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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第一章》
88/107

11.念願の対面

 薄暗い通路に光がさす。出口が近付いているようだった。


「ここを出れば、奴隷達の居住地と、魔学者の居る研究所まではすぐだよ」


 それを聞いて、早夜は顔を輝かせ、前方に目を向けた。

 出口が待ち遠しかった。

 早夜はその時ふとある事を思って、ナイールに訊いてみた。


「そういえば、この国の一般の人って見かけませんけど、何処に居るんですか?」


 この城で見かけるのは、高貴な服を着た貴族と、枷を付けた奴隷ぐらいだ。

 まぁ、城の中に一般の人間が居れば、それはそれで問題だろうが……。


「それならば、奴隷達の住んでいる場所とは、全く反対の位置に街がある。主に商業が盛んな街だよ。商人が多く居る」

「へぇ……それじゃあ、お店とかいっぱいあって賑やかそうですね」


 早夜の脳裏に、アルフォレシアの街が思い浮かんだ。


「まぁ、それなりに賑やかなんじゃないかな……」


 ナイールは何とも曖昧に答える。


「たとえ、どんなに賑やかで栄えていたとしても、それは全て奴隷あってのものなんだ。人々の暮らす家を建て、人々が使う物を作っているのも全て奴隷だ……そして自分達は楽に暮らしている。そこは貴族と全く同じなんだよ」


 厳しい表情になり、静かな声音で喋るナイール。

 何だか、悲しいのか辛いのか、何処か諦めたような……色んなものが綯交(ないま)ぜになった顔をした。


「そういう私も、他人の事は言えないか……幼い時から彼らに依存した生活をしているのだから……」

「ナイール王子……」

「ねぇ、サヤ? もし奴隷を解放したら、この国はどうなると思う? 果たして自力でたっていられるのだろうか……」

「それは……」


 早夜の言葉は続かない。

 早夜には分からなかった。

 でももし、本当にそうなったら、この国はどうなってしまうのだろうか?

 奴隷の開放と聞いて、良い事のように思っていたけれど、でもそれだけでは駄目なのだとナイールの言葉を聞いて思った。


 そうこうしている内に、目の前が明るくなる。出口に辿り着いたのだ。

 早夜はナイールの様子を気に掛けていたのだが、彼は何事も無かったかのように早夜に笑い掛け、話し掛ける。


「ここからは如何する? お望みとあらばこのまま抱いて歩くけど?」

「ハッ! 結構です! も、もう平気なんで、降ろして下さい!」


 もうチャムカの恐怖は無いのだ。

 早夜は真っ赤になって、降りようともがく。

 するとナイールは、少し残念そうに早夜を降ろすと、何故かギュッと抱き締めてきた。

 当然、訳も分からず当惑する早夜。その耳にゾクリとするような甘い声が響いた。


「ねぇサヤ……?」

「ひゃい!?」


 思わず声が裏返ってしまった。背に回った手が、早夜の髪をかき上げる。

 妙にゾクゾクとし、体を震わせてしまう。


「さっき私がしようとした事を覚えてる?」

「え……?」


(さっき?)

 何の事だろうと早夜は首を傾げていると、ナイールは早夜の顔を覗き込んできた。

 その瞳を見て、早夜は金縛りにあったように動けなくなってしまう。

 あの、冷たく見えていた青い瞳が、まるで熱く燃えている様だ。そして、甘く蕩ける様な色っぽい表情。

(……この雰囲気、さっきもあった?)


「あなたがチャムカの存在に怯える前、私はあなたにこうして……」


 ナイールが早夜の頬に手を添え、顔を近づけてくる。


「~~っ!!」


(お、思い出した!)

 早夜は真っ赤になって、先ほどの光景を思い出した。

 けれど、思い出したはいいが、一体如何すればいいのか、ナイールの顔はどんどん近付いてくる。


「あ、ああああのっ! お、思い出しましたからっ、だからもう……」

「私はこのまま続きがしたい……あなたに口付けたい」


 あまりにも直球なお願い。

 更に顔が近付き、互いの吐息が掛かるほどになった。


 その時、脳裏に浮かぶものがあり、ツキリと胸が痛くなった。

 早夜は体を強張らせ、顔を背ける。


「い、いや……」


 消え入りそうなその声に、ナイールはピタリと動きを止める。後僅かでも近付けば、唇の触れる位置。

 彼は早夜の目の端に、微かに光る物を見て、一度切なそうな顔をしたかと思うと、唇をずらし、そのすべらかな頬に口付けた。

 ビクッと震え、早夜が恐る恐る目を開けると、切なげな顔は何処へやら、意地悪そうな笑みを浮かべて見下ろしている。


「なるほど、そういう顔をしていたんだね?」

「はい?」

「さっきは暗くてよく見えなかったからね。思ったとおり、面白い位に真っ赤だ」

「っ!!」


 早夜はプクッと頬を膨らませると、目の前のナイールを睨んだ。


「ま、またからかったんですか!?」

「フフッ、ここまで真っ赤になった人間を初めて見た」

「ひ、ひどい……」


 ムスッとする早夜に背を向けると、ナイールは早夜を歩くように促した。

 その時、声には出さずに彼は呟く。


『私が想うのと同じ位に、あなたも私を想うようにしてみせる……』


「え? 何か言いました?」

「いいや。さて、皆の居る場所に向かおうか、あなたと同じ異界人の者達が待っている」


 顔だけ振り返り、手を差し出す。早夜が少し躊躇いがちにその手を取ると、彼はギュッとその手を握った。






「初めまして」

「は、初めまして……」


 早夜は震えそうになる自身を必死に押さえ、目の前に立つ人物を見上げる。

 目は潤んでいないだろうか、鼻の奥がやたらと痛かった。

 胸の前でギュッと手を組み、泣きそうになるのをひたすら堪えた。


 子供の頃からずっと、夢の中で見続け、ずっと会いたいと思っていた人。


(この人が私のお兄さんなんだ……)


 胸が震えるほどに嬉しい。

 そして、それを知らずにいた事が、堪らなく悲しい。


 そんな想いが、こうして直接会う事で、より一層大きくなってゆく。


 夢に中の彼は、とても格好よくて、凄く素敵で、憧れさえ抱いていた人物。


 髪は短くなって、印象が少しばかり変わってしまっていたが、間違いなくこの人物はリュウキその人なのだ。




 そして、リュウキもまた、胸に込み上げる想いと必死に戦っていた。

 でなければ、みっともなくこの場で泣いていたかもしれない。跪いて、何度も詫びの言葉を言っていたかもしれない。


 あの時、手を離してしまった事の後悔。

 幼いながらに自分に誓った事。

 早夜を守っていけなかった事。

 そして何より、早夜の姿はあまりにも母キヨウに生き写しであった。


 リュウキは少しばかり目を伏せる。

 気持ちを落ち着ける為、ゆっくりと息を吐き出す。


「サヤ?」


 ナイールの呼びかけに、顔を上げるリュウキ。

 胸が締め付けられる。


 早夜は泣いていた。


 自分の事を真っ直ぐに見て、涙を流しているのだ。

 抱き締めてやりたいが、果たして自分に、そんな権利はあるのだろうか。

 しかし、早夜は言ったのだ。


「ごめんなさい。私の兄に、とてもよく似ているんです。ずっとずっと会いたかった私の兄に……」

「――ッ」


 胸が震えた。

(早夜、お前はこんな俺を兄と読んでくれるのか?)

 リュウキの胸は、喜びで満ち溢れる。

 そして、リュウキもこう言った。


「俺にも妹がいる。君と同じ歳で、君の様に可愛らしい子だ。守ると約束をして、その約束を破ってしまった駄目な兄だが……」

「……私の兄は、私の事をずっと守ってくれていました。ずっと見守っていて、でも私がその事に気付いたのはつい最近でした……」


 早夜は目を伏せる。

 その事を恥じるような、すまなそうな表情。

 リュウキはグッと拳を握り、首を振った。


(一生知らずともいいと思ったのだ。お前が幸せでいてくれるのなら……だから、俺がこの世界にやってきた後も、誰にも自分の家族の事は話さなかった。話す事でお前が知ってしまう事を俺は恐れたんだ。

 だから早夜は何も悪くない。何も恥じる事など無いんだ……)


 いつの間にか、リュウキは早夜の前に膝をつき、早夜を見上げていた。


「知ってくれただけでも、その兄はきっと嬉しいだろう。それだけで、君の兄は、救われた気持ちになる筈だ。泣かなくていい、恥じなくともいいんだ。そんな顔をすれば、兄は悲しくなる……。

 君の兄は、何よりも君の幸せを望んでいる筈だから……」


 早夜はハッとして涙を拭くと、ニッコリと笑った。

 リュウキも頷き、微笑み返す。


「そうだ。君が笑えば、その兄もきっと幸せだ……」


 リュウキもまた、自分の夢に乗せて早夜の世界を、彼のあの言葉を聞いていたのだ。

 早夜に幸せになれと言ったあの老人の言葉を……。

 リュウキも彼のその言葉に救われた。


 だからこそ、この世界で生きていこうと決めた。

 セレンティーナという愛しい女性を幸せにしようと決めたのだ。


 リュウキは右手を差し出す。


「改めて……俺はムエイと言う」

「……私は、桜花早夜です」


 早夜もその手を握り返した。


 その手の温もりに、早夜はどこか懐かしさを感じた。

 そしてリュウキは、その手の大きさに、時の流れを感じた。


 今もすっぽりと覆える位に小さいが、これがもっともっと小さかったのだ。

 リュウキはフッと笑い握る手に力を込めると、真摯な顔で早夜を見上げる。


「一度だけ、君を俺の妹の名で呼んでもいいだろうか……」


 そうすれば、少しは欠けた時間が取り戻せるような気がした。

 早夜はその言葉にニッコリと笑うと頷いて、


「私も……お兄さんと呼んでもいいですか?」


 リュウキは目を見開くと、噛締める様に、そして何だか泣きそうに笑って頷いた。


「オミサヤ……会えてとても嬉しいよ……」

「はい、私も……お兄さんに会えて、凄く嬉しいです……」


 最後の頃は、とうとう堪え切れずに、クシャリと顔を歪ませる早夜。そのまま彼女はリュウキに縋り付いていた。


「リュウキさん……本当に私のお兄さんなんですよね……」


 リュウキにしか聞こえぬ声で訊ねる。リュウキは早夜を抱き止め、「ああ、そうだ……」と頷いた。


「ずっと、ずっと……会いたかった」

「俺もだ、早夜……」


 何度もしゃくり上げる早夜を、リュウキは壊れ物の様に優しく抱き締め、その髪を何度も梳いてやる。


「お母さんが、仮面の男に捕まってしまいました……」

「っ!!」

「私を探しにキサイ国まで戻って、それで……」


 リュウキは体を離し、険しい顔で早夜を見る。


「それはアヤの事だな……?」


 早夜は涙の溜まった目で頷く。


「仮面の男……オリハリウムに捕まった……」


 早夜の肩を掴む手に力が篭る。リュウキの脳裏に、あの赤と白の光景が浮かんだ。

 そして、この国に来て初めに見た夢の光景も……。


 あの夢が現実のものになってしまう。


「いいか早夜、もう日本には戻るな。アヤが捕まったとなれば、あの世界はもう安全ではない」

「で、でも……」

「あの男には、決して見つかってはいけない。この世界にとどまれ早夜。俺が、今度こそはこの兄がお前を守る」


 更に力がこもって、痛みに顔を顰める早夜。その時、リュウキの腕がグイッと何者かの手に掴まれる。

 見れば、ナイールがニッコリと笑ってリュウキを見下ろしていた。しかし、その目は少しも笑っていない。


「もう挨拶は終わりだよ、ムエイ……」


 そして、素早く早夜を自分の後ろに隠す。


「妹の代わりにするとしても、随分と親密すぎやしないかな……サヤも、初対面の男に自分から抱き付くなんて……」


 そしてナイールは後ろにいる早夜をチラリと見ると、


「私が抱き締めるとあんなに真っ赤になるくせに、随分と積極的じゃないか? あなたはもっと、奥手なのだとばかり思っていたのだけど……」

「……抱き締める……?」


 リュウキがナイールの台詞に顔を顰め、早夜を見やる。


(ひえっ、ナイール王子も、リュウキさんも、目が凄く怖いよぅ……)

 早夜は二人の男から同時に、咎められるように見つめられ居た堪れず、その場から消えてしまいたいと本気で思ったのだった。





「ほほぅ……あれが噂のナイール王子ね? 予想以上にイケメンだわ」

「おい、あんまり体を乗り出すな。見つかるぞ」


 早夜の友人、蒼と亮太も実はこの場にいた。

 ただし、少し離れた場所。吹き抜けとなっているこの部屋の二階の通路から隠れながらであるが……。


『見ツカッタラ大変ナノデツ! 蒼、ソーットナノデツ!』

「分かってるって、花ちゃんも心配性ね」

「お前が無用心すぎるんだよ」


 呆れた声を上げられてしまう蒼だったが、身を乗り出して再び階下を眺めてしまう。

(やっぱり百聞は一見に如かずよねぇ……)

 早夜から話は聞いていたが、思ってた以上にイケメンな上に、あの様子だと如何やら早夜の事を好きらしい。

 先ほどから亮太も、鼻の頭に皴を寄せ舌打ちをするのが聞こえた。


「亮太は亮太のいい所があるって。庶民パワーを見せ付けなさいよ」


 蒼が力付ける様に亮太の肩を叩くと、渋面を作りながら彼は蒼を見やった。


「……何だよ、庶民パワーって……」

「あらだって、早夜を好きになる男って、あんたを除けば皆王子様。いわゆるセレブじゃない。あの見つめの人も、もしかしたらセレブかもしれないし……」

『蒼、セレブッテ何デツカ?』


 花ちゃんが、不思議そうに首を傾げながら蒼に訊ねる。


「セレブッていうのはね、お金も権力もあって、雲の上の存在の人たちの事よ。その中で一人庶民のあんたが早夜にアピールできるものって言ったら……」

「……何だよ……」

『何デツカ?』


 亮太と花ちゃんが身を乗り出し、蒼の言葉を待つ。

 すると蒼はニッコリと笑い、


「うーん、平凡な所?」

「は!?」

『成ル程ナノデツ!』


 そんなもの何のアピールになるのかと、一人納得できないという顔をする亮太。その隣で花ちゃんは頬を紅潮させ、二パッと笑う。


「成る程って……花、お前蒼の言ってる意味分かってるのか?」

『分ラナイデツ!』


 ガクッと力の抜ける亮太に、


『デモ、蒼ノ言ウ事ハキット正シイデツ!』

「あーん、もう。愛いやつめ!」


 花ちゃんをウキューッと抱き締める蒼。花ちゃんはキャッキャッと嬉しそうである。


「亮太、非凡より親しみやすい平凡さよ! それに、同じコンプレクスを持ったもの同士、話が弾むんじゃない?」

「……コンプレックスって……もしかしなくとも身長の事か……」


 確かにそれはコンプレックスではあるが、それをそんな悩みなど無縁のどでかい人間に言われたくなどない。ムカつくだけである。

 亮太は蒼を睨みつけ、蒼はその視線を受け、苦笑していた。

 いつもであれば、ここで亮太にチョップやら頭を小突くなどしてくる筈なのだが、今はこうして睨んできたりはするものの、全くそういう事をしてくる様子は無い。

 恐らく、この腕の事を気遣ってなのか、亮太は蒼に触れてくる時、まるで腫れ物扱うようにそっと触れてくるのだ。

 それが、蒼にとってはか弱い女になったようで、くすぐったくもあり寂しいと感じた。


「……気を使ってくれるのは嬉しいんだけどな……」


 前みたいに小突き会いたいと蒼は思ったのだ。


『如何カシマツタカ?』

「ん? 何だ蒼、なんか言ったか?」


 何やら呟く蒼を、心配げに見つめてくる花ちゃんと亮太。そんな二人に蒼は何でも無いと言ってから、ニッと笑って亮太に告げる。


「それより、亮太は顔だってまあまあなんだからね。いい? 他のライバル達は、相当なイケメンだから、早夜は気後れしちゃうと思うのよ。それに対して亮太は、まあまあイケメンだから、早夜としてはそれ位が凄いホッとすると思うわ」

「そ、そうなのか……?」


 まあまあという微妙な言葉を付けられたが、イケメンと言われ満更でもない様子の亮太。

 そんな彼に拳を突き出して、彼の胸を小突く蒼。


「頑張れ、亮太」


 にっかりと笑ってはいるが、突き出したその腕は、包帯の巻かれたあの腕である。

 ほんの僅かに眉を顰めた蒼に、亮太は彼女が敢えてその腕で小突いてきたのだと知った。

 亮太は苦笑いを浮かべると、ビシッと蒼の額にチョップをしてくる。


「あいたっ」

「バーカ、無理すんなよな。でもサンキュー。俺頑張ってみるわ」

「………」


 蒼は額を押さえながら、嬉しそうに頬を緩める。そんな様子を、花ちゃんは円盤から優しい眼差しで見下ろし、ウンウンと頷くのだった。





 漸くですね……彼らにとっては本当に念願の、です。


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