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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
第二部《序章》
72/107

1.王子と魔学者

 かつて、たった一度だけ、ムハンバード王に愛を請うた事がある。

 ムハンバードが憧れ、敬愛するクラジバールの最初の王。開拓王サーゴ。

 幼きナイールは、その王の木像を自らの手で彫り、ムハンバード王に贈った。

 その時のムハンバードは、少々腹は出ていたものの、今ほど醜く膨れてはいなかった。まだ、幾分か王の威厳なども残っていたように思う。

 しかし彼は、幼きナイールの作ったその木彫りの像を一瞥すると、無関心に放り投げた。


「開拓王サーゴは、そんな稚拙な顔はしておらぬ。目障りだ。捨てておけ」


 ムハンバード王は、自分の息子であるナイールに、冷たい視線を投げかけると、そう言い放ったのだ。

 その後、ナイールはその木彫りの像を拾い上げると、城内をあても無く彷徨った後、それを壁に立て掛けられたムハンバードの肖像画に向かって投げつけた。

 すると、床に転がったその像を拾い上げる者がいる。


「ほう……上手いもんジャ。これは、サーゴの像かの?」


 見れば、自分とそう歳の離れていなそうな子供であった。

 しかしながら、その容姿はとても変わっていた。

 葉っぱの様な髪に真っ白な肌、尖った耳。そして、白衣を着ていた。

 そして何より、その首には銀色の枷が輝いている。


「なんだ、お前。異界人か!? 何で異界人が城の中にいるんだ!?」


 ナイールは敵意をむき出しに怒鳴る。

 異界人は低俗の者だと、教え込まれた結果である。

 だが、目に前の異界人の子供は、ケロッとした顔をして、ナイールを見つめた。


「だってワシ、この国の魔学者ジャもん。いい顔はされんが、城の中を自由に行き来できるわい」

「嘘をつくな! 魔学者は、百歳を超えた老人だと聞いたぞ! お前のような子供の訳ないだろ!」

「誰から聞いたか知らんが、ワシはまだ老人ではないぞ。ピッチピチの五百歳じゃ」

「ご、五百!?」

「そうジャよ。それにしてもこの像、いらんのならワシにくれんか? あまりにも似ていて懐かしいのでな」


 そう言って、目の前の五百歳だと言う異界人は、木像を懐かしげに眺めた。


「そんな物、似ていない……。今、王にもそう言われた……」


 ムスッとした顔をして、ナイールがそう言うと、目の前の異界人は肩を竦めて見せた。


「実際のサーゴを見てない奴が言ってる事なんか気にするでない。この目でサーゴを見たワシが言うんジャから、間違いはないぞ」

「っ!! サーゴ王を見た事があるの!?」

「ああ、と言うか、ワシが奴を助けたんジャ。それに友人ジャったよ」

「……サーゴ王とは、どんな人だったの?」


 ナイールは躊躇いがちに訊ねた。

 本当は完全に信じた訳じゃない。けれど、嘘でもいいから、()の王がどんな人か聞いてみたかったのだ。

 このムシャクシャしたやるせない気持ちを、どうにかしたかった。


「フム、この像をくれるなら、幾らでも話してやるわい。どうジャ? ワシの研究所に来るか? 茶も出してやるぞ? かつて、サーゴ王も飲んだ茶ジャ」


 目の前の異界人は、木彫りの像を白衣のポケットに入れると、ナイールを自分の研究所に誘った。

 そして、歩き出すとふと立ち止まり、ナイールを振り返ると、その漆黒のクリッとした瞳を輝かせてこう言った。


「ワシの名はピトと言う。異界人で、樹木人という種族じゃ。さて、お前さんはどんな王になるのかのぅ、ナイール王子?」


 これが、クラジバールの第一王子と、魔学者ピトとの出会いであった。




「サーゴは普通の男ジャったよ。この木像の様に素朴な男ジャった」


 ピトは、幼き王子に語って聞かせる。

 研究所の中には、大きな樹があった。そして、何やら小さな生き物が、甲斐甲斐しくピトとナイールにお茶を運んだ。


「でも、サーゴ王の肖像画を見ながら彫ったんだ。絵の中のサーゴ王は、もっと荘厳で逞しくて、立派な人だった……」


 するとピトは、いきなり笑い出す。


「ホッホー、あれを見ながら作ったのかの!? それはそれは……実はここだけの話、あの肖像画の人物は、サーゴの側近だった者ジャ」

「っ!!」


 ナイールは吃驚して、お茶を取りこぼしそうになった。


「サーゴは恥ずかしがり屋でのぅ、目立つのを嫌った。しかし、如何しても肖像画が必要になっての。そこでサーゴは代役を立てたのジャ。自分よりも風格があって、立派に見える王らしい容姿の者をな」

「他の者は、何も言わなかったのか?」

「そこが不思議な所での。サーゴの言う事は皆、最後には頷いてしまうんジャよ。なんと言うか、放っておけない、つい手助けをしてしまいたくなる……そんな不思議な魅力を持った男ジャった」

「……手助けをしたくなる? ……そんなに情けない王だったってこと?」


 首を傾げながらナイールが呟くと、ピトはフッと笑って否定する。


「そうではない。サーゴという男は、何にでも一所懸命な男ジャった。いつでも、人の為にあろうとした。サーゴは、一度だって、他人に助けを求めた事なんて無いのジャよ。

 周りの人間が、サーゴのその姿を見て、自然と手を貸してゆくんジャ……。

 そうしてサーゴは、意図せずして国を作り、国王となった」

「意図せずして……?」

「そうジャよ。サーゴはの、いつも言っておった。自分は王ではない。民の為に働く奴隷なんジャとな……」


 その時ピトは、天井に大きく開いた天窓を見上げ、ふと呟いた。


「そのサーゴが、今のこの国を見たら如何思うんジャろう……。民の奴隷たる王が、今は民を奴隷としておるんジャからな……」


 ナイールはその言葉を聞いて、口に含んだお茶をゴクリと飲み込んだ。

 彼にとっては奴隷など当たり前の存在。奴隷は生まれた時から奴隷だ。王と国の為に働く道具に過ぎない。

 そして、ナイールの目の前でサーゴの話をするこの異界人もまた、この国の奴隷だ。その証拠に、首には枷をつけている。

 ピトはナイールの視線に気付いたのか、自分の首の枷に触れ、自嘲気味に笑った。


「この枷はワシが作った。なんせ、ワシ、魔学者ジャし。作った当時はまさか、こんな事に使われるとは思わんかったわい。罪人を縛る為の枷ジャった。そして、作った者の責任として、ワシは自分からこの枷をつけた。

 責任というものは、何処にでもついてくる。魔学者としての責任。王としての責任……」


 奴隷の話、責任の話、幼いナイールには、ピトの言葉の意味など理解は出来なかった。

 しかしながら、「王は民の奴隷」その言葉は、ナイールの胸の奥深くに刻まれる事となったのである。


「そうそう、王が王妃に贈る首飾りがあったジャろう?」


 ナイールはそう言われて、代々伝わる、王妃の首飾りを思い出した。

 青い宝石のついた物だったと記憶している。

 するとピトは、得意げに笑って言った。


「実はな、あれはワシが作ったんジャ。一応、魔道具ジャよ」

「魔道具?」


 それは初耳だった。

 興味深げに聞き入っていると、ピトは更に驚くべき事を言った。


「あれはサーゴの妻、ソラの気持ちをサーゴに伝える為の物ジャった」


 気持ちを伝えるとは如何いう事だろうかと首を傾げていると、ピトはナイールをじっと見て、静かに言った。


「王妃ソラは、声が出せんかった……」

「っ!!」


 声が出せないという事は、体に欠陥があったという事だろうか。この世界では、そういう人間は排除される存在だ。もし、その事が世間に知れたら、この国は大変な事になってしまう。

 幼いながらにナイールはそう感じていた。


「サーゴの時代は、体の欠陥や、人種、貧富、そういった差別は存在しなかった。何せ、サーゴ自身が異界人ジャったしの」

「何だって!!?」


 思わず椅子から立ち上がってしまうナイール。

 ピトは、そんな彼をチラリと見て、フッと笑うと、部屋の中央にある大樹を指差した。


「そうジャの……丁度あの中程ジャったかの……。あそこから、サーゴは現れ落ちた。そして、骨折して唸っている所をワシが助けたんジャ……。

 それから、王妃ソラもまた、異界人での、サーゴが森で狩をしている時に、誤って彼女を矢で射てしまったんジャよ。いやー、あの時はサーゴ、顔面蒼白になっておったのぅ」


 あまりの事に声も出ないナイールを、ピトはじっと見据えた。


「さて、お前さんはこの事実、如何受け止める? どうジャ、天地がひっくり返ったジャろう」


 そう言われても、幼いナイールにはどう受けてよいものか分からない。ただ、軽はずみに他の人間には喋ってはいけない事だというのは、何となく分かった。


「何で……」

「何でこんな事をお前さんに話すのかかの? それはな、この木像をお前さんが作ったからジャ」


 ナイールの目の前に、彼の作った素朴な顔のサーゴ像が置かれた。


「??」


 全く訳が分からず、ナイールは首を傾げる。


「あの、全く似ても似つかない、偽りのサーゴ王の肖像画を見て作ったこの木像。お前さんは、本物のサーゴ王そっくりに作った。それが偶然にしろ必然にしろ、お前さんは真実を見る目があるのかもしれないとワシは思った。もしかしたら、今のこの国を変えてくれるかもしれない……。まぁ、ワシのただの勘ジャがのぅ。

 今聞いたワシの話を、無にするか有にするかはお前さんの自由ジャ。ジャが、聞いてしまった時点で、そこにはまた責任が生まれるという事も忘れんで欲しい。そして、少しでも、お前さんの心に何か残せたのなら、ワシは今日お前さんに話せて良かったと思う」


 ただのワシの自己満足ジャよと、ピトは笑うのだった。





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