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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第五章》
58/107

10.元恋人

「えぇ!?」

「マウローシェ様!!」


 元恋人と言う言葉に、驚きを隠せない早夜と、焦った様に彼女の名を叫ぶシェル。

(そんな話、夢の中でも聞いたこと無いよ!? でもそっか、そうだよね、シェルさん私なんかよりずっと大人だもんね。そういう事もあるよね……)

 何処か自分を納得させる様に、心の中でそう言い聞かせる早夜。俯き加減に、手元を弄くっていた。

 

「そんな昔の事を、今更言わずとも良いではないですか!」

「ははっ、いいじゃないか別に、付き合っていたのは一ヶ月程度だし、しかもお互い本気では無かっただろ?」

「えっ!?」


 本気ではないと言う言葉に、顔を上げる早夜。

 本気ではないのに付き合えるものなのかと、恋愛経験の無い早夜は、戸惑った様にシェルとマウローシェを見ていた。


 そして、シェルはそんな早夜に目線を合わせない様にしていたが、マウローシェはその早夜の態度を見て、好ましく思った様だった。


「彼と付き合ったのは、彼が失恋真っ只中の時だったしね。忘れさせてあげようと思ったけど、逆効果だった」


 そう言って、少し困ったようにマウローシェは笑った。

 早夜はその言葉を聞いてハッとする。

 ではマウローシェは、シェルが好きだった相手を知っているという事だろうか。

 それに、逆効果という言葉。

 マウローシェは、アイーシャの姉と言うだけあって、彼女によく似ている。


「あ、挨拶がまだでしたね。初めまして、サヤ嬢。私はクリオーシュから参りました、マウローシェと申します」


 彼女が何者かは、夢の中で見ていて知っている。リュウキは何度か彼女に会っていたから。

 彼女は、聖都クリオーシュの第二王女マウローシェ。ミヒャエルの妻アイーシャの実の姉。そして、王女でありながら、外交官を勤めているらしい。

 しかし、早夜は驚いていた。何故名前を知っているのだろうか?

 その事について訊いてみると、マウローシェはイタズラっぽく笑って言った。


「実は、ずっと盗み聞きしていたので、貴女の名前も存じ上げております」

「ぬ、盗み聞きですか!?」

「はい、宜しければ、私も貴女を友人として、国に招待してもいいですか?」


 それは先程、マオに対して使った言葉。早夜は吃驚して、マウローシェを見た。


「えぇ!? そんなに前からですかぁ!?」

「ははっ、実はあそこは私の使っている部屋の直ぐ近くだったんですよ」


 パチッと片目を瞑るマウローシェ。

 その仕草は何とも様になっていて格好いい。

 何だか気恥ずかしくて頬を染めて俯いていると、シェルが早夜の前に立って、話を途切らせた。


「マウローシェ様、これ以上用が無いのであれば、部屋に戻られたら如何ですか?」


 青く冷めた瞳が、マウローシェを静かに見据える。

 シェルは、彼女を如何してもこの場から、立ち去らせたい様であった。

 すると、彼女は口角を上げ、色っぽく笑うと、シェルに寄り添うようにして言う。


「何だ、そんなにサヤ嬢と2人っきりになりたいのかい? それとも、私が君にプロポーズをした事を知られたくないとか?」

「マウローシェ様!!」

「プ、プロポーズですか!? えぇ!?」


 思わず声が裏返ってしまう。

 早夜がシェルを見上げると、彼は物凄く苦い顔をしていた。


「ああ、安心して下さい、サヤ嬢。これも過去の話ですから。因みに、私は今まで二回、彼にプロポーズをしているんですよ」

「二回ですか?」

「ええ、一回目は、彼の兄と私の妹の結婚式の日で、二回目はミシュアの生まれた時。どちらも丁重に断られてしまいましたよ」


 そう、あっけらかんと言うマウローシェ。

 早夜は彼女をまじまじと見つめてしまう。

 プロポーズをしたという事は、彼女はシェルを本気で好きだったと言う事だろうか。

 そう思って彼女の事を見ていると、マウローシェは早夜の視線の意図に気付いたのか、明るく笑って否定する。


「別に、彼が好きだったからと言う理由で、プロポーズをした訳ではありませんよ、サヤ嬢。

 まぁ、多少は好ましく思っていた事も事実ですが……。

 私はね、自分に無関心な男を夫に迎えたかったのですよ」

「……無関心、ですか?」

「えぇ、私は女の身で外交官などをしていますからね。仕事の事で口出しされたくはないし。それに、恋人を作っても文句を言われる心配はないし……。

 こう見えても私、恋人が大勢いるんですよ。それはもう、世界各国に」


 早夜は口をあんぐりと開けて何も言えなかった。

 最早、想像の範囲を超えている。 早夜にとって未知との遭遇だ。

 それでも、目の前で男物に身を包み、薔薇色の髪を鮮やかに肩に垂らして、美しく微笑むこの女性を、早夜はカッコイイと思ってしまう。

(お、大人だ……)

 そんなマウローシェに目を奪われながら、心の中でそう呟く早夜であった。





 その後、マウローシェと別れた早夜とシェルは、城の中に戻った。

 そして中央のホールへと遣って来た時、「サヤ!」と呼び止めてくる者が……。

 金色のくせ毛に緑色の瞳。リカルドである。


「何でサヤとシェル兄貴が一緒にいるんだ?」


 ムスッとし、あからさまに不機嫌さを表した顔で聞いてくるリカルドに、シェルが答えた。


「祭りの間、サヤの護衛をする事になったからだ」


 その事は早夜も初耳で、シェルを見上げた。


「シェルさんが私の護衛ですか?」

「ああ、今回父上に直接頼み込んだ。兄上も良いと言ってくれたよ」


 早夜を見返し、フッと微笑みながらシェルは言った。

 リカルドはそれを聞いて、シェルに詰め寄り、早夜に聞こえぬよう小声で話す。


『それって兄貴、何か卑怯じゃねーか! それにまだ祭りじゃねー!』


 するとフンと笑って、シェルの方は普通の声で喋る。

 

「この前はお前に先を越されたからな。それに、祭りはまだでも、他国の者はもう国に入っている。護衛して当然だろう?」

「先を越されたって何の事だよ!?」


 リカルドも普通の声に戻り聞いた。

 するとシェルは、早夜をチラリと見る。


「星かごの事だ。だが、私はお前と違って、ちゃんと意味が分って星かごを贈ったがな」


 その言葉にハッとし、顔を赤く染めるリカルド。

 それとは逆に、顔を青くする者がいる。早夜であった。

(ど、どうしよう。言わなきゃ。言うべきだよね? でもこの空気の中で?)


 何やらシェルとリカルドの間には、不穏な空気が漂っているみたいだ。


「それでサヤ、お前はどちらの星かごを使うか決めたのか?」


 ずばりと聞いてくるシェル。

 それでもう、早夜は覚悟を決めるしかなかった。


「そ、その事なんですが……」


 ごくりと唾を飲み込む。二人の視線が怖かった。なので早夜は、両手で顔を覆って言った。


「ご、御免なさいぃー!! 二人の星かご盗まれちゃいました!」


「何!?」

「はぁ!?」


 二人の声が同時に聞こえてきて、早夜は恐る恐る顔を上げる。

 すると二人とも、何とも微妙な顔で早夜を見ていた。


「もう少し、ましな言い訳は思いつかなかったのか?」

「もしかして、そんなに俺らの使うのが嫌だったのか?」


 シェルもリカルドも、早夜が嘘をついていると思っているようだった。


「そんなっ、違いますよぅ、本当に盗まれたんです……」


 泣きそうになってそう訴える早夜に、シェルとリカルドは顔を見合わせる。


「しかし、星かご等盗んだ所で、何の得も無いだろう」

「ああ、そんなん盗む奴って――」


 そこで言葉を止めるリカルド。シェルもここでハッと顔を上げる。

 そんな意味不明な事をしそうな人物に、心当たりがあったからだ。


 その時、早夜が一つの星かごを取り出して、二人に見せてくる。

 それはシェルの物でも、ましてやリカルドの物でもない星かご――……。


「その代わりにこれを渡されて――」


『リジャイ、あいつかっ!!』


 二人の声が重なった。



「呼んだ?」



 いやにタイミングのよいその声に、早夜たち三人は勢い良く振り返る。


「リジャイさん!?」


 早夜が戸惑ったように声を上げ、そしてハッとする。

(ああ、今二人の前に出てきちゃ――……)

 そう思っていると、案の定、リジャイはシェルとリカルド両名に詰め寄られていた。


「キサマ! 如何いうつもりだっ!!」

「俺の星かご返しやがれ!」

「んー、星かごってこれの事?」


 そう言ってリジャイは、何も無い所から二つの星かごを取り出して見せた。

 見覚えのあるその星かごに、目を見張らせた二人であったが、きつくリジャイを睨み付けると、星かごを取り戻そうと手を伸ばした。

 だがリジャイはニヤッと笑うと、手の届く寸前でパッと消し去ってしまう。


「んなっ! 出せ!!」

「イ・ヤ・ダ」

「っ!!」


 ギリッと奥歯を鳴らしながら、リジャイを睨むリカルド。

 その時、シェルがリジャイの胸倉を掴んだ。


「俺は言った筈だが? サヤには近づくなと。それ程牢屋にぶち込まれたいのか?」


 冷たい声でそう言い放つシェルに、リジャイはヘラヘラッと笑って答えた。


「いやさぁ、リュウキがセレンティーナ姫に星かご作ってたからさ。それを届けて貰おうと思って、早夜んとこに尋ねに行った訳なんだけどねー」


 そう言いながら、一歩一歩後退る。


「でも、そん時早夜ってば、星かご持って思い悩んでたみたいだから、その悩みの元を消し去ってあげたんだよ。ついでに、星かご無くなっちゃってカワイソーだったから、僕の作った星かご、プレゼントしましたー」

「それって意味分っててやったのかよ!」


 リカルドのその言葉に、リジャイは頷く。


「うん、だってリュウキから聞いてたしねー」

「そんな事、どっちだって構わない。俺はお前が、サヤに近づく事が我慢ならない。お前の様な狂った奴が、サヤに触れたのかと思うと、今直ぐお前を切り捨てたくて堪らない!」


 あの侵入者の尋問を思い出したのか、顔を青くさせながら、シェルはリジャイを睨み付けていた。

 しかし彼は肩を竦めると、チラッとシェルの肩越しに早夜を見る。

 今まで、胸倉を掴まれながら、一歩づつ後退った為、早夜とは大分距離が離れた。

 当の早夜は、心配そうに此方を見つめている。


「……早夜に内緒で秘密の話があるんだけど、良いかな?」


 早夜から視線をシェルに戻し、リジャイはポツリと言った。


「何!?」


 眉を顰めて、リジャイを見やるシェル。その隣に居たリカルドも、怪訝そうにリジャイを見つめていた。


「ああ、このままの状態で。早夜に気付かれないようにね」


 シェルが手を放そうとするのを、リジャイが掴んで止める。そして、静かに二人を見ると言った。


「蒼達が戻ってきた。だけど、クラジバールからは動けない」

「な――」


 思わずリカルドが声を上げそうになり、リジャイに口を手で覆われる。


「騒ぐな。早夜が気付く」

「しかし、それはどういう事だ? 動けないという事は……もしやバレたのか!?」


 そうシェルが言うと、リジャイは微かに首を振った。


「いいや、バレてはいない。だけど、此方に戻ってくる時、ちょっと危なかった。

 何故だか、魔力の無い筈の彼らに、魔力探査装置が反応したんだ。

 ごく僅かだから、誤作動って事になったんだけど、恐らくクラジバールからアルフォレシアにってのは無理っぽい」

「でも、一体如何して――……。魔力って、あいつら魔力ゼロだったろ?」


 口から手を外されたリカルドがそう言うと、リジャイは低い声で言った。


「……呪いだよ……」


 その言葉に目を見開く二人。

 リジャイはさらに言った。


「それも意図して呪いを掛けられた訳じゃなくて、元々呪いを受けていた者からうつされたんだ。元々魔力に免疫の無い者が、その呪いに触れてしまった為、呪いをうつされてしまったという訳」

「アオイとリョータ二人共か?」

「いや、蒼一人だけ――」


 と、リジャイは言葉を止める。そして視線をシェルの後方へ向けた。

 シェルたちもまた、それに習うように其方に目を向ける。


 早夜が此方にやってくる所だった。

 しかも、後ろに男性二人を伴って。


「シェルさん、お客様です」


 そう言われて、シェルは彼らの方を向く。

 そこには、屈強そうな白髪雑じりの短髪の老人と、少々線の細い、金色に近い茶髪の男性が立っていた。

 老人は、シェルを真っ直ぐに見据え言った。


「山岳地帯タンバスより参った、代表のオースティンである。そして、ここに居るのは、我が孫、バーミリオンである」

「これは、遠路遥々よくいらっしゃいました。私は、次期王ミヒャエルの補佐をしております、シェルと申します。そして、こちらが弟のリカルドです」


 シェルに強く腕を掴まれ、リカルドも慌てて頭を下げる。

 だが、オースティンはリカルドに目を向ける事無く、シェルを真っ直ぐに見据えたままであった。


「それにしても、この城の使用人には、如何いう教育をしておるのか。この娘はわしに対して、手を貸そうかと言ってきた。わしはまだ、そこまで耄碌(もうろく)してはいない!」


 怒り心頭な老人の言葉に、早夜は顔を真っ赤にして、顔を俯けた。

 そして、消え入りそうな声で、


「……御免なさい……」


 と、謝罪した。 しかしオースティンはさらに不機嫌になるばかりだ。


「フン、謝り方もなっとらん!」


 その慇懃無礼な老人の態度に、リカルドはムカッとしてしまう。


「ちょっと待てよ! サヤは――」


 リカルドは、咄嗟に早夜が何者であるのか言いそうになった。けれど済んでの所で後ろに居たリジャイに口を塞がれ言葉を引っ込める。。

 オースティンはリカルドに顔を向けると、眉を顰めた。


「使用人を庇うとは、何ともお優しい国ですな、このアルフォレシアは」


 皮肉を込めたその言葉に、リカルドは頭に血が上り、彼に掴みかかろうと前に出そうになるのを、シェルが前に立って制する。


「お優しい国? 結構ですね。非情だと言われるよりは、数段マシかと思われます」


 そうにこやかに返すシェル。

 彼は内心苦笑していた。 少し前の自分ならば、彼と同じ事を思っていただろうなと思う。

 そして、オースティンはと言うと、そんなシェルをフンと鼻を鳴らして見据えるのだった。




 その後、シェルは使用人を呼ぶと、オースティン達を部屋に案内するよう言いつけ、彼らを見送った。

 その時、早夜は意を決したように頷くと、シェルに言った。


「あの、私あの人にちゃんと謝ってきます」


 そう言って彼の返事も待たずにタッと走り出す。しかし、あっと思い出したように立ち止まると、振り返った。


「後、シェルさん私、あの人の魂見ちゃいました。ごめんなさい!」


 それだけ言うと、オースティンを追って行ってしまった。

 それを呆気にとられって見送る男性陣。


「全くサヤは、あんな胸くそ悪いジジィに謝んなくてもいいじゃねーか」

「リカルド、言葉が悪いぞ」

「だってよ、あいつサヤの事何も知らねーで……」

「しょうが無いだろう、本当に何も知らないんだ」

「そう言えば、サヤの言ってた魂を見るとかって何なんだ?」


 リカルドの言葉にシェルはフッと笑う。

 先程、バスターシュの者に会った後に言っていた、早夜の言葉を思い出した。魂を見る時は、なるべくシェルに言うようにするといった約束だ。そして、そこではたと思い立つ。何故早夜は、彼の魂を見たのだろうかと。


「それにしても……なんでまた早夜は、あのジジィに手なんか貸そうとしたんだ? 全然必要ねーじゃねーか」


 すると今までずっと黙っていたリジャイが話に加わる。


「そーだよね。手なんか貸さなくても、一人で何でも出来そうだもんね、あのおじいちゃん。体、がっしりしてたしー……でも、早夜には分っちゃったんだよねー……」


 意味ありげに笑いながら話すリジャイに、訝しげな顔をする二人。

 そんな彼らを、フッと笑って見据えると、リジャイは言った。


「あのおじいちゃん、目が見えてないよ……」


 その言葉に、度肝を抜かれる二人。

 シェルは信じられないと言う様に首を振った。


「そんなバカな……。彼はちゃんと此方を見ていたぞ!?」

「うん、確かに此方に顔は向けていたけど、でもあれは、見ていたという訳じゃない。

 恐らく、呼吸する音とか、魔力なんかを感じ取って、顔のある辺りに予測をつけて、目を向けていただけだよ。それに、君達気付いた?」

「……? 何をだ?」

「あのおじいちゃんの耳飾と、彼の孫だっけ? 彼が嵌めていた指輪、あれって魔道具だよ」


 魔道具と聞いて不思議そうにする二人の王子。


「は!? 魔道具? 何でまた……」

「あれは、彼が指輪を使って、あのおじいちゃんに細かな指示を出していたのさ。現にさっきも、しょっちゅう指輪弄ってたし。恐らく、周囲の状況や物の位置とか、そんなものを知らせてたんじゃないかな」


 シェルとリカルドは、その事実に暫し呆然としていた。

 だが、ここでシェルは、はたとリジャイを見る。


「しかし何故、キサマはそれが分った? ……お前も魂が見えるのか?」


 目を眇め、リジャイは肩を竦め言った。


「まぁ、見ようと思えば見れなくもないけど、でもそれには相当の集中力が要るから、あまりやらない。

 僕が気付いたのは、あのおじいちゃんが余りにも、人を真っ直ぐに見すぎるから――……」

「???」


 訳が分らず眉を顰める彼らに、リジャイはフッと意味深に笑った。


「分らないなら分らないままでいいさ。それよりも、今は早夜のお友達の話をしなくちゃ」


 そしてリジャイは、蒼達から聞いた話を、シェルとリカルドに話して聞かせるのだった。





 一方、オースティンを居っていた早夜。漸く彼らの追いつき、声を掛ける。


「あの、待って下さい!」


 の声に振り返るオースティンとその孫バーミリオン。


「何だ、先程の娘か」


 オースティンは早夜を真っ直ぐに見据える。その隣のバーミリオンもまた、同じように早夜を見た。


「先程は本当に申し訳ありませんでした。お気を悪くさせてしまって……」


 早夜は深々と頭を下げる。

 そして、再び頭を上げた時、ふとその目にバーミリオンを捉える。彼は手を組み、指輪に触れていた。

 早夜には、そこから伸びる魔法の糸の様な物が見える。それが、彼が指を動かす度に、小刻みに震え、糸の先のオースティンの耳飾に伝わっていった。

 先程、初めて彼に会った時、早夜はまず違和感を感じ取り、首を傾げた。

 そして魂を見た時、その原因が分った。彼は目が不自由だ。

 なので、彼が段差に踏み込もうとした時、咄嗟に手を貸しましょうかと声を掛けてしまったのである。


「フン、それをわざわざ言う為にわし等を追ってきたのか」


 オースティンがそう言って、早夜を真っ直ぐに見据えている。

 早夜は隣のバーミリオンに視線を移してみた。じっと彼の目を見つめてみる。

 彼はその視線に耐え切れなかったのか、そっと目線を外した。これもまた、確信した要素の一つだった。

 人は視線が合うと、無意識にそれを外そうとする。オースティンには、それが全く見られなかった。


「先程から、よくわしの孫に目を向けているな。何がそんなに気になるのだ? それとも、わしの孫に色目でも使っておるのか?」


 その言葉にハッとして、オースティンを見る。彼は眉を顰め、不機嫌そうだった。


「い、いえ! そういう訳ではありません。あの、でも、オースティンさん。そんな風に、人を凝視するのはよくありませんよ……」


 遠慮がちに言ってみた所、オースティンは目を見開き、口元を歪める。


「ただの使用人風情が、このわしにご忠告とは、いい度胸をしている……」


 ギロリと睨んでくるが、早夜は少しも怖いとは思わなかった。


「人は普通、誰かと目が合うと、無意識に視線を外すものです。それは、人が自分のテリトリーを犯されるのを、嫌う生き物だから……。だから、その、あんまり無遠慮に人を真っ直ぐに見すぎると、鋭い人にはその、バレてしまうと思います……」


 その言葉に、オースティンとバーミリオンは驚いた顔をする。彼女が何の事を言っているのか理解したのだ。

 すると、オースティンはポツリと言った。


「……だからわしに手を貸そうと言ったのか……」


 そして、険しかった彼の目が、フッと柔らかくなった。


「娘よ、名は何と申す?」

「はい、早夜と言います」

「サヤか、お前の忠告、もっともであるな。これからは気をつけよう。

 では、また会おう。その時は、もっとゆっくりと話をさせてくれ。行くぞ」


 オースティンが、今だ早夜を見ているバーミリオンに、声を掛ける。

 すると彼はハッとして、自分の祖父を見た。


「はい、お館様」


 まっすぐに頭を下げ頷くと、一度早夜に軽く会釈をし、踵を返す。

 バーミリオンは、背後で早夜が立ち去るのを、気配で感じた。


「バーミリオンよ」

「何でしょうか?」

「お前にはあの娘、どう映った?」

「……とても愛らしく、儚げでありながら、芯は強い娘のように思います」


 自分の目である孫のバーミリオンに、オースティンはクッと笑う。


「愛らしく儚げか……想像していたものと大分違うな」

「はい、あの娘が恐らく……」

「ああそうだ、あれが幸福の遣いだ……。もう一度会った時、見極めさせて貰おう。果たして、本当に幸福を呼ぶ者なのかどうか……」


 バーミリオンは、祖父のその言葉に、返事の代わりに無言で指輪をキュッと擦る。そして、オースティンは耳飾が光ると同時に、満足げに頷くのだった。






「何だよそれ、人質って――……」


 リジャイから蒼達の話を聞いたシェルとリカルド。

 リカルドはまるで、自分の事の様に辛そうに呻く。


「まぁ、あっちの状況は全く分んない訳だけど、でも、明らかに狙いは早夜だよねー。リュウキの事とかも、一切触れなかったって言うしー……」


 リジャイの言葉は、聞いただけでは軽そうに聞こえるが、その眼差しは深く暗い。

 シェルは思わず、あの時の尋問を思い出して、身震いをしてしまう。


「……本当に、早夜ってもってもてだねぇ、いい意味でも悪い意味でも……」


 そしてリジャイは、ふと遠い目をすると、ポツリと言った。


「ねぇ、君達。どうして早夜は、あんなに人に好かれるんだと思う?」


 いきなり話が変わったので、シェルもリカルドも怪訝な顔をしてしまう。


「彼女に会った者は皆、彼女が好きになる。不思議だとは思わない?」

「……どういう意味だ」


 シェルがリジャイを睨みながら言った。


「実は僕、今までに早夜と同じ力を持った者に、三人会った事がある」


『っ!!』


 その言葉に息を呑む二人。黙って、話しの続きを聞く。


「彼らもまた、早夜同様に人に囲まれていたよ。人々に好かれる存在だった。でも、僕が会いに行った時には、その三人とも皆死にかけてた。

 ああ、別に僕が何かした訳じゃないよ。一人は89歳のおじいちゃんで大往生だったし、一人は流行り病だった。身体は至って普通の人間だしね。

 そして……最後の一人だけど、その人物だけは違った……。その人物は、その力のせいで人々から迫害され、殺される所だった」


「なっ! それはどういう事だ!?」

「人々に好かれる存在じゃなかったのかよ!」


 シェルとリカルドが驚いた様に声を上げる。

 リジャイはそんな二人を、静かに見据えると言った。


「力は時として、逆にも作用するって事。どうして……何が切欠でそんな事になったのかは、分らないけどね。でも、もしそうなった時、人々は容赦なく早夜を攻撃するだろう。

 ……果たして僕らは、そうなっても早夜の事を好きなままでいられるのかな。僕らも、彼女を傷付ける存在になってしまうんだろうか……」


 最後の言葉は、殆ど独り言の様だった。

 しかしここで、リカルドが怒った様に声を上げる。


「そんなもん! 俺は何があっても早夜の味方だ!」

「ああそうだな、どんな事があろうと、俺はサヤの傍を離れるつもりは無い」


 シェルも腕を組み、リジャイを見据えながらそう言った。

 リジャイは、そんな彼らを頼もしいような、妬ましい様な、複雑な思いで見やって、やがてフッと笑うと頷いた。


「まぁ、僕も彼女を傷付ける積もりは毛頭無いけどね。何よりも、彼女を助け見守ってゆくと決めたから……。

 それにしても、ライバル多いなぁ」


 リジャイは苦笑する。

 そんな彼をシェルは冷たく見やって言った。


「お前にだけは、サヤを渡す訳にはいかないな。間違っても、あんな姿をサヤの前にさらすなよ。お前が嫌われるのは一向に構わないが、サヤの心にトラウマと言う傷がつく」

「ははっ、でも、もしそうなったら、早夜は僕を叱ってくれるって言ってたなー。この前みたく”メッ!”ってさ」

「と言う事は、お前あの拷問の事を言ったのか!?」

「ちょっと待てよ! 何で二人で話し進めてんだよ。俺だって兄貴らにサヤを渡すつもりはねーからな!」


 顔を真っ赤にしてリカルドもそう言ったのだった。





「……うぅー、出て行きずらいよー……。何たってあんな話を、あんな所で言い合ってるんだろう……」


 顔を真っ赤にして呟く早夜。

 廊下の角から、こっそり顔を出して、彼らの言い合う声を聞いている。

 オースティンの所から戻ってきて、いざ彼らのいるホールへ入ろうとすると、彼らは何やら深刻そうに話していて、邪魔になるかなと思って、暫く待っていたら、彼らの早夜を渡さない宣言である。

 この場所は結構人通りが多い。

 大声で言い合っている彼らの声は、そこを通る使用人たちの耳にも、きっちり入ってしまっていた。因みに、今は早夜の何処を好きかの論争であったりする。

 早夜は、クスクスと使用人達に意味ありげに見られながら、真っ赤になって顔を俯けた。


「は、恥ずかしい……」


 明日には、城の中はこの話で持ち切りになるだろうなと、早夜はそう覚悟したのだった。





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