秋茱萸・2
Zシステムを利用し、最初に重盛が立ち上げた「株式会社YU-ki」は、今まで裏社会のクラブに出回ることのなかった財閥の子息といった、高級なオメガをシステムに登録させることに成功した。それゆえ、今では信頼の置ける高級なオメガを取り扱うブランドとしても注目されている。
数年前には、その実績を認められ『ゼータシステム』は、政府の正式なオメガ登録システムとして、そのまま流用されることとなった。それをきっかけに重盛は『YU-ki』の社長を辞任、オメガビジネスに特化した専門商社『結城』を立ち上げ『YU-ki』をその傘下に収める。また、抑制剤を生産する製薬会社、オメガ専門のクリニックなども吸収し、またたく間に『結城』は巨大化していった。
鏑木としては、その手腕を買われ、奥の要として雇われながらも、まさか結城がここまでの速さで成長するなど、露ほども思っていなかった。
今結城重盛には、バックに黒川組がついている。そもそも黒川が結城に肩入れしなければ、いくら重盛に気に入られたからといって、鏑木がこんなお硬い場所に収まるわけがない。
全くこの世は、何が起こるのかわかったものではない。
そのうえもっと理解できないのは、自分自身だ。
「……ぼっちゃん」
できうる限り優しく声をかけながら、ようやく柊から体を離す。
見下ろせば、涙に濡れた黒いまつげの奥で、輝く瞳がもっと欲しいのだと、鏑木を見上げていた。
「私はアルファではありません。今ここであなたを抱いてしまいたいが、それでは私が持たないでしょう……」
鏑木は柊の洋袴に手をかけた。
恋、ではない。
しかし自分は、この小さなオメガの少年に同情し、可愛いと感じている。
『信じられるか? 奴らは発情したら自分の感情なんかお構いなしに誰とでも寝るんだぜ?』
吐き捨てるように言ったかつての自分の言葉が、己の心の内に棘として有り続けている。自分がオメガたちにしてきたことを思えば、そんなものはほんのささやかな罰なのだろうが……。
みずみずしく滑らかの肌を堪能しながら、体重をかけるようにして、柊を椅子の上に座らせた。
柊の素肌から匂い立つ香りが、鏑木の理性を惑わせる。
女王。
ほんの数時間前にはずいぶんと子どもっぽく、本当に十三歳なのだろうかと心配になるようだった柊が、デッキチェアの上で妖艶に鏑木を誘っているのだ。
「……鏑木……」
声は舌足らずだが、そこには幼さの欠片もない。
「来て」
と、天に向かって両手を差し出すような仕草にも、どうしようもなく欲情させられそうになる。
オメガは女王だと云われる所以を、今鏑木は身を持って感じていた。
身を屈めながら、柊の体に唇をそっと押し当てると、たまらない声を上げて柊の腰が浮いた。
鏑木の手によって一度達した柊は荒い息を吐き、しばし脱力する。
少しは落ち着いただろうが、オメガの発情は、このくらいでは収まるはずはない。数日間、長いものだと一週間ほど続くと言われているのだ。すぐにも次の波が来るだろう。
鏑木は柊を抱き上げ、家の中へと入った。
自然な石を敷き詰めたように見えるフロアタイル。ダークブラウンの木材を生かした内装。寝室の大きな窓からは外の景色が一枚の絵のように見える。
おそらく今の柊には、そんな景色を見ている余裕はないのだろう。室内には落ち着きのある贅沢な空間が広がっている。
残念なことに、この寝室を重盛が使用したことはない。
せっかく作った秘密基地のようなくつろぎの場所を、利用する暇もないとはもったいない、と鏑木は思っていたが、もしかすると重盛ははじめからここを自分自身が使うつもりなどなかったのかもしれない。
柊のために、用意したのだろうか。だとしても、この離れは柊がこの家に引き取られてくるもっと前から存在している。
うわ言のように鏑木の名を呼ぶ柊をそっと横たえてやりながら、鏑木は煉瓦造りの暖炉へと目を向けた。
館内は太陽光を利用した蓄電池システムがあり、暖炉など無くとも十分に快適なのだが、驚くことにこの暖炉は本物だ。
使われたことのない暖炉の上の飾り棚には、重盛の学生時代の写真が数枚、繊細な意匠を凝らした写真立ての中に飾られていた。




