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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第五章》
53/107

5.星かご

「ああ、サヤ様。想像する際、もう少し細かな所も、描写なさった方がより確実に安定すると思いますよ」


 今、早夜がルードと共にいる場所は、魔術師が練習の為に訪れるという魔術練習所である。

 彼女達そこで、星見祭で披露する為の幻術の練習をしていた。

 目の前には一本の桜の木があり、よくよく見ればあまり現実味がなく曖昧なものだと分かる。

 それが、ルードが声を掛けた事で集中が途切れ、桜の幻影は更に曖昧になり、輪郭や形が歪んで見るも無惨なものになってしまった。


「ごめんなさい、ルードさん。何だか余計な事も考えてしまって、中々集中できないみたいです……」


 明らかに落胆する早夜に、ルードはオロオロと慰めの言葉を掛ける。


「いえいえ、そんなっ! それでここまで表現できるというのは……しかも、魔法に触れたのはこちらに来て初めてなのでしょう? なら、やはりサヤ様は凄いです」

「そ、そんな、凄いだなんて……。私はルードさんも凄いと思いますよ。こんなにスムーズに映像化できるなんて……」

「いえいえ、そんな――」

「いえ、こちらこそ――」


 そうやって2人で「いえいえ」と謙遜し合っていると、部屋の隅の方から「ブフッ」と吹き出す声がする。

 声の主は、早夜の護衛として練習に付き合っていたカートであった。


「おいおい二人共、そんな風に延々と謙遜し合ってるつもりかよ」

「そんな、笑う事ないじゃないですか」


 ルードが顔を赤くして抗議する。


「それでカートさん、如何でしたか?」


 第三者の意見も、と早夜が術の出来をドキドキしながら尋ねると、カートは漸く笑いをおさめて頷いた。


「ああ、いいんじゃないか? 俺は花とか別に興味とか湧かねーけど、これは……あー、何だっけ?」

「えと、桜です……」

「そうそう、サクラな。これは何つーか別物だな。確かに綺麗なんだが、荘厳さも感じる」


 カートが語る言葉に、早夜は頬を染め嬉しそうに笑う。


「そんな風に言われると、何か誇らしい気分です」


 そうして、三人で談笑していると此方に向かい声を掛けてくる者が居る。


「何だ何だ? すっげー楽しそーじゃん。何かあったのか?」


 よく知る声に、早夜の胸は高鳴った。

 そっとそちらを見やれば、金の髪を靡かせ、爽やかに笑うリカルドの姿。


「あ、王子。ようこそ」

「何だリカルド、お前も来たのか」

「何だよカート、俺が来たらダメなのかよ」


 カートの物言いにムッとするリカルド。だがすぐに笑みを浮かべる事からいつもの遣り取りなのだろう。

 そして、彼は早夜を見ると嬉しそうに笑う。


「よっ、サヤ! 調子はどうだ?」

「へ!? あ、ああ、はいっ! 全然元気、ですよ?」


 あれ、と早夜は思った。あの夜の事があってからリカルドと会うのは初めてだ。

 けれど、今のリカルドの様子を見るに、まるであの日何事もなかったかの様な態度である。

 何だかずっとドキドキしていただけに拍子抜けしてしまう。実を言えば、先ほどの術の間も、あの時の事を思い出してしまって集中できなかったのだ。

(なんか私ばっかりドキドキして……)

 釈然としないながらも、どこかホッとしている早夜。逆にバリバリ意識されたとしたら、今此処には居られないだろう。

 それでも、やはりリカルドの顔をまともに見る事は出来なかったのだが……。

(でも、リカルドさんあまりにも普通じゃ……あれ? もしかして、あれって夢だったとか?)

 しかし、夢と考えるには、あの唇の感触や、腕の力強さ等。今でも鮮明に思い出す事が出来るのだ。

 こんな生々しい夢など、あるのだろうか?

 早夜は迂闊にも思い出してしまい、顔を真っ赤にして俯いた。

 そうして一人、悶々としていたのだが、ふと目の前に何かが差し出される。

 見ればそれは、掌に乗る小さな籠だった。


「ほら、サヤ。まだ持ってなかったよな?」

「え? あっ、そう言えば……。リュウキさんも毎年こんな籠持ってましたけど……星かごって言うんでしたっけ? 何に使うんですか? これ」


 夢の中でも星見祭の頃になるとよく見かけた。星見というからには夜に行われる行事なのだろう。

 早夜が夢に見ていたのは、こちらの昼の光景のみ。夜の光景は見た事がなかった為、その祭りがどういったものかは不明だ。

 ただ、リュウキはよく、セレンにその籠を作ってやっていたりしたのを覚えている。

 一体何に使うのかは、さっぱり分らず仕舞で、ずっと気になっていた。

 先程の恥ずかしさもぽっかりと忘れ、早夜はその籠を受け取った。


「そん中に、願い事を書いた紙を入れるんだ。運良く星が入れば、その願いが叶うんだとさ」

「……星が、入る……?」


 早夜が益々分らないという顔をすると、ルードが助け舟を出してきた。


「王子、それでは説明不足でしょう……。サヤ様、星見祭の夜には、空から星が降ってくるんですよ」

「ほ、星がですか?」


 思ってもみない事実に、早夜の声は上擦る。

 それは物理的にだろうか、揶揄的な意味でだろうか、全く想像がつかない。

 そんな早夜にルードは丁寧に説明した。


「ええ、実際は星とは違うんですけどね。光の粒が雪の様に降ってくるんです。

 その正体は今だ解明されていないんですが、一説によれば地上に集まった魔力のかすが、結晶となって降ってくるとか。後一般的なのが、神様が人々に祝福を与える為に降らせる、と言われていますね」


 早夜は「へぇ……」と感心した声を出す。


「それで、この籠に星が入るんですね……」


 想像してみると、それはとてもロマンチックな光景で、きっと実際に見たらさぞかし美しい事だろうな、と手元の籠を眺める。

 早夜が溜息混じりに呟いた言葉に、カートが曖昧に笑った。


「でもまぁ……俺は今だ、実際に願いを叶えた事はねーんだよな……」

「俺も毎年願い事やってっけど、一度も入った試しがない……」

「不思議な事に、叶わない願い事とかの場合、絶対に星は入らないんですよ……。何も入れてない籠の中には普通に入るんですけどね」


 早夜は彼らの話を聞きながら、更に空から星が降ってくる様を思い浮かべ、頬を紅潮させるのだった。




「……それにしても、お前が星かごを贈る様になるとはなぁ」


 感慨深げにカートが呟くのを、リカルドは怪訝そうに眉を顰める。


「は? 何がだよ?」

「何がって、お前……やっぱり知らなかったのか……。あのだな――……」


 やれやれと呆れた顔で溜息をついて、早夜にもまた聞こえるように説明し出した。


「大体、星かごを贈るって事はだなぁ。相手の願いが叶うようにって祈って贈る事だろ? んでもって、これが異性となるとだな。相手の願いが自分と結ばれる事でありますようにっつう意図が含まれてくる訳だ……」


 そこまで言われて、リカルドは漸く合点がいき、彼の顔が赤く染まってゆく。

(漸く気付いたか、鈍感め)

 カートは目を眇めてこの鈍感王子を見やり、そしてチラッと早夜にも目を配ると、彼女もまた頬を染めているのが見えた。

 別に嫌がる様子はない。チラチラとリカルドの様子を窺いながら恥ずかしそうにしている。

(うーん、これは脈ありなのか?)

 カートは首を傾げた。


「あ、そう言えば……リュウキさんがセレンさんに作ってあげてたのって……」


 ハッとして、早夜が顔を上げるとカートが頷いて肯定する。


「まぁ、そういう事になるわなぁ……」


 リュウキとセレンは婚約者同士。愛し合っているのだから、そうして当然であろう。

 ふとカートは、何となしにルードを見た。

 何故かこの銀髪の宮廷魔術師は、ブルブルと身体を震わせている。

 その尋常ならざる様子に、どうしたのかと声を掛けようとすれば、ルードは掠れた声で呟く。


「そ、そんな……あれにはそんな意図があったなんて……」

「ど、どうしたルード!?」


 他の皆も彼の様子に気が付き、注目した。


「毎年、やけに女の子からかごを渡されると思ったら……」

「なんだルード、お前も知らなかったのか……」


 呆れ顔でカートが呟く。

 一体それでどうしたのだと尋ねた所、彼は急に落ち込んでしまった。


「……私、てっきり星が入り易くして欲しいのだと思ってですね……その場でおまじないをかけて返してたんです……」

「……それで、女の子達は……?」

「泣きながら帰って行きました……。私、ずっと泣くほど嬉しいのかと思っていたんです。ああ、私って何て最低な人間なんでしょう……」


 更に落ち込んでゆくルード。

 彼に籠を渡した女の子達にしたら、勇気を出した告白を無碍に突き返された事になる。ルードにしても、女の子達にしても、ご愁傷様な出来事だ。

 最早誰も何も言えずにいると、カートが彼の肩を叩いた。

 ルードが顔を上げると、彼は何とも生温かい眼差しでもって見下ろしていた。


「まぁ、今年から頑張れ」

「ハッ! そ、そうですよ! 今年から私、どうすれば! 知ってしまった以上、無碍に返す訳にもいきませんし……」

「うん、まぁ、だから頑張れ……」

「ああっ、そんなカートさん! 見捨てないで下さい!」


 そんな彼らのやり取りを、一歩離れた位置で眺めていた早夜。ふと、リカルドの方を見ると、丁度彼も此方を見た所だった。

 バッチリと目が会ってしまった所で、何とも気まずく感じ、お互いに目を逸らしてしまう。


「別にその籠に深い意味とかねーからな。俺、知らなかったし!」

「は、はい、分っています……。あの、リカルドさん!」

「ん? なんだ?」


 思わず声を掛けてしまった早夜。

 何と言うべきなのだろうか。あの夜の事を、あの意味を、ちゃんと聞くべきだろうか……。


「あの、その……」

「どうした?」

「あの夜の事なんですけど……」

「あの夜?」

「塔に行った後、そこから帰るのにリカルドさんに送ってもらった時――」


 するとリカルドは、見る間に顔を赤らめ、視線を逸らした。


「あー、あれはだな……そう! ただ、涙を止めようとしただけだ! だから深く考えんなよ? お前は何も気にする事ねーからな!」

「え?」


 早夜はキョトンとしてしまう。

 では、あの『振り向かせる』とか『誰にも渡さない』等の台詞は何なのだろうと思って、そして唐突に気付いてしまった。

(も、もしかしてリカルドさん、自分があんな事言ったって気付いてないの? じゃあ、心の中で言った事が、表に出ちゃった?)

 だとしたらやはり、彼は自分が好きだと言う事になるのだろうか。

 早夜は顔を赤くし、そしてぷっと吹き出した。

 恥ずかしいやら、可笑しいやら……しかし、実に彼らしいなと思った。


「な、何で笑うんだ? 俺、何か可笑しな事言ったのか?」


 リカルドがそう言うので、早夜は更に吹き出す。

(言った! 言いました! でも、全然可笑しな事じゃないです!)

 等と心の中で突っ込みながら、早夜は久しぶりに腹を抱えるほど笑った。

 そしてリカルドはというと、いきなり笑いだし、しかも止まらなそうな早夜の様子に戸惑うと同時に途方に暮れていた。

 ルードやカートも、早夜の笑い声を聞きつけ、此方にやって来た。


「どうしたリカルド、何かあったのか?」

「いや、それがさっぱり」

「王子の事ですから、きっと知らずに何か言ったのでしょう」


 ルードがずばりと言った。

 お陰で、漸く収まりを見せてきた笑いが、またぶり返してしまう。


「どうやら、そうみたいだぞ? リカルド……」

「は!? 俺、何か言ったのか? おいサヤ、一体俺は何を言ったんだよ!?」


 問い詰めるリカルドだったが、その必死さは更なる笑いの衝動を生む結果となった。

 結論から言えば、早夜は暫くの間笑ったままで、誰もそれを止める事は出来なかったという事である。


 そして、漸く早夜の笑いは収まった。

 深呼吸をし、気持ちを落ち着けている早夜は、横隔膜辺りが痛いのか、仕切りに腹を撫でている。


「なぁ、サヤ……」


 おそるおそるといった風に声を掛けるリカルド。また、笑いの発作が起きるのでは、と危惧しているのが窺える。

 そんな彼の様子に、早夜はクスリと笑うと人差し指を口に当てた。

 その仕草は何処か大人びて見え、リカルドはドキリとしてしまう。


「秘密です。教えません……と言うか、言えません」

「えぇ!? 何だよそれ?」


 少々情けない声を上げるリカルドに、早夜は悪戯っぽい笑みを向ける。


「ルードさん、練習を再開させましょう!」


 俄然張り切る早夜。

 今なら上手くいきそうな気がする。

 早夜はリカルドを見ると、にっこりと笑い掛けた。


「代わりにと言っては何ですが、これを見せようと思います」


 そう言うと、早夜はルードに目配せをする。 

 すると彼は頷き、手の中の杖を軽く振り上げる動作の後、一度クルリと一回転させて、その先でトンと地面を突いた。

 杖による術の構成。一見無駄に見える動きも、術を構成する上で大事な物だったりする。

 これは、ルードの得意とするものだった。

 そして現われる魔法陣。その中に取り込まれる早夜。


 早夜は目を瞑りイメージする。 自分の好きな桜の光景を。


 大事な事に気付いたのだ。

 ただ術を完成させようとするだけではダメだ。 見せたいと思う事……気持ちが大事なのだと。

 イメージするのは子供の頃見た風景。

 一番好きだった。懐かしく、涙が出そうになる光景――。


 だから見て欲しい。見せたい……。

 心の中で、想いが弾けた。

 その時、驚くリカルド達の声が聞こえた。

 早夜が目を開けると、そこには想像した通りの光景が広がっていた。

 最初予定していた一本ではなく、桜の木々が立ち並ぶ光景。空を仰げば、覆いつくさんばかりの淡い薄紅の花。

 先程のように曖昧さはなく、実際にそこに生えている様な存在感。

 早夜は更にイメージする。 自分が最も美しいと思うあの光景を――。


 ザァッという音と共に、風が薄紅の花弁はなびらを散らせる。

 同時に三種類の息を飲む音がした。


「――っ!!」

「これはっ!」

「――すげぇ……」


 止め処なく舞い落ちる花弁の雪。

 見る間にその足元は桜の色で染まっていった。


 桜の光景に魅入られていたルードだったが、自分達の肩や頭に降り積もる花弁を見て瞠目する。

 試しに摘んでみれば、 その一見儚い花弁はしっかりとした感触でそこに存在した。


「っ!! そんな、幻術が触れるだなんて――……」


 信じられない思いで早夜を見遣る。

 彼女は今目を瞑り、よく見ればその口元には笑みを浮かべていた。

 ルードは早夜のその姿に、何処か神々しさを感じていた。




「もう、この位で良いでしょう。素晴らしかったですよ、サヤ様」


 ルードが杖を降ろせば、幻影である桜の木々も、薄紅色の花弁も全て消え去る。術の出来にルードが満足気に頷くと、早夜は嬉しそうに笑った。


「どうでしたか? リカルドさん!」


 早夜はリカルドを振り返る。その顔は達成感からか、少々興奮気味に頬が色づいていた。


「何ていうか、すっげーとしか言い様がねーな……」


 今だ呆けた面持ちのリカルド。

 フフッと笑う早夜は、何処か誇らしげだ。


「リカルドさんのお陰です」

「は? 何がだ?」

「リカルドさんがいっぱい笑わせてくれたお陰で、頭がすっきりして大事な事に気付きました」

「……だから俺、何を笑わせたんだ……?

 あー……まぁいーや、大事な事って?」


 先程の事を思い出すと、釈然としない気持ちになるが、取り敢えず気になった事を聞いてみる。

 すると、早夜はにっこり笑って言った。


「術を完成させようとする事じゃなくて、見せたいと思う事が大事なんだって気付いたんです。

 要は気持ちです。

 そうしたら、自然と見せたい映像が頭に浮かんできたんですよ」


 嬉しそうに笑う早夜を見て、リカルドも釣られて笑う。


「そっか、良かったなサヤ」




「うーん、やっぱり脈ありなのか?」


 少し離れた場所から、笑い合う早夜とリカルドを見てカートは呟く。

 するとそこにルードがやって来た。


「カートさんはどう思います?」

「やっぱり両想いなんじゃないか?」

「は? 何の事ですか?」

「あん? 何って、あの2人の事じゃないのか?」

「えぇっ!? あの2人って、そんな仲なんですか?」


 少なからずショックを隠せないルード。

 それを見てカートはハッとなった。


「まさか……お前もあの嬢ちゃんの事が……?」

「……い、いえ、そう言う訳じゃないんです……ええ、ただちょっと、いーなーとは思ってましたけど……」


 ズーンと影を背負って、何処までも落ち込むルードを、カートは哀れみを込めて見遣る。

 見た目は美形ととれるルードは、黙っていればインテリ感漂う青年であるが、その実体はただのビビりでヘタレである。

 それに対して、以前は女嫌いであったリカルドも、早夜に対しては積極的かつ持ち前の人懐っこさで接している。相手の反応も好感触に見える。

 カートは思った。

 あ、こりゃ勝ち目がねーな、と……。

 早々に見切りをつけ、カートは落ち込むか彼の肩を叩いた。


「まぁ、傷が浅い内に新しい恋でも見つけろや。お前のその顔ならイケルイケル!」

「なんか軽くないですか?」

「何、気のせいだ。

 で? お前は何を訊こうとしてたんだ?」

「ああ、そうでした! あの幻術ですが、驚いた事に触れたんです!」

「……? 普通は触れないのか?」

「はい。通常であれば、すり抜けてしまう所、あの花弁は私達の肩に乗っていたでしょ?」

「あ? そうだったか?」

「そうなんです! あの花弁は、この手で摘む事さえ出来たんですよ!?

 全く凄いですよ、サヤ様はっ! ああ、本当に、宮廷魔術師になってくれないでしょうか……」


 等と懲りない事をルードが思っていると、早夜とリカルドが此方にやってきた。


「お二人共どうしたんですか?」

「ああ……サヤ様……」


 無邪気に尋ねてくる早夜を前にし、顔を輝かせ拝む様な仕草を見せたルードだったが、ふと視界に入るリカルドの姿に、またズーンと影を背負う。


「えぇ!? ルードさん!?」


 早夜にとってはいきなりの事だったので慌てていたが、カートはその肩にポンと手を置く。


「うん、まぁ、気にするな嬢ちゃん。今は放っといてやれ……」


 そして続けてボソッと囁いてきた。


「なぁ嬢ちゃん。それでお前さん、リカルドの事、どう想ってるんだ?」

「えぇっ!? ど、どどどどうって!?」

「もし、リカルドに気があんなら、協力するぜ?」


 一瞬ポカンとする早夜だったが、ニッと笑うカートを見て、瞬時に顔を真っ赤にして首を振る。


「そ、そんな、いーです!」

「そうか?」

「何だ? 二人共コソコソして。何の話だ?」


 リカルドが若干不機嫌そうに眉を顰め、首を傾げている。


「な、何でもありません!」

「まぁ、嬢ちゃんがそう言うんなら、何でも無いわな」

「何だよそれ?」


 真っ赤な顔の早夜と意味ありげに笑うカートを見て、不機嫌なうえに怪訝な顔をするリカルドであった。





 その後、練習所を後にして、早夜は部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。


「星かごかぁ……ふふ、何か、かわいーかも……」


 眺める先には、手の上に乗った星かごがある。リカルドから貰ったものだ。

 掌にちょこんと乗っかった籠は、何とも可愛らしい。眺めていると自然に頬が緩んでくる。

 その時、背後から声を掛けられた。

 振り返れば、そこにはシェルが立っている。

 その姿を確認した早夜は、そちらに向かいにっこりと笑い掛け、彼の元に走りよっていった。


「シェルさん、見てください! 星かごを貰いました。

 あ! 後、お祭りの日には、星が降るんだそうですね! 凄く楽しみです!」

「それはいいんだが、サヤ。それは誰から貰った?」

「はい、リカルドさんですよ」


 素直にそう答えると、シェルは目を見開き、暫し早夜を見つめていたかと思うと、視線を逸らせ、チッと舌打ちをした。


「……先を越されたか……」

「はい?」


 首を傾げる早夜に、シェルは此方を見据えながら言った。


「異性が星かごを贈る意味を知ってるか?」

「あ……」


 途端に顔を赤くする早夜を見て、シェルは胸がざわつくのを感じた。


「それならカートさんが教えてくれました。でも、リカルドさんは、その事知らなかったみたいで……」

「なら、話は早いな……」


 シェルは早夜の手を掴み、その手に別の星かごを乗せた。

 目を見開き、早夜はシェルを見上げる。

 彼はニッと笑うと言った。


「俺はちゃんと意味を知ってるぞ?」


 そして、真剣な顔になると早夜の手を強く握る。


「どちらか選べ、サヤ。お前の好きな方を……。でも、もしリカルドを選ぶと言うのなら……」


 一旦言葉を区切り、シェルは早夜の耳元に唇を寄せ言った。


「覚悟をしておけ、俺は全力でお前を奪いに行くぞ……。

 もう嫌なんだ。誰かに奪われるのを黙って見ているのは……」


 それだけ告げると、シェルは早夜の返答は待たずにその場を去って行く。

 早夜は、掌に乗る二つの星かごを見つめたまま、暫くその場を動けずにるのだった。




「あら? サヤさん? どうなさいましたの、そんな所で……」


 惚けたまま突っ立っていた所を、早夜は声を掛けられた。

 見れば、首を傾げ優しげに笑う銀髪の美しい女性。


「セ、セレンさん……」


 少々情けない声を出す早夜に、セレンティーナは不思議そうに首を傾げた。

 早夜はそんな彼女に「セレンさぁん~」と情けない声を出して取り縋った。




「まぁ、そんな事が!? 中々やりますわね、お兄様方も……」


 フフッと笑うセレン。


「そんなぁ、笑い事じゃありません……」


 眉を下げ、早夜はやはり情けない声を出した。

 あれからセレンの部屋に移動した二人。そして早夜は、リカルドの事と先程のシェルの事を相談したのだ。


「それにしても、シェルお兄様がそんなに熱い人だったなんて……実の妹であるわたくしも知りませんでしたわ。それに、リカルドお兄様……」


 セレンは口に手を当て、クスリと上品に笑う。


「口にだけはしないキス……恋の駆け引きとしては、高度なテクニックですわ。でも、告白したのに、それに気付かないなんて……物凄くお兄様らしいですわね」


 セレンは顔を赤くして俯いている早夜を見た。


「同時に2人の男性に好かれるなんて、女冥利に尽きましてよ?」


 その言葉に、早夜は少し困った顔になる。


「あら、どうなさったの?」

「いえ、あの実は……」


 そうして亮太に告白された事も言うと、セレンは頬を紅潮させて興奮を隠さずにポンと手を叩いた。


「まぁ……と言う事は、同時に3人もっ!?

 ……いえ、4人かもしれませんわ」

「え?」

「ほら、あの三つ目の方ですわ。サヤさんにキスなさった……」

「あ、リジャイさん」

「そう、そのリジャイという方は、どうなんですの?」

「ど、どうと言われても……好かれているのは分りますけど、それが恋愛によるものかは分らなくて……」


 そして早夜は、あの晩の事をセレンに語った。


「それはサヤさん! その方も間違いなく、サヤさんの事が好きですわっ! サヤさんを前に感情が高ぶるという発言もそうですけど。でも、抱き締めると壊してしまうなんてっ!! 一度は言われてみたい言葉ですわよ!」


 興奮したように叫ぶセレンを前にして、早夜は顔を真っ赤にしてしまう。

 そして手の中には、二つの星かご。

 するとセレンは、何処からか星かごを持ってきた。それを早夜の前に置く。


「一つを選ぶ事が出来ないのなら、私が逃げ道を用意して差し上げますわ。実はこれは、わたくしがリュウキ様の為に作ったものなんですの。でも、渡せないものはどうしようもありませんし、サヤさんに使ってもらった方がいいですわ。

 お兄様たちに聞かれたら、こう仰って? わたくしがどうしてもと言ったから、と」 

「セレンさん……」

「フフッ、それにしても、嬉しいですわ。誰かにこんな風に恋の話をするなんて、しかもサヤさんはリュウキ様の妹……わたくしにとっても、サヤさんは妹みたいなものですものね。

 そうですわ! これから、一緒にお風呂に入りましょう!」

「えぇ!?」

「あの時みたいに、また洗いっこいたしましょう? それに、お兄様達の事、もっと詳しく聞きたいですわ!」


 そう言うと、セレンは嬉々として、早夜を浴場へと連れて行くのだった。




「う〜〜……のぼせちゃった……」


 セレンは言っていた通り、リカルド達との事を根掘り葉掘り聞いてきた。

 お陰で長風呂となり、こうしてのぼせてしまった。

 同じ条件のセレンものぼせてしかるべきなのに、何故かそんな事にはならずに逆に元気になっていた。不公平だ、と早夜は心の中で嘆いた。

 でも、その中でリュウキの話も聞けたのは嬉しかった。殆どノロケ話だったが。

 少々ふらふらしながら自室に入ると、ビクッとして数歩後退さった。


「やあ早夜、元気?」

「リジャイさん!」

「また、心臓の音聴かせて貰おうかな、と思って」


 少々照れた様に頬を掻くリジャイ。彼は早夜に近づくと、はたと気付いて立ち止まった。


「ん? 髪濡れてるよ? お風呂入ってきたの?」

「え? あ、はい……」

「濡れたままじゃ、風邪引くよ。こっちにおいで」


 リジャイは早夜の手を引き、椅子に座らせると、その後ろに立った。そして、彼女のの濡れた髪を手で梳いてゆく。

 そうしていると、何だかぽかぽかと暖かい。

 魔力を感じた為、魔法で乾かしてくれているのだろうと分かる。


「……懐かしいな……」

「……はい?」


 心地よさに目を瞑っていた早夜は、リジャイの呟きに目を開いた。

 肩越しに振り返って見ると、彼は不思議な笑みを浮かべ、何でもないと囁く。

 早夜が首を傾げていると、リジャイは何かに気付いたようだった。


「あれ? 早夜、それって星かごでしょ? 何で三つも持ってるの?」


 早夜はギクリと肩を揺らした。

 そして、リジャイを横目で見ながら、一つ一つ手にとって説明する。


「えっと……これがリカルドさんで、これがシェルさん。そしてこれが、セレンさんから貰った物です……」

「……ふーん成る程……つまり告白されちゃった訳だね? それで、逃げ道としてセレンティーナ姫が、星かごをくれた、と……」

「えぇ!? 何で――」

「それはね、星かごをプレゼントする意味を、リュウキに聞いたからでーす。

 ほらこれ、リュウキがセレンティーナ姫に作った星かご。君から彼女に渡してくれる?」


 リジャイは星かごを早夜に手渡した。


「……リュウキさんが、これを……?」

「うん、何か一人でこっそり作ってるから何だろうと思ったら、これ作っててね。渡す当ても無いのに……。

 それで、僕が渡してきてあげるって言って、持ってきたんだ」


 すると早夜は、セレンから渡された星かごをリジャイに差し出す。


「じゃあ、これをリュウキさんに渡してくれませんか? 本当はこれ、セレンさんがリュウキさんに作ったものなんです」

「それはいいけど……それじゃ、逃げ道なくなっちゃうよ?」

「ううっ、それは……」

「フフッ、じゃあ僕が、逃げ道第二段を提案しまーす!」


 するとリジャイは、リカルドとシェルの星かごを手に取り、パッと消し去ってしまう。


「えぇ!?」


 早夜が吃驚して戸惑う中、リジャイは別の星かごを出してきてそれを渡してきた。


「こうして、リカルド王子とシェル王子の星かごは、リジャイという男に盗まれてしまいましたとさ。そして、手元に何もなくなってしまった早夜姫は、仕方なく、そのリジャイという男が残した星かごを使うしかないのでした。めでたし、めでたし」

「えぇ!? でも、これって……」

「一応僕が作ったんだ。リュウキに教わりながらね。ただ君は、それを仕方なく使うんだ。意味なんか気にせずに……」

「……? リジャイさん?」


 何だか、その言葉が寂しげに聞こえ、早夜はリジャイを振り返る。

 リジャイは、優しげに早夜に微笑んでいる。


「乾いたよ、髪」

「え? ああ、ありがとうございます、リジャイさん……」

 

 早夜は自分の髪に触れながら、リジャイに礼を言う。


「どういたしまして、じゃあ僕はもう行くよ」

「え?」

「心臓の音を聴くのはまた今度。早くリュウキに届けてあげなくちゃ!」


 プラプラと星かごを振って見せる。

 それからリジャイは、魔法陣を出現させると、早夜に聞こえぬようにポツリと囁いた。




『……それに、今君に触れたら、僕は何をするのか分らない……』


 今、自分の中に嫉妬と呼ばれるものがある事を、リジャイは感じていたのだ。



 早夜は、あっという間に消え去るリジャイを見送り、ボーとした面持ちで、手元の星かごを眺める。


「ど、如何しよう……」


 誰もその呟きに答える者は居なかった。





 えー、と言う訳で、やっぱりリカルドはリカルドでした。でも、前回が恥ずかしかったからとか言う理由じゃありませんよ、断じて!

 書いていたら、いつの間にかこういう事になっていました……。


 さて次回、「不穏な影」となります。

 お楽しみに!

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