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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第二章》
98/107

2.幻楽士

 早夜はその後、サラサから如何(いか)にムハンバードの事が好きかとくと聞かされた。


「それでね、それでね。ムハちゃんって目がすっごく素敵なの。はちみつ色って言うの? 光の入り具合によっては、金色にも見えてね、あの褐色の肌に金色の瞳って、何か黒豹って感じよね!」

「………」


 キャッキャッと女子高生張りにはしゃぐサラサ。そして話を聞いていた早夜は、それほどの時間は経っていない筈なのに、酷くやつれていた。

 そして、その目は虚ろ。

 心を空っぽにしなければ、どうにも耐えられそうになかった。


 最初はちゃんと聞いていたのだ。

 どんな人物を好きになろうと、それはその人の自由なんだと自分に言い聞かせて、何とか相槌も打っていた。

 しかしながら、サラサがムハンバードを褒め称え、そして何かと例えてくるのだが、それは皆美しいと思われるものを出してくる。

 どうしても同意は出来ず、そして頭の中にムハンバードの姿が浮かび、何度吐きそうになったか知れない。

 早夜の記憶の中に、そういうのが好きだという人がいるというのは聞いた事がある。

(お、お相撲さんの奥さんだって、皆綺麗な人ばかりだもんね……そういった人に魅力を感じる人もいるよね)

 等と何とか自分を納得させようとする。


「ね、サヤちゃんはムハちゃんの事をどう思った?」

「え!?」

「初めて会った時の印象!」

「お、お相撲さん……?」


 早夜は正直に答えていた。

 汗を流し、瞳を泳がせながら、別に悪口ではないと心の中で頷く。


「おすもう? 何それ?」


 首を傾げるサラサに、早夜は目を合わせる事が出来ない。それでも何とか言葉を選びつつ答えた。


「えっと……私の世界の国技です……ああいった体系の人たちが集って、裸に近い格好で技を競い合うんです」

「は、裸!? 何それ! 凄い国技ね! でも、ムハちゃんみたいな人たちがいっぱい……」


 想像しているのか、手を組んでうっとりとした顔になって、「素敵……」と呟いて、ホゥッと溜息をついている。

(ふえ~ん! 分かりません! サラサさんの好きな気持ちが全然分からないよぅ!)

 サラサの様子に、引き気味の早夜であった。



 そして、どれほどの時間が経ったのであろうか。窓も無ければ時計も無いこの部屋では、時間の経過などは分かる筈も無い。

 気が付けば、早夜はベットに突っ伏していた。 目が覚め、一瞬全てが夢だったのかと思ったが、目に映る呪印と、聞こえてくるサラサの歌声とが現実であると早夜に訴えてくる。

 早夜はハッと身体を起こした。


「も、もしかして寝てた!?」


 いや、寝ていたと言うより、サラサの話に早夜の精神が限界を迎え、意識をシャットダウンして気を失った状態になっていたのだが、早夜がそれに気付く事は無い。

 早夜は取り敢えず起き上がり、ベットから降りて、サラサの歌声を頼りに部屋を移動する。

 やはり他の部屋にも呪印は施されていた。

 寝室よりも広い部屋。その真ん中に、サラサが椅子に座って竪琴を弾いていた。

 白く繊細で緻密な彫刻のなされた竪琴。その竪琴に張られた絃を、細い指先が美しい音色紡ぎ出してゆく。

 その音色は、繊細で複雑で、時に早く時にゆったりと。まるで人の心模様のようで、その曲に合わせて、澄んだ歌声が色を添えている。

 早夜は暫し部屋の入り口で聞き惚れていた。

 しかし聞きながら、早夜はある事に気が付いた。


(あれ? あの楽器……あの彫刻ってもしかして……)


 不意に音楽が止まった。サラサが早夜に気付いたのだ。

 そして此方を見るなり、早夜に向かって微笑む。

 思わずドキリとした。

 とても綺麗な笑顔だったのだ。けれども、現実感の無いような、まるで幻でも見ているような、儚い笑顔。


「サヤちゃん起きたのね。御免なさい。わたしったら、つい夢中になってムハちゃんの話しちゃって……」


 早夜はハッと我に返る。途端に目の前の女性が血の通った生身の人間に戻ったように感じた。

 まだ夢の覚めやらぬようにボーとしながら、「いえ……」と首を振る。


「なんか、人と話すのが楽しくなっちゃって。本当、こうして人と会話するなんて久しぶり。何年ぶりかしら!」


 キラキラと目を輝かせながら、興奮し頬を染めるサラサ。何年ぶりと聞いて、早夜は痛ましそうにサラサを見る。

 何か声を掛けようとしたその時、「くー……」という音が早夜とサラサの間に響き渡る。

 サラサは早夜の腹を見る。


「サヤちゃん、今のって……」

「あああああっ!! ご、御免なさい!」


 真っ赤になって腹を押さえる早夜。今のは、早夜の腹の虫が鳴いた音だったのだ。

(は、恥ずかしぃ~!!)

 サラサはというと、暫しキョトンとして早夜を見ていたかと思うと、弾けるように笑い出す。

 先程の儚げな笑顔と違い、現実味のある明るい笑顔だ。


「フフッ、食べ物ならいっぱいあるわ。一緒に食べましょうか」


 サラサの言うとおり、食べ物はいっぱいあった。

 今いる部屋の隣の部屋に、大きな台が置いてあり、その上に色とりどりの果物やビスケットのような物がどっさりと置かれているのだ。

 一人でどうやってこんなに食べるんだろうという量である。


「私も、最初見た時驚いたわよ。こんなに食べきれないーって思ったもの。新手の嫌がらせかと思ったわ。

 でも、食べ切れなくてもいいみたい。気が付けば、新しいのと入れ替わってるのよね」


 そう言って、青色のプチトマトのような物を摘んで口に入れる。


「ん、甘酸っぱい。サヤちゃんも食べれば? 私はこの紫色のがお勧め」

「あ、はい」


 サヤは進められるままに、大量にある果物の中から、紫色のグミのような実を取って口に運ぶ。

 口に入れた途端、芳醇な香りと、ジューシーな果汁が口いっぱいに広がる。甘い物好きの早夜にも大満足な甘さであった。

 目を見開いて、サラサの事を見ると、


「ウフフ、如何やらお気に召したようね」

「はい! とっても甘くておいしーです!」

「でしょでしょ? 私も、こんな風に誰かと食べるのなんて久しぶりだから、とっても楽しいわ!」


 早夜はその言葉に、また痛ましげに眉を顰めるのだが、当の本人はそんな事大した事でもないように、明るく笑っている。

 なので、自分がとやかく言うものでもないと思った早夜は、黙って彼女を見つめるだけに止めた。


 そうして、食事を再開する早夜はある事に気付いた。

 この大量の食べ物の置かれた台である。

 台には陣が張られており、一定量食べ物が減ったり痛んだりしたら、自動的に入れ替わるようになっているようなのだ。

 試しに、果物を両手で抱えて移動させてみると、台に張られた陣が輝き、また同じ量の果物が現れる。


「ああっ! サヤちゃん見た? 今、果物増えたわよね!? 増える瞬間を、私は初めて見たわ!」

「はい、そうですね。この台に張られている陣のお陰だと思います」


 両手に抱えた果物の一つを手にとって、はむはむと食しながら、早夜は答えた。

(あ、これ苺みたい)

 オレンジ色のプラムのような食感の果物だった。


「陣?」

「えっと……この台の表面に描かれている物が魔法の陣です」

「へぇ、ただの模様かと思ってたわ」


 早夜は首を傾げる。彼女が魔法の事に関して、無知であると思ったからだ。

(それって変かも。だって、サラサさんの持ってる竪琴って……)


「でも、サヤちゃんよく分かったわね。もしかしてサヤちゃんて魔法使い?」


 やけにキラキラした目で問われてしまった。

 何だかそのメルヘンっぽい言い方に、早夜は気恥ずかしさを覚え、顔を赤くする。


「えっと……多分、魔法を使う事は出来ますから……魔法使いだと思います」


 モジモジと手の中にある果物を弄んでしまう早夜。

 サラサは「へぇ」と関心しながら、


「サヤちゃん魔女っ子だったのね……」

「ま、魔女っ子!?」


 その呼び方は、流石に恥ずかしくて仕方が無い。でも、と早夜はサラサを見る。


「サラサさんだって……」

「うん?」

「サラサさんは魔法とか使えないんですか?」

「え? 使えないけど?}

「だって、その竪琴って……」


 サラサの傍らに置いてある竪琴を示す早夜。

 細やかで美しい彫刻のなされた竪琴。しかし早夜にはそれが、呪印の施された魔道具に見えた。

 そもそも呪印や魔法陣にある模様や記号などは、力を象徴するものを省略化して描かれている。

 一見、そのように見えない美術品の様なこの竪琴は、如何やらその省略がなされていないようなのだ。


「魔道具…ですよね……?」

「え? そうなの? まぁ、不思議な力があるかなとは思ってたけど……珍しい物でもなかったし……」


 サラサは竪琴を手に取り、ポロロンと優しく爪弾いた。


「私がいた世界では幻楽士ってお仕事があったの」

「げんがくし……ですか?」


 聞きなれない言葉に首を傾げる早夜。サラサは早夜を見てフフッと笑う。


「幻楽器って楽器があってね。それを持って歌うと、目の前に幻が現れるの」

「幻?」

「そう。弾き語る物によっては過去に起こった出来事だったり、物語だったり。とにかく、聞き手を視覚でも楽しませるの」


 そう言ながら、サラサは目の前で優美な音楽を紡ぎ出す。

 早夜も改めて竪琴に彫られている彫刻を見て、成る程幻術を表す物だと確認する。

 しかし、サラサは唐突にその手を止めてしまう。その瞳は何処か寂しそうにも見えた。


「私はそんな幻楽士に憧れて、将来は絶対に幻楽士になろうって、小さい頃は目指していたわ……」

「目指していたって……サラサさんは幻楽士じゃないんですか?」


 その幻楽器とやらを持って奏でているサラサは一体なんなのだろうと、早夜は眉を顰めて訊ねていたのだが、その早夜の質問に、サラサは悲しそうに微笑みながら首を振る。


「私がね、弾くと……何故か未来に起こる事が現れるの……そういった人間はね、過去にも何人かいたわ。その人達は先見の巫女として神殿に引き取られるの。私も幼い頃に神殿に引き取られたわ」

「………」

「私の場合、未来って言っても、災害や災いって言われるものだったし、回避する事は出来ないし、自分の事には全然この力は働かないの……」


 早夜は黙って話を聞いていた。

 時折彼女が弾く弦の音が、悲しく切なく早夜の耳に響く。


「それでも、周りからは特別な力とされたから……外界とは遮断されたわ。会える人間は神殿に引き取られる時に一緒についてきた私の弟くらいなものだったの。

 私の両親はもう既に死んでいたし、親戚も居なかったから……弟を引き取る人もいなかった。だから私が泣いてお願いして一緒に連れてきてもらったの……」


 外界と遮断されたと聞いて、早夜は眉を顰めた。それは、ここに居るのとなんら変わりがないのではと思った。

 きっと、彼女の言う弟の存在は、とても大きなものだったに違いない。そんな家族と離れ離れになったサラサは、どんなに辛かっただろうと、自分の同じような経験からそう思った。


「そうね、ここ……よりはましだったのかしら……遮断された生活はしていたけど、神殿の周辺だったら自由に行き来できたし、ちゃんと窓のある部屋に居たものね……」

「……それで、どうして此方に来る事になったんですか?」

「それはね、水底の魔女に頼んだの」

「水底の魔女? 何で水底の魔女って呼ばれるんですか?」

「それはその名の通り、水底に住んでいたからよ。深い深い海の底にね……」

「海の底ですか!?」


 信じられない思いで早夜は声を上げる。

 それこそ、おとぎ話の魔女そのものではないだろうかと思う。


「でも、どうやって、その水底の魔女に会ったんですか? サラサさんは外界から隔離されていたんでしょう? それなのに、海の底に住んでいる魔女に、どうして会う事が出来たんですか?」


 するとサラサは、竪琴を胸にギュッと抱き締めながら言った。


「それは、弟のお陰なの。ある日、私に結婚話が持ち上がったのよね。弟が言うには、相手は物凄く歳を取った禿げたおっさん……らしいわ」

「は、禿げたおっさん……」


 それは太った人間とどちらがいいのだろう。

 ふとそんな事を思ってしまう。


「フフッ、弟は少し口が悪いのよね。普段から自由になりたいって言っていた私の、そんな結婚話に、弟は凄く腹を立てていたわ。だから俺がねーちゃんを自由にしてやるって……私と違って、外を自由に出歩けたあの子は水底の魔女に会いに行ったみたいなの」


 サラサは思い出しているのか、じっと虚空を見つめ、時折目を瞑っては泣きそうでいて、笑っているようなそんな顔をしている。





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