おまけ(それぞれの計画と彼女の好奇心)
今回はアルフォレシアメンバーの話。
〜アルフォレシア・城内〜
「ミヒャエル、すまない……」
「何を謝る必要がある。サヤの為だろう?」
ミヒャエルはフッと笑い、シェルを見つめる。
「しかし、この姿ではもう、身代わりとなるのは……」
「言っただろう、シェル。私は一度だって、お前を身代わりなのだと思った事はない。大事な私の片割れだ。それに、愛する女性に会いに行く為であるのに、何をそんなに謝る必要がある」
ポンとシェルの肩を叩く。
「その格好、良く似合っているぞ。それならば、誰にも気付かれないだろう」
ミヒャエルは、じっくりとシェルの姿を眺める。
瓜二つだと言われてきた双子の兄弟は、今や誰が見ても見分けがつくようになっていた。
シェルの金色で少し長めのストレートの髪は、短くカットされ、赤銅色に染められている。ちゃんと眉や睫毛も細かく染めており、違和感がないようにしてある。しかも魔力を込めてあるので、そう簡単に落ちる心配も無い。誰も、元が金髪とは思わないだろう。
肌の色も褐色に染め上げていた。
「その髪と肌の色は、我がクリオーシュでも、クラジバールでも珍しくない色なんだ。あちらで動き回っても、目立ちはしないだろう」
赤い髪を揺らし、満足気に頷くのは、男装の麗人、マウローシェである。
「以前から、クリオーシュの外交官として、クラジバールに赴く事は決まっていたんだ。まるで、こうする運命だったと思えてならないな」
「まぁ、運命という言葉は嫌いですが、今はその運命に感謝する事にします」
「何より、サヤ嬢の事は私も心配だしね。それよりも、リュウキ殿までクラジバールにいるとは……しかも、サヤ嬢とは兄妹の間柄……。君は、リュウキ殿にどんな挨拶をするつもりだい?」
ニヤリと笑うマウローシェに、ピクリと反応するシェル。そういえばそうだったと考え込む。
「ああ、そういえばそうだな。ずっと離れ離れで暮らしていた分、会った途端、溺愛するかもしれない。シェル、シスコンとなったリュウキに刺されないように気をつけろよ?」
話を聞いていたミヒャエルが、ふざけたようにシェルにそう言った。
あながち冗談ではない事実であるのだが、その事を彼らが知る由も無い。
そしてシェルは、全く別の心配をしていた。
(ちょっと待てよ? そうなった場合は、リュウキの事を兄と呼ぶのか? いやしかし、リュウキはセレンと婚約している。この場合は、お互いを兄と呼び合うのだろうか……?)
腕を組んで悩むシェルに、マウローシェは眼鏡を差し出してきた。
「……これは?」
「一応私の秘書と言う事にするからね、雰囲気作りだよ。因みに、君の名前はランシェル。うっかりシェルと呼んでしまっても、愛称だといえば誤魔化せるだろ? それと、秘書としての仕事も、きっちり覚えてもらうからそのつもりで。ぼろを出さないように慣れてもらわなければね」
みっちりしごかせてもらおうと、嬉しそうにするマウローシェに、シェルは眼鏡を受け取りながら、軽く溜息をつく。
「お手柔らかにお願いしますよ……」
受け取った眼鏡を掛け、目の前のマウローシェを見た時、シェルはグニャリと視界が歪んだ。
「っ!!? マウローシェ様? この眼鏡、度が入っているのですが!?」
まさか、この度の入った眼鏡にも慣れろと言うのでは、と危惧していた所、マウローシェはニコニコと笑いながら肩を竦める。
「ああ、だってそれは彼の物だし」
そして、視線を移すマウローシェ。そこには見目麗しい、ほっそりとした銀髪の女性が立っていた。
「ああっ、マウローシェ様! 眼鏡を返して下さい! それが無いと、何も見えないのです!」
「おいおい、そっちは植木だって……」
女性の後ろからは、カートが現れる。
茶斑の彼の髪は、今は茶色一色だった。それ以外は何も変わらない。
ハッとして、シェルは銀髪の女性を見る。
「っ!! もしかして、ルードか!?」
「ああっ! その声はシェル殿下!? ミヒャエル殿下!? どちらにしても私にとっては、お恥ずかしい限りですぅ!」
「見違えたぞ、ルード。これは、誰もお前が男などとは到底思うまい」
「って、えぇ!? シェル殿下もミヒャエル殿下も、どちらもおられたのですかぁ!? ああ、なんと言う事でしょう。こんな生き恥をさらすなんて……。そもそも何で私が女装なのですか!? カートさんは髪の毛ちょっと染めただけで、殆ど変わらないのはどうしてですか!?」
「だから、方向間違えてるって……」
誰もいない方向を指差すルードを、呆れた顔でカートは見ている。
「それは、女装が似合うからに決まっているだろう、ルー? ああ、ルーというのは、君の名前ね。私の侍女と言う事で宜しく」
「な、何だか、マウローシェ様の声が楽しげです……」
実際、物凄く楽しそうだと、この場にいる者は皆思った。
「じゃあ、カートさんの変装とはいえない変装は何なんですか?」
「彼は茶斑の髪という以外に、大した特徴は無いのでね。名前も珍しくないから、そのままだ」
「うーん、そりゃ、喜んでいいのか、嘆くべきなのか……」
「別に嘆かずともいいさ、珍しくないとは言ったが、君は中々にいい男だよ。どうだい? 私と結婚してみないか?」
いきなりのプロポーズに、呆気に取られる男性陣。
「何を言っておられるのですか、マウローシェ様!?」
「えぇ!? いくらなんでも身分違い……」
「私はそういう事には、全くこだわらないんだ」
「いえね、クリオーシュの姫様、別にあんたが不服とかそういうんじゃないんですがね、俺は結婚とかそういうもんはする気は――」
「ああ、分かってるよ。忘れられない女性でも居るんだね? 私はそういうのに敏感なんだ。それに、そういう一途な男は割りと好みだ」
「いや、そういう問題とかじゃないでしょう……」
げんなりと、マウローシェを見下ろすカート。
ミヒャエルとシェルはそんな彼を気遣わしげに、マウローシェにある事を告げる。
するとマウローシェは、興奮した顔でカートを見上げ、詰め寄った。
「何だって!? 君は妻を亡くしているのか!? ますますもって、うってつけじゃないか! 死んだ者ほど忘れ難いものは無いだろう? どうだい? 本気で考えてみないか?」
「すまない。止めさせる様に言った事が、逆効果となってしまった……」
「まぁ、諦めてくれる事を祈ろう……」
姿は違えども、同じ表情と仕草で、カートの肩を叩く。
「いや、殿下達のせいじゃないでしょう、この場合……。あの人が変ってるってだけで……」
ハァッと疲れたように息を吐き出すカートであったが、その時ズシッと背中に何かがぶら下がった。
首を巡らせて見てみると、ルードがボロボロと涙を流して、カートに取り縋っている。
はっきり言って、化粧が落ちてすごい事となっていた。
「ガ、ガードざん! わ、私知りまぜんでじだ〜! 結婚されてたなんて! しかも、奥さんに先立たれてたなんて!」
鼻をズピズピと啜りながら、ルードはカートの背中に顔を擦り付ける。
「うおっ! ルード止めろ! 汚ねえ!」
思いっきり鼻水がくっ付いていた。
「何、籍を入れるだけでも構わないさ! 後は自由にしてくれていい!」
マウローシェが前から詰め寄る。
後ろにも前にも逃げられない状況だった。
その時である。リカルドが此方に向かってやってきた。
「あー、いたいた! って、うおっ!? 何やってんだ、お前ら!?」
涙でぐちゃぐちゃの女装したルードと、目を爛々と輝かせたマウローシェに挟まれたカートを見て、思わず引いてしまうリカルド。
「いや、気にするなリカルド。それで如何したんだ?」
「え? って、もしかしてシェル兄貴!? なんだ、その格好!?」
「変装に決まっているだろう? クラジバールは、次期王の顔くらいは認識しているだろう。その顔と同じ俺が行けば、すぐさまばれてしまうからな」
「まぁ、そりゃそーだけどな……つーかやっぱり行くのか、兄貴も……」
「当たり前だろう? 俺はサヤを愛している。離れると言うならば、此方から追いかける事にしたんだ」
「お、俺だって、サヤをあ、あい――」
途端に真っ赤になるリカルド。
(あ、愛してるなんて言葉、言った事ねー!)
そんなリカルドを見て、フッと勝ち誇ったように笑うシェル。
「なんだ、もしかして、サヤに愛していると言ってないのか?」
「う、うるせー! 兄貴には関係ねーだろ!」
「そうだな、だが、俺がサヤにその言葉を言ってやった時、サヤは潤んだ瞳で俺を見てだな――」
「っ!!」
「まぁまぁ、二人とも止めないか。リカルド、お前は何か用事があったんじゃないのか?」
「ああ、そうだった……」
リカルドはシェルの事を睨んだまま、丸めた紙を差し出す。
その瞳を涼しい顔で受け流しながら、シェルはそれを受け取る。
「……これは?」
「……クラジバールの地図だ」
『ッ!!』
その言葉に、シェルだけでなく、他の者も驚き、その紙を見つめる。
「城周辺の物と、城内部。そして奴隷の居住地に魔術研究所の地図だ」
「これはっ!! どうやってこれを!?」
「それは……俺の友達の爺さんが、昔行った事があるとかって言って手に入れたやつに、リジャイのヤローが手を加えたんだ。最近では、あのカンナって女がリジャイの代わりに来て、城内部と魔術研究所の詳しい地図をくれた。
……兄貴らは、外交官として行くんだろ? だったら、城ん中を探してくれよ。俺は、奴隷の居住地の方からサヤとリュウキを探す」
「一つ聞いてもいいか? お前はどうやってクラジバールに潜入する気だ?」
するとリカルドは、じっとシェルの事を見てから、硬い表情で懐からある物を取り出す。
それは、一度見た事があった。リジャイが首にしていた、あの銀色の輪っか。
奴隷の印でもあり、魔力の枷でもあると言っていた。
「それはっ! 枷じゃないか!?」
「ああ、リジャイに、命掛ける気があんならって渡されたやつだ。これがあれば、クラジバールの結界を通り抜けられるらしい」
「リカルド、お前……」
「サヤに、会いに行くって約束したんだ。どんな手使ってでも会いに行く」
そこまで言うとリカルドは、まだ色々と準備があると言ってこの場を去ろうとする。
「待て、リカルド! お前、まさか一人で潜入する気じゃないだろうな!?」
バスターシュでの一件を思い出しそう聞くが、リカルドはニッと笑って振り返った。
「まさか! いくら何でも、今回はそんな真似しねーよ。俺には心強い仲間がいるんだ」
「仲間? 仲間というのは何者だ!?」
するとリカルドは、暫し無言で俯いた後、真剣な顔でシェルとミヒャエルを見る。
「全てが上手くいったら、俺の仲間に、何してくれる?」
いつに無く真剣な様子に、シェルとミヒャエルは顔を見合わせ頷き合う。
「この国にとっても、我らにとっても、大切な者を助けるのだ。その者達の望みを叶える」
それを聞くと、リカルドは嬉しそうに笑った。
「言ったな? 約束したからな! 親父にも言っとけよ! 後で、その望みは叶えられないとか言うんじゃねーぞ!」
一体どんな望みなのだろうと、少々不安になりながら、シェル達は走り去るリカルドを見送る。
「ほほー、中々やるもんだね、弟君も……。我々の知らない所で、誰もなし得なかった事をする……。シェル、君の言うとおり、何処か人の心を捉えるものを持っているようだね」
マウローシェは、リカルドが持ってきた地図を眺め、目を瞠って感心した。
今まで、ここまで詳しいクラジバールの地図は存在しなかったのだ。
「これはうかうかしていると、本当に弟君に掻っ攫われてしまうよ? シェル」
何処か面白げに笑うマウローシェ。
シェルはじっとリカルドの去った方を見ていたのだが、その時、
『サヤは今、クラジバールでナイール王子に言い寄られてるぞぉぉおお!!』
そんな叫びが場内に響き渡った。
「な、何だ!?」
「ちょっと待て、こりゃあのじゃじゃ馬姫の声か!?」
「ああっ、まさか! マオ王女様は城にある、緊急時に人々に警告する為に使う魔道伝達機を使ったのでは!?」
「ちょっと待て、そんな事よりも、どういう事だ!? サヤがナイール王子に言い寄られている!?」
「ほぅ……ナイール王子。一度会った事があるが、中々に良い男だったよ? エキゾチックで、若いのに色気もある。普通の娘であれば、言い寄られればころりといってしまいそうだが……」
マウローシェの呟きに、ギリッと拳を握り締めるシェルであった。
そして一方、シェルたちの元から去って、城を出ようとしていたリカルドの耳にも、マオのその声は聞こえた訳で……。
「はぁ!? 何だと!?」
怒りや嫉妬よりも、いきなり過ぎて戸惑うしかないリカルド。
そんな中で、再び聞こえてきたものは、
『サヤはもてもてで、妾は物凄く羨ましいぞぉぉおお!! ついでに妾もその半分でもいいからもてたいぞぉぉおお!!』
私的な感想と願望であった。
「んなの知るかぁ!!」
思わず廊下のど真ん中で、虚空に向かい突っ込んでしまった。
そんなリカルドの視界に、タンバスの使者バーミリオンの姿が入る。
「お前はバーミリオン?」
「………」
バーミリオンはリカルドの姿を認めると、礼儀正しく頭を下げた。
(相変わらず暗いヤローだな……)
そんな事を内心思っていると、バーミリオンが口を開いた。
「あの音声は、何処から発信されているのですか?」
「え? ああ、そっか……こっちだ。ついて来い」
リカルドはバーミリオンを、マオが居るであろう場所へと案内する。
マオは物凄く面白くなかった。
自分の手首に嵌めてある腕輪を眺める。
「サヤと連絡を取れるのは妾だけだと言うのに、何故妾が蔑ろにされなければならないのだ!?」
サヤがクラジバールへと行ってしまってから、何度かサヤとは連絡を取っている。
近況報告などをしてもらっているのだが、マオとしては、あのナイール王子とどうなっているのか聞きたい所。
しかし、まるで監視でもしているかのように、毎回バーミリオンによって、それは阻止されている。
おまけに、他の者達に報告するのもバーミリオンの仕事であった。
「くそっ! どうしてもシェル殿やリカルド殿にもこの事を打ち明けたい!」
そして、是非嫉妬に駆られ、取り乱す男の姿というものを見てみたい。
しかしそれは駄目だとバーミリオンは厳しくマオに言った。
その事で起こるだろう混乱を説くと、聞かされた。
しかも、もし言ったらマオのお目付け役であるアモンに言いつけるという。
「くっ、卑怯なり、バーミリオン! しかしだ。バーミリオンの言う事も解るのだ……解るのだが……」
マオの好奇心は止まらない。
そして悶々と思い悩んでいる内に、とある場所へと迷い込んでしまった。
よくは分からないが、魔道に冠する物と分かる物が並んでいる。しかも、見るからにここから声を吹き込むぞというような、ラッパを逆向きにしたような器具がマオを手招きするようにおいてあった。
「なんだ、これは? 何だか無性に、ここから思いの丈を存分にぶつけたいような……」
マオは、引き寄せられるようにそれに近付く。
そして恐る恐るではあるが、「あー」と試しにそこに向かって声を発してみる。
いい感じに響く声。マオの頬は紅潮した。
「フッフッフッ……ここならば人もいないし、誰にも聞かれはしないぞ、バーミリオン! だから思う存分言ってやる!」
マオはグッと拳を握り、興奮して器具に手を触れた。
その拍子に、ロックしていた金具が外れ、器具が作動した事に、マオは気付かなかった。まぁもし、気付いたとしても、この器具の正体が解らないので、同じ事であろうが……。
そして……。
「アモンは最近禿げてきたぞぉぉおお! あ、それと……バーミリオンは無口な分、むっつりスケベかもしれないぞぉぉおお!」
マオは満足していた。
思いの丈を存分に吐き出し、スッキリとした顔をしている。心なしか肌もつやつやとしているようだ。
「フゥ、スッキリした。何だか物凄く声が響いた気がする。いいな、これ。妾の国にも一つ欲しいな」
その時、ばたんと音がして、マオの後ろの扉が開いた。
そこには怖い顔をしたバーミリオンと、そして何故かリカルドがいる。
「な、何だバーミリオン! それにリカルド殿まで!?」
すぐさまマオは、この魔道具が何であるのか聞かされた。それじゃあリカルドとシェルも聞いたのかと、ワクワクとして目を輝かせたのだが、反省の色が見えないとこっぴどく怒られた。正座させられ、バーミリオンくどくどと……。
(バーミリオンめ……妾がむっつりスケベと言った事を根に持っているな? アモンよりも叱り方がくどすぎるぞ!)
バーミリオンの説教に辟易していたマオ。その場で怒られていたものだから、マオの声を聞いた者達が集ってきた。
その中に、変装したシェルたちの姿を見て目を丸くするマオであったが、シェルとリカルドが早夜の事について詳しく話せとしつこく訊いてくる。
念願の嫉妬に駆られた男の姿が見られると思ったマオ。最初はバーミリオンに止められながらも嬉々として話していた。
しかし、今直ぐ早夜と連絡しろだの、早夜はどんな様子だったのかだの、正直しつこすぎてウザくなってきた。おまけに、騒ぎを聞きつけたアルファード王や王妃のシルフィーヌまでやってきて、詳しい話を聞きたがる。
マオはうんざりした。
助けを求めるようにバーミリオンに視線を向けるが、彼は「自業自得です」と助けてはくれず、自分の好奇心に後悔しまくるマオなのであった。
マオはトラブルメーカー。
なんか、王様の耳は~的な感じで……。