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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第五章》
57/107

9.理想の父親像

「ハァ……如何しよう……」


 溜息を吐きながら、早夜はとぼとぼと廊下を歩いていた。

 実は今しがた、セレンにリュウキの星かごを渡してきた所だった。

 その時セレンは――……。




『まぁ、リュウキ様が?』


 そう言って口元を手で覆い、涙を浮かべるセレン。そして、震える手で星かごを受け取った。

 暫し眺めた後、愛しげに撫で、そっと口付ける。


『ああ、リュウキ様……』


 吐息と共に呟き、胸に抱き寄せた。まるで星かごが、リュウキそのものであるかのように。

 早夜はそんなセレンに、躊躇いがちに声を掛ける。


『あの……実は、セレンさんから渡された星かごなんですけど、リジャイさんに頼んでリュウキさんに渡してくれるように頼みました。

 ……あの、御免なさい……私勝手に……』


 だがセレンは首を振った。

 そして、早夜の手を取ると何度も何度も感謝の言葉を口にする。でもふと思い出し、セレンはハッとした顔を上げた。


『でも、それではサヤさんの逃げ道が無くなってしまいましたわ……』

『……えっと、それなんですが……』


 早夜は一つの星かごを取り出す。

 それは、リジャイが置いていった物だ。そして、その時の事をセレンに話す。


『まぁ、それは……やっぱりあの方も、サヤさんを好いていらしたのね』


 上品に口に手を当て、ウフフと笑うセレンに、早夜は頬が熱くなるのを感じる。

 そうか、これはやっぱりそういう事になるのか……、と思いながら、この事を如何シェルやリカルドに告げるべきなのかセレンに相談を持ちかけてみた。


『そうですわね……別の星かごを使う、という手もありますけれど……わたくし、生憎リュウキ様の星かごしか作っておりませんでしたし……。

 ここはやはり、あのリジャイさんの仰る通りになさった方がよいのではないかしら』

『でも、そうしたらリジャイさんは悪者に……』

『あら、それはリジャイさんも覚悟の上なのではなくて? きっと、それ程までにサヤさんに星かごを使って欲しかったのではないかしら』


 可愛らしく首を傾げてみせるセレン。こんな時でなければ、そんなセレンに見惚れていただろう。

 けれど今は、早夜の脳裏にあの時のリジャイの言葉が浮かぶ。


 ――ただ君は、それを仕方なく使うんだ。意味なんか気にせずに――


 何処か寂しげな彼の声が忘れられない……。




 その後早夜は、何も解決策を見つけられないまま、セレンに別れを告げ、部屋を後にし、こうして今に至る訳である。


 早夜は、手元にあるリジャイの星かごを見つめる。

 リカルドとシェルに知られた時の事思うと、恐ろしくて堪らない。特にシェルには、リジャイに近づくなと言われているのだ。

(ううっ……物凄く怒られる気がする……)

 気がするではなく、確実に怒られるだろうと、今から気が重い早夜。


「蒼ちゃん、早く戻ってこないかな……星見祭ももう直ぐなのに……」


 親友の明るい笑顔を思い出し、そんな事を呟く。彼女だったらこんな時、この重い気持ちを持ち上げる所か吹き飛ばす勢いで励ましてくれるだろう。

 正にそんな事を考えている時だった。


 ――ベシャッ!――


「キャン!」


 まるで子犬のような叫び声が聞こえ、驚いて振り返えってみると、廊下の真ん中で見事に転んでいる少女が居た。


「……はっ!! だ、大丈夫ですか!?」


 一瞬その見事な転びっぷりに固まっていた早夜だったが、我に返り慌ててその少女を助け起こす。


「ううっ、痛い……。でも、大丈夫ではないが、大丈夫だ!」


 大丈夫じゃないのに大丈夫とは何ぞや? と、少女のその意味不明な言葉に、思わず首を傾げてしまう。

 そして、改めて少女を見てみると、歳の頃は自分と同じ位であろうか、青みがかった黒い髪、肌は少々黄色みがかっていた。何処か日本人を思わせる顔立ち。着ている服も、何処か着物に似ている。

 一目見て、これは明らかにアルフォレシアの人間ではない、と分かる。


「あ、外国からのお客様ですか?」


 早夜がそう尋ねると、少女は此方の姿を上から下にジックリと見た。

 不躾な視線だったが、それほど不快には感じない。その眼差しが、好奇心に溢れていたからだろうか。


「如何にもそうだが、そう言うお前もこの国の人間では無さそうだが? どちらかと言えば妾の国寄りの人間ではないか? それともコーラン国から此方に移り住んだ者か?」

「……コーラン国ですか?」


 馴染みのない国の名前に首を傾げてそう聞くと、少女は少々不機嫌な顔になる。


「いくら妾の国が小さいからと言って、名前ぐらいは聞いた事は無いのか? フン、まぁいい。妾の名前はマオと言う。コーラン国の王女だ」

「えぇ!? 王女様ですかぁ!?」


 早夜は慌ててぺこりと頭を下げる。


「えっと、初めまして。私、早夜と言います」


 今できる最低限の礼であったが、そんな早夜を見て、マオはさも可笑しそうに笑った。


「ハハッ、面白い奴だな、お前。王女だと名乗って、そんな普通の挨拶を返されたのは初めてだ!」

「え? 普通?」


 では正式な礼の仕方はどんなものであるのだろうか? 失礼にならないように、後でちゃんと聞いておくべきかもしれないと早夜はこっそりと頷く。

 そんな早夜の決意を余所に、マオは早夜の肩に手を置くと、声のトーンを落として聞いてきた。


「なぁ、サヤ。同郷の(よしみ)だ。お前、ここに仕えている者だろう? ならば分らぬか? この前の魔力の主を……異界人なのだろう?」


 少々勘違いをしているマオ。

 早夜はというと、異界人という言葉に、内心ぎくりとしてしまう。ポーカーフェイスであろうとしても、元より嘘がつけない性格である為、落ち着き無く視線を彷徨わせてしまう。

 その様子気づいたマオは、早夜を真正面に捉えると、ガシッと両肩を掴んできた。


「サヤ、お前やっぱり知っているのだな!? どんな奴だ?

 やはり、あの空を突き破らんばかりにデカイのか? 腕は六本あるのか!?」


 なんとも突拍子もないその言葉に、早夜は瞬きの後に苦笑すると首を振った。


「そんなんじゃありませんよ。本当にそんなに大きかったら、マオさんとっくに見つけてるじゃないですか。それに腕も普通に二本ですよ」

「何!? そうなのか?」

「はい、見た目は至って普通です」

「うーん、そうか……つまらん……。ハッ、と言う事は、お前はその者に会っているのだな!?

 何処にいる? 会わせてくれ!!」


 マオはそう叫ぶと、早夜の肩をガクガクと揺すった。


「はぅ〜〜〜、マオさん、目が回ります〜!!」


 容赦なく脳がシャッフルされ目を回す早夜に、マオは流石に悪かったと思ったのか、しょんぼりとした様子で「すまない」と一言謝った。


「でも、どうしても会いたいんだ……」

「マオさんは、如何してその人に会いたいんですか?」


 何処か思い詰めて居るように見えたので尋ねてみた。すると彼女は、悲しそうに顔を歪めギュッと拳を握る。


「……父王ちちに会わせる為だ……」

「父王……お父さんの事ですか?」

「うむ、そうだ。父王は今病を患っていてな。その、結構重いらしい……。起き上がる事も出来ないんだ。

 だから……今回、そんな父王の代わりに、妾がこの国に来たのだ。まあ、こんな小娘でも一応王位継承者だからな……」

「そう、だったんですか……。でも、如何してそんなにお父さんに会わせたいんですか?」

「あれ程の力の持ち主だ。もしかしたら、父王の病気を治してくれるやも知れぬ。

 それに、妾の国は小さい。異界人は、幸福を呼ぶと言われているだろう? 迎えれば、妾の国の繁栄を望める。

 ……だから妾は、その者をコーラン国へ連れてゆく。例え力づくでも……」


 力づくと言う言葉に早夜は眉を顰めると、拳を作るマオの手を取った。


「マオさん。そんな、力づくなんて駄目です……。ただ一言、頼んでください」

「頼む?」

「はい、ただ一言、私の国に来て欲しいと頼めばいいと思いますよ。それにお友達になればいいんですよ」

「お、お友達? それで、その者は妾の国に来てくれるのか?」


 頬を紅潮させ、意気込んでマオは聞いてくる。そんな彼女に、早夜は頷いて見せた。


「お友達として、正式に招待すればいいんじゃないですか? その時はちゃんと、王様にも挨拶しなくてはいけませんし……」


 その言葉にマオはハッとする。


「そ、そうか、そうだな……。その者を無理矢理連れて行ったりしたら、妾の国とこの国は、戦争になってしまうものな!

 妾は恥ずかしい……国の代表としてきているのに、そんな事に気付かないとは……冷静さに欠けていた」

「それ位、お父さんの事が心配だったんですよ……」


 その時、二人の耳に『姫様ー!!』と叫ぶ声が聞こえてきた。

 マオはその声に渋い顔をする。


「ムムッ、この声はじぃだ。黙って部屋を抜け出してきたから、見つかったらお説教だ」


 そして早夜を見て晴々と笑った。


「では、サヤと言ったな。お前の話、大変為になった! アルファード王に頼んでみようと思う! では、妾はじぃから逃げる!」

「え、あのちょっと待って――」


 早夜の静止の言葉を聞かず、彼女は走り去ってしまった。


「私がその異界人ですって、言おうと思ったのにな……」


 何となく思って呟き、ふと廊下の窓から外を見た。

 すると、庭園の噴水の辺りに人が(うずくま)っているのが見えた。

 遠目から見ても、その人物は酷く気分が悪そうであった。

 早夜は慌てて外へと向かった。

 途中必要になるかもと思って水を貰い、目的の人物の元に駆け寄る。

 近寄ってみればその人物は男性で、その顔は見るからに真っ青になっていた。そして気持ち悪そうに口を手で覆っている。

 早夜は慌てて持っていた水を傍らに置き、彼の背をさする。

 大丈夫かと尋ねれば、彼は顔を上げた。眼鏡を掛けた人の良さそうな人物だ。

 そんな彼は、早夜を安心させるように微笑む。


「えぇ、大丈夫ですよお嬢さん。ただちょっと、馬車酔いを致しまして……ウプッ」


 彼は口を押さえると、背中を丸めてまた蹲ってしまう。


「全然大丈夫じゃないですよ。ちょっとそこに腰を掛けましょう?」


 早夜は男を噴水の縁に座らせると、持っていた水を差し出す。


「お水、飲めますか?」

「ああ、お優しい方だ……。有難う御座います。頂きます」


 彼は礼と共に水を受け取ると、ちびちびと飲み始めた。




「はぁー、漸く気分が良くなってきました。貴女のお陰です。本当にありがとう」


 心からの礼を述べられ、早夜は慌てて手を振る。


「いえ、私なんて何もしていませんよ。お水を持ってきただけです」

「いえいえ、そのお水のお陰でこの胸のむかむかが取れたんですよ」


 男はそう言って優しく笑った。

 その笑顔に、思わず早夜はボーと見入ってしまう。

(何だか、理想のお父さんって感じだな……)

 何となくそう思った。

 すると男性は急にフフッと笑う。

 何だろうと首を傾げていると、


「いえ、すみませんね、いきなり笑ったりして。実は私には、9歳になる娘がおりまして、その子が貴女の様な優しい子に育ってくれたらなぁと思ったんです。

 その事を想像したら、嬉しくなってしまって」


 それを聞いた早夜は、ほんわかした気持ちになった。


「へぇ……娘さんがいらっしゃったんですか?」

「はい。後、妻のお腹の中にも……」

「うわぁ、それはおめでとう御座います!」


 早夜はまるで自分のことのように頬を染め、手を叩きながら嬉しそうに笑う。

 それを見て彼は微笑むと、優しく早夜の頭を撫でた。


「本当に優しい子ですね。貴女の様な娘さんを持った親御さんは幸せ者だ」


 何だか胸の辺りが擽ったいと同時に、無性に切なくなった。思わずポロッと涙を零してしまう程に。

 それを見た男性は、当然の事ながら吃驚して手を離し、わたわたと慌てだす。


「ど、如何なさったんですか!? あ、もしかして、頭を撫でたのが嫌だったんですか? すみません、初対面の女性に失礼でしたね」

「いいえ、違うんです。ただ、本当にお父さんみたいだなって……。

 私、ずっとお父さんはいないって思ってて。でも最近、ちゃんと私にもお父さんがいるって分って。その人も、貴方みたいに頭撫でてくれるのかなって思ったら――……。

 ごめんなさい、泣いてしまって……」


 事情を聞き、最初驚いた顔をしていた男性だったが、やがてフッと笑うと、もう一度早夜の頭を撫でた。


「謝る必要はありません。きっとあなたのお父さんも、こうして頭を撫でてくれますよ」


 その言葉に、早夜はまた涙を零した。


「ありがとうございます。本当にお父さんみたい……」

「ハハッ、私なんかで良ければ、幾らでもお父さんの代わりになりますよ。あ、でも私なんかが代わりになったら、貴女に迷惑が掛かるかも知れませんね」


 早夜が、そんな事は無いと、否定の言葉を言おうとした時だった。


「サヤ!」


 鋭い声で名を呼ばれる。

 振り向けば、シェルが此方に向かって遣って来る所だった。その顔は険しい。

 そして側まで来ると、早夜が何か言う前に、その腕を掴んで己の後ろに庇うようにした。


「これはこれは、バスターシュの方が此方で何を為さっておいでですか? うちの使用人が、何か粗相でも致しましたか?」

「え!?」


 早夜は思わす声を上げた。ついまじまじと男性を見てしまう。

(バスターシュって……あの?)

 シェルに使用人と呼ばれた事もそうだが、男がバスターシュの人間であるという事実に、早夜は呆然とした。

 そしてその様子を、男はただ悲しげに、微笑みながら見つめている。


「いいえ、寧ろその逆ですよ。馬車酔いして蹲っていた私を、その方は介抱してくれました。

 あ、ご挨拶が遅れましたね。私はグースと申します。この度、バスターシュより和平の遣いとしてやって参りました。

 二つの国が、手に手を取り合うのを心より望んでおります」


 グースは顔を引き締めると、シェルに向かい膝を折り、深く礼をした。


「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。しかし、私は次期王たる兄の補佐役をしております。そんなただの補佐にそのような礼は不要です」


 しかしグース、膝を折ったまま顔だけを上げ、シェルを見上げる。


「ああ、貴方は第二王子のシェル様ですね。私にしてみれば、貴方様は王族の方。礼を尽くすのは当たり前です」


 そして立ち上がると、今度は早夜を見た。

 

「少しの間でも、貴方の父親の代わりになれた事、嬉しく思いますよ。お水、有難う御座いました。

 では、私は部屋に戻らせてもらいますね」


 グースは早夜にニッコリと笑いかけると、その場を立ち去ってしまう。

 早夜は何か言おうとして、前に出るのをシェルが止めた。見上げれば、彼は今だ、厳しい顔をしてグースの去った方を凝視している。


「やめろ、あいつらには関るな」

「でも……」

「だめだ」


 ぴしゃりと言われた。

 その有無を言わせぬ物言いに、早夜は悲しげに眉を下げる。


「でも、あの人はいい人です……」


 ポツリと呟く早夜に、シェルはゆっくりと振り返る。

 その表情は無表情ながら、怒気がひしひしと伝わってくる。思わず早夜は数歩後退ってしまう程に。

 シェルにとってその行動は今の感情を後押しするようなもの。彼はすっと目を細める。

「それは、俺の時と同じ言い(ぐさ)だな……」


 その声は本人でさえ自覚するほど、低く冷たく響いた。


「あの、シェル、さん?」

「では、お前はあの男の魂も見たのか……」


 それが醜い嫉妬であることをシェルは自覚していた。しかし、感情を抑えることはできなかった。

 感情のままに詰め寄ると、早夜も一歩下がる。


「どんな色をしていた? 俺と一緒でお優しい色か!?」


 無抵抗な少女を追い詰め、最後は叫ぶようにして、無意識に逃げようとする細く華奢な腕を掴んだ。

 力任せに掴んだせいか、早夜は顔を顰め怯えた目でシェルを見上げていた。

 頭ではこれ以上はもう止めろと制止しているが、感情を制御できない。

 もしかしたら、早夜はあの男に対して、自分の時と同じ行動をとったのかもしれない。そう思うと、気が気ではなかった。

 あの魂を見るという行為を、何処か自分だけの特別な物の様に思っていたせいだろう。

 正直、このような子供じみた考えを持っていた事は、自分自身でも驚いている。しかし、そう思ってしまったのだ。

 事実はどうあれ、自分の想像でしかなかろうと、嫌だと、理性を覆ってしまうほどの嫉妬心を抱いてしまったのだ。自分のこの感情はもうどうしようもない。


「如何なんだ?」


 搾り出すようにシェルが言うと、早夜は今にも泣きそうに首を振る。


「……見てません。そんな事してません。シェルさんにしかやったことがないのに……。

 それに、魂なんか見なくても、話していたら分ります……。他にも仕草とか眼差しとか、それにお子さんの事を話している時、凄く嬉しそうにしていて……」


 シェルの手から力が抜けていった。

 早夜の言葉を、自分にしかやったことがない、と聞いて、シェルは自分でも驚くほどに落ち着きを取り戻した。そして現金な自分に恥ずかしくなった。

 落ち着いて改めて早夜を見れば、その目からは涙が溢れ出している。

 自分がそうしてしまったのだと罪悪感がわく。


「すまない……つい、感情的になってしまった……」


 シェルがポツリと小さく謝罪の言葉を口にすると、早夜は顔を俯けて首を振った。


「いいえ、私の方こそ御免なさい……。私、軽はずみにいい人って言い過ぎですね。

 でも……本当にそう思ったんです。あの人は……グースさんはいい人だと思います……」

「ああ、分ったから、もういい……」


 少々ぶっきら棒にシェルは言った。

 気恥ずかしかったせいもあるが、これ以上早夜の口から他の男の名を聞きたくなかった。

 しかし、その時早夜は顔を上げ、真剣な面もちでこう言った。


「シェルさんにとって、魂を見る行為は特別なものだったんですね……。あの私、無意識で見てしまうこともあるので、確かな約束は出来ませんけど、なるべくその時は、シェルさんに言うようにしますから……。だからもう、あんな風に傷付かないで下さい……」

「っ!!」


 思い掛けない早夜の言葉に、シェルは目を見開かせ、そして思わず頬を染める。改めて言われれば、実に気恥ずかしい。

 焼き餅などという子供じみた感情が、この目の前の少女に全て見透かされてしまったように思え、動揺を隠しきれない。

 と、その時である。

 何処からとも無く笑い声がした。

 シェルは咄嗟に、早夜の肩を抱き、庇うようにする。

 すると、ガサッと音と共に、いかにも男装の麗人といった風なバラ色の髪の女性が、植え込みの影から姿を現したのだ。


「ははっ、あーおかしい。君のそんな顔を見れるなんて、やっぱりその娘について来て正解だったな」

「……これはマウローシェ様……。お久しぶりです……」


 シェルは身を硬くし、苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言った。


「ああ、久しぶり。何だ、そんなに嫌そうにしなくてもいいだろう? 元恋人に対して、大分つれない態度をとるじゃないか」


 その言葉に、早夜はゆっくりと瞬きをすると、たっぷりと時間を空けてから「えぇ!?」と声を上げる事となった。





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