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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第五章》
68/107

20.リジャイの過去

 早夜は今、リジャイと共に、城の屋根の上に腰を下ろしている。

 リジャイと二人きり。他には誰もいない。


 あの後、リカルドとは別れた。リジャイが二人きりで話したいと告げたのだ。

 何時に無く真剣な顔をしたリジャイに、リカルドは頷くしかなかったようだった。

 早夜はチラリと、隣に座るリジャイを見た。前を見たまま、彼は何も言わない。

 とうとう痺れを切らして、早夜が声を掛けようとすると、漸くリジャイは、口を開いた。


「僕は君のお母さんを知っているよ」

「え?」

「それにお父さんの事も……」

「………」

「アヤの事も知ってる」

「っ!!」


 早夜は目を剥いた。

 リジャイは静かに早夜を見る。


「僕は君の生まれた世界にいた。君が生まれる前に……」

「っ!! リジャイさんが、私の生まれた世界に?」

「ああ、そうだよ。でもまずその前に、僕の生まれた世界の話もするよ。それもまた、別の世界の話……。僕の物語を聞いてくれるかい?」


 リジャイは尋ねる。まるで請うように。

 早夜はコクリと頷く。

 それを見て、ホッと安心した顔を見せるリジャイ。


「……僕は、生まれて直ぐに幽閉された……」

「っ!!」


 早夜はハッと思い出した。

 あの夢の中で見た部屋を。窓の一切ない、真っ暗な部屋。


「それに、僕が人喰いの化け物だって言ったら、君は如何する……?」


 そう言って、リジャイは悲しげに笑った。

 そして彼は語り出す。

 自分の過去を、自分の物語を……。



 **********



 僕の生まれた世界には、かつて、悪魔がいた。人々を喰らい、襲う化け物が。

 それは何処からやってきたのか……。それは誰にも分からない。

 そして、その悪魔には特徴があった。額に第三の目が。


 そう、この僕みたいにね。


 そんな時、救世主が現れ、その悪魔を退治してくれた。

 人々は、その救世主を崇め、後世まで称えた。


 その救世主ってのが、僕のご先祖様だったんだ。

 僕の家族は、それはもう慌てふためいた。

 だって、そうだろ? 悪魔を退治した筈の救世主の家系の中に、その悪魔と同じ三つ目の子供が生まれたんだから。

 僕の両親は、獏が生まれて直ぐに、人目に晒されぬ様に、特別な部屋を造り、その中に乳母と共に僕を閉じ込めた。


 こうして、僕は生かされた訳だ。

 殺すには惜しいと思ったのかもしれない。

 何故なら、かつてその悪魔は、凄まじい力を持っていたらしいからね。その力が欲しかったのかもしれない。


 僕はその乳母に可愛がられたよ。僕もその乳母が好きだったかな。

 僕のこの名前、その乳母がつけたんだ。

 その時は、彼女が僕の世界の全てだった。そして、彼女にとってもそれは同じ事。

 僕はそれが愛情だと思っていた。


 そして、僕の両親は、時々思い出したかのように現れ、僕が乳母を喰ってないか見に来たよ。

 乳母はその度に、両親に取り縋った。

 ここから出して欲しいと、両親にお願いしていた。でも、その願いは聞き入れられる事は無かった。

 乳母は、僕への餌だったから……。


 僕が七歳になった頃、両親は僕の食事の中に、ある物を入れるようになった。

 何処からそれを調達したのか、そんな事、今となってはもう分からないけれど……。

 僕は最初、それが何なのか、全く分からなかったよ。でも、暫くして、僕はそれが何であるか気付いた。

 時々手に入らなかったのか、両親は食事の中にそれを入れない時があったんだ。

 そんな時は決まって、飢えと乾きに襲われた。人が喰いたくて、喰いたくて堪らなくなった。それで気付いたんだ。自分が何を食べさせられていたのか。

 でも僕は、乳母を喰おうとしなかった。正直、喰いたくて堪らなかったけど、我慢していた。

 だって、さっきも言っただろ? 僕には乳母が全てだったんだよ。


 そんなある日の事、その日も僕は、飢えと乾きに苦しんでいた。

 そして、意識が朦朧とする中、乳母の声を聞いた。


『さぁ、私を食べて、悪魔になって』


 僕は出来ないと言った。

 少なくとも僕は、彼女が僕を愛して可愛がってくれたんだと思っていたからね。

 でも乳母は、こうも言ったんだ。


『早く私を食べて、私をここから出して、開放して』


 乳母は、僕を愛してくれていた訳じゃない。

 ただ、自分の願いを叶えてくれそうな僕に、縋っていただけなんだよ。

 それでも僕は彼女を喰おうとはしなかった。

 裏切られた彼女への腹いせだったのか、それとも、僕はそれほどまでに乳母を愛していたのか……。

 その時の苦しみが余りに酷くて、僕もそこの所はよく覚えていない。

 そして、いつまで経っても自分を喰おうとしない僕に絶望し、乳母はとうとう自ら命を絶ってしまった。

 今でもその時の事は、よく覚えている。

 乳母は長く閉じ込められて、正気を失っていたんだろう。

 彼女は、自分の首をかき切った後も、暫くは自分を刻み続けた。

 それはもう、部屋の到る所が赤く染まったよ。


 漸く、乳母が大人しくなった後も、その体からは血が流れ続けた。

 むせ返るそのニオイに、僕は気が狂いそうだったよ。

 それでも僕は、何とか自分を制した。

 彼女を愛していたから?

 違う。

 その時、僕は決めていたんだ。

 僕が最初に喰らう人間。

 それは、僕をこんな目に合わせた人間。

 それは、僕が悪魔になる事を望んでいた人間。

 それは、僕に人の味を覚えさせた人間。


 そして僕は、物言わなくなった乳母の傍らに座り込んだまま、待ち続けた。


 望むのなら、なってやろう、その悪魔に。

 願うのならば、化け物になってやる。


 僕は心の中で、ずっとそう言い続けていた。


 かくして、その者達はやってきたよ。

 いつもの如く、僕が乳母を喰っていないか確かめる為に。

 そして、部屋の状態を見たそいつ等は、僕が乳母を殺したんだと思って、慌てふためいていた。

 笑っちゃうよね?

 だって、彼らはそれを望んでいた筈だ。

 そいつ等は、血に染まる子供を見て、怯えた目をしていた。

 果たして、その時僕はどんな顔をしていたんだろうね?

 笑っていたのかな?

 泣いていたのかな?


 そうして子供は、自分の両親を喰った。

 それからは、僕は昔話の悪魔の如く、人々を喰らい続けた。

 僕は、人々を喰らい、襲う化け物となったんだ。

 僕は何とも思わなかったよ。だって、僕の中で人間とは、ただの餌に過ぎなかったから。

 心通う人間は、乳母ただ一人。それも、ただの幻想だったけどね……。



 **********



 リジャイは、ここで一旦言葉を切り、早夜を見た。

 彼女は眉を顰め、リジャイを見ている。

 一体何の表情なのか。嫌悪か、それとも恐怖か……。

 リジャイは早夜を見、言った。


「これが、僕が悪魔となった理由。僕は、人を喰らう化け物だ」


 すると、早夜の目に涙が溢れる。


「……何故泣くの?」


 リジャイがそう尋ねると、早夜は涙の溢れる瞳で彼を見た。


「リジャイさんが、泣いていた理由が分かりました……」


 早夜は思い出す。

 以前見た夢は、きっとその時の記憶の一部なのだろう。

 そして、あの夢のように、リジャイは乳母の傍らで一人、泣いていたのだ。

 どんなにか怖かっただろう。どんなに心細かったろう。

 あの迷子のような少年の瞳が、今のリジャイと重なる。

 今も彼は泣いているのだ。

 昨日、耳飾と指輪を渡された時、早夜が「生まれてきてくれて、ありがとう」と言った時、彼は何故涙を見せたのか……。

 もしかしたら、リジャイはずっと、自分など産まれてこなければいいなどと思っていたのだろうか。

 そう思ったら、早夜はリジャイを抱き締めていた。


「早夜?」

「もう大丈夫ですよ、リジャイさんは一人じゃありません……。だから、もう泣かないで下さい……」


 リジャイは戸惑う。


「僕は泣いてないよ?」

「でもずっと、心の中で泣いていたんでしょう? ずっと、苦しんでいたんでしょう?」


 それを聞いて、リジャイはフッと笑う。何処か寂しげな笑みだった。


「そうだね、そうかもしれない……。でも、君は怖くは無いの? 僕は人を喰らう化け物だよ?」


 リジャイがそう言うと、早夜は体を離し、リジャイの顔を見つめる。


「怖いですよ……」


 その言葉に、リジャイの瞳が揺れる。

 すると早夜は怒ったように続けた。


「そう言って欲しいんですか?」

「え?」

「化け物だって言ってるのはリジャイさん自身です。リジャイさんは、化け物なんかじゃありません。自分は悪魔なんだって、自分に言い聞かせていたのは、リジャイさんです」


 リジャイは目を見開き、そしてフッと目を細めた。


「ああ、そっか……そうだね、そうかもしれない……。でもね、早夜、人を喰らっていた事実は消えない」

「でも、リジャイさんはもう、人を食べたりはしないんでしょう?」

「ああ、そうだね、僕はもう、人は喰わない……。でも、そうなれたのは、君のお母さんのお陰だと言ったら?」

「え?」

「じゃあ、今度は君のお母さんに出会った話をするよ。これからが、君の聞きたい話だ」


 そう言うと、リジャイはまた語り出す。

 自分の物語ではあるが、早夜の母の物語でもあるそれを……。



 **********



 それから、両親を喰らった僕は、自分の世界で人々を襲うようになる。

 あの昔話の悪魔のように。

 人々は僕を恐れ、やがて敬うようになった。

 まるで、僕を神の様に崇め始めたのさ。

 僕は恐怖で彼らを縛り付けた。

 その頃には、僕が望めば、人々は喜んでその身を捧げるようになっていた。

 僕は自分の世界が飽きてきた。

 だから、つまらない玩具を壊すように、僕は自分の世界を滅ぼしたんだ。


 それから僕は、色んな世界に行ったよ。

 どの世界でも、僕は当然の如く、人々を喰らった。

 そして、反応はどの世界も一緒。

 最初は恐れ、抵抗し、やがて敵わないと分かると僕を神のように崇め始める。

 そうなると僕は飽きて、まるで新しいものと交換するように、世界を次々と渡っていったんだ。


 そして、やがて君の生まれた世界にもやって来た。

 そこはキサイ国と呼ばれる国で、僕はそこでも神と崇められる存在となった。

 僕はほんの気紛れで、神となった後もその世界に暫く留まっていた。

 変わらず、人も喰らい続けたよ。

 人々は、生贄と称して、僕に人間を捧げた。


 その生贄の中に、君のお母さんや、君の育ての親でもあるアヤもいた。

 アヤは、身の回りの世話をさせる為に生かしておいた生贄だった。時には、僕の喰ったものの処理もさせた。

 彼女は、いつも僕を睨んでいたよ。

 僕を恨んでいた。


 そして、ある日の事、いつもの如く、僕の元に生贄が捧げられた。

 その生贄は、他の生贄とちょっと毛色が違っていた。

 まだ幼い少女で、髪は白く、目を布で覆っていたんだ。身なりもかなり上等なもので、身分の高い者なのだと分かった。

 少女を生贄として連れてきたのは、少女の両親だった。


 僕の元に生贄を連れてくるものは皆、僕に願い事をしてゆく。

 僕は、その時の気分や、気紛れで、その願いを叶えてやっていた。

 その少女の両親は、僕に願い事をする為に、自分の娘を生贄に捧げたんだ。

 彼等の願いは、出世だったかな?


 かくして、少女は僕の元に置いていかれた。

 僕はその少女に興味を持った。

 髪の色も珍しかったし、何故目を覆っているのかも気になった。

 少女は僕に名前を言った。

 キヨウ、それが少女の名前。

 これが君のお母さんとの出会い……。


 僕はキヨウに、目を覆う布を取るように言った。

 でも、キヨウは首を振った。そして言ったんだ。


『私の目は呪われているから、見ては駄目』


 何でも、その目を見た者は、生気を吸われ、死んでしまうらしい。

 僕は成る程と思ったよ。

 キヨウは体よく、両親に厄介払いされたんだよ。そしてあわよくば、僕も死んでくれればいいと思ったんだろう。

 僕はますます興味を持った。キヨウに布を取るように言った。

 彼女は渋っていたけれど、最後には布を取ってくれた。

 そして現れた赤い瞳。

 途端に僕の全身から、力が抜けるのを感じた。

 膝をついた僕を見て、キヨウは泣き出してしまった。

 何度も、


『ごめんなさい、ごめんなさい』


 と謝っていた。


 僕には彼女の言っている事が理解できなかった。

 明らかに、キヨウは僕を心配し、泣いているようだったから。

 今までにそうやって、僕の為に泣いてくれる者などいなかった。

 それからキヨウは、自分の事について語った。

 彼女はずっと、隔離されて暮らしていたらしい。

 そう、僕と一緒。幽閉されていたのさ。

 でも明らかに違う所。


 キヨウは人間を愛していた。

 自分を幽閉し、厄介払いまでした両親でさえも、愛していたんだ。

 僕はキヨウを喰らわなかった。そして、彼女に術を施した。

 瞳の力を封印する術だよ。

 するとキヨウは言った。


『ありがとう』


 そんな事、言われたのは初めてだった。

 そして、改めて僕を見たキヨウは、笑顔でこう言ったんだ。


『思ったとおり、素敵な神様だわ。おでこのおめめも可愛い』


 笑っちゃうだろ?

 僕のこの目を見て、そんな事を言ったんだ、キヨウは……。

 そんな事言ったのは、彼女が初めてだったよ。恐れる事無く、心からの笑顔を向けられたのも、生まれて初めてだった……。

 何もかも初めてずくしで、そして、その時感じた感情をもっと味わいたくて……。


 僕はキヨウを、自分の娘として育てる事にした。


 でも、そんな事も初めてだろう?

 だから、キヨウの世話を、アヤに任せた。歳も近かったしね。

 アヤは最初、信じられないと言った顔で、僕を見ていたよ。

 それから、次第にアヤもキヨウを大切に思うようになってきたみたいで、キヨウもまた、アヤによく懐いていた。


 僕は相変わらず人を喰った。

 なるべく、キヨウには知られないように。

 彼女は、両親から何も聞かされてなかったらしいからね。ただ、神様の元に行くと告げられたらしい。

 だけど、ある日彼女は見てしまった。


 キヨウは泣いていた。

 口を利いてくれなくなった。

 食事も取らず、どんどん衰弱していった。

 僕はどうすればいいのか分からなかったよ。

 謝るという行為さえも知らなかった。

 いっその事、この少女を喰らおうかとまで思った。

 でも、出来なかった。


 僕は、その頃にはこの少女が、愛しくて堪らなくなっていたんだ。

 そしたら、失うのが堪らなく嫌になった。

 僕は人を喰うのを止めた。

 そうすると、どうしても飢えと渇きで苦しむ事になる。

 でも、それでもいいと思ったんだ。

 このままでは、キヨウは衰弱して死んでしまう。なら、いっその事、僕もこのまま死んでしまおうと思った。

 人を喰うのを止める事で、果たして僕は死ぬのか、それは分からなかったけど、でもそう思えるほど、その飢えと乾きは凄まじいものだったんだ。

 そうして、どれくらい経ったんだろうか。恐らく、一週間くらいだったと思う。

 飢えと乾きは最高潮に達していた。

 僕は一切、人に会わないようにしていた。あったら最後、絶対にその者を喰らってしまう。

 だけど、僕の元に人はやってきた。僕はその者を喰らおうとした。でも気付いたんだ。


 僕の元にやってきた人は、キヨウだった。


 キヨウは僕を見て泣いていた。

 そして言った。


『どうか私を食べて。お父様の苦しむ姿は、見たくはないもの』


 それはかつて、乳母にも言われた事だった。

 でも、明らかに違う。

 キヨウは僕の事を思って、そう言ってくれているのが分かった。

 だから僕は、何とか自分を制した。そしてキヨウに施した術を解いたんだ。

 今、その目に晒されれば、もしかしたら死ねるかもしれない。そう思ったからだった。

 でも、僕は死ぬ事はなかった。そして、ある事に気付いた。

 体の力も奪われたけれど、それ以上に僕の中の飢えと渇きが和らいだんだ。


 キヨウの紅い魔眼は、人から力を奪うだけではなく、苦しみも奪うものだと分かった。

 ただ、普通の人には、それは強力すぎて、死んでしまう訳なんだけれど……。

 キヨウは、初めてその瞳が、人の命を奪うだけではなく、人を救えたのだと、嬉しくて泣いていた。

 そうやって僕は、人を喰わなくてもよくなった。

 飢えと渇きを覚えれば、キヨウの魔眼で苦しみを奪ってもらった。

 そして僕は、人を喰いたいと思わなくなった。

 でも時々は、人の血を飲んだ。そうしないと、何故だか酷い眩暈と、幻覚に襲われたんだ。


 それから月日は流れ、キヨウは年頃の女の子に成長した。

 僕は、キヨウに恋をしている事に気付いた。けれど、僕はその気持ちを彼女に打ち明ける事は無かった。

 でもある時、アヤにだけ、キヨウに対する気持ちを言った事がある。

 そしたら、こんな事を言われた。


『それは駄目です。私が全力で止めます』


 真剣な顔で言われたよ。僕は笑ってしまった。

 アヤが僕を止められる筈が無いのに。きっと直ぐに僕は、アヤを殺してしまえるのに。

 でもそうしたら、僕はきっとキヨウに嫌われる。今までのように接してくれなくなる。

 だから僕は、もしキヨウも自分を好きになってくれたら如何するのかと聞いてみた。

 そしたらアヤは、暫く考えてからこう言ったんだ。


『その時は、私が全力で見張ります。リジャイ様が、キヨウ様を不幸にさせないように、悲しませないように。それでもし、そんな事になったら、私がリジャイ様を殺します』


 またもや僕は笑ってしまったよ。

 僕を殺すなんて、無理だと分かっていてそう言ったんだ。

 どちらにしろ、自分が殺されるという事で、僕を止めようとしているのが分かった。

 僕はこの気持ちを胸に秘め、キヨウを見守っていこうと決めた。

 僕には、キヨウを幸せにするのは無理だと思ったから。


 そして、キヨウに好きな人が出来た。

 それが君のお父さん。名前を、ロウガと言った。その国の、キサイ国の太子だった。

 最初、キヨウは彼が太子だとは知らなかった。

 まぁ、あっちは隠してキヨウに近付いたんだけどね。神様の娘を見に来たんだよ。

 そしてロウガは、キヨウを見て、まるで雪ウサギのようだと言った。

 彼にしてみれば、何でも無い言葉だったんだろうけど、キヨウは、自分の白い髪も、紅い瞳も気にしていたからね。キヨウにとっては、最悪の出会いとなった訳だ。

 でも彼は、しょっちゅうキヨウに会いに来る様になった。

 キヨウもその内、彼が来るのを楽しみにするようになっていた。


 僕はそれを見守ったよ。

 時々、ロウガを殺したくて堪らなくなる時もあったけど、でも、キヨウが幸せそうに笑っていたから、その感情を抑える事が出来た。

 それからロウガは、程無くしてキヨウに自分が太子である事を告げた。

 キヨウは驚いていたけれど、それでも好きな気持ちは変らないと言った。


 その後、二人はめでたく結ばれた。

 王室に上がった後も、アヤは変らずキヨウに付き、彼女の侍女となった。

 僕はロウガが王となった後も、二人を見守った。

 やがて二人は子供を授かった。男の子だった。


 二人は僕の所に、その子供を連れて来た。

 僕はその子を見て、泣きそうになった。小さな小さな命。それでも、こんなにも僕の中では大きな存在。

 二人は僕に、その子供に名前をつけて欲しいと言ってきた。

 僕はその子の名付け親となったんだ。

 僕が付けた名前、それは『ムエイ』。

 どんな災いの影も、その子には降りかからないように……。

 分かるかい? 『無影』と書くんだよ。

 そう、君が育った世界。今は日本と言うんだっけ?

 僕がキヨウに、その世界の事を教えた。だからキヨウは、その世界に君らを送ったんだね。


 ああ、話を戻そう。

 まさに幸せの絶頂だったよ。

 幸せそうな彼らを見て、そして、この小さな命を見て、僕は急に怖くなってしまった。

 やがて彼らは、僕を置いて死んでしまう。

 見守ると決めたのに、僕はある日、彼らから逃げ出したんだ。

 あの時逃げなければ、もしかしたら、君ら家族はばらばらになったりはしなかったかもしれない……。



 **********



 早夜はリジャイを見ていた。

 そして、聞かされる彼の物語に、そして自分の両親の物語に、胸が切なくなった。


「君に如何思われようと構わない。ただ、今度こそ僕は見守っていきたい。たとえ、君に振り向いてもらえなくても、僕は君を愛してゆきたい。たとえ君が僕を嫌悪しても、僕は君を守ってゆく」


 リジャイが早夜に手を伸ばす。その指が頬を伝う涙を掬った。

 自分が泣いている事に気付いた早夜は、自分でその涙を拭おうとする。

 しかし、リジャイはその手を取ると、早夜を引き寄せ、自分の胸に抱いた。


「ねぇ、早夜。僕の心臓の音は、どんな音がする? ちゃんと、君と同じ音を奏でているだろうか? 時々不安になるんだ。僕は人を喰らってきた化け物だ。心臓も人とは違う音がするんじゃないかって……」

「そんな……そんな事ありません……。リジャイさんの心臓の音、ちゃんとトクントクンって、皆と同じ音です……」

「そっか……良かった。君がそう言ってくれるなら、僕は人であるのだと思う事が出来る……」


 そこで、早夜は気付く。

 リジャイの抱き締める力は、全く苦しさを感じない。優しく、心地良ささえ感じた。


「漸く思い出したよ……。実は、人を抱き締める手加減を教えてくれたのは、アヤだ。

 かなり鬼コーチだったな。小さなキヨウを抱き上げてあげたくて、練習したんだけど、アヤにお許しを貰える様になったのは、キヨウが大分大きくなってからだった。

 その頃にはもう、ロウガ、君のお父さんが傍にいたから、気安く抱き締めるなんて出来なかった……」


 リジャイの手が、優しく早夜の髪を梳く。


「リジャイさんは……」


 早夜はポツリと言った。


「ん? 何だい?」

「リジャイさんは、私のおじいさんと言う事になるんでしょうか?」


 そう尋ねると、リジャイはパチパチと瞬きをした後、ハハッと笑う。


「そっか、そういう事になるのかな。でも、おじいさんは嫌だなぁ……。

 確かに、永い時を生きてはいるけど、一応、見た目どうりの若さのつもりだからさ。それに、好きな子におじいちゃんって言われたくないなぁ……」


 リジャイは早夜の顔を覗き込む。彼の紫色の瞳は、何処までも優しく、そして愛しげに見つめてくる。

 何だか気恥ずかしくなり、顔を俯けてしまうのを、リジャイはそっと、手を添え上向かせる。


「早夜、君が望むのなら、僕は何だってしてあげる。僕が生まれてきたのはきっと、君に出会う為なんだって、そう思わせて欲しい。……愛しているよ、早夜……」


 リジャイはそっと口付けを落とす。触れるだけの優しいキスだった。

 何故だか分からないが、早夜は涙が溢れて止まらない。

 そんな早夜に、リジャイは少しだけ困ったように笑うと、優しい手つきでその涙を拭うのだった。



「さてと、君はそろそろ皆の元に戻るといい。今度は君の力で戻ってごらん。ちょっと魔法の練習だ。クラジバールでは必要となるし、身を守る為にも君の力は必要となるからね」

「え? リジャイさんは一緒に戻らないんですか?」


 すると、リジャイは何だか、不思議な笑みを浮かべて言った。


「僕はここで、ちょっとカンナと話したい事があるんだ。今後の事について、ね」


 そしてリジャイは顔を上げ、


「カンナ、居るんだろう?」


 何処とも無しに呼びかける。


「え!?」


 驚き、目を瞬かせる早夜。

 すると、後方に呪印が現れ、そして続けてカンナが現れた。


「彼女はずっと、こうやって姿を消して、君に付き従っている。昨夜、シェル王子様に襲われそうになった時に現れたのも、その為だ」

「ええ!? じゃあ……」


 早夜は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 そうだ、ならばさっきの二人の王子とのキスシーンも見られていたのだと、早夜は恥ずかしくなった。


「ああー、その様子では、何かあったな? でも、気にする事は無いと思うよ。君に危険が及ばない限りは、彼女は存在しないものとして振舞う筈だから」




 そうして、早夜が自らの力で移動を行った後、その場にはリジャイとカンナが残った。


「何でしょうか?」


 カンナはリジャイを見据える。


「ああ、カンナ。君には、頼んでおきたい事と、クラジバールでの早夜との接し方について話しておきたい。これは全て早夜の為だ、分かるね?」

「はい、貴方のサヤ様に対する愛情は見ておりました。サヤ様の為ならば、その命を惜しまないだろうという事も見て取れました。

 そんな貴方が、サヤ様の為にならない事を言う筈がありません」

「そこまで分かっているのならば、話は早い……」


 そしてリジャイは、カンナに今後の事について話すのだった。




「さてと、後の事はカンナが全てやってくれる」


 今、この場にはリジャイ一人しか居ない。

 カンナに全て話し終え、そのカンナは早夜の元へと戻っていった。


「さぁ、会いにいこうか……。キヨウ、君の娘に会ったと言ったら、君はどんな顔をするのかな……。しかも、恋をしたなんて言ったら……。フフッ、アヤがまた、黙って無いな……」


 そう呟いた後、その手に呪符を出現させる。

 早夜のお守りに入っていたあれだ。


 そして、その日を境に、リジャイはこの世界から姿を消した……。




 第五章完結です。

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