木乃伊・1
結城柊は、木乃伊に会ったことがある。
十三歳の、秋のことだった。
体中に包帯を巻き付けられた少年が、結城家へ運び込まれてきたのだ。
そんなもの、木乃伊ではなくて人間だろうと言われてしまえばその通りなのだが、身体だけでなく顔にまで包帯を巻かれているその姿はまさしく木乃伊そのもので、少なくとも柊は、ひと目見た途端に木乃伊という単語が頭にひらめいた。
ストレッチャーに乗せられた木乃伊が運び込まれると、使用人たちがせわしなく行き交い、邸の中は常にはないざわめきに包まれた。しかしそれもしばらくのことで、すぐに邸内には、何事もなかったかのような落ち着きが戻ってくる。
その頃合いを見計らい、柊は木乃伊の安置されている客間のドアを、手のひらほどの細さにそっと開けてみた。もう誰もいないのではないかと思ったのだが、部屋の中に残っていた父親と、しっかりと目があってしまう。
覗き見などして怒られるのではないかと狼狽える柊に、父はただゆっくりとうなずいた。
どうやら、怒ってはいないようだ。
部屋に入っても良いというサインだと受け止め、柊は音を立てないように注意しながら木乃伊に近づいた。
ベットサイドに立つと、包帯に包まれた人物の様子が、はっきりと見て取ることができた。目元や口元、髪の毛や体型から察するに、木乃伊はどうやら柊とそれほど変わらない少年のように思われる。
皮膚は白く、ピタリと閉じた瞼には色素の薄いまつげが生えていて、頬に影を落としていた。髪の毛もまつげ同様に柔らかな栗色だ。染めているわけではなく、もともと色が薄いのだろう。柊よりも一回り身体が大きいようだったが、柊は中学二年としては小柄なので、やはり同じくらいの年齢なのではないかと思われる。
鼻を覆う包帯に血が滲んでいる。唇はカサカサとひび割れて、端にはやはり血の滲んだあとが見て取れたし、その周辺は青紫色に腫れていた。
布団の上で、透明な管を刺されて力なく投げ出された腕。螺旋を描く白い布からちょこんと突き出した指先。指先の爪の周りには、すっかり乾いた血が、こびりついていた。
痛かったね……。
心のなかで囁いて、そっと木乃伊の指先に触れてみた。
冷たいものだと思っていた柊は、その温かさに息を呑んだ。
生きているんだ。
木乃伊の手は柊のものよりも、ずっと温かかったから、もしかしたら、熱を持っているのかも知れない。
もう大丈夫だよ。
そんな気持ちを込めて指先を撫でていると、ピクリと白い指が動いた。
「あ」
思わず柊が木乃伊の手のひらの中に自分の手を重ねると、熱い指先が柊の手を握ろうとするかのようにくくっと丸まる。
目を覚ましたのかと、木乃伊の顔を確認したのだが、瞼はピタリと閉じたままだった。
「柊」
父が、柊の肩に手をおく。
「彼をしばらく家で預かることにしたんだが、私は仕事で家にいることが少ない。代わりに、ときどき様子を見てあげてくれるかな?」
柊は一瞬呆然としたものの、すぐに「はい」と返事をした。自分の声の大きさに驚いて、口元を慌てて抑える。
柊は嬉しかったのだ。なにしろ生まれてからの十三年間、彼には同年代の友達が一人もいなかったのだから。
まず、柊は学校というものに通ったことがない。
かつての日本には義務教育というものがあったらしいが、現代では学習進度診断テスト、と呼ばれる試験に合格さえすれば、学校に通わなくてもいいことになっている。
それでも現代日本において、柊のように一度も学校に通ったことのない子どもは珍しい。
大抵の親は子どもに学校へ通って友人を作ったり、勉強をしたりしてほしいと願っている。また、子どもが学校に通ってくれれば、自分たちは安心して仕事に出ることができる。
柊の住む結城邸には、たくさんの使用人がいたから、柊が家でたった一人にるようなことはない。通いの家庭教師もいるので、勉強ができなくて困るということもない。寂しいと思ったことはないのだが、それでも同年代の友達というものに対して、柊は大いなるあこがれを抱いていたのだった。
それ故に、木乃伊の世話をしても良いというお墨付きを父からもらえたことが、嬉しくてたまらなかった。