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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第一章》
92/107

15.白い影

「ゴ主人タマ! ゴ主人タマー!!」


 ここはピトの居る魔術研究所。

 魔導生物達が、慌ててピトの元へとやってくる。


「ん? 何ジャ、お前達。そんなに慌てて?」

「大変ナノ!」

「アノ子ガ連レテカレター!」

「連れてかれた!? あの子とは一体誰の事じゃ!?」


 ピトが魔道生物達の慌てように目を丸くする。


「アノ子ッテイウノハネ――」


「サヤ様の事です」


「カンナ!? それにナイール王子も……如何したんジャ!?」

「サヤ様の魔力が忽然と消えたのです。居場所も特定できない……」

「それよりも、この魔道生物達は、サヤが連れ去られるのを見ていたのか!?」


 ナイールが近くで右往左往している一体の魔道生物に目を向けると、その小さな体がビクンと震えるのが見えた。


「一体誰がサヤを攫ったんだ!?」


 その一体の魔道生物をむんずと掴むと、ナイールはきつい口調で訊いた。


「ナイール王子、あまり問い詰めてくれるな。この子等は臆病なんジャ」


 ナイールはピトの言葉に我に返ると、魔導生物を離してやった。


「そうジャな……魔力が消えたのなら、魔力封じの部屋に居るのではないのかの?」

「ですが、それにしても……私の呪印にも引っ掛からないとなると、余程強力な魔封じでなければ……」

「フム、あるよ。超強力な魔力封じの場所が」


 ピトが軽い口調で言うのを、カンナとナイールは目を見開いて見下ろす。


「私はそんな場所があるなんて聞いた事が無い……」

「フム、そうジャろ。ムハンバードが造らせた所だし、知っているのも一握りの人間だけジャ。それも、それを造った当時に生きていた人間だけジャな」


 つまりはナイールがまだ生まれていない時期に造られた物だという事だ。


「それで!? そこは何処なんだ!?」

「フム、少し待て。この子等に誰が攫ったか聞いておかねばならんし……もしかしたら意外な人物かもしれんし、そうでないかもしれんし……」


 すると、促された魔道生物の内の一体が前に出ると、コホンと一つ咳払いをした。


「ゴ主人タマニ申シアゲマツ! サヤタマヲ攫ッタノハ――」、





 あの後、ナイールとカンナは犯人を聞き出し、早夜の囚われた場所も聞いてそこへと向かっていった。

 そうすると、今までの騒がしさが嘘のように静かになる。

 魔道生物達が仲間の亡骸と、ボロボロになった円盤をピトの前に運んできた。

 辺りには子守唄が響き渡り、ピトはその手に無残な姿となった魔導生物の亡骸を抱え、悲しみに包まれながら口笛を吹く。

 母胎樹の根元に埋めてやり、そしてボロボロになった円盤に近づき、一撫でした後中を探る。


「種が無い?」


 魔導生物達に訊ねてみてもその在り処は分からずじまい。

 けれどピトは、深く溜息をつくと、仕様が無いと諦めの表情をして見せる。


「どうせ、育てる者も居ない。処分する運命の種ジャ……」


 ピトがそう呟く。

 母胎樹がその時、まるで何かを言いたげにザワリと葉を震わせたが、それが風なのかそれとも別の何かは分からなかった。




 そして、その光景を離れた場所で見ていた者がいる。


「花ちゃん……これって、この歌って、いつも明け方聞こえてくる歌よね? 何で今……それも死んじゃった子に向かって歌ってるの……?」

「蒼……ソレハ……」


 花ちゃんは悲しげな顔をして言いよどむ。

 蒼はその理由を聞かずとも、察する事は出来た。出来たがどうしても訊かずにはいられない。

 胸が震え、それに感応するように、腕が痛んだ。


 そう、この歌は毎日のように歌われていた。

 大体決まった時間……。

 それに何だか、さっきピトが言っていた種の事が気になって仕方が無かった。


 蒼の脳裏に、魔道生物の苗を育てている子等の姿が思い浮かんだ。

 彼らは何処か、弱っているようにも見えなかったか。


「ねぇ、花ちゃん。教えて? 前言ったわよね? 種を植える事が出来るのは一人前になってからだって……。一人前っていつ? 種を育て終わったら、皆どうなるの?」

「ソ、ソレハ……」


 花ちゃんは言う事を躊躇っていた。

 大好きな蒼が苦しむだろうと分かって、どうしても言えなかった。

 花ちゃんが蒼の事を見れずに俯いていると、



「種を育て終わったら、この子等は寿命を迎える……」



「ゴ主人タマ!」


 いつの間にか、ピトがそこに居た。

 その手は土で汚れている。

 けれど、すぐさま濡れたタオルを持った魔道生物が現れて、ピトに渡す。


「ありがとう」


 そう礼を言い、ピトはその手を拭う。


「寿命って……それって……」


「そう、死ぬという事ジャ」


 拭い終わって、汚れた濡れタオルを別の魔道生物が持ってゆく。


「だって……だって毎日あの歌は聞こえてきて……」

「ああ、そうジャな……」

「子守唄って聞いて……」

「あの子等はそう言っておるの……」

「私、私……」


 蒼は包帯の巻かれた腕を押さえる。

 ドクンドクンと脈打つように痛んだ。


「種を育てなかったら……」

「種を育てるから寿命を迎えるんジャないんジャよ。寿命を迎える最後の時を、未来を担う事に使わせる為に種はある……」


 ピトは視線を移して、今まさにその命を育てている魔道生物達に目を向けた。


「見てごらん、あの子等の顔を。皆、喜びに満ちた幸せな顔をしておる……」

「………」


 しかし、蒼は其方に目を向ける事はできなかった。

 傍に居る花ちゃんにさえ……。


「ジャからお前さんは自分を責める必要は無い。お前さんの言った事に、誰も傷付いてはおらん」


 それは、以前蒼が花ちゃんに種の事を訊ねた時に言った言葉の事。


 花ちゃんは種を植えるのは一人前になってからだと言った。

 蒼はそれに対して、早く一人前になれるといいねと言ったのだ。


 ピトは今、その事で蒼が気に病んでいるのではと思った。

 それに、とピトは蒼を窺う。

 肝心な事を蒼は訊いてこようとしない。


 それは、魔道生物達の寿命の長さについて。


「蒼、お前さんは既に察しておるのかの……」


 静かに訊ねるピトの声に、蒼はビクンと体を震わせる。


「この子等の……魔道生物の寿命は……」

「いやっ!」


 蒼はこれ以上聞く事を拒み、耳を塞ぐ。


「蒼……」


 花ちゃんは気遣わしげに蒼に近付こうとするのだが、触れる事は叶わなかった。

 蒼は踵を返して走り去ってしまったから。

 その場に残されたピトと花ちゃん。


「察しのいい者ほど、難儀なものはないのぅ……」


 ピトは魔道生物の育つ花壇を見る。そして、周りを飛び交う魔道生物達も。

 蒼は彼らが全員集っている姿も見ている。

 それらの数を見れば、自ずと彼らの寿命が計算出来るだろう。


「一年……」


 そう、それが彼らの寿命。


「後を追わなくていいのかの?」


 ピトは、蒼の立ち去った方をじっと見ている花ちゃんに声を掛けた。

 しかし花ちゃんは、しょんぼりとしながら首を振る。


「今、蒼ニ会イニイクノハ駄目ナノデツ。今僕ニ会ウノハ、悲シイ気持チガ大キスギテ、痛ミガ蒼ヲ苦シメテシマウノデツ」

「それは、もしかして蒼の腕の事を言っておるのかの?」


 花ちゃんは小さく頷いた。

 蒼の腕の呪いは、負の感情に反応している。


「そうか……それは余計な事を言ってしまったかもしれないの……」


 ピトは花ちゃんをすまなそうに見つめた。

 そして、蒼の去った方を見て、少々深刻そうな顔をする。


「傷が悪化しとらんといいんジャが」






「おい蒼! 如何したんだよ!?」


 亮太は廊下で蹲る蒼を発見して慌てて駆け寄る。

 そして助け起こして見て、ギョッと目を見張った。


「お前、泣いてたのか!? それに凄い汗……顔は真っ青だし」

「りょ……た?」


 苦しげに目を瞑っていた蒼が目を開け亮太を見た。


「大丈夫か? 腕、痛むのか?」


 気遣わしげにそう訊ねると、蒼はクシャリと顔を歪めて亮太に縋りつく。


「私、花ちゃんに酷い事言った……早く一人前になれるといいねって……一人前って、死ぬ事に近づく事なのに……」

「は? 何言ってんだよ? 花? 死ぬ事? 何のことだ?」


 意味が分からずに疑問を口にする亮太だったが、次の瞬間蒼は腕を押さえ苦しみ出す。


「おいっ! 蒼っ、蒼っ! クソッ!」

 

 亮太は慌てて蒼を抱き上げる。

 蒼は痛みに意識が遠のく中、早夜に助けを求めていた。

(痛い……痛いよ、早夜……助けて)



 *****



「う……ぅん……ここは?」


 気が付けば早夜は、真っ暗な中に居た。

 魔法で明かりを灯そうと思ったが、思う様に魔力を出す事が出来ない事に気付く。

 僅かには出す事は出来るのだが、何かフィルターの様な物が掛かってしまっている感じだ。

 またさっきみたいに絨毯に何か描かれているのかと思ったけれど、体の下に感じるのは固く冷たい床の感触。

 そのまま手探りで床を這って行くと、暫くして壁に突き当たった。同じく、冷たく固い石の壁。

 かび臭く、埃っぽい。まるで何年も使われていないような臭いのする部屋であった。


 一体誰が自分をこんな所に閉じ込めたのだろうか。


 いくら考えてみても分からないし、最後に聞こえた声も初めて聞くもので全く心当たりが無い。

 分からないものはいくら考えても埒が明かないと、早夜はその壁を叩いてみた。

 しかしいくら叩いてみても、固い石の壁はペチペチと音を立てるだけで外まで響きそうにない。

 恐らく指輪や腕輪も使えない。早夜は真っ暗な中で振り返り、誰にともなく声を掛けてみる。


「あ、あのー……誰かいませんかー?」


 恐る恐る出した声は、暗闇の中に吸い込まれ、その闇は全てを溶かしてしまいそうである。思わずゾクリとした。


 ──さ……ゃん…──


 ハッと顔を上げる。

 今確かに声が聞こえた。

 小さく囁くような声。


「誰か居るんですか!?」


 早夜は暗闇に声を掛けた。すると、また声が聞こえてくる。


 ──こ…ち……て──


 今のはこっちに来てと言っているのだろうか。

 早夜は声のする方へと歩いて行く。


「何処に居るんですか? こっちかな……」


 すると、何者かにポンと優しく肩を叩かれた。


「え……?」


 振り返る早夜。

 目の端に白い人影が見える。

 次の瞬間、ドンと胸を押された。


「あ……」


 この感覚は覚えがあった。


 早夜の脳裏に、かつて親友に裏切られたあの光景が浮かぶ。落下するあの感覚までそっくりであった。


「え!?」


(ちょっと待って? 落下してる!?)

 リーンという界渡りをした時に聞こえた音に近い音がした。

 自分は今、何処かに移動させられているのだろうか。

 目の前の白い人影が、どんどん遠ざかってゆく。


「きゃああああ!!」


 何も見えない中での自由落下の恐怖に叫ぶ早夜。

 不思議な事に、その人物の顔ははっきりしない。ただ、微笑んでいる事だけは分かった。

 早夜はその時、漸く気付いた。

 自分の手さえ見えないこの暗闇の中で、何故この人物は姿が見えるのだろうと。

 ゾクリと背筋が凍った。

(まさか幽霊!?)

 長い落下の感覚に気が遠くなりそうになる中で、その人物が何か言った気がする。


 ──……に、よろしくね──


 と、こんな風に。しかし肝心な部分は分からない。

(よろしくって誰に!?)



 底も見えない真っ暗な中で、何処までも落ちてゆく感覚が早夜を襲う。

(出来るなら、なるべく痛くない方がいいな……あの時は凄く痛かったもんなぁ……)

 そんな事を考えながら、早夜は最後の衝撃を覚悟し、目をギュッと瞑ったのだった。





 そう、花ちゃん達は一年草です……。

 だからいつも全力で頑張ってます。

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