7.子守唄
吹き抜けとなっている天井から見える空はまだ暗く、魔道の灯りが蛍の様に樹の周りを舞っていた。
それはとても幻想的な光景で、蒼達は先程まで居た日本との差異に、夢でも見ているかの様な気分にさせられる。
「おお! お前さん達、戻ってきたのか!」
陶然と魅入っている蒼達は、後ろから話しかけられ振り向いた。
そこには、白い肌に黄緑色の葉っぱの様な髪をした、外見年齢十歳、実年齢五百云歳のピトの姿があった。
「ゴ主人タマ!」
主であるピトの姿に、花ちゃんは顔を輝かせ、喜びいっぱいで叫ぶ。
「おお、おかえり。ほれ、お前のジャよ」
そう言って差し出される円盤。
花ちゃんは嬉しそうに、いそいそとその円盤に乗り込むと、何やら操作し、スイッと飛び上がった。
蒼は、そんな花ちゃんの様子を微笑ましげに見ていたが、ピトを見ると真剣な顔になる
「あのっ、リジャイって人はここにいますか?」
「そうだ! 急いで会わないとっ!!」
亮太も焦ってピトに詰め寄る。
しかしピトは、蒼達に向き直ると、難しそうな顔で首を振った。
「フム、今すぐ会わせたいのは山々なんじゃが、あの男はとにかく気紛れでな。いつ何処にいるかは誰にも分らんのじゃ。
まぁ、夜明け前じゃし、知らせは送ってやるからの。奴が来るまでは、此処でゆっくりしておればいい」「そんな……」
亮太は逸る気持ちに歯噛みする。それを宥めるように彼の肩に手を置き、蒼は溜息を吐きながら肩を竦めた。
「しょうがないよ。取り敢えず、ここはお言葉に甘えてゆっくりさせて貰おう?」
「ジャア、僕ガ色々案内スルノデツ!」
花ちゃんは、任せろと言うように胸を叩きながら、嬉しそうに言うのであった。
そうして、まだ暗い中で研究所を案内されている間に、空が薄っすらと明るくなってきた。
朝がやってきたのだ。
すると、辺りに歌が響いてきて蒼達は首を巡らす。
花ちゃんが言うには魔道生物達が歌っているらしい。
穏やかだが何処か清涼感を感じ、自然と内から力が湧いてくるような、今すぐ表に飛び出して日の光をいっぱい浴びたくなってくる歌だった。
「ねぇ、花ちゃん。この歌は何て歌なの?」
蒼がそう尋ねると、花ちゃんはニパッと笑って答える。
「命ノ歌ナノデツ。蒼達ニ、良イモノヲ見セルノデツ!」
花ちゃんは小さな手で手招きをしながら、蒼達をある場所へと案内する。
そこには大きな花壇があり、魔道生物達が集まって、皆で花壇を見ていた。
「新シイ命ガ、生マレルノデツ!」
花ちゃんがそう言うので、蒼達も他の魔道生物同様、それを見守る。
すると、何やら土がモコッと盛り上がり、可愛らしい芽がピョコピョコと、一斉に出てきた。
魔道生物達の間に歓声が上がる。
そして、その芽一つ一つに、一体づつ魔道生物が近づき、何やら話し掛けている。
「魔道生物達には、それぞれ担当する種があるんジャよ」
ピトが近付き、蒼達に教える。そして、自分はそのまま母胎樹の根っこに腰掛け、口笛を吹き出した。
それは魔道生物達が歌っている『命の歌』だ。
それから蒼達は他の花壇にも目をやる。
すると、そこにはもう少し成長した魔道生物達の苗が存在した。そして、その葉と葉の間に、花ちゃん達よりも小さい魔道生物の姿を見る事が出来た。
「うわー、可愛いー。これって、花ちゃん達の赤ちゃんだよね!」
その小さな魔道生物の頭には、もう少しで開きそうな、花の蕾があった。その子達は、蒼と亮太の姿を見ると、「バブー」とか「デチュ」とか言っている。
それを微笑ましげに見ていると、大人の魔道生物達が数体、此方に近寄ってきた。
「コノ子達ヲ、可愛イト言ッテクレテ、アリガトー」
「私達、コノ子達ニ名前ヲ付ケタノー」
「覚エテクレルー?」
彼等はそう言うと、蒼達の返事を待たず、皆思い思いの名を告げてゆく。
その名は、エリザベスとか、フランチェスカとか、中にはブラジオール・ザルブントス等と言う、長ったらしくも訳の分らない名前もあり、苦笑してしまう。
すると、花ちゃんが慌てて間に割って入り、彼らに注意する。
「コラコラ! ダメナノデツ! 蒼ト亮太ガ困ッテイルノデツ!」
「え? 花ちゃん、私は別に構わないけど……」
蒼はそう言うと、ふと首を傾げる。
今、名前を告げに来た魔道生物たち。彼らが、何やら不自然に見えた為だった。
「ねぇ、亮太。あの子達、何かちょっと元気なさげじゃない?」
「ん? そーか?」
そう言われて見てみれば、何となく頭の花に元気が無い様に見えなくもない……。
すると花ちゃんは、焦ったように蒼達の前で両手を広げた。
「コレ以上ハ、企業秘密ナノデツ! 僕ガアッチデ、オ茶ヲ出シテアゲマツ! アッチニ行クノデツ!」「花ちゃん?」
そんな花ちゃんに戸惑いながらも、彼らは従い、花ちゃんについていった。
「……花ちゃん、か……あの子は名前を付けて貰ったんジャな……。
それに、企業秘密か……やっぱり見せたくは無いのかのぅ……。大分、あの人間達に可愛がられたようジャな……」
花ちゃんに従い、この場を去る彼らの後ろ姿を眺めながら、そのように呟くピト。目線をまた花壇に移すと、頭に蕾を付けた彼等は、顔を赤くして踏ん張っている所だった。
そんな彼等の傍らには、担当の魔道生物達が固唾を飲んで見守っている。
そして、「ポンッ!」と音を立てて蕾が開いた。
周りから歓声が上がる。
それを見届けた担当の魔道生物達は、満足そうに頷くとピトの元へとやってくる。
彼等はピトにキューと抱きつくと、円盤から降り、ぺこりとお辞儀をした。そして、ヨタヨタと歩きながら、母胎樹の根っこに抱きつく。
辺りに響く歌声は、いつしかゆったりとしたものに変わってゆく。それは何処か子守唄に聞こえた。
ピトもまた、口笛でその曲を奏でる。
その時、母胎樹に朝日が差し、その根元にいる魔道生物達をも明るく照らし出した。
彼等の顔は皆、幸せそうに微笑んでおり、穏やかに眠りに付いている様だった。
ピトは立ち上がると、眠りに付く彼らを愛しげに撫でる。その頭の花は、萎んで枯れてしまっていた。
ピトは、悲しげな顔でそれを見つめると、母胎樹の根元に、一体一体、丁寧に埋めていった。
他の魔道生物達も、子守唄を歌いながら、それを見守る。
ピトは、まるで独り言のようにポツリと呟いた。
「……お前達は、名前を付けないワシを、卑怯だと思うか?」
しかし、それはちゃんと魔道生物達に伝わっており、彼らはピトの元にやってくると、思い思いにピトに触れる。
「ゴ主人タマハ、卑怯ジャナイノー!」
「イツモコウシテ、私達ヲマザーノ根元ニ、埋メテクレルデショウ?」
「ゴ主人タマガ、自分ノ手デ埋メテクレル事ハ、何ヨリモ僕達ヲ、安心サセテクレルヨー」
「ダカラ、ソンナニ自分ヲ責メチャ、ダメナンダナ」
皆、一生懸命にピトを気遣う。
「……お前達は優し過ぎるんジャ……ジャからワシは……」
そう言うと首を振り、乗り手の居なくなった円盤を、花が咲いたばかりの若い魔道生物達に持ってゆく。
すると、他の魔道生物達が、母胎樹から赤い実を採ってやって来た。 ピトはそれを受け取ると、その実を剥き、中から種を取り出す。そして、それを円盤の中に入れると、その若い魔道生物達に、一つ一つ置いて行った。
不思議そうにそれを見ている彼らに、ピトは言った。
「これはお前達のものジャ。いつかお前達が役目を終える時、その種がお前達の次の世代となる。それまで大事に持っておくんジャ」
そう言うと、ピトはその場を去ってゆく。
後に残された彼らは、先輩の魔道生物達に円盤の乗り方を教わる。
それが彼ら魔導生物達の命の『環』となるのだ。
一方その頃、蒼達は花ちゃんに出されたお茶を飲みながら、聞こえてくる歌の曲調が変った事に気付く。
「あら、歌が変ったわね」
「……本当だ。何だか子守唄みたいだな」
すると、それを聞いた花ちゃんが、ふわっと笑って言った。
「アイ! ソノ通リナノデツ。安心シテ眠レルヨウニナノデツ!」
「ふーん……さっきの赤ちゃん達の為ね?」
蒼がそう言うと、花ちゃんは不思議な笑みを浮かべる。優しく暖かく、でも何処か寂しそうに……。
そんな花ちゃんに首を傾げながらも蒼は尋ねる。
「そう言えば、花ちゃんも赤ちゃんを育ててるの?」
「そうだよな。さっき、花のご主人様のピトだっけ? 担当の種があるって言ってたよな?」
その言葉に、花ちゃんは元気に頷いた。
「アイ! ソウナノデツ!」
そして、花ちゃんは円盤の中をゴソゴソとし始める。
「ア、アリマツタ!」
そう言って、花ちゃんはそれを取り出す。
それは、見た目は小豆に似ていた。違いといえば、小豆よりも少し小さい事位か……。
「へぇー、なんか小豆みたいねぇ。まだ植えないの?」
「あ、小豆って……」
蒼のまんまな感想に呆れる亮太。
そして、花ちゃんは困ったように笑った。
「僕ハ、マダマダ未熟者ナノデツ。ダカラ一人前ニナルマデハ、コノ種ハ植エテハイケナイノデツ……」
その時、ピトが部屋の中に入ってきた。
「ワシにもお茶をおくれ」
ピトがそう言って椅子に座ると、花ちゃんは喜んでお茶の支度をする。
「それで、ピト……さん?」
「ピトでいいよ」
「それじゃあピト。花ちゃんが言ってた、企業秘密とやらは終わったの?」
蒼がそう訊くと、花ちゃんはギクリとして、心配そうにピトを見る。
ピトは、花ちゃんをチラリと見てから言った。
「ああ、終わったよ。企業秘密ジャから、詳しくは言えんがの……」
ピトが蒼を見てニッと笑う。
花ちゃんはホッとして、ピトの前にお茶を出した。
「アイ、オ茶ナノデツ!」
「おお、悪いのぅ。ところで、あちらは楽しかったかの?」
ピトがそう尋ねると、花ちゃんはパッと顔を輝かせた。
「アイ! トッテモ楽シカッタノデツ! アニメノロボットガ、凄カッタノデツ!」
「あにめ? ろぼっと?」
首を傾げるピトに、花ちゃんは日本から持ってきた、ロボットのおもちゃをピトに見せる。
「これは何ジャ?」
「ロボットナノデツ! 合体ナノデツ! 七段階変形ナノデツ!」
その意味不明な単語に、更に首を傾げるピト。
花ちゃんは、その玩具を使って説明をしだす。
「コレハ……デ……」
「ほうほう」
「ソシテ……」
ピトは、ふむふむと頷きながら、花ちゃんの話を興味深めに聞き入っていた。
(……こうして見ると、本当に百歳超えてるのかって思うわよねぇ……ピトって……)
蒼は花ちゃんと話をしているピトを眺める。
ロボットの玩具をいじくる姿は、まさに子供そのものであった。
「――っつ!?」
その時、手に痛みが走った。あの、黒い影に触れられた場所だ。
蒼は袖をそっと捲ってみる。
(な、何これ!?)
思わず目を見開く。
その場所は更に赤みを増し、一部は赤黒く変色していた。
「どうした? 蒼」
亮太が蒼の異変を感じ取り、声を掛けてきた。
蒼はハッとして亮太を見ると慌てて袖を隠す。
「な、何でもない……」
無理矢理笑顔を取り繕う。亮太は不自然だと感じ、更に追求しようとしたが、蒼は何か言われる前に、花ちゃんへと話を摩り替える。
「それにしても花ちゃん。さっきの話なんだけど……」
「アイ、何デツカ?」
「一人前になるまで、種を植えちゃいけないって言ってたけど、いつになったら一人前になれるの?」
ピトはピクンと肩を震わすと、静かに花ちゃんの方を見た。
「そうだよな、誰が決めるんだ?」
蒼の事は気になった亮太だったが、こうなれば聞き出すのは無理だと幼馴染みとしての経験により早々に諦め、蒼の話に乗るように花ちゃんに質問をする。
すると花ちゃんは二パッと笑って答えた。
「マザーガ、教エテクレルノデツ」
「……マザー、お母さんって事だよね? 前から気になってたんだけど、花ちゃんのお母さんって――……」
「母胎樹……あの大きな樹の事じゃよ……」
ピトが花ちゃんの代わりに答えると、2人共驚いた顔をする。
「え? 樹が教えるって――喋るの? あの樹が?」
「マザーハ喋ラナイノデツ。僕達ノ心ニ、直接、語リ掛ケテクルノデツ」
「ふーん?」
蒼は分った様な、良く分らない様な、曖昧な顔をする。
「うーん、そっか……じゃあ、早く一人前になれるといいね、花ちゃん」
にっこりと笑って蒼がそう言うと、花ちゃんは不思議に綺麗な笑顔でこう答える。
「アイ! ソレハトテモ素敵ナ事ナノデツ!」
花ちゃんのその言葉に、ピトは苦しげに顔を歪めた。
「……何故ジャ……」
ぽつりとピトが言うと、花ちゃんは彼にそっと寄り添い、その手に触れる。
「ダッテ、命ハキラキラトシテ、愛シイモノナノデツ。僕ハ、ソレヲ育テル事ガ出来ル。
ソレハトッテモ、素敵ナ事ナノデハナイデツカ?」
「花ちゃん……」
「花……」
蒼と亮太は感動して花ちゃんを見ていたのだが、ピトだけは悲痛な面持ちで、花ちゃんを見ているのだった。
蒼は、ピトが用意してくれた部屋に一人居た。
もう一度袖を捲る。
そして、その赤黒く変色した所に、そっと触れてみる。
「――っ!!」
激痛が走った。
そして、何とも言えない不安に襲われる。
「……どうしよう、亮太……私、怖いかも……」
今すぐ亮太の部屋に行って、この腕を見せて、怖いと訴えたい。でも、蒼は黙っている事にした。
(せめて早夜に会うまでは、余計な心配事を増やしたくない……)
その時、ノックの音がした。蒼はハッと顔を上げると、袖を元通りにしてドアを開ける。
そこには、花ちゃんが居た。
「……蒼、大丈夫デツカ?」
花ちゃんは、蒼を見ると心配そうに首を傾げる。蒼の不安を感じ取ったのかもしれない。
「……どうしたの? 花ちゃん」
蒼がそう尋ねると、花ちゃんは二パッと笑う。
「一緒ニ居テモ、イイデツカ?」
蒼はその笑顔に、何処かホッとした。
「うん、もちろん!」
それは心からの言葉。
今は何より、誰かに傍に居て欲しかったから。
そして、花ちゃんの存在は、何だか手の痛みを少し和らげてくれるような気がした。