表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の旅人  作者: ろーりんぐ
第二部《序章》
74/107

3.ナイールの質問

「大丈夫ですか、サヤ様。何処か顔色が優れぬように思いますが……」

「あ、いえ。今日は魔法を使って、ちょっと疲れちゃっただけです……」


 魔法というのは、オースティンに使った、あの治癒と幻術の事だ。

 そして、早夜は今、クラジバールへと行く。

 城の人たちとはもう、お別れは十分に済ませた。

 いま、早夜がいる場所。それはアルフォレシアが一望できる、あの丘であった。


「サヤ様、私はあちらについたらまず、サヤ様をナイール王子に引き渡さねばなりません。その後は、姿を消し、サヤ様につかず離れず見守っております」

「えっと、それは……その、ずっとですか?」

「はい、それが私の役目。そして私の生き甲斐です……」

「………」


 熱のこもった眼差しを向けられ、思わず一歩下がる早夜。

 そんな事を生き甲斐とするなんて、一体どういった世界の人なんだろうと思った。

(でもそれって、トイレやお風呂の時もなのかな……)

 などと考えながら、困った顔をする。


「あの、じゃあ私がいいと言うまでは、たとえ危ない目にあったとしても、助けないでくれますか?」

「サヤ様、それは……」

「人は生きていれば、多少は危険な目に会うものです。でもその度に助けてもらっていたら、いつまで経っても成長しないじゃないですか。私は成長したい。強くなりたいんです。

 だから、何もせず、見守るだけにしてください」

「ですが……」

「本当に危なくなった時や、私の手に負えなくなった時は、ちゃんとカンナさんに助けを求めますから」


 すると、カンナは納得しないながらも、


「仰せのままに」


 と呟き、呪印を出現させ、指先から解けさせると、紐状にして早夜を縛るように纏わりつかせる。


「このような扱いになります事を、お許しくださいませ……」

「あはは、しょうがないですよ。だって私はカンナさんに掴まるという事でクラジバールに行くんですから」


 この事もあるので、お城の人たちには見送りをしてもらわなかったのだ。

(何か、情けないし……。過保護なあの人達だと、今直ぐ止めろとか言われそうだもんね……)

 すると今度は、足元から呪印が広がり、早夜とカンナを包み込んでゆく。


「心の準備をなさって下さい。視界が開けた時、そこは既にクラジバールです」


 早夜は黙って頷いた。

 何故ならば、早夜を縛り付ける呪印は、今や口までも覆っていたからだ。

 そして、視界までも覆われてゆく。

 早夜は緊張で、少しばかり震えた。

 まるで心臓までも縛り付けられたかのように、ギュッと縮まる思いがするのだった。




 気付けば、早夜は何処かに横たわっていた。

 絨毯だろうか、とても柔らかい。

 そして、頭上からカンナの声が聞こえてきた。


「ナイール王子様、只今戻りました……」

「っ!! カンナ!?」


 若い男性の声。とても驚いているようだった。


「そんな現れ方は、リジャイだけで十分だよ……」


 溜息交じりの声に、早夜はピクリと反応する。

 リジャイという名に反応したのだ。

(そういえば、リジャイさんの用事って何なんだろう……)

 最後に会ったのは、あのリジャイの過去の話を聞いた時だ。

 試しに指輪に話しかけてみると、


『今ちょっと、手が離せない用事が出来ちゃったんだ。だから、あまり、話しかけられても返事は出来ないと思う』


と言われ、それからというもの、話も出来なくなってしまった。


「この者が本当に……?」

「はい、間違いなくこの方です……」


 物思いに耽っていたら、いつの間にか、若い男性の声が直ぐ近くに聞こえてきた。

(この声の人が、ナイール王子?)

 リジャイが言っていた話だと、ナイール王子はまだ、異界人には寛容な方らしいという事。

(どんな人なんだろう? 話せば分かってくれる人なのかな?)

 そんな事を考えていると、直ぐ近くで誰かが此方を覗き込む気配がする。


「そんなまさか……こんな子供が……?」

「ふむっ!?」


 思わず声が漏れてしまった。

(た、確かに私は小柄だけど、でも子供は酷いよぅ!)

 早夜は泣きたくなった。アルフォレシアでも、小さいとは言われたが、まだ子供とは言われなかった。

 それとも、気を使って言わないでくれていただけだろうかと、ちょっと思ってしまう。


「カンナ、この子の目隠しを外せ。ただし、口の拘束はそのままに」


 万が一、呪文を使われないようにと警戒の為だ。


「……御意」


 静かにカンナが返事して、早夜の視界を覆う物が無くなった。

 いきなり明るくなり、目をパチパチと瞬かせる。

 そして早夜は、ゆっくりと自分を子供と称した人物を見上げた。

 こげ茶色の癖のある髪に、褐色の肌。澄んだ泉のようなブルーの瞳。綺麗な顔立ちをしていた。

 しかし、そんな事は如何でもよかった。

(そんなっ、同じ位の年齢の男の子に、子供って言われたっ!)

 見た所、十七、八といった所だろうか。

(私だってもう直ぐ十七歳になるのに……)

 本格的に泣けてくる早夜。ジワッと目に涙が浮かんでくる。

 そんな早夜を見て、単純に怖がっているのだと思ったナイールは、一度戸惑った顔を見せた後、片膝を付き体の下に手を差し入れ、優しく起こしてくれた。

 そして、安心させるように表情を和らげると、


「私はナイール、この国の王子です。このような扱いになって本当にすまないね。全ては我が父、ムハンバードの自分勝手な妄想の為……。恨んでくれて構わないよ」


 そう言った彼は、何処か苦しげであった。

 それからナイールは、カンナに机に置いてある箱を取る様に命じる。

 カンナは素直に言われた通りに箱を取ると、それをナイールに渡した。

 その時に、早夜と一度だけ目が合うと、カンナは目礼をし、直ぐに離れた。ほんの一瞬だった為、ナイールに気付かれる事も無い。

 ナイールは箱を受け取ると、中身を取り出した。

 それは銀色の輪っか、枷であった。


「これを付けさせてくれれば、拘束を解いてあげる。いいね?」


 顔を覗き込み、優しく言うナイールに、早夜は素直に頷いてみせると、彼は満足げに頷き、その枷を早夜の細い首に付けた。

 すると、見えない何かが体に纏わり付くのを感じたが、やろうと思えば、今直ぐにでもこの枷を外す事が出来るので、全く怖くは無かった。


「この首輪は、魔力の枷でもあるんだ。もし、下手に逆らおうとすれば、とても恐ろしい事になるから、素直に私の言う事を聞くんだよ?」


 そのナイールの言い方は、子供に対するものであり、酷く胸にチクチク刺さってくるが、一応素直に頷いておく。すると彼は、ニッコリと笑い、頭を子供にするように撫で、「いい子だ」と言った。

 その行為は、物の見事に胸に突き刺さり、大いに早夜を傷付けた。

 ショックのあまり、目から涙をボロボロと零れさせると、目の前のナイールはギョッとして、慌ててその涙を拭う。


「カンナ! 早くこの拘束を解いてあげるんだ! 全く、私は子供のあやし方など知らないというのに……」

「〜〜ッ!!」


 カンナが拘束を解いた。それと同時に、乾いた音が部屋の中に響く。

 ナイールは何が起きたのか理解できず、頬だけがジンジンと熱い。そして、続けざま彼の耳に少女の声が響いた。


「私は子供じゃありません! もう直ぐ十七です!」


 早夜はナイールの頬を平手で殴っていたのだ。

 カンナはそれを端から見ていて、


(お見事です、サヤ様……)


 と心の中で称賛していたのだった。





「すみません……いきなり殴ってしまって……」

「………」


 その後、カンナは部屋を出て行き、ナイールと二人きりとなってしまった。

 ナイールと早夜は今、椅子に座っている。

 そして、彼に謝罪するも、彼はずっと無言であった。

 見た感じでは怒っては居なさそうだが、何やら考えているようである。

 早夜はコソッと、今しがた叩いてしまったナイールの顔を盗み見る。

 彼の頬には、薄っすらと手形が浮かび上がっていた。

(いくら腹が立っていたからって、いきなり殴っちゃうなんて……私ってこんなに、小さい事がコンプレックスだったんだ……)

 改めて、自分の弱点を知った早夜。


「あのー……ナイール、さん? 王子様って呼んだほうがいいのかな……?」

「どちらでも構わないよ」

「あっ」


 漸く声を掛けてもらい、早夜はホッと安堵する。

 彼の口元には笑みが浮かび、それが作り笑いなのか、本当の笑みなのか、いまいち判断がつかなかった。


「あの、ごめんなさい。頬っぺた痛くありませんか?」

「まぁ、痛いね……」

「………」


 ズーンとショックを受ける早夜に、ナイールはクスクスと笑った。


「全く……変わっているね、君は……。ムリヤリ連れてこられたと言うのに……。お人好しなのか、単なる馬鹿なのか……」

「え……」


 サラリと悪口を言われた。


「それとも、何か意図があって、わざと攫われてきたのか……」

「う……」


 ナイールの眼光が鋭くなる。

 早夜はその視線に耐えられなくなり、そろっと視線を外す。

 何だか、その綺麗なブルーの瞳に見つめられると、ポロッとうっかり、本当の事を話してしまいそうである。


「君にはこの後、王に会ってもらう事になる。その前に、質問しておきたい事があるんだけどいいかな?」

「あ、うっ、はい……」


 慌てて首を縦に振る早夜。

 ナイールがクスリと笑う。

 何だか恥ずかしくなって、早夜は頬を染めた。

(ううっ、同い年位なのに、物凄く落ち着いてる……って言うか大人っぽい……)


「まずは、君の名前」

「は、はい。桜花早夜って言います」

「オオカサヤ……」

「えっと、早夜が名前です」

「成る程、姓が先なんだね? それにサヤ……綺麗な響きだ」


 今度はサラリと褒められ、照れくさくなり俯いてしまう。


「ではサヤ、この世界にはどうやってやって来たのか? あの凄まじい魔力……あれは本当に君が?」


 疑わしげに此方を見下ろすナイール。

 早夜は素直に頷いていた。

 そして、リュウキの事以外は、正直に話す事にする。


「その……此方の世界には偶然やってきて……そして、最初に出て来た場所が、たまたま魔力を増幅する部屋で……」

「増幅部屋……成る程、それであれほどの力が……。それにしても、増幅部屋って事は、最初から王宮に現れたという事か……。それはさぞや歓迎された事だろうね、幸福の遣いとして……」

「は、はい……皆とても優しくしてくれました……」

「優しく、ね……。ではサヤ、アルフォレシアではどんな人と親しくなった?」

「う……えと、王族の人たちと仲良くなりました。王様と王妃様には、もう一人娘ができたみたいだと言われました」


 彼らの事を思い出し、自然と笑みがこぼれる。

 しかしながら、ナイールは険しい顔になった。


「娘か……それは少し厄介だな……」

「え?」

「それでは、アルフォレシアの、もう一人の幸福の遣いはどんな人だったか教えてくれるかい?」

「え? リュウキさんの事ですか?」


 パッと顔を上げ、親しげに彼の名を口にする早夜を、ナイールは訝しげに見据える。


「……君は彼を良く知っているの?」

「え? ああ、はい! リュウキさんは、私のお兄さん……みたいにな人です。強くて、でも優しくて……。セレンさんって言う素敵な恋人が居て、二人は凄く愛し合っているんですよ! セレンさんのお兄さんの、リカルドさんとは友人同士で、何か男の友情って感じで、何か憧れちゃいます!」


 と、ここでハッとする早夜。

 リュウキの事を聞かれ、何だか嬉しくなって、ついペラペラと喋ってしまった。

 チラリとナイールを窺うと、彼は険しい顔で物思いに耽っている。

 ぶつぶつと何かを言っていたが、それは早夜にまでは届くとは無く、やがて諦めたように息を吐き出し、軽く首を振った。


「……私の思い違いだったのか……」

「はい?」

「いえ、何でも……では次の質問。アルフォレシアでは、このクラジバールの事をどんな風に聞いていた?」

「え……あ、その……異界人を呼び出して、奴隷にしていると……」


 正直に話すと、ナイールはフッと笑った。


「そう、その通り。我がクラジバールは、異界人を呼び出しては、戦の駒に使ったり、奴隷として、この国の為にこき使っている。

 それを知ってもなお、サヤ……君は何故か平然としている。さて、何故か……?」


 静かな声の彼に、早夜はゾクリと背筋が寒くなった。

(ど、如何しよう、怖い……)

 早夜はギュッと手を握り締めた。

 だが、何故か彼はこれ以上追及する事は無く、早夜はホッと一息ついた。


「ホッとするのはまだ早いよ。まだ質問はあるからね」

「え!?」

「次の質問。君が得意な物は?」

「私の得意な物? お料理とか?」


 首を傾けて尋ねた所、彼はポカンとした後、「ブッ」と吹き出した。


「あはは! 面白いな君は! そうか、君は料理が得意なんだね」


 フフッ笑いながらそう言うナイール。

 早夜は、焦って否定する。


「い、いえっ! それ程、大層な腕ではありません! 人並みです!」


 そう答えた所、更に笑われてしまった。

 肩を震わす彼を前に、早夜は如何したものかと所在無げに指をもてあそぶ。

 そして、一頻り笑って満足したのか、ナイールは少々赤くなった目で早夜を見つめた。

 如何やら、涙が出るほど笑ったらしい。


「得意と聞いたのはね? 魔法とか、武術とか、学問とか、そういった部類の事を聞いたんだ。まぁ、料理も別にいいけどね……珍しい食べ物とか作ってくれるなら――」

「い、いえ! そんな大した物は作れません……」


 早夜は恥ずかしくて、顔が上げられなかった。

(あう〜、そっか、そうだよね……。この状況で聞いてくる事だもん。私ったら、何言ってんだろう……)


「えっとですね……魔法が使えます……」

「魔法と言うと? 治癒とか攻撃とか色々あるけど?」


 ニッと笑いナイールが尋ねてくる。

 最初と比べて、かなり親しみの篭った眼差しであった。


「あのですね、その……色々です……」

「色々と言うと?」

「ですから、魔法全般? あ、後、魔法の知識とか?」

「何でそこで疑問系なのかな……」


 クスクスと笑いながらナイールが呟く。

 しかしそこで、彼は身を乗り出すと、早夜に顔を近づけ囁いた。


「もし役に立つのであれば、君は自由に出歩く事が出来る。それに快適な住まいもね」


 思わずドキリとする早夜。

 彼の顔が近くにあるせいもあるが、今言った彼の自由にという言葉、それは早夜が望むものであった。

 自由に動き回れれば、リュウキや蒼達を探す事も出来る。


「だ、大丈夫です。ある程度の事は出来ると思うので……や、役に立つと思います!」


 うんと頷く早夜に、ナイールは手を伸ばすと、その顎を取り上向かせた。


「え? え? な、何ですか!?」

「サヤ、君は何も分かってないね? 役に立つという事がどういう事か……。もし、アルフォレシアと戦わなくてはならなくなった時、君は役に立てるの?」

「っ!!」


 早夜は目を見開く。

 澄んだ泉のような綺麗なブルーの瞳の中に、悲痛な表情をした自分の顔が映し出されていた。

 だが直ぐに、その瞳は閉じられ、顎から手が外される。


「ほら、君はやっぱり馬鹿だ……」


 フッと笑われた。


「今の所は、何処とも争う予定は無いから大丈夫……。でも、王の前では嘘でも役に立つと言った方がいい。自由に動き回りたいのならね」


 早夜はキュッと下唇を噛んだ。

(私、本当に馬鹿だ……何も考え無しで……)

 落ち込んでいると、頭に温かな感触がある。ナイールが、手を置いてくれたのだった。

 泣きそうになって見上げると、ナイールが真面目な顔で言った。


「じゃあ、これが最後の質問」


 最後と聞いて、何処かホッとする早夜。

 ポンポンと軽く頭を叩かれ、観察するように上から下に視線を移しながら、ナイールは言った。


「サヤ、君の世界では皆、君の様に体が小さいのかな?」

「はい?」


 彼のその顔は真面目ながらも、その瞳は楽しげだった。

 わざとだと思った瞬間、“パシィッ”とまた、思わず手が出てしまったが、頬に当たる寸前で止められてしまう。

 手首を掴みながら彼は、ニヤリと笑った。


「私は君ほど馬鹿ではないから、同じ事は二度は食わないよ」

「〜〜っ!!」


 何だかその笑顔を見て、物凄く憎たらしく感じる早夜であった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ