2.ピトの薬
早夜を抱え、ナイールはそのまま自室へと向かう。
そして、廊下の途中に、カンナが立っている事に気づいた。
ナイールは彼女に、イーシェを呼ぶように命じる。
すると、カンナは暫し早夜の事を見つめ、そして頭を下げると、呪印を出し、姿を消した。
(気のせいだろうか、今カンナは自分にではなく、サヤに向かい礼をしなかったか?)
ナイールはそう思ったが、今は急ぐ事にする。
自室に着くと、無駄に広い寝室のベッドに早夜を傷に触れぬよう、うつ伏せにして寝かせる。
ナイールはあまり、このベッドで眠る事はない。日々の殆どを、別棟の執務室で過ごしているからである。
寝る時も、ソファーで寝る位だ。
ナイールは、横たわる早夜を見下ろす。
その背は無残にも裂け、真っ赤に染まっている。
あのままであったのなら、恐らく、自分もまたこの様になっていたであろう。
ナイールは首をめぐらせ、自分の背中を見る。
服が裂け、肌が見えていたが、傷は一切見当たらない。
「サヤのお陰か……」
使用人を呼びつけ、自分の物と早夜の着替えを用意させる。
早夜の着る物には、ある注文をしておいた。それを聞いた使用人は、目を見開かせたが、そのまま従い退室する。
「枷の代わりだ……」
ナイールはそう呟きながら、自分の手を開く。そこには銀色の欠片が存在した。
早夜に嵌めた枷の欠片である。
魔力の枷である、銀色の輪っかは、いとも簡単に解除されてしまった。
ナイールは考える。これは一体、どういう意味なのだろうかと。
自分は囚われていないという意思表示であろうか、それとも王に何かをするつもりであったのだろうか。
それに、あの時、早夜の瞳が赤く染まっていた事にも、何か意味があるのだろうか。
あれはまるで、アルフォレシアの魔眼使いのようではなかったか。
これは偶然なのであろうか、それとも何か繋がりがあるのだろうか。
考えれば考えるほど、分からない事は募ってゆく。
その時、カンナがイーシェと、それに何故かミリアも伴って部屋に現れた。
「怪我した異界人というのは、そいつかミョ?」
ベッドに横たわる早夜を見て、イーシェが尋ねる。その背の傷を見て、眉を顰めた。
「この傷は……また王が鞭打ったミョ?」
「まぁね……」
「それで、この子供は何者ミョ? 初めて見る顔ミョ」
早夜を観察しながらイーシェが尋ねると、ナイールは少しばかり噴き出す。
怪訝そうにイーシェが顔を向けると、
「いや、この娘は子供ではないそうだよ。17だと言っていたかな」
「ミョミョ!? ぜんぜん見えないミョ!」
そして、改めて早夜を眺めるイーシェ。
「きっと、体の小さい人間の世界から来たミョね……」
しみじみと呟くイーシェに、ナイールはクスクスと笑いながら、
「そうでも無いみたいなんだけどね……。それに、この娘は今日、アルフォレシアから連れてきた異界人だ」
それを聞いて、イーシェだけでなく、ミリアもハッと顔を上げた。
ミリアは、早夜の傷を見て、少しばかり青ざめていた。
もしかしたら、両親を殺された時を思い出してしまうのかもしれない。
「それってもしかして――」
「そう、この間の、あの魔力の主だ」
頷くナイールを見て、ミリアは口に手を当て、驚愕に目を見開く。
「じゃあ、じゃあ――」
「ミリア!」
ミリアが何か言いそうになった時、イーシェがそれを遮った。
「今すぐピトの所に行って、体力を回復させるような、アイテムか薬でも貰って来るミョ。この娘、イーシェの魔法を受け付けないほど、弱ってるミョ。何か、魔法を使いまくって、体が限界に来てるみたいミョ」
イーシェは更に不機嫌そうに呟く。
「全く、どれだけ魔法を使ったんだミョ。魔道士なら、自分の限界くらい知っておくものミョ」
そして、いまだ呆然としているミリアに、イーシェは再度声を掛ける。
「ミリア! 何してるミョ!? さっさと行くミョ!」
漸くハッと我に返り、「わ、分かった!」と言って部屋を出て行くミリア。
慌てて、研究所へと走るのであった。
そして――。
「ムエイ様と同じ、黒髪の女の子です!」
研究所に辿り着いたミリアは、すぐさま早夜の事をリュウキに告げた。
彼は、その事を聞いて、あまりの衝撃に言葉が出ない。
アルフォレシアから連れてこられた異界人。この前の凄まじい魔力の持ち主である。そして、黒髪の少女。
これはもう、早夜以外にあり得ない。
リュウキは今すぐ早夜の元に向かおうとするが、すぐさまカムイに押さえつけられる。
「放せ!」
「まぁ、待てって! 俺は難しい事とかは分からんが、今回ばっかりは、今お前が行っちゃやばいんじゃないかってのは分かるぞ」
「そうジャぞ、ムエイ。今お前さんが行ったら、もしかしたらお前さんの素性が知れてしまうかもしれん」
カムイの言葉に乗っかるようにしてピトも言う。
しかし、今早夜の事で頭がいっぱいのリュウキには、そんなものはどうでもよかった。
「そんなもの、とうにバレている!」
ナイールと最初に出会った時の事を思い出す。
あれは明らかに、自分の事をアルフォレシアのリュウキだと疑っていた。
「そうジャの……バレとるかもしれんの……。でも、バレてないかもしれん……。本当の所はワシにも分からん。そんな時はな、ムエイ。下手に動かん事ジャ。
それに、下手をすれば、お前さんの妹が“万物の力”と言うすごい力を持っている事が知られてしまうかもしれん。
もし万が一、その事が王のムハンバードに知られてしまったら。あの男の事ジャ、お前の妹を利用し、無茶な事をしようとするかもしれん。
妹を大事と思うなら、今は堪えるんジャ。そうすればきっと、チャンスは幾らでも巡ってくる」
ピトの説得にリュウキは漸く落ち着き、再び椅子に座って片手で目を覆うと、深く溜息をついた。
「皆すまない。取り乱した……」
「ウム! 気にするな、ムエイ。ずっと会えなかった妹が、近くに居ると言うのだから、それは無理もない事なのだ! 我も、ムエイが妹に会えるよう、協力するのだ!」
「俺も協力するぜ! ついでにお前らにもな!」
カムイがニカッと笑って、蒼と亮太に向かい親指を突き出した。
「って、俺達はついでかよ……」
「まぁ、それは仕方ないんじゃない? 彼らとは出会って間もないんだし、片や赤の他人、片や仲の良い友人って言ったら、どうしたって友人の方を取るもんでしょ?」
「それは確かにそうだけどさ……でも、早いとこ早夜さんに会わないと……」
「ああ、そうよね、早く会って早夜から告白の返事聞きたいわよね……」
「バッカ、違うって!」
「あはは、分かってるって! おばさんの事も言わないとだしね」
「いや、それもあるけどさ……」
亮太はそう呟きながら、蒼の呪符と包帯の巻かれた腕を見る。
今は見えないが、包帯を替えた時にチラリと見えた。
最初と比べて、明らかに広がっている。
早い所、どうにかしなければ、どんどん広がってしまうかもしれない。
それに、本人は隠しているみたいだが、相当痛いらしく、蒼の部屋の前を通った時に、啜り泣きの様な声を聞いたりもした。それを聞いて、胸が痛んだ。
そして、もしかしたら、早夜の力であれば、それをどうにかできるかもしれない。
(蒼、俺は早夜さんもそりゃあ心配だけど、お前の事だって凄い心配なんだからな……)
恐らく無理して笑っているだろう、蒼の笑顔を見て、亮太は心の中で呟くのだった。
「あ、そうだ! ちょっとピト! 体力を回復させるアイテムか薬はない? イーシェに頼まれたんだけど……」
「フム、ない事もないの……。何でジャ?」
「それが、そのムエイ様の妹さん、魔法を使い過ぎたらしくて、治癒魔法を受け付けないほど、体力が低下してるらしいわ」
すると、それを聞いたピトは頷き、ミリアの隣に立つと、
「どれ、行こうかの」
「え!? なんで? アイテムは? 薬は?」
「ん? 薬ならここに居るよ?」
そう言って、自分を指差すピト。
『ハァ!?』
一同、戸惑いの声を上げる。
「ワシ、樹木人ジャろ? 植物の中には、時に人に良い作用を与える物もある。
ワシの場合、効能は、滋養強壮、疲労回復、新陳代謝を高めるジャ。栄養も満点で、まさにうってつけジャろ?」
ニカッと笑うピト。
しかし、周りの者はちっとも笑えなかった。
「ちょっと待て、ピト。まさか、早夜の為に、その身を犠牲にするつもりじゃないだろうな?」
「あはは、何、犠牲と言っても、たかだかコップ一杯ほどの血を、飲ませるだけジャよ。大した犠牲じゃあないジャろ?」
それを聞いて、周りの者たちは、ホッと安堵する。
しかし、ピトはニッと笑って、彼らを青くさせる事を言う。
「なんだったら、腕の一本でも摩り下ろそうか? ワシら樹木人は、あまり痛みを感じんし、十年もすれば、また生えてくるしの」
「ミョミョ!? 何でピトが来るんだミョ!?」
「フム、だってワシ、薬だし」
「ミョ? 何言ってるミョ。意味が分からないミョ」
再び戻ってきたミリアは、何故だかピトを連れて来た。
訝しげな顔をするイーシェ。その場に居るナイールも、不思議そうに見ていた。
ピトは彼らにニッコリと笑いかけると、ベッドに横たわる少女に目を移す。
「この娘か……フム、確かに体力が著しく低下しておるの。どれ、誰かこの娘の体を起こしてくれんかの」
すると、カンナがそれに応じ、早夜の背中を極力触れないよう注意しながら、慎重に起こしてやる。
それを確認したピトは、ナイールにナイフはないかと尋ねる。
そして、ナイールは何処からかナイフを持ってくると、ピトに渡した。
ピトは、その刃の部分を握り込んだかと思うと、一気に引き抜いた。
「ミョ~~!! いきなり何してるんだミョ!」
「キャー! 見てるだけで痛い!」
痛そうな顔をして騒ぐ、イーシェとミリアを無視し、ピトは上を向かせた早夜の口の中に、今しがた傷つけた自分の手を持って行くと、ギュッと握り込んで、血を流し入れる。
本来赤であるべき血の色は、水のような無色透明で、辺りにはフルーツの様な甘い香りがたち込めてくる。
皆が目を見張る中、ピトは言った。
「言ったジャろ? ワシは薬ジャよ。飲めば疲労回復に滋養強壮、新陳代謝も高まって、おまけに栄養満点なんジャ! かつて、サーゴ王も飲んだ事があるぞ」
「っ!! サーゴ王が!?」
ナイールが目をむく。
「お前さんも、疲れた時なんかにどうジャ? ワシの所まで来れば、いつでも飲ませてやるぞ?」
「……いや、遠慮しとくよ……」
透明だがこの液体はピトの血である。いくら、サーゴ王が飲んだ事があると聞いても、飲む気には到底なれない。
「そうか? サーゴは美味いと言っておったぞ?」
「う、うまい?」
「ジャが、ワシの血だとバレた途端、一切飲まなくなってしまったがの」
愉快そうに笑うピトに、ナイールは呆れて溜息をついた。
「血だと隠して飲ませていたのか……」
我が国の創始者になんて事をと、思わずにはいられないナイールであった。
その時、ピトはガシッと肩を掴まれた。
見ると、目を爛々と輝かせたイーシェが、興奮して叫ぶ。
「新陳代謝! 今、新陳代謝と言ったかミョ!? って事は、お肌にも良いミョ!?」
その勢いに、少々圧されながらも、ピトは頷いた。
「まぁ、そうジャの。ワシの血を飲んどった時のサーゴは、お肌がつるつるだったの」
するとイーシェは、体をフルフルと震わせ、おまけに背中の透明な羽も細かく震わせたかと思うと、それをバッと広げた。
「キャア!? 如何したの、イーシェ!?」
「ミョミョミョ~!! 美肌ばんざーいミョ!! この際、血とかそういうものは目を瞑るミョ。イーシェ、美への探究心は人一倍ミョ! 後で飲ませるミョ!」
その勢いに、ピトだけでなく、ミリアやナイールもたじろぐほどだった。
「そうと決まれば、早く治療を終わらせるんだミョ!」
イーシェは早夜に向かい、呪文を唱え始める。
「あれ? 体力は回復したの?」
「そんなもの、最初の一口二口で大分回復したミョ! 後五口も飲めば、鼻血ぶーミョ!」
「は、鼻血……?」
「何、言葉の文ジャろうよ。恐らく、体力が全快すると言いたいのジャろう」
そう言うと、ピトは手を引っ込めた。
「もういいぞ」
早夜の体を起こしていたカンナに、ピトは声を掛けた。
カンナは頷くと、抱き起こす時と同じ位の慎重さで、早夜をまたうつ伏せに寝かせる。
すると、その傷だらけであった背中は、イーシェの治癒魔法によって、みるみる内に回復していった。それを見て、一同ホッと胸を撫で下ろす。
「そう言えばピト。リジャイは其方に行っていないだろうか?」
ふと思い出したのか、ナイールがピトにそう切り出した。
ピトはチラリと視線を寄越すと、ヒョイと肩を竦める。
「いや、ここの所とんと姿を見せんの。何ジャ、何か用事かの?」
「いいや、ただちょっと思い出しただけなんだ」
「何、枷をしておるんジャ。この国の何処かには居るジャろう」
ピトは嘘をつく。
枷などはとっくに外されている。それも、そこに横たわる少女によって。
そしてピトは気付いた。少女の首には枷が無い。
「ナイール王子、この娘、枷をしておらんが、如何してかの?」
すると彼はピトを一度静かに見据え、こう言った。
「壊れてしまったよ……」
「何ジャ、古い枷だったのかの?」
「どうやらそうみたいだ。使い回ししているからね……」
「そうか……」
ピトには嘘だと分かっている。分かった上で、話を合わせていた。
恐らく壊れたのではなく、解除されてしまったのだと想像がつく。それをナイール王子は他の者に知られたくはないのだろう。
「最近では、お前さん、サーゴの話を聞きに来なくなってしまったのぅ」
何となく懐かしくなってピトは言った。
するとナイールは、肩を竦めて溜息交じりに答える。
「色々と忙しくてね。王があんなだと、仕事は増える一方だ」
「そうか」
ナイールの言葉に、ピトもまた肩を竦めるのだった。
「終わったミョ!」
イーシェがフーと息を吐き出し、早夜から離れる。
早夜の剥き出しになった背には、もう一切の傷も見当たらない。
完全に治癒したようである。
そしてイーシェは、グリンとピトに向き直り、目を光らせてジリジリとにじり寄る。
「さぁ! このイーシェに、美肌の元を飲ませるミョ!」
流石のピトも、イーシェのその異常な興奮状態に、身の危険を感じた。
「ま、待つんじゃイーシェ! まずは一旦落ち着くんジャ!」
イーシェはナイフをピトに差し出し、
「さぁ、ズバッと行くミョ! ズバッと!!」
「ちょっとイーシェ!? 止めなさいって……」
ミリアがイーシェを止めようとした時、イーシェとピトの体に、青白く光る呪印が現れ、二人を包んでゆく。
「どうぞ、そういう事は、他所でやってください」
それと同時にそのような声も聞こえてきて、二人はあっという間にその場から姿を消してしまった。
「え? ちょっと!?」
「……研究所に飛ばしました……」
カンナが静かな声で告げる。
「えぇ!? 何で!?」
「煩かったので……」
「だからって、いきなり飛ばしちゃう事ないでしょー!」
「申し訳ありません……」
「私に謝っても仕方ないでしょーが!」
「はぁ……」
ナイールは二人の言い争いを、呆然として見つめている。正直驚いていた。
この騒動にではなく、カンナの行動についてだ。
(……カンナが自分の意志で動いた!?)
カンナは今まで、命令しなければてこでも動かなかった。ある意味頑なでもある。
そのカンナが、命令も無しに、煩いからという理由で、動いたのだ。
そこでナイールはハッとする。
先ほどピトに、早夜の体を起こすように言われた時も、確か、命令ではなくただのお願いだった筈である。
果たしてこれは、一体どういう事なのだろうか。
ナイールはチラリと早夜を見る。
(まさか、サヤが何かしたのか……?)
全く分からない事だらけである。
とにかく、彼女からは目を離さないようにしておこうと、ナイールは考えた。
その為にもと、先ほど使用人に頼んでおいた着替えを手に取ると、それをミリアに渡した。
別にミリアとカンナのどちらでもよかったが、たまたまミリアが近くに居たのだ。
「……? ナイール王子? 何これ……?」
「サヤ……この娘の着替えだよ。そのままでは可哀想だろう? 着替えさせておいてくれるかな?」
そう言われて、ミリアは渡された服をその場で広げてみた。
思わずギョッとする。
「な、何これ!?」
「この国の貴族の服を用意させたんだ」
「え!? 貴族の服? これが?」
「そう、何なら君の分も用意させようか?」
ニッコリと笑って言うナイールに、ミリアは顔を真っ赤にして、ブンブンと首を振った。
「じゃあ、私も着替えてくるよ。私が着替えを終える頃には、そちらも終わらせておいてくれるかな?」
そう言って部屋を出ようとするナイールに、ミリアは慌てて声を掛ける。
「あのっ、でも、この子は異界人なんでしょう? 何で貴族の服なんか着せるの!?」
すると、顔だけ此方に向け、ナイールはフッと笑みを浮かべる。
「……一応、守る為でもあるんだけどね?」
「守る?」
「それと、逃げないように、かな……?」
一瞬、ゾクッとする眼差しを向けるナイールに、あのムハンバードの影を見てしまう。
いくら、自分たち異界人に親しく接しているといっても、やはりこの国の人間なのだと思わせる笑みであった。
しかし、彼は直ぐにその笑みを引っ込めると、
「では、よろしく頼むよ」
と、部屋を出て行ってしまった。
何だか疲れたように溜息をついてしまったミリア。
改めて手元にある服を見つめる。
「それにしても、これってどうやって着せるものなのかしら……」
少々顔を赤らめながら呟くミリアであったが、ふと顔を上げ、カンナと目が合った。
彼女はじっと此方を見つめている。
試しに、
「えと……分かる?」
と尋ねてみると、カンナはコクリと頷いた。
「何なら、私が着せましょうか?」
「え? 本当!? お願い!」
ミリアはズイッと服を差し出し、ここで、
(あ、ここは命令しなくちゃ駄目なのか)
そう思って、言い直そうとするのだが、口を開く前にその服をカンナは受け取った。
(あ、あれ?)
首を傾げるミリアであったが、すぐさまカンナが、
「では、この方の服を脱がせるので手伝ってください」
その言葉にハッとして、素直に手伝うミリアであった。
「着替えは済んだかい?」
再び部屋に入ってきたナイールに、ミリアは曖昧に返事をする。
「その、一応着せましたけど……」
顔を赤らめ、ミリアは頷いた。
「そう。では、ご苦労様。もういいよ」
「え?」
「後は私が彼女の面倒を見るから。君たちは持ち場に戻るといい」
ニッコリと笑って、有無を言わせない雰囲気に、ミリアは黙って頷くのだった。
「ミョミョ! ものすごく甘ーいミョ! これは売れるミョ! “ピト汁”として売り出すミョ!」
「……いや、そんな名前じゃ、誰も買わんと思うぞ……」
げっそりとしたピトが呟く。
あの後、カンナによって、研究所に飛ばされたピトとイーシェ。
いきなり現れた二人に、その場にいたリュウキたちは驚かされたが、何かを訊ねる前に、
「ミョ~! 血を飲ませるミョ~!」
「待て! まずは落ち着かんか!」
そんな追いかけっこが始まり、唖然とするしかなかった。
結局、興奮状態のイーシェが落ち着く事は無く、手首を切り落とさんばかりの勢いで、ナイフを振り下ろそうとするのを、カムイが止めに入るという事になり、そしてカムイが押さえている間に、ピトはコップに血を入れるという事で落ち着いた。
コップの中の液体を飲み終わり、
「ミョ~、何だかお肌に張りが出てきた気がするミョ……」
うっとりとして呟くイーシェに、ピトはやはり疲れたように、
「……そうか、それは良かったの……」
「明日もまた飲ませるミョ!」
上機嫌ではしゃぐイーシェに、ピトはハァーと深い溜息をつくのだった。
そしてそこに、ミリアとカンナが現れた。
カンナの呪印によって、直接飛んできたのだ。
「あっ、ミリア! ピト汁はすごく甘くて美味しかったミョ! ミリアも後で飲ませてもらうミョ!」
現れて早々、イーシェにそんな事を言われ、何とも微妙な顔をするミリア。
「わ、私は遠慮しとくわ……」
そう呟いた時、ミリアの前にリュウキがやってきて詰め寄ってきた。
「ミリア! 早夜はどうなった? 目覚めたのか? 何か言っていなかったか?」
矢継ぎ早に問われ、ミリアはドキドキとリュウキを見上げる。
(ああ、ムエイ様の顔がこんなに近くに……)
ポッと頬を染めながら、ミリアは答える。
「あ、あの……ムエイ様の妹さんでしたら、傷が治って、イーシェ達が居なくなった後も、まだ眠ったままでした……」
モジモジとしているミリアの様子には気付かず、リュウキは「そうか……」と呟き、チラリとカンナの方を見る。
リュウキにとって、カンナは早夜を無理矢理このクラジバールに連れて来たのだと思っている。
なので、向ける視線は自然と険しいものになった。
しかしカンナは、そんな眼差しをそのまま受け止めると、その場に跪いて頭を垂れた。
「っ!? どういうつもりだ!?」
その行動の意図が分からず、リュウキは戸惑った声をあげる。
他の者も、怪訝な顔をしてカンナの事を見た。
「我が覇王、サヤ様の兄上様……リュウキ・オルカ様……。今回サヤ様は、貴方とご友人方にお会いになられる為、自らの意思でこの国へと遣って来られました」
リュウキは、そしてその場に居る者全員、カンナのその態度と言葉の内容に、目を見開かせるのだった。