木乃伊・11
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何があったのか、今となっては確たる事はわかっていない。
世界の終焉、もしくはラグナロクなどと呼ばれる惨事は、いくつもの天災、暴動、軍事的衝突が同時多発的に起き、歯止めが効かなくなった結果だと言われている。
地表に安住の地は消え、人々は何百年もの間、地下に潜らざるを得なくなった。
人口が激減したにもかかわらず、出生率は下降の一途をたどる。あの時代、人類は確実に絶滅への道をひた走っていた。
その中で、一体の両性具有の個体が発見される。彼(外見的特質は男性であった)は後に初代オメガと呼ばれることになる。また、その発見の年は、新しい人類出現の年として、新暦元年となった。
オメガ発見の八年後にアルファ性の発見。それと同時に人類の両性具有率の爆発的な増加が確認され、オメガとアルファ以外の両性具有の個体は、ベータと名付けられることとなる。今現在、ごく稀に両性を持たない個体が生まれることもあるが、それは例外中の例外に過ぎない。
ただ、生まれ落ちた時は皆、男と女、どちらかの外見の特質を有して生まれてくる。そのため外見の違いである男女を第一性。オメガ、ベータ、アルファといった後に発現する性を第二次性と呼ぶことになっている。
人口の約七割を占めるのは、ベータと呼ばれる一番最後に名付けられた性別の者たちである。
ベータは旧世界からの男と女という性の特徴を色濃く残す人々であり、男性同士や女性同士のカップルももちろんいるが、大抵の場合、旧世界と同様な夫婦形態の者が多い。
残りの三割の中で、アルファが二割強を占め、オメガの人口は一割にも満たない。
しかし、この一番人口の少ないオメガという性が、人類を絶滅の危機から救うことになる。
オメガ性は発情期を持ち合わせており、発情期間に行われた性交において、ほぼ百%の確率で妊娠するという、驚異の繁殖能力を備えていた。
オメガの出現によって、人類の人口は増加傾向に反転する。
発情したオメガのフェロモンにより発情状態を強く誘発される個体が発見され、彼らはアルファと名付けられた。
オメガとアルファの間においては、男女の別にかかわらず、アルファが妊娠させる側、発情期のあるオメガが受胎する側になるのが常である。
第二次性であるこの三つの性別は、今日では十歳前後に検査を受けることで、発情前に確認することが可能となっていた。
◇
オメガとアルファは惹かれ合う。
これはもう、避けようのない運命のようなものだ。
成熟したアルファとオメガはお互いのフェロモンを敏感に感じ取ることができる。
その柊の本能が、目の前の木乃伊はアルファであると告げていた。
しかし。
柊の理性が本能に反論を開始した。
自分はまだ、発情期を迎えてはいない。
しかも、二週間に一度という間隔できちんと健康診断を受け、データ管理されている。もし少しでも発情の徴候が見え始めたら、抑制剤を投与されることになっている。
大抵のオメガの発情は十七歳から二十歳の間であり、ドクターからも今しばらくは発情する心配はないだろうと言われていた。
それに、父の重盛もアルファなのだ。
今まで柊は重盛に対して、木乃伊に抱いたような感覚に陥ったことはない。
――きっと。気のせいだ。
「ごめんね! びっくりしちゃって」
本能に蓋をして、わざとおどけたような声を出す。
木乃伊は先程まで柊の手を掴んでいた自分自身の手のひらを、じっと見つめていた。
◇
その後、すぐにやってきた鏑木に柊は部屋を追い出されてしまった。
そのうえ、木乃伊は痛み止めのせいで眠っているので、夕方までは面会をしないようにと言い渡されてしまう。
朝ごはんを食べたら、またすぐにでも木乃伊を見舞おう。そう思っていたのに。
やはり自分は、木乃伊に無理をさせてしまったのではないか。自分が木乃伊を見舞うことは、彼のためによくないことだったのではないか?
一抹の不安が心をよぎる。
それでも、やはり早く彼に会いたかった。会って、木乃伊の体温を、確かめたい。お話できなくてもいい。眠っているだけでもいい。木乃伊の手を握っていてあげたい。
だがこの日、柊はもう、二度と木乃伊と会うことはなかった。




