13.星降る日・前編
「ごめんな、蒼。何も気付いてやれなくて……」
すまなそうに亮太は言った。
そんな亮太を見て、苦笑しながら、蒼は彼を小突いた。
「別に謝んなくてもいいって。隠してたのは私なんだし、こっちこそ謝るべきだわ。これのせいで、早夜ん所に戻れなくなっちゃったんだからさ」
そう言って、袖を捲って見せると、そこは包帯と呪符で巻かれた腕が存在する。リジャイによって施されたものだった。
日本から此方に戻ってきて、そしてピトの元でリジャイが来るのを待っていた蒼と亮太。
漸くリジャイに会えたのだが、彼は蒼を見た途端、眉を顰め、腕を見せるように言ってきたのだ。
ずっと隠していた蒼は、見せるのを渋ったが、命に係わるとまで言われ、慌てて見せた。そこは既に、最初の頃よりも赤黒い場所が広がり、触れなくてもジンジンと痛みがあるほどであった。
それを見た、亮太や花ちゃんは驚き、リジャイとピトは、それを呪いだと言った。
おまけに、多少魔力が発せられており、アルフォレシアに移動するのは無理だとも言われ、その後、リジャイによって、呪いを防ぐ為の術を施された蒼。
その間に、蒼達は日本であった事を語った。
リジャイは始終無言で、険しい顔をしていた。
「とにかく、君達はここで待機だ。後でロイロイやイーシェにも見てもらおう。僕にはそれを抑えるので精一杯。解くのは無理だ」
いつもは飄々とした彼が、至極真剣な顔で言ったので、改めて事の重さを感じる蒼達。
花ちゃんは、ずっとそんな蒼にくっ付き、蒼よりも痛そうな顔で、ずっと励ましていたのだった。
「これはイーシェにも如何にも出来ないミョ」
「ウム、我にもリジャイがやった処置以上のものは出来ないのだ」
その後、リジャイが言ったとおり、蒼の元にイーシェとロイがやってきた。
「これは、相当の恨みを買った奴からうつされたミョ。元を如何にかしないと駄目ミョ」
自己紹介もそこそこに、そんな事を言うイーシェ。
「……元って言われても……ねぇ?」
「ああ……」
蒼と亮太は何とも言えない顔をした。
あの影だけの人物に、如何こう出来るものなのだろうか。こことも、日本とも違う世界の者。
一体如何したものかと、思いを巡らせていた時、蒼はハッと顔を上げた。
「そうよ、リュウキさんに聞いてみるべきよ! 何でもっと早く気付かなかったのかしら! リュウキさんなら、あの影の事について何か知ってるかも!」
そもそも、この世界に遣って来たのは、彼に会う為だったと思い出した蒼。
この国に遣って来た時点で、彼に会うべきだったと、蒼は悔やんだ。
亮太もそれに賛同する。
「ちょ、ちょっと待つのだ! お主ら何故、リュウキの事を知っておるのだ!?」
ロイが戸惑う様に言った。
「何ジャ。リジャイから何も聞かされとらんのか?」
ピトが聞くと、ロイとイーシェは首を振った。
「我は、呪いを受けた者がいるから、診てくれと言われただけなのだ」
「イーシェも同じミョ。呪いの種類とか、そんなものを調べて欲しいと言われたミョ」
それを聞いて、これは最初から説明しなくちゃ駄目かな、と思う蒼と亮太であった。
そして全てを説明し、今、蒼達の目の前には、リュウキが立っている。
初対面であるのも拘らず、リュウキは蒼と亮太の事を知っていた。
(うわぁ、これがリュウキさん……。凄くカッコいいかも……。あ、でも、何処となく纏う空気というか雰囲気が早夜に似てる……)
リュウキを目の前にして、蒼はそんな事を思っていた。
ふと、隣にいる亮太を見てみれば、カチコチに固まっていて、緊張しているのが傍目から見ていても分る。
そしてリュウキは、蒼の腕を見て眉を顰めると、膝を折り、頭を下げた。
「えぇ!? あの、リュウキさん!?」
焦った様な声をあげる蒼。
リュウキは頭を下げたまま言った。
「我ら兄妹の為に、その様な呪いまで受けさせてしまい、真に申し訳ない。君はある意味、早夜の恩人だ。あの子の傷付いた心を癒してくれた……。何度詫びと礼を言っても足らぬほどだ」
そして頭を上げ、リュウキは蒼を真っ直ぐに見つめる。
「出来る事ならば、早夜には君達の世界で、何も知らぬまま幸せになってもらいたかった。あの時、この手を放しさえしなければ、あの子にあんな寂しさを感じさせずに済んだ。今回のような事も起きなかったはずだ。全ては俺の責任……」
そう言って、リュウキは自分の右手を見つめ、握り締める。
「君達には、俺の知っている事を全て話そう。とは言っても、俺も当時六、七歳の頃だ。知らぬ事や忘れてしまっている事もあるだろう、それでもいいと言うのならば……」
「それでも構いません!」
蒼は言った。亮太もその隣で頷く。
リュウキは二人を見て微笑んだ。
「しかし、今日は特別な日だ。話すのは後日にしよう。それに、リジャイにも話したい。あいつには本当に世話になってるしな」
「……? 特別な日、ですか?」
「ああ、今日は星が降る日だ。人々は願い事の入ったかごを手に、一晩中星を眺める日なんだ」
その言葉を聞いて、蒼と亮太は顔を見合わせ、首を傾げた。
「星が降る? 流れ星ですか?」
そう言う蒼に、リュウキはフッと笑うと、一つのかごを取り出した。
「これは星かごと言う。運が良ければ、このかごに星が入る……。つまり、実際に降ってくるんだ、星が……」
「うわぁ……さすがファンタジー……」
「蒼……お前、他に言い様は無いのかよ……。早夜さんだったら、もっとこう……女の子らしい反応とかしてる筈だぞ……」
蒼の感想に、呆れたように亮太は言い、蒼は口を尖らせた。
「どうせ私は、早夜みたいに女の子らしくないでしょうとも……」
と、その時、リュウキが実ににこやかに亮太に訊ねた。
「ああ、君は亮太と言ったかな。一体何時から、君は早夜の事を名前で呼ぶ様になったんだ?
俺が最後に見た夢の中では、君はまだ、苗字の方で呼んでいた筈だが……」
「えぇ!? いや、その、実はお兄さ――」
「君にお兄さんと言われるいわれは無い筈だ。君の様な弟を持った覚えも無いな……」
「うっ、いや、あのっ、これは――」
(け、牽制されてる……。実はリュウキさんって、シスコン……?)
にこやかに笑うリュウキを前に、だらだらと汗を流す亮太を見ながら、蒼はそう思うのだった。
「そう言えばピト。リジャイはここにはいないのか? 我やイーシェを呼び出したのはあの男なのだ。
報告しようにも、当の本人がいないのでは、どうしようもないであろう?」
ロイはピトに向かいそう言った。
「フム、リジャイなら、何でも星見祭が如何のと言って、アルフォレシアに行っとるぞ」
「ちょっと待て! この大変な時に祭りに行ったのか、あの男は!? それに、枷は如何した、枷はっ!!」
そうロイが怒鳴ると、蒼と亮太が顔を見合わせながら言った。
「えっと、枷って、その首につけてるのですよね……。それなら、ねぇ?」
「ああ、早夜さんが解除してたよな」
「んなっ!? 解除だと!? そんな事一言も――……」
ロイが驚いた声を上げると、ピトは頬を掻きながら、
「おー、悪いのー。混乱すると思って、黙っとったんジャ。しかし、イーシェとムエイにはバレとったみたいだのぅ……」
「何!?」
ピトに言われてロイは、イーシェとリュウキを見る。
二人は別段、驚いた様子も無い。
「俺は何となくだ。リジャイは、如何やらしょっちゅうあちらの国に行っている様だったからな。早夜の力も考えて、もしかしたらと考えたんだ」
「イーシェはあの枷が、偽者だと分ったからミョ。イーシェ、そういうのには敏感ミョ」
その言葉を聞き、ロイはムムゥと唸る。
「と言う事は、リジャイは自由の身になったという事なのだな。なのに、何故まだこの国に囚われたフリをしておるのだ? あの男の事だから、直ぐにでも好きな所に行ってしまいそうなものなのに……」
蒼と亮太は、それを聞きながら、何とも言えない顔をする。特に亮太は、不機嫌そうな顔をしていた。
リジャイは、早夜の為に動いているからだろうと推測したからだ。
だが、その事を伝えるのは、リュウキの手前、憚られる。
しかしリュウキは、そんな彼らの考えを他所に、
「それは恐らく、早夜がいる為じゃないか? 如何やらリジャイは、早夜が気に入ったらしいからな。
恐らく今回、星見祭に行ったのも、早夜を守る為かもしれない。何せ、今年の祭りには、他国からも多くの国賓が招かれている。
それにこの前、侵入者を捕らえたと言っていたし、何が起こるか分らないからな……」
(な、何か俺の時とは、偉く信用度が違う気がする……)
亮太は、先程のリュウキの様子を思い出しながら、そう心の中で呟いていた。
「クシュンッ!! あー、誰か僕の噂してるかもー。うぅー、むずむずするなー……」
アルフォレシア城の屋根の上にて、リジャイはそう呟いた。
彼の周りには、呪符がずらりと並んで、リジャイを取り囲んでいる。時折、指で札に触れると、目の前に映像が浮かんだ。
国賓達に貼り付けた、見張りの札の効果だった。
貼り付けたものの視界を、こうして映像として見ている。もしルードが見れば、何と凄い魔術だと言って、目を輝かせた事であろう。だが、この場にはリジャイしかいない。
そして、リジャイはふと指を止めた。
ある映像が目の前に浮かぶ。
そこにはシェルが映っていた。
「……これは確か、クリオーシュのマウローシェ王女様の札だね……」
そしてリジャイは面白そうに、ニヤリと笑う。
「何か二人だけ出会ってるみたいだな。この二人って、もしかしてそういう仲だったのかな?」
リジャイはもう一度、その札に指を触れさせた。
映像がさらに大きくなり、音も聞こえてきた。
『急に呼び出すなど、どういうおつもりですか? マウローシェ様……』
「どういうつもりも何も、君を口説く為に呼んだのさ。君が他の女性と仲良くしてるのを見て、何だかどうにもまた、君が欲しくなった」
いつもの様に男の服に身を包み、赤い薔薇の咲き乱れる庭園の中でもなお、赤い鮮やかな髪を、肩に垂らしたマウローシェ。彼女は艶っぽく笑うと、シェルの肩に手を置く。
「もう一度、私と付き合わないか? まさか、本気であんな小娘に懸想している訳ではないだろう? 何より、相手は子供じゃないか。君が満足するとは思えないな……」
そう言うと、シェルの首に手を回し、彼の唇に自分の唇を近づけていった。
だが、マウローシェが唇を触れさせる寸前で、シェルは顔を逸らす。
「お止め下さい……」
そう静かに呟くと、シェルは首に回された手を掴み離させると、至極冷たい目で彼女を見た。
「冗談であるならば、その辺にして頂きたい。それに、早夜を小娘呼ばわりする事も止めて欲しい……」
ギリッと手を掴む力が強くなり、マウローシェは痛みに顔を顰めた。だが、マウローシェは面白そうにニヤッと笑うと言った。
「私を見たな」
「……?」
何を言われているのか分らず、シェルは眉を顰める。
「ははっ、漸く私を見たぞ。一度でいいから、私を真正面から見て欲しかったんだよ、うん。
これで心置きなく国に帰れるな」
陽気に笑うマウローシェに、シェルは毒気を抜かれたように手を離した。
「……一体、何の冗談だったのですか?」
マウローシェは手首をさすりながら、彼を真っ直ぐに捉え言った。
「君は、私と付き合っていた頃、その目に私を映していても、決して私を見ようとはしなかった。それに、私は別に代わりでも構わなかったのに、一度としてアイーシャの代わりにもしようとしなかった」
困惑するシェルを見て、マウローシェは微笑む。
「その点は、とても好ましく思っていたよ。少々切なくなるくらいにね……」
「……マウローシェ様……」
名を呟かれ、マウローシェは一度フッと笑うと、今度は挑む様な目でシェルを見て、ニヤリと笑った。
「では、そんな君に、三度目のプロポーズを告げよう。私と結婚しないか?」
一度、呆れたようにマウローシェを見たが、ハァと溜息を吐くと、彼女を真っ直ぐに見つめ言った。
「それはお断りさせて頂きます」
「理由は?」
「誰にも譲りたくない者が居るからです」
その言葉を聞いて、マウローシェは実に清々しく笑った。
「うん、その理由なら、私も諦めがつく。以前したプロポーズは、二度とも、今は誰とも結婚するつもりは無い、だったからね。
それを思えば、凄まじい進歩だ! おめでとう」
そしてマウローシェは、ふと視線を移し、ある方向を見ると、クスリと笑う。
「シェル、君を応援するよ。元恋人として、友人としてね。そしてこれは、そんな私からのささやかな贈り物だよ。受け取って欲しい」
そう言うと、いきなり抱き付き、その唇を奪った。シェルは目を見開き、マウローシェをを引き剥がした。
「なっ、何を――」
「だから贈り物さ、『試練』と言う名のね」
ニッと笑いながら、マウローシェが言う。
パキリと音がして、シェルは振り返った。
「っ!! サヤ!!?」
そこには早夜が立っていた。酷くショックを受けた様な顔をして、シェルを見ている。
「あの、私、その……御免なさい!!」
そう言って頭を下げると、踵を返して走り去ってしまう。
「待て、サヤ!!」
「さぁ、頑張れ元恋人君。今の仲を進展させるチャンスだ」
「とんだ贈り物ですよ、マウローシェ様!」
そう忌々しげに言うと、早夜を追って、その場を去る。
「さて、如何なるかな? 元恋人で友人の私としては、進展して欲しいものだけれど……でも、片想いしている彼も、結構そそるものがあるんだよな……」
腕を組みながら、うーんと考え込むマウローシェであった。
早夜は夢中で走る。
場内に入り、自分の部屋に戻ろうとするが、どうしても耐えられず、壁に寄りかかり嗚咽を漏らしてしまった。
胸を押さえながら、声を殺して泣いていると、いきなり目の前の扉が開いた。
中から出てきた人物は、金茶の髪の青年。彼は早夜を見て、目を見開かせている。
(あ、この人は確か――)
「バーミリオンさん……?」
早夜がそう呟くと、彼はハッとして、心配げに声をかけてきた。
「一体如何したんですか!? 何を泣いて――……。とりあえず、中に入って下さい。
自分は水を貰ってくる所だったので、ちょっと行ってきます。直ぐに戻ってきますから」
一気にそう言うと、問答無用で早夜を部屋の中に押し込めてしまった。
それからバーミリオンは、早夜を部屋に押し込めると、急いで水を貰いに駆け出す。すると、角の所で人とぶつかりそうになった。
「ああ、申し訳ありません!」
それだけ言うと、その人物は、ろくに此方を見ずに走り去ってしまった。
(確か今のは、ミヒャエル――いや、シェル王子か……? 何故あんなに急いで……)
それは、早夜を追いかける為であったのだが、バーミリオンがそれを知る由もなく、そんな事を思いながら、彼の背を見送っていた。
そしてハッとして、自分もまた駆け出す。
(急いで戻らねば! あのサヤという娘が帰ってしまうかもしれない!)
そう思って、バーミリオンは急ぐのだった。
「え? あ、あのっ!!」
早夜が何か言おうとするも、バーミリオンはバタンと扉を閉め、行ってしまった。
如何しようと、部屋の中を振り返り、とりあえず近くにあったソファーに腰掛ける。
どうやらここが、彼らに用意された客室のようだ。
オースティンは何処だろう、奥の部屋に居るのだろうか、と思っていると、バーミリオンが戻ってきた。肩で息をしている事から、急いで戻ってきたのだと分る。
彼は早夜を見ると、ホッとした顔を見せ、
「ちょっと待ってください」
そう言って、奥の部屋へと向かい、その手に盥を持ってきて、今しがた持ってきた水をその中に入れる。そして布をその中に浸すと、絞って早夜に差し出した。
「どうぞ……」
「え?」
キョトンとして、彼を見てしまう早夜であったが、彼は目を逸らすと、
「涙を……」
と言う。早夜はハッとして、布を受け取りと、目に当てた。ひんやりして気持ちがいい。
しかし、目を覆うと、また先程の光景が浮かび、早夜は口をキュッと引き結んだ。
「何故――」
「え?」
「……何故泣いておられたのですか?」
そう問われ、何と答えていいのか分らず、早夜は俯く。
とてもじゃないが、こんな事を会って間もないこの青年に、言える訳がない。
「いえ、凄く個人的な事ですので……」
早夜はそう答えたのだが、また胸が痛くなって、ポロポロと涙がこぼれてしまい、慌てて濡れた布で目を覆った。
「本当に御免なさい。子供みたいに直ぐ泣いて、凄くみっともないですよね……」
「いえ、そんな……」
戸惑うように目を泳がせながら、バーミリオンが呟く。
そして唐突に言った。
「ぶすが笑えば、3割増しだとお館様が言っていました」
「は!?」
呆けたような声をあげてしまう早夜。バーミリオンは更に言う。
「そして、ぶすが泣くと、目も当てられないそうです」
「はぁ……」
一体何が言いたいのだろう。それは自分がブスだと言う事だろうかと、少々ムッとした時、彼は赤くなりながら、早夜を見て言った。
「でも、貴女はぶすではなく、その……愛らしい方ですので、笑うとその、もっと……」
最後の方は顔を俯け、言葉も小さく聞き取りづらくなってしまった。
(……これは、励まそうとしてくれてるのかな……?)
そう思い、早夜は思わず笑ってしまう。
何と不器用な励まし方だろう。何だか、こういう事に慣れていなさそうである。
バーミリオンは、そんな早夜を見て、驚いたように顔を上げ、そして眩しげに目を細めると、恥ずかしそうに目を逸らした。
「……良かった、笑って下さって。やっぱり笑うと、その……」
ゴニョゴニョと、またもや最後の方が聞き取り辛い。
(バーミリオンさんって、照れ屋なのかな……?)
顔を赤く染める彼を見て、そう思う早夜であった。
「そういえば、オースティンさんは如何しているんですか?」
鞘がそう聞くと、バーミリオンはああと言って答える。
「お館様……祖父は奥の部屋で夜に備えて寝ていますよ」
「え、そうだったんですか? じゃあ、そんなにお邪魔しちゃ駄目ですね」
うるさくしてはいけないと思い、早夜はそう言ったのだが、バーミリオンを見ると、彼は少し寂しそうな顔をしている。
そんな彼を見て、思わず、
「またお話して下さいね」
と、そう言っていた。
それを聞いて、バーミリオンはとても嬉しそうに笑って、
「こちらこそ」
と言ったのだったが、早夜はそんな彼に魅入ってしまう。
そうすると、彼はとても人懐こそうな印象になった。
普段の彼を知る者が見たら、きっと別人だと思った事だろう。普段の彼は、あまり笑わない、と言うかそもそも感情を表に出さず、表情が乏しいと言われているのだ。
そんな普段の彼を知らない早夜のバーミリオンに対する印象は、不器用だけど優しく、照れ屋で、人懐こい人となっていた。
「じゃあ、ありがとうございました」
早夜はそう言って頭を下げると、部屋を出てゆく。
送ろうかと、バーミリオンが申し出たが、いいと言って、早夜は首を振った。
これ以上、彼に迷惑をかける訳にもいかない、とそう思ったのだ。
バーミリオンは早夜を見送って、部屋に戻る。そして奥の部屋に行くと、何とオースティンが起きていた。
「フン、帰ったか」
「お、起きてらしたんですか!?」
孫の焦った声を聞き、オースティンは苦笑する。
「ああ、最初からな。全部聞いていた」
「………」
バーミリオンは顔を赤くしていたが、当然の事ながらオースティンはそれが見えない。だが、オースティンには、彼が今、どの様な顔をしているのかが、ありありと分った。
「お前はもう少し、女性との接し方を学ばねばならんな」
「お館様……?」
「いきなりブスがどうのこうのと言うのは、女性を不快にさせるぞ」
「え!? いや、それは……」
オースティンはクックッと笑う。
「あのサヤという娘が、優しい性格で良かったな。でなければ誤解されて、横っ面を叩かれているぞ。因みにわしは叩かれた」
「っ!!? お館様が?」
「ああ、お前のばーさんにな。お前と同じ事を言おうとしたんだが、最後のセリフを言う前に、ぶったたかれた! 全く、お前とわしは本当によく似ている!」
ハッハッと笑うオースティンを前に、バーミリオンは如何反応すればいいのか分らず、困ったように祖父を見ているのだった。