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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第一章》
81/107

4.蒼との再会

 リジャイとの会話を終え、早夜は今度こそと腕輪を見る。

 そして、通話の出来る状態にしようとした時である。


「サヤ様……」

「キャア!」


 いきなり間近で声を掛けられ、早夜は慌てふためいた。

 そして振り返ると、そこにはカンナが立っている。


「カ、カンナさん!? いつの間に――」


 と早夜は言葉を途切れさせる。

 いつの間にも何も、カンナは呪印で移動できるのだから、いきなり現れても何ら可笑しくはない。

 するとカンナは早夜の前に跪くと、


「お呼びですか?」


 と尋ねてくる。


「え?」

「先ほど、私の名をお呼びになったようなので……」


 それを聞いて、ああと思い至った。

 確かに、リジャイと会話する前に、カンナの存在を確かめる為に名前を呼んだ。


「あの時は直ぐに参る事が出来ずに、申し訳ありませんでした」

「いえ、そんなっ! カンナさんにだって、都合があるでしょうし、私もそんなにずっと見られてると思うと、落ち着きませんし……。えっと、それでカンナさんは何をしてたんですか?」

「サヤ様のお兄様……リュウキ様に会っておりました」

「っ!! リュウキさんにですか!」

「はい、それに、サヤ様のご友人にも……」

「蒼ちゃん! それで、皆は元気でしたか?」


 会いたかった者の事を聞いて、興奮気味にカンナに詰め寄る早夜。

 するとその時、カンナの背後から何かが現れた。

 それは、コマ状の円盤に乗った、小さな生き物であった。

 頭には花を咲かせ、クリッとした小さく円らな瞳で、此方を見ている。


「初メマツテ! 僕、花チャンデツ!」


 スチャッと片手を上げて、花ちゃんは早夜に向かって挨拶をした。


「えぇ!? えと、初めまして? 私は桜花早夜です……」


 一応というか、何と無くというか、早夜もまた釣られて挨拶をする。

 花ちゃんはニパッと笑って、頷いた。


「知ッテイマツ。蒼ガイツモ話シイルノデツ!」

「蒼ちゃんが?」

「アイ! 蒼ハ僕ニ名前ヲ付ケテクレタ、モウ一人ノ僕ノマザーナノデツ!」


 それを聞いて、早夜もまたニコリと笑った。


「そうなんだ。よろしくね、花ちゃん」

「アイ! ヨロシクナノデツ!」


 ピッと花ちゃんが小さな手を差し出してきて、早夜はそれを指の先で摘んで握手をする。

 何だか、心の中がふんわりする早夜であった。


「挨拶は済みましたか?」


 カンナが尋ねてくる。

 すると花ちゃんが「アイ!」と小さく敬礼をして返事をした。

 そして、早夜の方に向かって、


「皆カラ、伝言ガアルノデツ!」

「え? 伝言?」


 すると花ちゃんは、オホンと一つ咳払いをして、「ポチットナ」と何やらボタンを押した。


『早夜、元気?』

「っ!! 蒼ちゃん!?」


 花ちゃんが青白い光に包まれたかと思うと、そこから蒼の声が聞こえてきた。


『アルフォレシアに戻れなくなっちゃってごめんね? 私ってばへましちゃって……。お菓子も早夜の為にいっぱい持ってきたんだけど、もう半分位は皆で分けて食べちゃった。

 それとね、私今、早夜のお兄さんのリュウキさんと一緒に居るのよ? リュウキさんってかっこいいわね。それに、早夜がいつも私に話してくれてた通りの人だったわ。

 それから……日本での事なんだけど、私おばさんに会えなかったの。家に行ったけど、誰も居なかった……。その代わり、呪符の切れ端みたいのが落ちてて……その事については、会えた時に直接話すわ。今はあなたに話したい人は、何も私だけじゃないからね』


 どうやらこれは、録音されたものの様で、会話などは出来ないようである。

 それでも、蒼の声が聞けたことは、早夜にとってとても嬉しい事であった。

 何より面白いのは、声が流れている間、花ちゃんがその声に合わせて口パクで動いているという事。

 蒼っぽい動きと仕草で一人芝居をしている光景に、思わずクスリと笑ってしまう。


『え!? 次俺でいいの!?』


 と、今度聞こえてきたのは、亮太の声。

 早夜はドキリとした。告白の事をありありと思い出してしまう。


『エー、早夜さん元気ですか? 俺は元気です』

『ブフー! ちょっと何それ!? 固い! 固すぎるわ!』

『う、うるせーよ蒼! って、今のも入っちまってるじゃねーか!』


 その相変わらずの二人の様子に、早夜は何だか嬉しくなった。


『あー、その早夜さん、すみません。俺、蒼を守るって言っといて、蒼に怪我させてしまいました』

『ちょっと、亮太!?』

『何かの呪いとかうつされたみたいで、凄く辛そうです。早夜さんの力であれば、もしかしたら治せるかもしれないんじゃないかと聞きました。再会できた時は、蒼の事をみてやってくれませんか?』


 と、ここで、一旦途切れる。

 早夜は眉を顰めて考えた。


「呪い……」


 星見祭の時に、おじぃちゃん先生に連れられ、リュウキと一緒に居る蒼たちを見たあの時、蒼からは、何か嫌な気配を感じた。

 あれは呪いの気配だったのだ。


『早夜……』

「っ!!」


 次に聞こえてきた声に、早夜は泣きそうになる。

 夢の中でしか聞いたことのない声。

 しかし、早夜にとってはずっと焦がれていた存在。

 自分の兄であり、自分の家族。


「ああ……リュウキさん……」


『早夜、お前の事は俺も夢を通してずっと見てきた。だから、お前がどんなに辛く寂しい思いをしてきたか、ちゃんと知っている。全ては、あの時手を離してしまった俺の責任だ。俺は兄失格だな……。

 お前がこの世に生を受けた時、俺はお前の盾となり剣となって守って行こうと心に決めていたのにな……。しかし、現実はこうして、お前を守る事も出来ず、逆に早夜、お前には命を助けられたりもした。兄として道を示し、手を引いて歩いてやることもできず、それでもお前はこうして、自らの力と意思で、こんな所まで来てしまった。一人でもう、何でもできるんだな……。

 兄の俺はもう必要ないのかもしれない。それでもあった時には、俺の事をどうか、兄と呼んではくれないだろうか……。たとえ呼んでくれずとも、俺は早夜を大事な妹して想っていよう。もし許されるのであれば、これからは……今度こそ、お前の盾となり剣となる……』


 早夜はその言葉を聞いて、いつの間にかその頬に、涙が伝っている事に気付いた。


「リュウキさん……ううん、お兄さん。私の方こそ、あなたの事を、兄と呼ばせてください……」


 早夜はこの場に居ないリュウキに向かって、そう呟いていた。

 会ったら絶対に彼の事を兄と呼ぼうと、心に誓ったのであった。


 花ちゃんは、青白い光を消し去り、早。夜に向かってペコリとお辞儀をする。

 そして、キラキラとした目で、早夜を見ると、


「蒼ニ伝言スルデツカ?」


 と尋ねてくる。

 早夜はそんな花ちゃんを見て、クスリと笑ってから、今度はカンナを見た。


「あの、カンナさん」

「はい、何でございましょう?」

「今、蒼ちゃんの所に行ったら、リュウキさんに会えますか?」


 すると、暫し無言になったかと思うと、少々視線を彷徨わせてから、カンナは首を振った。


「いえ。今、研究所にはリュウキ様は居られません。どうやら、奴隷居住地の方に戻ったようです」


 淡々と告げるカンナ。

 どうやら、今視線を彷徨わせていたのは、リュウキの居場所を探っていた為のようだった。


「そうですか……」


 落胆した顔で、早夜は呟く。


「ご友人たちにお会いになられるのですか?」


 静かな声でカンナは尋ねてくる。

 その言葉に花ちゃんもハッとして、早夜の事を見た。


「ソウデツ! 会エバ蒼モ喜ブノデツ!」


 円盤に乗った花ちゃんは、そのままクルリと一回転する。

 早夜はグッと言葉に詰まる。

 確かに今すぐ会いに行きたい。会って蒼が受けたという呪いを解いてやりたい。


「でも……」


 早夜は自分の姿を見下ろす。

 とてもじゃないが、こんな格好のまま会いに行く訳にはいかない。

 そしてハッとしてカンナを見る。

(そういえば私、カンナさんの前でこんな格好で……)

 いくら女同士でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。今更ながら赤面する早夜であった。


 カンナはというと、そんな恥ずかしそうな早夜の様子に、暫し目を瞑っていたかと思うと、


「少々お待ちを……」


 そう言って、呪印を体に纏わり付かせ、姿を消す。そして暫くして、また姿を現した。その手に布の塊を持って……。


「それは……」


 早夜が不思議そうに覗き込むと、カンナはその布の塊を広げて見せた。

 それは、フード付きのローブ。

 早夜は瞳を輝かせた。


「これであれば、着たり脱いだりが楽と思われます。後……」


 カンナはもう一つ取り出すと、早夜の足元にそれを置いた。


「うわぁ、靴も! ありがとうございます、カンナさん! なんかもう、何から何まで……」

「いえ、礼には及びません。あなたは私の覇王なのです。あなたの願い通りに動く事、それは何よりの喜びなのですから……」


 カンナはそう言うと、本当に幸せそうに、そして嬉しそうに笑った。

 彼女の言う覇王という言葉に、むず痒さと違和感を感じながら、そのカンナの笑顔に、此方もいつしか笑顔を返していた。

 そして、改めて彼女を見ると、とても美人なのだと分かった。それに凄くスタイルもいい。

(どうして私の周りの女の人って、皆スタイルがいい人ばっかりなんだろう……。私はこんななのに……)

 思わず自分の胸を見下ろしてしまい、早夜はハァッと溜息をついてしまうのだった。





「蒼ー! タダイマナノデツー!!」


 花ちゃんは研究所に戻ってくると直ぐ、蒼の元にやってきた。


「あー、おかえりー、花ちゃん! どう? 早夜には会えた?」

「アイ! 伝言モ、バッチリ伝エタノデツ!」

「それで? 早夜さんは何て? 元気にしてたのか?」


 亮太も近づき、ソワソワと花ちゃんに尋ねる。


「もー、亮太ってば! 早夜の事が心配なのは分かるけど、まずは花ちゃんを労ってあげるのが先よ!」

「うっ、あー、わりー花。そうだよな……ご苦労様」

「そーよー、花ちゃん、偉い偉い」


 花ちゃんは蒼に頭を撫でてもらって、「ウフフー」と嬉しそうだ。

 そして円盤に乗ったまま、フワリと二人から離れると、クルリと一回転する。


「ウフフー、蒼、亮太! サプライズ、ナノデツ!」

「は?」

「サプライズ?」


 不思議そうな顔で蒼と亮太は顔を見合わせる。

 そんな二人に、花ちゃんは小さな口に手を当て、また嬉しそうに笑った。

 そして花ちゃんが後ろを振り返ると、何もない空間にシュルルと呪印が現れ、そして解けるように消え去った後、そこにはフードを被った人物が立っていた。

 その人物は、キョロキョロと辺りを見回した後、蒼と亮太に顔を向け、そのフードを取り去る。と同時に、蒼に賭けより抱きついた。


「蒼ちゃん!」

「早夜!?」

「早夜さん!」


 早夜は蒼を見上げると、泣き笑いのような顔になって言った。


「待ちきれなくて、会いに来ちゃったよ」





 ナイールが呼ばれて行くと、そこにはシーツに包まり、ブルブルと震えるムハンバード王が居た。


「ああ、王子様。一体どういう事なのでしょうか? 陛下はずっとあのような状態で……」


 王の側近の一人である、初老の男が、ナイールの姿を見つけると、その様に報告してきた。

 いつものように、美女たちもそこに居たが、王は彼女たちに見向きもせず、ただ虚空を見つめ、震えるだけであった。


「如何いたしましょう? 医者をお呼びした方が宜しいでしょうか……?」

「いや、それは必要ないよ……そうだろう?」


 ナイールがその側近に向かって静かにそう言うと、一瞬ぎくりとした後、その側近は頭を下げ、


「そ、そうでございますね」


 と言って、そそくさとその場を去ってゆく。

 そして、ナイールは、他の者達にも出て行くように告げると、王と二人だけになった。


「陛下……」


 ナイールが声を掛けると、盛り上がったシーツがビクリと震え、そしてモソリと動くと、ムハンバードが顔を上げ、自分の息子を見る。

 その目にナイールの姿を捉えると、ムハンバードは彼に取り縋る。


「あ、あの娘は如何したのだ!? あの女は!?」


 あの娘というのは、早夜の事だろう。

 しかし、“あの女”というのは……?

 ナイールはその事に心の中で首を傾げると、ムハンバードの質問に答えてやる。


「……先ほどの異界人の娘であれば、私の部屋に閉じ込めております……」


 しかし、ムハンバードはナイールの言葉を聞いても、震えが止まる事はなかく、時折ビクッと震えては、後ろを振り返ったりしている。


「で、ではあの女は!? わしを殺そうとしたあの女は何処に居る!? まだわしを狙っているのか!?」

「……あの女? 殺そうとした?」


 ますますもって訳の分からないナイールであったが、


「そのような者は、何処におりません。きっとお疲れで、幻覚でも見たのでしょう……」

「げ、幻覚……?」

「そうです。あの時は香をたかれておられたでしょう? 確かあれには、幻覚作用もあった筈です」


 確かにあの時、あの部屋には香がたきつめられていた。

 気持ちを高揚させる効果のあるものだった。

 しかし、それでもムハンバードの震えはおさまる事は無く、何やらブツブツと呟き出した。


「何故……何故助けた……何故泣かぬ……分からん。何故……」


 そのように、王はずっと「分からん」と「何故」を繰り返した。


「陛下、今日はもう、お休みになられた方がいいでしょう」


 ナイールはその言葉を最後に、頭を下げ退室する。

 しかし、扉を閉める寸前、ナイールの耳に、ある呟きが聞こえてきた。


「……ナイールとは何だ……」


 閉めようとした扉の隙間から、ナイールは中を覗いた。

 ムハンバードは此方を見る事は無く、意識を向けてくる様子もない。

(ナイールとは何だ、だって? 私が一体何だと言うのだろう……)

 考えては見るが、王の言葉に意味など分かる筈も無い。

 きっと、香をたきつめ過ぎた為の副作用だろう。そう思う事にした。

(いっそこのまま、ずっと自室に閉じ篭っていてくれればいいのに……)

 扉の隙間から、ムハンバードを冷たく見やり、ナイールは心の中でそう呟くのだった。





 早夜は蒼の前に座り、その包帯と呪符の巻かれた腕を見る。

 頭の中に、必要な知識が駆け巡った。魔力を引き出し、蒼の腕の呪いを探る。

 それを固唾を呑んで見守る亮太と花ちゃん。

 いつの間にやら、ピトも部屋に居り、早夜の様子をじっと観察している。


 早夜は呪いの元を探してゆく。そして感じたのは、おぞましい恨みの負の感情。

 思わず意識を逸らしてしまいたくなる様な嫌な気配だった。

 早夜はそれをぐっと堪え、深くそこに魔力を入り込ませ、その元を探ってゆくが、蒼の中にはそれを見出す事は出来なかったのである。


「……ごめん、蒼ちゃん」

「え?」


 ハァと息を吐き出し、早夜は沈んだ声で呟いた。


「呪いを解く為には、その元を封じるか消し去ればいいんだけど、その呪いの元が見つからないの……。確か、移されたって言ってたよね? 多分、その移した人の所に、その呪いの元があると思うんだけど……」

「それって、あの影の男? リュウキさんはオルハリ何とかって言ってたけど……」

「オルハリウム……」


 早夜はあの仮面の男を思い出していた。

 夢の中で見たものと、星見祭でおじぃちゃん先生に見せられたもの。そこでは、アヤがその仮面の男に捕まってしまった。その時、アヤはその男の事を、そう呼んだ。

 今すぐ助けに行きたい。でも如何すればアヤの元に行けるのか、万物の力の知識を探ってみても分からなかった。

 出来ないものは、どうしようもないので、今出来る事を精一杯がんばる事にした早夜は、もう一度蒼の腕に魔力を注ぎ込む。


「解く事は出来ないけど、これ以上広がるのを抑える事と、痛みを和らげる事はできると思うから……」


 青白い光と共に、呪印が浮かび上がり、蒼の腕を覆ってゆく。

 そして、早夜の口からは、聞いた事も無いような言葉が告げられた。

 蒼の足元には魔方陣も浮かび上がり、それを見たピトは、ほぅと感心した声を上げた。


「呪印と呪文と魔方陣の混合魔法か。さすがジャの」


 蒼や亮太も、初めて見る早夜の魔法に、言葉も出ない。

 その術も終わり、早夜は改めて蒼に謝った。


「蒼ちゃんごめんね。私の為にこんな事に巻き込んじゃって……」

「もうっ、何言ってんのよ! 私が勝手にへましちゃっただけなんだから、早夜が気に病む事は無いんだからね!」

「でも、私、呪いを解いてあげる事も出来なくて……」

「そんなの! 実はもう、イーシェから言われてるわよ!」

「そういえば、そのイーシェって人も、呪いの元をどーとかって言ってたもんな」

「……? イーシェ?」


 蒼と亮太の言うイーシェという名に、首を傾げる早夜。


「ワシらと同じ、異界人の娘ジャよ。性格はちょっと……あれジャが、治癒に関しては、右に出る者はおらんのぅ。いや、今はお前さんが居るか。万物の力を持っておるからの」

「ピト!? いつの間に?」


 皆、蒼の呪いの事に集中していた為、そこにピトが居る事など、全く気付いていなかったようである。

 早夜はピトの姿を見て、目を見開いた。

 子供がこんな所に居るという事と、その変わった容姿の為だ。


「あ、早夜。彼はピト。魔学者ってのをやってるんですって。こう見えても五百歳超えてるらしいわよ」

「ご、ごひゃく!?」


 もう一度ピトをまじまじと見てしまう。

 その早夜の様子にピトは、肩を竦めるとニカッと笑った。


「一応、お前さんには初めましてかの。ワシの方は、実はお前さんが気を失っている間に、もう会ってるから初めましてジャないんじゃが……」

「私が気を失っている間? じゃあ、私を治してくれたのは……」

「いいや、お前さんを治したのは、今しがた名前の出たイーシェという異界人ジャよ。ワシはお前さんの体力を回復させただけジャ」

「体力の回復?」


 早夜がパチパチと瞬きをする。

 ピトはそれを見て苦笑した。


「どうも万物の力は、それほど万能ではないようジャ。魔法知識に関しては完璧なんジャが、まず意識しなければそれは引き出されない上に、自分自身の事については少々無頓着になってしまうようジャの。

 今回何故、お前さんは気を失ってしまったか分かっておるか?」

「え? それは……」


 鞭を打たれたせいではなかろうかと思ったのだが、ピトは、


「ムハンバードに鞭打たれたせいではないぞ?」


 と、先に言われてしまった。


「お前さんは自分の限界も分からず、魔法を使い過ぎたんジャ。そして、体の方が追いつかず、体力を使い果たし倒れたという訳ジャな。今回、治癒魔法も受け付けんほどに、衰弱しておったぞ」

「それは……お手数をお掛けしました……」


 一応、ペコリと頭を下げる。

 治癒魔法というものは本来、その者の治癒力を高め、その人自身の力で治すもの。その人の治す力が損なわれていれば、治癒魔法を施す事は出来ないのだ。


「一応聞くが、今日の内にどれだけ魔法を使った?」


 ピトに尋ねられ、早夜は今日あった出来事を思い出す。


「えっと確か……アルフォレシアでオースティンさん……目の見えない人なんですけど、その人の目を治す為に治癒魔法を一回。その後、その人に見せる為に、幻術を一回。

 そして、このクラジバールに来て、王様の目の前でその幻術を見せようとして、体が重たいのに気付いて……。それで、術が直ぐに消えてしまって王様が怒って、鞭を振るってきたんです。

 それをナイール王子が庇ってくれて……ああ、そうだ!

 その時カンナさんが王様の後ろに現れて、攻撃をしようとしたから、それを止めようと必死になって、何か結界魔法とナイール王子を治すのと……あ、そっか、この時に枷も解除しちゃったんだ……」


 ポンと手を打ち、早夜は頷いた。

 ピトは呆れた様に早夜を眺めている。

 蒼たちも、魔法に関しては無知であったが、きっと凄い事をしているんだろうなとは思っていた。


「治癒魔法一回。幻術一回……いや二回。それに同時に結界、治癒、枷の解除……。恐らくは、ワシが思っているより高度な術なんジャろうな……。

 常人であれば、実際それだけ魔法を行ったら死んでおるぞ?」

「え……?」

「元々、万物の力に耐えうるだけのキャパシティーは持ち合わせておるようジャの。それを越えてしまうほどの魔法……うーん、見てみたかったのぅ……」

「……えーと……見せましょうか? 幻術でよければ……」


 本当に、心の底から見たいという顔をするピトを見て、早夜はそう言ったのだが、直ぐに「駄目ジャ」と言われた。


「いくらワシの薬で体力が回復したからと言って、お前さんはたった今、蒼の呪いに魔法を使った。今日はもう止めておくんジャ。

 それから、ワシからの忠告。

 普通の魔法ならともかく、高度な魔法を使うのは、一日一回までにしておけ。後、魔法に慣れておく事。初歩的なものからじっくりな。そうやっている内に、限界も見えてくると言うもんジャ。

 お前さんの場合、いきなり高度な術を、初歩的魔法と同じくらいの気安さで出来てしまうのが難点ジャの。まずは自分の限界と、魔法を行う時の魔力の消費量などを頭に入れて、普段から練習しておくんジャ」


 見た目の幼さからは想像も出来ないくらい、しっかりとした言葉とその内容。流石は五百歳といった所であろうか。

 早夜はピトの言葉を肝に銘じ、頷いたのであった。




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