてくれる?」


 護は早口で和眞と少年に告げた。


 黒髪の少年の細い眉が跳ね上がる。


「あなたがそれでいいのなら……私は構いませんが……」


 護が返事をする暇もなく、委員長が松の枝が作り出すアーチをくぐり抜け、小さな広場に姿を表した。


「貝瀬くん!」


 委員長を先頭に、蟻の行列のように風紀委員の面々がこちらへやってくる。


「どうしたの? 単独で行動したらダメじゃないか。……で? 陣内怜生は?」


 護は今朝もらったメッセージと、忙しさの中で返事をし忘れて事、慌ててここまで来たけれど、陣内怜生はもういなかったことなどを説明した。真実を織り交ぜながらの話なので、それほど嘘をつくことに苦痛は感じなかったし、よどみなく話すことができた。


 服装の乱れは少し苦しいものの、怜生を探している間に松の根に躓いて転倒したと説明した。


 あら方報告を聞き終えた委員長は「君は?」と黒髪の少年に視線を向ける。


「あ、彼はあの……転んだところを助けてくれただけで……」

「ふうん」

 委員長の目が、さりげなく少年の頭の先から爪先までをひとなでした。


「君、見たことのない顔だけど……」

「はい」


 濁りのない涼やかな声が答える。


「私、今年度より尚英学園二学年に編入しました。結城柊といいます」


 結城柊の顔に、見惚れるほど完璧な笑顔が浮かぶ。


「ああ」


 委員長はなにか思い当たったというように、数度首を縦に振った。


「話は聞いてる。編入生に入学式への出席義務はない。確か寮はD棟へ入寮予定だよね?」


「はい」


 D棟という言葉に護ははっとした。


 D棟は、いわゆるカップルや番が入るための寮なのだ。ということはこの結城柊という少年は、学園内に決まった相手がいるということになる。


 そういえば鷹司和眞が彼のことを『俺のだ』と言ってはいなかったか?


 とするとこの二人は『番』もしくはそれに準じた関係ということなのだろう。


 気付かれないようにそっと観察すると、結城柊の首には目立たない色合いの首輪が巻かれていた。つまり発情を迎えてはいるが、和眞とはまだ番にはなっていないと考えられる。


 カップルと言っても、ただの恋人同士ではD棟に入寮することができない。許されるのは幼い頃からの許嫁、もしくは親の認めた婚約者同士。


「はあ、まったく。入学式初日から、この騒ぎ……」


 委員長はがっくりと肩を落としていた。


「とにかく風紀委員は入学式に戻る。結城くんは入寮手続き済ませちゃって。風紀委員とサポート委員は、放課後委員会室に集まること。今回の反省があるからね。この場にいない委員にも……」


 委員長の指示は、護の耳を素通りしていった。


 D棟に入寮するといいながら、結城柊は鷹司和眞のことをまるで今日初めて会う相手のように接していた。だいたい和眞を最初に呼ぶ時に「鷹司様?」と疑問形だった。


 とすると、幼い頃からの許嫁という線はない。


 恋人と言っても、和眞は昨年度弓削昴というオメガ男子生徒との間にスキャンダルと起こしている。新たに恋人ができたと言うには、少し無理があるような気がする。


 となると考えられるのは……。


 和眞がこれ以上の問題を起こさないように、鷹司家が監視役を兼ねて送り込んだ急仕立ての婚約者。そんなところだろうか。


 和眞のことを「鷹司様」と呼んだ柊は、対等な関係というよりも、彼の所有物か使用人のように見える。


 監視役を兼ねた婚約者ではなく、婚約者という名の監視人、という方が正しいのかもしれない。


 結城柊についてそう結論づけた護は入寮手続きに向かおうとする柊に


「ありがとう、助かったよ」


 と、自分の中の一番の笑顔で微笑んでみせたのだった。


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