6.不穏な影
〜日本・一時帰宅その後 最終日〜
「今日は、歓迎パーティーだよ!」
蓮実がいきなり言い出した。
「どうしたの、蓮実ちゃん。いきなりじゃない? それに、やるならお別れパーティーじゃないの?」
「お別れじゃ、何か悲しくなっちゃうからね。歓迎パーティーにしました!」
そして、驚く蒼をよそに、蓮実は花ちゃんと顔を見合わせて「ネー♪」と言い合った。
「えー!? 何々〜?」
「秘密ナノデツ!」
「そうそう秘密!」
花ちゃんと蓮実は、クスクスと笑い合っている。
首を傾げる蒼。
「花ちゃん、これ私たちから……」
百合香と海里が綺麗にラッピングされた何かを花ちゃんに差し出す。
「何デツカ?」
花ちゃんがそれを開けると、中には花ちゃんを描いた絵と、花ちゃんが着れる位の小さい小さい服だった。
「ウワー! アリガトウナノデツ!」
花ちゃんは頬を染めながら、早速その服を着る。
マジックテープで止められるようになっており、花ちゃんでも着やすかった。
襟の部分に青色のリボンが付いていて、ビーズで出来た花ちゃんの顔をモチーフにした飾りがつけられている。
花ちゃんはそれを手に取ると、キラキラした目で百合香を見合って、二人して意味あり気に笑った。
そして、花ちゃんの頭の花の色に合わせたそのピンク色の服は、ポンチョ風になっており良く似合っていた。何より、とても可愛らしい。
「海里モ、アリガトーナノデツ。トテモ上手ナノデツ!」
そんな言葉に、海里は照れくさそうに笑った。
そして花ちゃんは、お礼にと言ってテーブルの真ん中に立ち、
「ロボットノ舞ナノデツ!」
そう言って、踊りを披露し始めた。
やっぱりその顔は微妙で、皆笑いを堪えるのに必死であった。
「何か、私達だけ何も無いわねー……」
楓のロボットの玩具や、翔太郎達の肥料などを見て、溜息を付く蒼。
「そうだな……」
亮太も呟いた。
すると、花ちゃんはキョトンとして言う。
「蒼ハモウ、僕二クレマツタヨ」
「え!? 何を?」
「一番素敵ナモノナノデツ!」
「えぇ!?」
首を傾げる蒼に、花ちゃんはクスクスと笑うと言った。
「僕二名前ヲクレマツタ。一番ノ贈リ物ナノデツ!」
ピトーッと花ちゃんは蒼に抱きついた。
「花ちゃん……」
そうして、蒼は花ちゃんをいい子いい子をするように撫でてやる。
「蒼ハ、僕ノモウ一人ノマザーナノデツ……」
亮太は一人、離れた場所でソファーに座り、項垂れていた。
「……俺だけ何もやれてない……」
その時、ツンツンとズボンの裾を引っ張られ、見てみると、花ちゃんが此方を見上げていた。
「ごめんな花。俺だけ何も用意して無くて……」
すると花ちゃんは、二パッと笑い、首を傾ける。
「ジャア、僕ノオ願イ、聞イテクレマツカ?」
「なんだ?」
亮太が身を乗り出すように尋ねると、花ちゃんはヨジヨジと亮太の足をよじ登り始める。
亮太は、それを手助けしてやった。
「秘密ノ話デツ」
膝に乗った花ちゃんは、そう言って今度は耳元に連れて行くよう要求した。
そして、亮太の耳元でこっそりと言った。
「蒼ヲ、護ッテアゲテ下サイデツ」
「は?」
亮太は、思わず花ちゃんをまじまじと見詰めてしまう。
花ちゃんは、そんな彼を静かに見据えた。
「蒼ハ、本当ハトッテモトッテモ弱イ女ノ子ナンデツヨ。ダカラ、亮太ガ蒼ヲ護ッテアゲテ欲シイデツ……」
花ちゃんはフフッと笑うと、亮太からピョンと降り、皆の元へと駆けて行く。
その場に残された亮太は一人、そんな花ちゃんをポカンとした顔で見送るのだった。
「皆、写真とらない?」
蓮実がそう提案すると、皆、イイネーと言って、中央に集まる。
花ちゃんを抱いた蒼を真ん中に、亮太はその隣と並んで立つ。
すると蒼は、亮太に小声で聞いてきた。
「そう言えばさっき、何を花ちゃんとコソコソ話してたの?」
その言葉にギクリとする亮太は、花ちゃんと顔を見合わせた。
それに対して、花ちゃんは口に手を持ってくると、シーと言う。亮太はそれを見ると、前を見て言った。
「それは……」
「それは?」
「……秘密だ!」
「ソウ、秘密ナノデツ!」
花ちゃんはニコニコと笑っている。
「もう! また秘密!?」
頬を膨らませる蒼だったが、シャッターが切れると、条件反射のように笑顔になるのだった。
あの後、蒼と亮太は制服に着替え、早夜のアパートへとやってきた。
パーティーが終わった後、美名月家と杉崎家の面々は、花ちゃんにお別れを言った。今日行って、アヤがいなかったら、そのままあちらへと戻るつもりだったからだ。
なので、今日は花ちゃんも一緒にいた。
中に入ると、やはりいつもと同じ、誰も帰ってきている様子は無い。
落胆に溜息を吐き、蒼と亮太は顔を見合わせしょうがないと頷き合う。
そして部屋を出て行こうとした時、花ちゃんが何かに気付いた。
「アレハ何デツカ?」
花ちゃんはテーブルの下を示している。
「これは呪符?」
蒼が手にとって見てみると、それは何処かリジャイやルードから渡された呪符によく似ていた。どちらかと言えば、リジャイの方により近かったが……。
花ちゃんはそれを見ると言った。
「コレハ移動スル為ノ呪符ナノデツ! モット正確二言ウト、指定サレタ場所二、強制的二移動スル物ナノデツ!」
「これみたいな?」
蒼は、リジャイから渡された呪符を、花ちゃんに見せる。
「ソノ通リナノデツ! トッテモヨク似テイルノデツ!」
「ちょっと待てよ。じゃあ、早夜さんのお母さんは、呪符でどっかに移動したって事か?」
「アイ、コレハ既二破カレテイマツカラ、術ガ執行サレテイマツ」
「って事はやっぱり、早夜も、早夜のお母さんも、異世界からやって来たって事?」
そうではないかと感じてはいたが、このようにその証拠を突きつけられると、やっぱりショックは大きい。
「これは、一刻も早く、早夜の元に戻らないとね……」
「ああ、そうだな……」
その時だった。
部屋の雰囲気がガラリと変わる。
何処かねっとりとして、身体に纏わりつく様なその感じに、蒼と亮太は辺りを見回す。
「な、何これ……?」
見た所、何も変った様子は無いのに、明らかに何かが変っていた。
亮太も念の為、アルフォレシアで渡された護身用の剣を手に構える。
「……なにか、いる!?」
その時、何かがザワリと蒼の手を撫でた。
見ると、破れた呪符から、真っ黒い靄が染み出していた。
「いやぁっ!? 何これ!!」
思わず蒼は、その呪符を放り投げてしまう。
ヒラリヒラリと舞う中で、紙が床に着こうとした次の瞬間、破れた部分から溢れる様にブワッと黒い靄が膨れ上がった。
亮太は、蒼を庇うように前に立つ。
二人共息を呑んだ。
その黒い靄が徐々に人の形を取ったのだ。
『――オミサヤ――』
そして言葉を喋った。
その声は男性のものに聞こえる。それから何かを探すように手を伸ばした。
しかし、その仕草は何処か覚束無い。どうやら此方の姿は見えていないらしい。
『――何処にいる? オミサヤ、近くにいるのだろう……?』
「……ねぇ、オミサヤって、確か、早夜の事じゃない……?」
蒼が声を潜めて亮太に言うと、亮太はその影から目を離さないまま頷いた。
「……ああ、恐らく――……」
『――此方へ来るがいい、オミサヤ……。お前の父も母も皆、お前を待っているぞ……?』
優しく囁くようにそれは言った。
亮太は聞いていて、それがまるで、食虫植物が甘い蜜で補食対象を誘おうとするかのように思えた。どうにも気持ち悪く、手に持つ剣を握り直した時、背後の蒼が声を上げた。
「えっ!? それっておばさんの事!?」
思わず声を上げてしまった蒼。亮太は舌打ちしたい気分だった。
何故なら、影が此方に気付いたからである。
「来る――!!?」
瞬時に察して身構えるが、その影は亮太をすり抜け、蒼の前へと降り立った。
「っ!!?」
声にならない悲鳴を上げ、後退る蒼。だが、影は逃さまいとその手を掴んだ。
「熱っ!!」
そう叫んだ蒼だったが、熱いのかと思ったそれは、そう勘違いする程に冷たかった。
怖気を震った蒼は、その手を必死に剥がそうと試みるが、不思議な事に此方からは触る事は叶わなかった。
『――お前がオミサヤか――……』
「ち、違うわよ、バカ! ここには、そんな名前の人はいないわ!」
蒼がそう叫ぶと、その影は首を傾げたように見えた。その人間じみた仕草が、不釣り合いに思えて仕方がない。
『――嘘をつくな……母親の髪を持っているだろう……』
影は問答無用とばかりに蒼の手を引っ張る。
「いたっ!」
「こ、このっ!!」
このままでは連れて行かれる。
直感的に思った亮太が、影に向かい剣を振り下ろした。しかし、その剣はすり抜けてしまう。
やはり此方から触るのは無理のようだ。
ではどうすれば……と歯噛みした時だった。
「ダメデツ! コレ二ハ実態ガ無イノデツ!」
今まで静かだった花ちゃんは、勇ましく叫んで何かを取り出す。
そして、「トウッ!」とまるで特撮物のヒーローのように飛び上がると、手に持った何かを影に押し付ける。
すると、それは“バチィッ!”と大きな音を立てた。
花ちゃんが取り出した物。それはルードから渡された呪符であった。
「実体ノ無イモノニハ、魔法ガ一番効クノデツ!」
フンッと鼻息荒く胸を張る花ちゃん。今、最高に輝いて見えた。
呪符を受けた影は、人の形を取れなくなり、ただの黒い靄へと戻った。
『――……小賢しい真似をしてくれる……まぁいい……此方には、お前の家族がいる事を忘れるな……』
霧はそう言い残すと、出てきた時を逆再生するように、破れた呪符へと吸い込まれていった。
途端に、先程までねっとりと気持ち悪かった周りの空気が、正常に戻った。
二人とも唖然とする中、蒼はポツリと呟く。
「……それって、早夜の家族を人質に取ってるって事……?」
事実かどうかは判断できないが、その可能性は捨てきれない。それを聞いた早夜はどう思うだろうと拳を握り締めた時、呼び掛けられている事に気付いた。
そちらに目を向ければ、花ちゃんが心配そうに見ている。
「蒼、大丈夫デツカ? ソレ、痛クナイデツカ?」
ソレと言われて自分の手を見てみると、あの影に掴まれていた部分がくっきりと手の形に赤くなっていた。軽い火傷みたいに、ヒリヒリと痛む。
しかし、その事を悟らせないよう、蒼は花ちゃんを安心させる為に、大丈夫だと笑っておいた。
「ねぇ、亮太。こんな事になった以上、早くあちらに戻りましょう。何にしても、まずはあのリジャイって人に相談すべきだと思うわ」
「ああ、そうだな。あいつに頼るのは、何か気に食わないけど、背に腹は変えられないもんな……」
「そうと決まれば……はい、荷物宜しくね!」
蒼は亮太に自分の荷物を渡した。
「……おい……」
「あら、か弱い女の子に、重たい荷物持たせる気?」
蒼はそう言いながら、手を後ろに組む。
本当は、手が痛い為だったのだが、それは言わずにおいた。
「か弱いって……ここに来るまでは、ちゃんと持ってただろう……。はぁ、まぁいいか」
亮太は蒼の様子には気付かず、言われた通り荷物を持つ。けれど、想定していた重さよりも、それは何倍も重たかった。
「お、おもっ! 一体何入れてんだ、お前!?」
「えー? んーと、お菓子でしょ? お菓子に、お菓子に、お菓子――」
「お菓子ばっかじゃねーか!」
「だってー、早夜にお菓子のお土産に持っていくって、約束したんですもの」
「後、僕ノロボットモ入ッテイマツ!」
花ちゃんが何故か自信満々に手を上げるのを、亮太は溜息を吐きながら眺めた。
「はぁー……今までの緊迫した空気って一体……」
その後、アパートから出た蒼たちは公園へとやって来た。
人気が無い事を確認すると、呪符を取り出し、蒼は花ちゃんを懐の中に入れる。
「じゃあ、準備はいい?」
呪符を手に蒼は亮太を見る。彼もまた、呪符を手に持って、蒼に頷いて見せた。
「せーので破るわよ!」
「おう!」
「せーの――……」
“ビリィッ!”
呪符を破った途端、そこから光の帯が溢れ出し、蒼達を取り囲み包み込んだ。
そして、その帯は光の渦となって、蒼達もろとも消え去ったのだった。
蒼達が目を開けると、そこはあの巨大な樹の根元。
「マザー、タダイマナノデツ……」
花ちゃんは、蒼の懐から顔を出し、その樹を見上げるとそっと呟いた。