表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第一章》
90/107

13.神への願い

 ※※こんかい一部に残酷な場面があります。苦手な方は気をつけてください。※※

 ここはキサイ国。

 クラジバールで早夜がリュウキと感動の対面を果たす、数日前の事である。



 リジャイは用意された部屋で、壁に掛けられた絵を見ている。

 それは、この世界の神とされる三眼神の姿絵。

 銀色の波打つ髪を足元まで垂らし、ゆったりとしてシンプルな白の長衣を身に纏っている。そして、男とも女ともつかない中性的な顔立ち。その耳は尖っており、額には第三の目が存在した。

 姿絵の神は、紫色の瞳で此方を静かに見下ろしている。


「うーん、何度見ても誰これって思うよ、この絵……全然似てないし、頭から後光が射してるし……もし本当に後光が射してたら、きっと頭が禿げてるんだなって思われるよね。

 ねぇ、君もそう思わない?」


 リジャイは誰も居ない筈の部屋の中で、何者かに向って語り掛ける。

 すると、何処に隠れていたのか、カタンと音を立てて少女がオズオズと姿を現した。


「君はオキだったね。僕に何か用かな?」

「あの、三眼神様……」


 オキは、囁くようにリジャイを呼んだ。けれど、リジャイはスッと目を細めると、静かな声で言った。


「その呼び方はあまり好きじゃないと言った筈だよ? 名前、教えたよね……」


 優しげだが、有無を言わせぬその瞳。

 オキはビクンと身体を震わせる。


「リ、リジャイ様……」


 やっとの事でそう言うと、リジャイは底冷えする雰囲気を消し去り、ニッコリと笑って首を傾ける。


「ハハッ、様も別にいらないのに。出来る事ならジャイジャイかクーちゃんで!」


 雰囲気が和らぎホッとするオキであったが、流石にその呼び方には抵抗がある。


「それはちょっと……」

「真面目だなぁ……そう言えば君って何才?」

「え? あ……12です……」

「12か……歳のわりにはしっかりしてるねーオキは」


 否が応にもしっかりしなければならなかったオキの境遇を想い、リジャイは彼女の頭に手を置き、ヨシヨシと撫でてやる。

 ふと、こうして小さい頭を撫でていると、似て否なるその感触に遠くにいる早夜への想いが募る。

(でも、さすがに12の子と重ねちゃうと、早夜が怒りそうだなぁ……)

 頬を膨らます早夜を思い浮べ、クスリと笑うと、オキが不思議そうにリジャイを見上げてくる。


「それはそうと、僕に何の用なのかな?」


 すると少女は、ハッとした顔になり、キュッと唇を引き締めると、


「リジャイ様……どうかムエイ様を助けて下さい……」


 切実なまでに真っすぐに、リジャイを見据え懇願するオキ。

 リジャイはその眼差しを受け、目を見開かせた。


「……君はムエイに会った事があるの……?」


 少女は頷くと、懐から以前リジャイに見せたあの絵本を取り出した。


「これはムエイ様から頂いた物です」


 そう言うと、オキは目から涙を溢れさせた。


「お願いします……ムエイ様を助けて下さるのであれば、私を食べて下さっても構いませんから……」


 リジャイはその涙の清らかさを前に、ああこの少女はムエイに恋をしているのだなと思った。



 ***



 ――ピチャン、ピチャン――


 何処からともなく水の滴る音がする。


 ここは冷たく暗い地下の牢屋。

 じっとりと纏わり付く湿気が、体力と体温を奪ってゆく。

 しかしながら、それ以上に身体を蝕むものは、言い様の無い恐怖の感情。絶えず休む間もなく、魔法により恐怖を感じさせられていた。

 恐怖に震え、身じろぎをすると、ガシャンと手足に付けられた枷が鳴り、新たな恐怖を生む。

 自ら発した声にさえ怯え、怯える事自体に恐怖した。


 最早動く事も、普通に呼吸する事もままならず、牢屋の隅で身を縮込めていると、牢屋に一つしかない扉の小窓から、灯りが射し込んできた。

 その灯りに身体を戦かせ、逃れようと体を捩る。


「……アヤ……」


 そう呼ばれ、「ひっ」と声を引きつらせると、耳を塞いだ。


「……恐怖は人を支配する一つの方法……恐怖に心を囚われたか……」


 その声の主は鍵の束を取り出すと、牢屋の扉を開けた。

 震えるアヤに対し、


「リュウキとオミサヤは何処に居る?」


 そう訊ねると、今まで恐怖に支配されていたアヤの表情に、別の感情が宿るのを見た。

 アヤは「ああっ」と声を上げて泣き崩れ、「早夜、早夜――」とうわ言の様に呟き続ける。


「サヤ……オミサヤの事か……」


 そのように納得すると、今度は瓶を取出し蓋を開け、それをアヤの鼻先へと近付けた。途端にアヤはトロンとした目付きになり、やがて静かになる。

 力なく項垂れるアヤの身体をその背に担ぐと、牢屋に挟まれた狭く暗い通路を歩いてゆく。

 出口に近づくと、そこには見張りの兵が居た。

 その兵から見えぬ位置に身を潜ませると、そこの壁には目立たぬ窪みが存在する。

 そこに手を這わせ押し込むと、青白い呪印が現れ音も無く壁に穴が開いた。そして、その穴に身を投じると、穴は開いた時同様、音もなく消え去ったのだった。



 ***



「私は父や母恋しさに、一度王宮に会いに行った事があるんです」


 オキは涙を拭い、リジャイに語りだした。その胸にはしっかりと本を抱き締めている。

 リジャイはと言うと、人差し指と中指に光を纏わせ、オキの額に置いていた。彼女にはなるべく、その時の光景を思い出しながら話して欲しいと言っている。



 リジャイの脳裏に、オキ目線で王宮内の映像が流れていった。

 周りには人が溢れ、老若男女あらゆる人が王宮を行き来している。



「今王宮は、子供でも大人でも、入る事は可能です。だから私が忍び込む事は簡単でした」



 長く広い通路。多くの部屋。

 オキは両親を捜し、走り回った。



「私は部屋という部屋を捜し回りました」



 やがて廊下を歩く者はまばらとなり、奥まった場所に遣ってくる。そうすると、全く人も居らず静かだった。

 そして、とある部屋に辿り着く。



「私はある部屋の前に辿り着きました。その部屋の中には、女の人が居ました。白い髪の女の人……」

「……キヨウ……」



 部屋の中、糸と呪符が張り巡らされ、その中央には早夜にそっくりの白い髪の女性が目を瞑って座っていた。

 ピクリとも動かず、そこだけが時間が止まっているかの様。



「お祖父ちゃんから王妃様の事はよく聞いていたので、その人がキヨウ様だと直ぐに判りました。お祖父ちゃんの言っていた通り、とても綺麗で儚げな方でした。キヨウ様の周りには、糸がいっばい張ってあってお札もいっぱいありました」

「それは封印の呪だよ。そしてキヨウは自分自身を封印した……」

「……私はもっと近くで見ようと思って、その部屋に入っていったんです」



 オキは部屋の中に足を踏み入れ、キヨウを囲む糸に手を触れようとした。

 けれど、触れる直前でサッと手を引っ込め、ハッと後ろを振り返る。何者かが扉を開けようとしている事に気付いたのだ。



「私の他にも、その部屋に迷い込んで来た人がいたんです。私は慌てて隠れました」



 入ってきたのは、神官服を着た壮年の男性であった。

 彼もまた、オキと同様部屋の中の様子に驚き、そしてその中央に居る人物が誰なのか気付いたようである。

 男性は、『これはキヨウ様……?』と呟き、キヨウに近いていった。



「その人も王妃様に近づいて糸に触れようとしていました。でもそこにあの男が現れたんです……」

「この男が……」



 リジャイの脳裏に男の姿が映る。

 いつ入ってきたのか、全く気配を感じなかった。

 その顔の半分を仮面で覆い隠し、鉛色の髪に白い法衣を身に纏い、紙の様に白い肌をした男。



「オリハリウム・バーツが……」



 その時、リジャイの脳裏に浮かぶ映像に、若干の歪みが生じる。目を開けてオキを見てみれば、彼女はカタカタと震えている。額に汗を滲ませ、その顔に浮かぶ表情は恐怖。


「もう止めるかい?」


 リジャイは少女に訊ねる。

 しかしオキは、フルフルと首を振った。ギュッと拳を握り、再び語りだす。


「オ、オリハリウムは、最初優しい口調でその人に近づいてゆきました……」



 男性の肩には、白く細い手が張り付いていた。


『ここは立入禁止になっていた筈ですが? あなたは何故こんな所に?』


 オリハリウムは、にこやかにそして穏やかに話し掛けるのだが、男性は止め処無く汗を垂れ流し、背後に立つ人物に許しを請い始めた。


『申し訳ございません、バーツ様! 実は私、王宮に上がって日も浅く、慣れぬ場所に迷ってしまったのです。どうかお許し下さい! キヨウ様の事は他言するつもりはございませぬ!』


 怯えているにも拘らず、男性はよく喋った。

 オリハリウムの纏う空気が変わる。

 それは離れた場所にいるオキにも感じる事ができた。



「とても気持ちが悪くなりました。空気が重く感じると言うか、ねっとりと纏わり付くような、心の底まで絡み付いて来るような感じで……」



 そんな空気を纏わせているにも拘らず、オリハリウムは何処までも優しい口調で男性にこう言った。


『道に迷ったとか……私で良ければ案内致しましょう……』


 男性は今だ汗が治まらない様子であったが、その声音にホッとしているようであった。



「そしてオリハリウムは、道案内しようと言ってその人に前に歩くように言ったんです。私も後ろの方からこっそりとついて行こうとしました。でも……」



 オリハリウムは身体を横にずらし、先に部屋を出るよう男性を促している。

 男性はその通りにオリハリウムの前を歩く。

 しかし、彼が出口まで辿り着く事はなかった。

 あと一歩という所で、布を切り裂くような音と共に、男性の胸に赤い花が咲いていた。


『え……?』


 小さく呟く男性の呆けた声。

 一泊遅れて、その口の端から滴り落ちる赤い雫。花だと思った物が、男性の胸からズルリと引き抜かれた。

 それはオリハリウムの手であった。

 あれ程真っ白であったあの白い手が、今や鮮やかな赤い色。

 その手には何かが握られているみたいだった。



「その人は、オリハリウムに殺されてしまいました。私はその時、訳が分からなくなって声を上げてしまいそうになったんです。でも、私は目と口を塞がれました。冷たい手で、私は恐怖のあまり思わずその手に噛み付いてしまったんです。それでもその手は私の口を塞ぎ続けました」



 暗闇の中でオキの耳に、何とも胸の悪くなるような嫌な音が聞こえ始めた。


『静かに……今はオリハリウムは食事に夢中で此処には気付きはしない……』


 囁くその声は、低く優しくオキの恐怖に縮こまった心を解きほぐした。


『ゆっくり此方を振り返って私を見なさい……』


 オキはその言葉に従って、ゆっくりと後ろを振り返る。目と口を覆っていた手を外され、オキはその人物を見上げるのだが、物影な為その顔ははっきりと見えなかった。



「でも、黒い髪の中に白い髪が交じっているのが見えて……それと、声の感じで男性である事も分かって、私はてっきりそれなりにお年をめされた方だと思っていました」

「そっか、じゃあこの人物が……」

「はい、ムエイ様だったんです。その時は全然分かりませんでしたけど」

「話を続けて……」

「はい、そして……」



 オキは暫くその人物を見上げていたのだが、またあの嫌な音が響き、オキは思わず振り返ってそれを見てしまった。

 オリハリウムの口が赤く染まっていた。その口元は笑っていたのかもしれない。赤い手を何度も口に運んでいる。

 何をしているのかと考えるより先に、また目を塞がれた。


『今の内にこの場から離れる。見たくなければ目を瞑り、聞きたくなければ耳を塞いでいなさい』


 オキはその言葉に素直に従う。



「私は次の瞬間抱えられていました。驚いて目を開けてしまいましたが、幸いな事にオリハリウムの事は見えない位置でした」



 オキは抱えられ、出口とは逆方向の部屋の奥へと向かっていた。

 そして何もない壁の前に遣ってくると、彼はその壁の一部分に触れる。

 すると表面に青白い呪印が出現し、ぽっかりと出口が現われたのだ。隠し扉である。

 オキは抱えられたまま、暗がりよりも更に暗い通路の中を入っていった。

 扉は、通った途端に音もなく閉じてゆく。すると全くの暗闇となった。



「ムエイはこんな暗闇の中を灯りも無しに進んでいったのかい?」

「はい、慣れているのか迷う事なく進まれて行きました」

「なるほどね。毎日のように通っているのかも……」

「そして、最後に行き着いた場所は、ムエイ様のお部屋でした」



 その部屋は物で埋め尽くされていた。

 殆どは魔導に関しての書物。壁には魔法陣に使われるような図形が描かれた紙が貼り付けられている。

 リジャイにはそれらが封印に関する物だったり、移動魔法や人を操る魔法に関する物だったりする事が分かった。



「床に降ろされた後、改めてムエイ様を見たんです。最初、思っていた以上に若かったので驚きました。線が細く、何処か女性的な印象が強くて、いくら私が子供であったとしても、その私を抱えて歩いていたなんて思えない程でした。そして何より、先程見たキヨウ様によく似ておられました」



 しかしながら病的な青白い顔。長い黒髪にこめかみ部分が白髪な事も合わさって病弱さが際立って見える。

 声音の低く柔らかく優しげな感じに反して、彼の瞳はあまりにも暗く淀んでいた。

 オキは彼の正体に気付き、恐る恐る声を掛ける。


『……ムエイ様?』

『何故あの場所に居た? あの場所は王宮の者でも入る事は禁じられている……』


 問われたオキは、ムエイに正直に話した。

 両親の事。その両親を捜しに来た事。捜している内にあの部屋に迷い込んでしまった事。

 それを聞いたムエイは、オキを椅子に座らせ、自らお茶を入れて出してきた。


『飲みなさい。気分が落ち着く』


 太子自ら茶を入れる事にも驚いたが、それは他の者にオキの事を知られない為であると思われる。

 そしてムエイは、部屋の奥へと入って行き、戻ってきた時にはその手に本を持って、それをオキに渡した。

 それからムエイは黙って部屋の外へと出ていってしまう。



「ムエイがその時、何処に行ったかは分からないの?」

「その時は分かりませんでしたけど、戻ってきたムエイ様は、私に両親は見つからなかったと言いました」

「なるほど、彼はオキの両親を捜しに行ってくれた訳だ。もしかして、この本ってその時に渡された物?」

「見つけだせなかったお詫びだと言っていました」



 ムエイはその後、オキを王宮の外まで送ってくれた。

 その際、オキがムエイの手を掴んでしまったのだが、一瞬ビクリと体を震わせた後、何とも複雑な表情をして繋がれた自分の手を見つめる。

 けれど、よほどオキが不安そうな顔をしていたのだろう。暫しオキを見下ろしていたが、その手を払う様な事なく、繋がれたままに歩みを進めた。

 王宮の外まで来ると、ムエイはオキの手を離す。


『そなたの両親の事は私も気を止めておこう。だからもう、ここへは来てはいけない……』


 静かな声音で言った後、ムエイはオキを見下した。


『ムエイ様、ムエイ様はあの男に何もしないのですか? 何であんな恐ろしい事をする人を王宮に……お傍において――』


 その時のムエイの顔を、何と表現すればよいのだろうか。

 彼は静かに笑っていた。

 今にも消えてしまいそうな儚げな笑顔。


『……私はもう、あの男からは逃げられぬ……逃げようとも思わない……。

 父も私を必要としない……母でさえ私を見捨てた……。

 しかし、あの男だけなのだ。私を必要だと言ったのは……たとえそれが嘘だとしても、私はそれを手放す事など出来ない……』



 きっとその胸が切なくなる様な笑顔に、オキは惹き付けられたのだろうとリジャイは思った。

 そして、彼を救いたいと思ったのだろう。


「リジャイ様……三眼神様……どうかムエイ様を助けて下さい……。あの男から……オリハリウム・バーツから開放してあげて下さい。救って下さるのであれば、私を食べてもらっても構いませんから……」


 リジャイは静かにオキを見下ろす。

 自身を神への供物にしようとしている少女の瞳からはまた、涙が溢れ出していた。


「ムエイとはそれっきり?」


 その質問に、オキは無言で頷く。

 そう、たったそれ切りの出会いで、この幼い少女は、彼の為に命を捧げようとしているのだ。

 幼く、あまりにも純粋な想い……。


 リジャイはやがてハァッと息を吐き出すと、困ったように笑いながらオキに言った。


「分かったよ。君の願いを聞き入れよう」

「っ!! ありがとう御座います!!」


 パッと顔を歓喜に輝かせる少女に、リジャイはフッと笑うと、首を振った。


「まだお礼を言うのは早いよ。ムエイを救うかどうか……それは彼に直接会って決める」

「え?」

「果たして、君が命を賭けるに相応しい人間か、せいぜい見極めさせてもおう」


 今の映像を見た感じでは、まだ完全にオリハリウムと言う仮面の男に支配されている訳ではないらしい。

 それも含めて見極めようと、リジャイは顔を上げるのだった。



 ***



「ムエイ様……」


 書庫で本を探している所に声をかけられた。

 既にこの男が傍にいた事は分かっていた。

 何故なら、この男からは、こんなにも禍々しい空気が漂っている。

 ムエイは手にした書物を棚に戻しながら、静かに振り返った。

 目にも眩しい真っ白な神官服。しかし、本来神聖な筈のその服は、この男が着れば何処か不吉な物の様に映る。

 そして、紙のように白い肌。何処か作り物めいたその肌は、希薄そうで現実味が無く、顔を覆う仮面と相まって、より一層不気味さを醸し出していた。


「オリハリウム殿……私に何か?」


 何の感情も表さず静かに訊ねれば、オリハリウムは引き攣った笑みを浮かべ、頭を下げる。


「ムエイ様……実は侵入者を一匹捕まえたのですが、逃げられまして……」

「それは……オリハリウム殿から逃げおおせるとは……どの様な侵入者です?」


 すると、仮面の下からオリハリウムの瞳が鋭く細められるのをムエイは見た。


「それが、あなたのお母上、キヨウ様の元侍女の女です……」


 感情が見えなかったムエイの顔に、驚きの感情が表れる。

 それを注意深く見ていたオリハリウムであったが、やがて雰囲気を和らげ困ったように首を振った。


「今全力を持って探しているのですが、見つける事は困難です」

「それで、リュウキやオミサヤの存在は……」

「お二人の事も分からずじまいです。申し訳ありません、ムエイ様……」

「いえ、引き続き――」


 その時、ムエイは激しく咳き込んだ。

 近くの棚に手を置き、体が崩れ落ちそうになるのを堪える。


「ムエイ様、お体に触ります。部屋でお休みになられた方が……」


 一見優しげにムエイに語りかけ、ムエイに手を貸すオルハリウム。

 ムエイは一瞬躊躇した後、その手に掴まると、次の瞬間にはオルハリウムの移動魔法によって己の部屋に移動していた。


「相変わらず、ムエイ様は勉強熱心な方ですね……」


 部屋の中を見回すオルハリウム。しかし何だかその視線は何かを探っているようにも見える。


「いえ、私も弟や妹達を捜す手伝いが出来ればと掻き集めた物ですが、オルハリウム殿の知識には到底及ばず……」


 ムエイの部屋は書物や資料で埋め尽くされ、踏む足場も無いほどであった。

 それでも何とか寝台にまでやってくると、オルハリウムに促されながらそこに横になる。


「ムエイ様……お気持ちは嬉しいのですが、お体の方が心配です。いずれ、あなた様を必要とする時まで、安静にしていて下さい」


 オルハリウムはそう言うと、ムエイの胸に手を置く。

 そして何かを口の中で呟き、その白い手に力を纏わせると、それをムエイに送り込んだ。

 苦しいのか、眉を顰めるムエイに、オルハリウムは優しく囁いた。


「どうかそれまで、何もしないで下さい、ムエイ様……くれぐれも私の邪魔せぬように……そうすれば……」


 その後の言葉は口の中で呟いたのか、ムエイには聞こえなかった。

 けれども何となく分かる。


『そうすれば、殺さずにいてあげますよ……』


 恐らく、そう言ったのだろう。

 ムエイが薄く目を開ければ、引き攣れた笑みを浮かべる仮面の男。

 彼が手を退かすと、息苦しさは無くなったが、頭の中がもやもやとする。

 倦怠感と、何かを考える事を放棄しそうになる、そんな感じだ。


「では、私はこれで……」


 オルハリウムはそう言うと、もう一度部屋の中を見回し、軽く首を振るとこの場を去っていった。

 暫くはそのままボゥッと天井を見上げていたムエイ。

 けれど、窓から差し込む光が大分傾いてきた頃、ゆっくりと起き上がった。そして、額を押さえ、軽く頭を振る。

 ふと視線を移した。

 そこには何も無い壁。けれどもそこは、隠し扉がある場所だった。

 それから、懐から小瓶を取り出す。

 蓋を開けると、それを周りに振りまいた。

 爽やかな香りが辺りに漂う。モヤモヤした頭の中も、スッキリと霞が晴れたようになった。

 その一時だけ、彼の瞳は意志の強いものとなり、寝台から起き上がると、隠し扉の方へと向かう。


「そろそろアヤが起きる……」


 ムエイは壁にポッカリト開いた真っ暗な空間への中へと、身を翻したのだった。





 リジャイが出てきました。今回出すと、暫くは出てこないです。

 ムエイも出てきましたが、彼がどんな位置にいるのか、それが焦点でしょうか。

 彼が本格的に活躍するのは、第三部からが予定なんですがね。


 そろそろ第二部《第一章》も終わりです。後二話くらいかな?

 第二章からはまたガラリと雰囲気が変わる……?(予定)

 でも、この第二部はそこからが始まりというか……。


 では次回、お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ