~焦がれる家族~
『 あたたかい 家族
にぎやかな 家族
おもしろい 家族
それは、少女にとって心から求めるものだった…… 』
〜約10年前〜
長い廊下を、アヤは忙しなく箒で掃いていた。
ふと外に目を向けると、桜が見る者の目を楽しませていた。
風が吹き、花弁が散って、桜吹雪となる。その様の何と美しい事か。
アヤはこの季節限定の絶景に溜息を漏らす。
そして、その花弁の一片は、廊下にも舞い降りた。
長い年月で黒く艶のある木の廊下に、まるで飾り模様のように花弁が映える。
自然に出来たその芸術作品は、掃くには惜しく、躊躇えば模様は広がる。
「なんだか掃くのが勿体無いわね……」
そう微笑みながら呟く。
そんなアヤの耳に、軽やかに此方に向かってくる、小さな足音が届いてきた。
「お母さん!! ただいま!」
「おかえりなさい、早夜」
その小さく愛しい存在に、アヤの頬は緩まずにはいられない。
そしてその愛し子は、何かを探すように首を巡らせる。
「あれ? おじーちゃんせんせいは?」
「御住職は、お勤めがあるって、今日の朝、言っていたでしょう?」
「あっ、そっか!」
そう言ってふにゃりと相好を崩す早夜に、アヤは益々愛しさを覚えた。
(ずっと、こんな日が続けばいいのに……)
そう思う程に、アヤは幸せを感じていた。
しかし、次に早夜の発した言葉に全てが凍る。
「そういえばね、今日学校で、お父さんについて作文を書いてきなさいって」
アヤは顔が強ばるのを感じた。
そんなアヤに構わず、早夜は無邪気に、そして残酷な言葉を発した。
「ねぇ、お母さん。何で私には、お父さんがいないの? お父さんってどんな人?」
何とか不振に思われないように、いつもと同じように微笑もうとするが、それは叶わなかった。
「お母さん? どうしたの? どこかいたいの?」
自分でも気づかない内に涙がこぼれ落ちたようだった。
そんなアヤの様子に、早夜は眉を下げながら「大丈夫?」と言って頭を撫でるのだ。
堪らなくなって、この目の前の尊い存在を抱きしめる。
そして、声にならない声で訴える。
「ごめんね、ごめんね早夜……」
しかし声に出さぬ筈のその言葉は、何故か早夜に届いた。
「お母さん? 何で謝るの? 私はお母さんが大好きだよ。もうお父さんのこと聞かないから泣かないで……」
更に涙を溢れさせる母の姿に、早夜もまた泣き出した。
アヤはその姿に心を痛めた。
「違う、違うのよ早夜……ごめんね……ごめんなさい……」
そうやって二人は、暫く抱き合って泣き続けるのだった。