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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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天邪鬼・5

 発情期間中に行われる性行為において、アルファがオメガの首筋に歯を立てることで、番が成立する。


 特定の個体と番になったオメガのフェロモンは、それ以降誰彼構わずアルファを引き寄せることはなくなる。それはとてもいいことのように聞こえるが、オメガとしての魅力が半減するということでもある。オメガは生涯にただ一人だけのアルファとしか番うことができないために、もしそのアルファとうまくいかなかったとしても、もう二度とやり直しはきかないのだ。だからオメガは死ぬまで誰とも番わないか、番を見つけるのならばなるべく相性の良い個体を見つけようと躍起になる。


 首筋を噛ませて番になるということは、オメガにとってそれ相応の覚悟がいることであり、それ故に発情の始まったオメガは皆、事故防止のための首輪を着用する。


 まだ発情の始まっていない護の首筋は、剥き出しの素肌だった。


 発情していなければ、首を噛まれたとしても番になるわけじゃない。


 わかっていても、あまりの恐怖に身体が竦む。声を出そうにも、掠れた呼気が漏れるだけだった。


 こんなの、嫌だ……。


 涙が零れ落ちそうになったとき、護は突き飛ばされて、煉瓦敷の床の上に身体を激しく打ち付けた。


 衝撃に息が止まる。


 咳き込みながら、突き飛ばされた瞬間にきつく閉じた目を開き顔を上げた。見上げた視界いっぱいに、見たことのない生徒が心配そうな顔をして見下ろしている。


「大丈夫でしたか?」


 アルトの声が、優しい。柔らかく落ち着いたトーンは、助かったのだという実感を護るに与えてくれる。


 今時珍しいほどの漆黒の髪と瞳。細い顎。切れ長の目は、長いまつげで縁取られている。


 思わず護は、彼の顔に見とれていたのだと思う。


「逃げてください」


 小さく囁かれた言葉の意味を理解したときには、もう彼は立ち上がり、護に背を向けていた。


「尚英学園は日本最高峰の格式と伝統を持つ、あやぎぬ会公認の唯一の学園である。将来の日本を背負って立つべき若者の集いし場」


 淀みない声。真っ直ぐに伸びた背中。


 膝をついていたときにはわからなかったが、ずいぶんと背が高いらしい。……オメガとしては。


「と、聞いてきたのですが、認識を改めなければいけないようです」


 誰?


 護の記憶の中にはない顔立ちだ。これだけ整った顔なら、学園内でも目立つはずだ。覚えていないわけはない。


「彼は喜んでいるようには見えなかったのですが……」


 横顔が、日差しに縁取られている。


「発情もしていないようですし。フェロモンアタックを仕掛けられたのならまだしも、この状況で彼を襲えば、あなた、強姦ということになりますよ」


 護を守るように立ちはだかる少年の向こうで、床に転がる陣内怜生の無様な姿が見えた。その表情が怒りに歪んでいる。


「おまえ、誰だ。ベータ? いや、オメガか?」


 そう尋ねながら、怜生は立ち上がった。


 黒髪の少年は護よりはだいぶ背が高いようだが、こうしてみると怜生との体格差は歴然としている。身体の厚みがまったく違うのだ。


 ベータではないだろう。オメガとしてはかなりの長身だが、この繊細な体の線と妖艶な顔立ちは、オメガで間違いがないと思われる。


 先程は不意打ちで護を助けてくれたのだろうが、アルファの中でもがっしりとしている怜生と正面から対峙して敵うはずがない。


「え?」


 一部始終を見ていたはずなのに、何がどうなったのか護にはまったくわからなかった。


 ふっと腰を落とした怜生が、少年に拳を叩き込む。


「やめて……っ!」


 あぶない!


 間に合うわけはなかったが、護は思わず立ち上がり、二人の間に割って入ろうと思ったのだ。


 しかし次の瞬間、煉瓦の上に転がっていたのは、陣内怜生の方だった。


 黒髪の少年は、軽く上着を叩いていたが、乱れなど殆どないように見える。


 よくわからなかったが、怜生の拳を躱しつつ、その勢いを利用して投げ飛ばした、ということなんだろう。


 投げ飛ばされた怜生の方も、このまま引き下がるつもりはないらしい。先程以上に不穏な目の色をさせて、起き上がる。


「早く逃げて……」


 黒髪の少年の方でも、その雰囲気は察したのだろう、護に逃げるように促すのだが、いくらなんでもここで一人だけ逃げるなんて、絶対に嫌だった。


 今までは不意を突かれて、遅れを取っていたが、怜生にも武道の心得があるのだ。この少年は強い。確かに強い。でもアルファとオメガの体格差と体力の差はいかんともしがたいはずだ。


「やめてよ、怜生!」


 ずいぶん久しぶりに名を呼んだ。もうずっと怜生の名を呼んだことがなかった。


 だからだろう。怜生がはっと驚いたような顔をして、こちらを振り返る。


 助けてくれた少年と怜生の間に割って入ろうと歩き出したときだった。


「陣内」


 すぐ後ろから聞こえてきた声に、護は足を止めた。


 低いけれども、どこか甘さの残るような声。


 振り返るとそこに立っているのは金色の髪を揺らした鷹司和眞だった。


 護を追い越しながら、和眞の目は、怜生を牽制している。


「鷹司……?」


「悪いがここまでだ。陣内」


「鷹司、邪魔するんじゃねえよ」


 見つめ合った二人の間の空気が引き絞られていく。


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