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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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天邪鬼・1

 護は鏡の中に映る自分自身をじっくりと眺めた。


 すっと伸びた眉と大きめな目。鼻筋だって通っているし、毛先を薄くした栗色の髪は、肩先で優しく揺れる。まあまあ美形で通る顔立ちだろう。


 けれども護はオメガなのだ。


 オメガという性別は男性女性の別なく、非常に見目麗しいものが多い。そのせいで、そこそこの顔立ちであっても、平凡になってしまう。護は自分自身のことを、まさにそういうタイプのオメガだと自覚している。


 悪くはないが、平凡。その上、性格は決して可愛いとはいえない。そんなこと、百も承知だが、自分の性格を直すつもりは毛頭ない。


 護は目に落ちかかった少し長めの前髪を手で払い、鏡の中の自分自身に話しかけた。


「まったく嫌になるよね……、アルファどもなんて、オメガの外見しか見てないんだよ。ほんと見る目ない。可愛けりゃいいってもんじゃないと思わない?」


 といいつつ、口から出るのはため息だ。


 ワイシャツの上に尚英高等学校の制服である、ブレザーを羽織る。


 紺のブレザーに臙脂のネクタイ。ベストもあるが、今日はそれほど寒くないので、着ないことにする。


 なにしろ窓の外は、入学式を祝うかのような曇りない青空だ。


「しっかりしなくちゃ」


 二年になった護は、先輩からの指名で伝統ある尚英学園高等学校『風紀委員』の副委員長に選ばれている。


 風紀委員という役職は独特で、誰でもなれるというものではない。オメガの発情に関しての、相談や指導、取締という仕事もあるため、他の性別では難しいという理由で、オメガ性の者たちだけで構成されているのだ。


 ただ、オメガだけでは難しい案件もあるために、サポート委員というものが設置されており、そこにはアルファが所属する。ベータがサポートに入ることも禁じられているわけではないが、今年度に関しては、ベータのサポート委員はいない。


 気合を込めて、胸のポケットにⅡ-Bと描かれた新しいクラス章を付ける。このクラス章も護の努力の賜物だ。


 クラスは成績順であり、学年のトップ集団がAクラス。落ちこぼれ組と囁かれるのがEクラスになる。


 今年度の第二学年のAクラスには、オメガが一人もいない。


 風紀委員の副委員長であり、Bクラスに所属するということは、護が第二学年のオメガの中でも優秀なものであるという証だった。


 オメガという性は、アルファやベータに比べて知能も体力も劣る。もともと体格が他の性別に比べて華奢なのだから、体力的に劣るのはいかんともしがたい。その上オメガに頭の良さなんて、求められてはいない。そこそこ健康で、たくさんの子どもを産めるのがいいオメガだなんて、世間だけでなく、自分の両親からも言われてしまうような世の中なのだ。


「結婚なんて、するもんか。僕は職業オメガになるんだ」


 鏡の中の自分に向かって、護はぎゅっと口元を引き結んだ。


「今年もまだ、発情期なんて、こなければいい……」


 一般的なオメガの最初の発情は十七から二十歳の間。あまり広い間隔ではない。ほぼ全員がその期間内に発情する。それ以前だと二次性早発症などとわけのわからない診断を出されるし、二十歳すぎて発情期が来ないというのも、何らかの異常を疑われてしまい、頻繁に病院通いをしなければならなくなる。


 オメガたちは。高校生になると発情期が来ていないものでも、月に一度の抑制剤の集団摂取を受けることになっている。錠剤も持ち合わせているけれども、発情が起きてしまってからだと気休めに過ぎないらしい。


 そのうえ悲しいことに、抑制剤を摂取していても、完璧に発情の影響から逃れることはできない。極微量のフェロモンを発散させてしまうのだという。別に、日常生活に支障のあるほどのフェロモンではないはずなのに、平均で三ヶ月に一度の発情期には、学校を一週間休まなくてはいけない。まだ若いアルファがオメガの振りまくフェロモンに惑わされて間違いが起きないとも限らないから、というのがその理由だ。


「なんで僕、オメガなんだろ……」


 オメガはこれほど細心の注意を払って、生活を犠牲にして生きているというのに、微量のフェロモンくらい、優秀なアルファが我慢できないなんて、信じられない。


 間違いが起きれば、発情期なのに出歩いていたオメガが悪者にされるのだ。アルファも、抑制剤を打っていたオメガに手を出すことは決して褒められたことではないが、だからといって、なんの罪にも問われない。


 うつむいてしまった顔を上げて、鏡の自分に向かって無理やり笑顔を作った。


「だめだ。今日から副委員長だぞ。しっかりしろ!」


 パンパンと、音を立てて自分自身の頬を叩く。


 と、腕に巻いていたリストバンド型のウェアラブル端末が小さく振動した。


 誰かからのメッセージだ。送り主を確認すると、小さなディスプレイには子どもの頃からの知り合いで、この学園でも同学年の「陣内怜生」の顔写真が映し出される。


 怜生の顔を見た護は、大きく顔をしかめた。


 メッセージを読まずにゴミ箱に移動させようとしたのだが「delete ok?」と尋ねてくる端末の上で数度指先をさまよわせる。しばらく考え込んだ末に、ためらいつつも「cancel」の表示をタップした。


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