天邪鬼・2
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講堂内を見下ろすことのできるミーティングルームには、尚英学園の風紀委員たちが集まっている。
入学式に出席する在校生の服装チェックという初仕事を前に、まずは新しい役員の挨拶が行われた。
今年度から副委員長になる護も、皆の前に立って簡単な挨拶を述べる。
ミーティングの様子を後ろで見守っているのは、サポート委員たちだ。彼らは委員会の活動に口を挟むことはないが、オメガだけでは手に余ると思われる案件が持ち上がった際には、助けてくれることになっている。なにしろオメガは体力がないので、暴力沙汰や力仕事には向かない。
新規役員の自己紹介が全て終わると、委員長がちらりと入口付近に視線を向けた。護も釣られるようにそちらに目を向ける。
そこには、一人の男子生徒が佇んでいた。
彼を目にした委員たちの間に、驚きのさざめきが起きる。
鷹司和眞。
同じクラスになったことはないが、彼の名前と顔は護の頭の中にしっかりと入っていた。
アンバーの瞳に金色の頭髪。瞳に関しては元々その色なのか、色付きのレンズを入れているのかは定かではないが、髪の毛は染めているのに違いない。地毛の色味も薄いのだろうが、頭皮に近い部分はいくぶん暗い色をしている。
鷹司和眞は、落ちこぼれ組と言われるE組に所属している。アルファ性のものは、学力も高いものが多いため、E組に所属しているアルファは二学年ではたったの三名しかいない。
そんな落ちこぼれでありながら、鷹司和眞は、実はきわめてやんごとない生まれなのだ。
綺族の称号を持つ名門、鷹司家の長男なのだという。
恵まれた環境、優れた資質、将来を約束されたアルファ性に生まれながら、その特性を活かすこと無く、学園の底辺に甘んじている和眞のことを、護は快く思っていなかった。
何故彼がこんなところにいるのだと、不思議に思い始めたところで、委員長が口を開く。
「急遽なんだが、二年生から一名、サポート委員に入ってくれる事になった。鷹司君。君から一言挨拶してもらえるかな?」
ゆっくりと前に進み出る和眞が、僅かに顔を横に向け、欠伸を噛み殺すような顔をした。
さらりと揺れた髪の間から、緑色のピアスが光る。
護は怒りを通り越して、呆然、としてしまう。
和眞が風紀委員のサポートになるなんて、そんなこと、悪い冗談としか護には思えなかった。
全校生徒の模範たれ! というのが風紀委員のモットーなのだ。
もちろん、成績が悪いからサポート委員になれないなどという決まりはない。あの頭髪はいただけないが、きちんと染め直せば済むことなのかもしれない。
けれども護にはどうしても許せないことがあった。
鷹司和眞は昨年度、同じ二年のオメガの生徒を相手に、妊娠騒ぎを引き起こしていたのだ。
風紀のサポートは、なんの特典もなく面白味もない役職のように思えるかもしれないが、存外人気のある役職だ。
なにしろ風紀委員のサポートになれば、優秀なオメガと知り合える。
風紀委員などという面倒な役職につくオメガはたいてい。旺盛な独立心を持つ成績優秀なオメガばかりである。そういうオメガと知り合いたい、あわよくば恋人という地位を早いうちに確立したい。サポートに入るアルファたちには、そんな下心のあるものも少なくない。
もしくは本音はさておき「自分はアルファでありながら、オメガという性にも理解があるのですよ」と、周囲にアピールしたいアルファだ。
もちろんサポートしてくれるアルファたちは、そんな様子はおくびにも出さない。
オメガに高圧的なアルファもいるが、風紀のサポートを買って出てくれるようなアルファは、人当たりの穏やかなものが多い。表面的にしろ、それは好ましい資質だといえる。
そんな中で、鷹司和眞のどこか不真面目な、だらしのない雰囲気は、どうしたってこの場にはそぐわない、と護には思えて仕方がない。
(なんでこんなやつが風紀のサポートに? 委員会活動に熱心というタイプでもないだろうに)
和眞のそっけない自己紹介を聞きながら、護は頭の片隅でそんなことを考えていた。
◇
小さな驚きはあったが、滞りなくミーティングを終えた護たちは、校舎から講堂へと続く連絡通路に並ぶ。
「おはようございます」
「おはようございます」
在校生たちが朝のホームルームを終え、入学式に参加するため、二階の渡り廊下を伝って講堂へと集まり始めていた。一階にも講堂出入り口にがあるが、そこには新一年生が整列しているはずだ。
二年C組が風紀委員たちの前を通り過ぎていこうとしたとき、列の中から一人の女子生徒が足早に護たちの方へと近づいてきた。
「すいません、Ⅱ-Cですが。一名、登校したものの、その後行方がわからなくなってるんです……」
「え……?」
委員長と副委員長である護は、やってきた女子生徒を通路の脇へ身を寄せた。




