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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第五章》
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3.星見の塔

 シェルと星見の塔に行く道すがら、早夜は重要な事を思い出した。

 夕食会が楽しかった事と、先程のシェルとの事ですっかり頭の隅に追いやられてしまっていた。

(ご、ごめんなさい、リカルドさん〜!)

 そう、リカルドの事である。


「あの、シェルさん。実は星見の塔には、リカルドさんも一緒なんですが――」


 早夜は最後まで言えなかった。何故なら隣から異様な寒気を感じたからだ。

 見れば、シェルはピタリと立ち止まり、ゆっくりと此方を振り返る所だった。


「今、何と……?」

「う……」


 その只ならぬ威圧感に、早夜は身動きが出来なかった。

 向けられた表情は笑顔ながらも、その目は全然笑っていない。

 その眼差しに言い知れぬ恐怖を感じつつ、早夜は説明する。


「あ、あう、あのっ、昼間リカルドさんに、星見の塔へ行く話をしたら、リカルドさんも私を連れてってくれるそうで……その……」

「……それでリカルドも来ると……?」


 シェルの笑みが深くなった。なにやら威圧感が増した気がして、早夜は後退さる。


「はうっ、ご、ごめんなさいっ!」


 何も悪い事はしてない筈なのに、謝らずにはいられなかった。


「何故、謝る?」


 問われた早夜は半分涙目になって、ビクビクと怯えながら素直に感じたままを答える。


「だ、だって……シェルさん怒ってますよね……」


 しかしシェルは、にっこりと笑ってこう言った。


「こんな事で怒るのは、大人気無いだろう?」


 それは暗に怒っているとも取れる発言であったが、早夜は気付かず、ホッとして胸を撫で下ろす。

 何も怖い事は無いと分かった途端、彼女は嬉しそうに笑うと頬を上気させ、星見の塔への期待を膨らませた。


「ああっ、何やら楽しみになってきました……。凄くワクワクします」

「期待半分で行った方が良くないか? 今からそんなんじゃ、期待外れだった時、どうする」


 シェルが呆れて言うと、早夜がプクッと頬を膨らませる。

 その子供っぽい仕草を可笑しそうに見つめるシェルだったが、幸い早夜は見ていなかった。


「むー、シェルさん夢を壊すような事言っては駄目です。見たいという事に意義があるんですっ!」


 むくれながら上目遣いに睨まれても全く怖くはないのだ。しかも、それが長続きせずに、すぐに笑みがこぼれていた。

 余程楽しみらしい。

 笑み崩れたまま、早夜はシェルの袖を引っ張り「早く行きましょう!」と促した。

 でも、不意にその手を取られる。


「う?」


 包み込むような温もりに、そして熱の籠った彼のその眼差しに、早夜は顔を赤らめる。

 シェルはその反応に満足そうに笑んだ。


「塔に行く為の渡り廊下には、灯りが無いんだ。こうして手を繋いでいた方が安心するだろう?」




 そうして渡り廊下の前までやって来ると、そこにはリカルドが待っていた。

 彼は手を繋ぐ2人の姿を見た途端、眉を顰める。凄く面白くなさそうである。


「あの、あの、渡り廊下には、灯りが無いそうなので、シェルさんが手を引いてくれるそうです」


 リカルドの目線の先に気付いてその理由を必死に説明する早夜だったが、彼はズンズンと近づいてきたかと思うと、何故か空いている方の手を取ったのだ。

 戸惑う早夜。

 それは嫉妬心からくる何処か子供じみた分かりやすい行動であったが、当の早夜は気付く様子など無かった。


「なら俺も早夜の手を引く」

「手を引いてやるのは、一人で十分だろう?」


 そんなリカルドに対し、にこやかに牽制してくるシェル。

 常人であれば怯みそうになるその威圧感に、しかし彼は決して早夜の手を放そうとはせず、兄の顔を睨み返す。

 一瞬、二人の間に火花が散った。

 そして早夜は、そんな二人の様子に気付かないばかりか、何故かクスクスと笑い出した。

 怪訝そうな顔をする二人。

 そんな二人に早夜は言った。


「こうして、誰かに手を引いて歩いて貰うのは、子供の頃以来です。何だか、懐かしくて、擽ったいです」


 そう言いながら早夜は、嬉しそうに頬を染め、握られた両の手を子供みたいに上下に揺らした。

 そんな早夜を見た二人。

 シェルは肩を竦め呆れながらも苦笑し、リカルドは仕方がないと頬を掻きながら笑った。




 渡り廊下の扉を開けるとそこには真っ暗な回廊か続き、その呑み込まれそうな闇に思わず尻込みしてしまう。

 シェルは苦笑すると魔法で光を灯した。リカルドもまたそれに習うように光を灯す。

 その自然な仕草に早夜は感心した。

(ここまで魔法が生活に溶け込んでるのか……。暗くなれば私達が電気をつけるように魔法で明かりを灯す。そう言えば、この世界ではこれ位の魔法は初歩中の初歩だったよね……)

 日本で見ていた夢は、いつも昼間の映像だったので、実際こうして実用的に使っている所は見た事は無かったが、常識としては知っていた。

(そして私もやろうと思えば、普通に使えちゃうんだよな、魔法……)

 そういう風に改めて考えてみると、何だか不思議な気持ちなる早夜。

 まだ此方に来て数日しか経ってないというのに、自分の中で色んなものが変わってしまった。

 リュウキの事や自分の力の事、蒼と亮太の事も……。

(あ、そういえば、亮太君に告白されたんだ……忘れてた訳じゃないけど……ごめんね、亮太君)

 目まぐるしく色々な事が起きるので、亮太の返事を考える暇が無い。

 そして……、と早夜はある事に思いを馳せる。

 リジャイが見せてくれた夢の事だ。

(あれが私の家族……)

 そう考えていた時、リカルドが声を掛けてきた。


「なぁサヤ、そういえばお前のお袋さんって、何で髪白いんだ? 元々ああいう色なのか?」


 彼としては何気なく聞いてきたつもりだろうが、早夜としては衝撃が大きかった。


「なんで……?」


 呆然とした呟きに気付いたシェルは、リカルドの軽率な言葉に内心舌打ちしつつ気遣わしげに告げた。


「すまないサヤ。実はあの時、私たちもお前の記憶を見ていたんだ……」


 それを聞いて、早夜はあの場に居たもう一人の姿を思い浮かべ納得した。

 きっと夢とか意識を共有する術を使ったのだろう。瞬時に万物の力が教えてくれた。それに一つ頷くとポツリと呟く。


「……やっぱり二人とも、私の母があの人だと思いますか……?」


 その言葉の意味に気付いたシェルが、ハッと息を呑むのが分った。


「え? 違うのか? だってサヤにそっくりだったぞ?」

「いえ……私を育ててくれた人……私が今まで母親だと思っていた人は、あの夢の中に出てきたもう一人の女性の方です……」


 寂しげな微笑みを浮かべる早夜。

 今度はリカルドが息を呑んだ。

 シェルは何も言わず黙ってその微笑みを見ている。


「思えば……私はずっと、母とは似てないと言われ続けてましたから……。何か納得している自分もいるんです……」


 早夜の手を握る二人の手に同時に力が籠もる。

 リカルドもシェルも自分を気遣ってくれているのだと、早夜には分った。

(やっぱり2人とも優しいな……ううん、この国の人達は皆優しい……)

 そう思うと胸がぽっと温かくなる。

(この国の人達に、何かできる事はないかな……皆を幸せにしてあげたい……)

 心からそう思い、早夜は二人を見上げる。


「二人共、私は大丈夫ですよ。例え血は繋がっていなくても、私にはあの人が母なんです。

 それに……夢の中に出てきた人も、やっぱり私の母なんだと思います。あの人を見た瞬間、私の心は喜びに満ちていくのを感じました。今は憶えていなくとも、心ではちゃんと絆を感じていたんです」


 そこで一旦言葉を区切り、早夜はシェルを見上げる。

 魔法の灯りに照らし出された彼の表情は、まだ気遣わしげだが、それでも此方と目が合うと微笑んでくれた。

 それを見て早夜は、一度嬉しそうに笑うと、今度はリカルドの方を見る。

 彼は最初驚いた顔をしていたけれど、やがてフッと何時もの彼と比べればとても静かな笑みを浮かべ、繋いだ手をを軽く揺すった。

 早夜は前を向き、心からの笑顔で囁く。


「シェルさん、リカルドさん……。私には、二人のお母さんが居ます……。これって凄い事ですよね……」


 シェルはフッと笑って頷き、リカルドはハハッと明るく笑って言った。


「ああ、そうだな……」

「やっぱスゲーや、サヤは!」


 辺りは真っ暗でありながらも、二人の心にはこの早夜という少女の放つ光によって明るく照らされるのだった。




 塔の中に入ると、まず転送装置があり、最上階へ行ける様になっていた。

 そして、最上階の部屋に着いてみれば、その空間は思っていたよりも広く、見上げれば一面の星空が広がっているのが見えた。

 しかし、だからと言って天井が開いている訳ではなく、天井と壁が透けて見えるようになっているらしかった。


「うわぁ、凄い綺麗……」


 感嘆の声を上げる早夜に、シェルもリカルドも頬を緩めた。


「あれ? でも、月がない……?」


 廊下で空を見上げた時はあれほど大きく存在感のあった月が何処にも見当たらなかった。


「此処は星を見る為の塔だ。月の明かりは星を見るのに邪魔になるからな。魔法で月だけを除外してある」


 シェルは床を照らした。

 そこには何やら何種類かの魔法陣が敷いてある。

 どうやらこれで月を除外したり、壁を透かしたりしているようだ。

 何もかも初めて見る物ばかり。早夜のテンションは一気に上がった。


「あのっ、あのっ、もっと奥の方まで行ってきてもいいですか?」

「別に奥に行ったって此処と変わんねーんじゃねーか?」

「それに、足元が見えないから、あまりで歩かない方がいいだろう?」


 早夜の興奮っぷりに、苦笑しながらそんな事を言うリカルドとシェル。

 しかし、二人の言葉に早夜は笑って見せた。


「大丈夫ですよ! ちゃんと気を付けますから。それに、それにっ、見る角度によっては感じ方が違うかもですよ!」


 頬を紅潮させながら、早夜は二人の手からするりと抜けると、此処よりもっと奥へと足を運ぶのだった。




「……うわぁ、こうして見ると、建物の中なせいかプラネタリウムみたい……」


 二人から大分離れた位置で早夜はそう呟く。

 真っ暗なこの位置からは、明かりを灯しているシェルとリカルドがよく見えた。

 試しに、と手を振ってみるが、何の反応もない事から本当に此方が全く見えていない事が分かる。


「ふふっ、何だか透明人間になったみたい……」


 何だか悪戯でもしている気になって、スキップでもするみたいに軽く足を踏み出した時、爪先に何か柔かい物がぶつかる感触がし、早夜はそのまま思い切り躓いた。


「キャア!」

「うわぁ!」


 早夜の悲鳴と男の声が響く。


「サヤ!?」


 それを聞いたリカルドとシェルの二人は、慌てて早夜の元へと駆けつけようとするが、何分暗くて自分の持つ灯りでは所在を探し出す事は困難であった。




 一方早夜は何か温かな物の上に居た。

 そして肩をしっかり掴まれているのが分かった。


「だ、大丈夫ですか? サヤ様……」


 頭の上で優しげな男性の声。それは何処か聞き覚えのある声だった。

 誰、と思い目を凝らす。


「すみません。今灯りを点けますね!」


 男性がそう言うと同時に、短い呪文のようなものが聞こえ、眩いばかりの光が現れる。

 いきなり光を見た為に目が眩む。

 数度瞬きを繰り返し、徐々に目を慣らしてゆく。漸く慣れてきた目に映った物は、恐らく男性の胸元。そして、ゆっくりと上に目線をずらしていくと、眼鏡越しに温かみのあるはしばみ色の瞳と少々冷たい感じのする銀色の髪が見えた。

 早夜は彼の名を口にする。


「ル、ルードさん!?」


 正確にはシルドレットと言い、この国の宮廷魔術師である。

 彼は杖を片手にその先端に灯りを灯している。

 その灯りはとても明るく、彼の魔力の高さが窺える。


「ルード!? 何故ここに?」

「ってゆーかお前、ここにずっと居たのか!?」


 シェルとリカルドが、ルードの灯りを頼りに駆け寄ってきた。


「ああ、殿下に王子! 考え事をしていたものですから、声を掛けるのが遅くなって申し訳ありません」

「考え事……ですか?」


 早夜は彼を見上げながら首を傾げている。


「そんな事より……二人共いつまでくっ付いているんだ?」


 シェルの低い声が響く。

 そこで漸く早夜は自分の状況に気付いた。

 ルードの上に倒れ込み、体がぴったりと密着している状態。

 早夜が顔を上げると彼と目が合い、お互い頬を染め目を逸らした。


「す、すみません。今すぐどきますね!」

「いえいえ、此方こそすみませんでした!」


 早夜とルードの両名は、何処か初々しく謝り合いながら身体を離した。


「本当にごめんなさいっ! 重かったですよね……」

「いいえ、そんな事ありませんっ! 貴女は羽の様に軽かったですよ!」

「え!?」


 勢いよく言うルードに早夜は思わず赤面してしまう。

 そんな初々しい二人を、面白くなさげに見つめる者がいる。シェルとリカルドである。


「……で? ルード、お前は一体、ここで何をしてたんだ?」


 さり気無く早夜とルードの間に割り込みながら、シェルが尋ねる。


「え? ああ、あのですね、今度の星見祭の出し物について、構想を練っていたのですが……中々良い案が思い浮かばなくてですね……。

 ここは静かですし、ものを考えるには打ってつけの場所なんですよ」

「ほ、星見祭ですか!?」


 シェルの背から顔を覗かせる早夜。何故か興奮気味だ。


「ルードさんが何かするんですか? それは楽しみです!!」


 けれどその言葉に、ルードは顔を曇らせた。


「サヤ様に期待して頂いてなんですが、こうして考えていても、全く良い案が思い浮かばないのです……。 

 嗚呼、私は何て無能なんでしょう……。この前のサヤ様の暴走も止められず、これでは宮廷魔術師失格ですっ!」


 苦悩の表情を浮かべ、ルードは酷く落ち込み、深く項垂れてしまう。

 その様子に、わたわたとする早夜。


「そ、そんな事ありませんっ! ルードさんは立派な宮廷魔術師ですっ!」


 必死に彼を慰めようとする早夜は、彼の前にしゃがみ込むと、その手を取り励ました。

 その際、後ろでシェルがチッと舌打ちをしたのだが、幸いな事に誰の耳にも届かなかった。


「見て下さい。ルードさんの魔法の灯りは、誰よりも明るいですよね。

 これって、何よりもその人の魔力の強さを表す物ではないでしょうか」

「……確かにそうなのですが……しかし、いくら魔力が強くても、私は知識も経験もまだまだです。

 以前の宮廷魔術師の方が早くに逝去なさり、急遽、私に就任されました。

 その時はまだ、修行の身で……だから私は中途半端なのだと思います……」

「そんな事は……」

「はっ! そうだ、サヤ様! 貴女が宮廷魔術師になりませんか!? 貴女ならば、魔力も知識も申し分ない。何よりも適任です!」

「えぇ!? でも……あの……」


 その時、今まで黙って聞いていたリカルドが、ルードの頭を強く小突いた。


「いたっ! 何するんですかっ、王子! いきなり酷いですよ!」


 涙目で文句を言うルードに、リカルドは怒りを露わにする。


「酷いのはどっちだ! お前、自分が出来ないからって、サヤに押しつけるな! 今のお前のそれは、ただの逃げだろーが!」


 その言葉にルードはハッとなる。まるで鈍器で頭を殴られたような心持ちだ。

 呆然と己の掌を眺めながらルードは呟く。


「ああ……そう、ですね……。これはただの逃げですね……」


 そしてギュッと拳を握ると、早夜に向かって頭を下げる。


「サヤ様、申し訳ありません。私は貴女に、大変失礼な事をしたんですね……」


 下げていた頭を上げて自嘲気味に笑うルード。

 早夜はそんな彼に静かな声でこう言った。


「ルードさん……この国の宮廷魔術師は、ルードさんですよ。

 経験不足だっていいじゃないですか。その分きっと、周りの人が助けてくれます。ルードさんは、それだけの信用と信頼を、自分で築いて来たのではないですか?」


 ルードは顔を上げ早夜を見る。

 その目に彼女が力強く頷きにっこりと笑うのが見えた。


「という訳で、私も何処まで出来るか分かりませんが助力します。何かあれば遠慮無く仰って下さい」


 暫し早夜をじっと眺めていたルードは、身体を起こしたかと思うと口を引き結び、真っ直ぐに背筋を伸ばす。そして何故か杖から手を離した。

 倒れるかと思った杖は、不思議な事にそのままその場に立ったままだった。

 それを眺めていた早夜の手に温もりを感じて見てみると、ルードが今だ彼の手を握ったままの早夜の手を覆うように、今しがた杖から離した方の手を乗せていたのだ。


「嗚呼、貴女は本当に幸せの遣いなんですね……。貴女の一言一言は今、私を幸福へと導いてくれているようです……」


 何処か憧憬の念を持って見つめてくるルード。

 早夜はその視線を受け、擽ったそうに首を竦めると、此方もまた幸せそうに微笑んだのだった。




「―――実は、途中まで練っていた構想があったのですが――……」

「それはどういうものですか?」

「えー、夜空に竜でも飛ばそうかと考えたのですが――」

「えぇ? いいじゃないですか」

「いえ、よく考えてみたら、先代も同じような術を披露した事があって……。恐らくあれ以上のものは……」

「うーん……そうなんですか……」


 今、早夜とルードは頭をつき合わせ、星見祭の出し物について相談し合っている。

 序でに言えば、場所はそのまま塔の中。

 ルードの明かりを灯したままの杖を立て、その下で二人はしゃがみ込んで陣を描いた紙を見つめていた。

 そして、シェルとリカルドはと言うと、彼らも早夜とルードの傍らで、同じ様にしゃがみ込んでいる。しかし、その話はあまりに高度な魔術の為、あまり話についてゆけず退屈そうであった。

 その時早夜が何かを思い付き、パッと顔を輝かせた。


「あの、ルードさん! その幻術なんですが、それはこの世界の物じゃなくちゃ駄目ですか?」

「? えー……どう言う事ですか?」

「私の世界の……日本の物を見せてはいけませんか?」

「サヤ様の……ですか?」

「はい! どうしても、皆さんに見てもらいたい物があるんです!」


 早夜の提案を聞いて、シェルがハッとある事を思い至った。


「もしかしてそれは先程言っていた事か?」

 すると、予想は当たっていたようで、早夜は嬉しそうに笑って頷いた。


「はい! 皆さんに、日本の桜を見てもらいたいんです。でも、如何でしょうか? もしかしたらインパクトに欠けるやもしれません……」

「いや、そこはサヤの感性を信じよう。それに何より、実は私もお前の言う、サクラ吹雪、という物を見てみたいと思ったんだ」


 シェルが柔らかく微笑む。

 それらの事が分からないルードとリカルドが、同時に『サクラ吹雪……?』と首を傾げるのであった。




 早夜はその後、ルードに紙と筆を出してもらい、白い紙の前に正座すると筆を手にする。

(なんだか習字でも始める気分…)

 そんな事を思いながら、自分の中の知識に問い掛け筆を走らせた。

 ルードを始め、シェルもリカルドもそれを見て目を見張った。

 その動きは滑らかでいて機械的かつ驚く程の精密さで陣は描かれてゆく。

 そして、早夜自身もまた驚きを隠せない。

 何故ならば自らの意志とは関係なく、手が勝手に動くからだ。いわゆる自動手記とでも言おうか……。

 何も無いまっさらな紙に、定規もコンパスも持たずして正確な線や円が描かれてゆく。

 見た事も無い文字や記号。

 そんな物が流れる様に己の手で形になってゆくのだ。


「………どうでしょうか?」


 早夜は、自分が描いた物とは思えない物をルードに見せる。


「私の記憶から取り出す物ですから、私もこの陣の中に構成されます。えと……ここの部分に私を立たせて下さい」

「これはっ! 何と見事な……」

「うん、流石は万物の力といった所だね。まさに芸術的だ……」

「はい、その通りです……」


 そこで皆はたと気付く。

 今の会話の中に、この場には居ない筈の人間のものがあった。

 暫し無言になる一同。

 そして一拍の後、皆が一斉に振り返った。

 そこに立つのは、そう、神出鬼没なあの人物である。


「やあ、こんばんわ。呼ばれたみたいだから、来たよ」

「リジャイさん!!」

「……早夜、元気そうで何より……。ところで僕に何か用? ハルルンが言うには、覚悟しとけって言われたんだけど……」

「ハルルンだぁ!? そりゃ、ハルの事か!?」

「うん、そう……」

「……? ハルとは誰だ?」


 首を傾げるシェルを余所に、早夜はリジャイに詰め寄った。

 しかし何かを察知したのか、彼は無意識に一歩下がってしまう。

 そして、そんなの関係無いとばかりに、早夜の質問責めが始まった。


「リジャイさん、大丈夫ですか? あの時私の熱を引き受けたんですよね? その熱はもう下がりましたか? 具合は如何ですか?」

「……ねぇ君達、早夜に言っちゃったの?」


 矢継ぎ早にされる質問に、リジャイがあの時あの場に居た王子二人に尋ねる。

 しかし、二人が口を開くより早く、早夜が彼らの代わりに答えた。


「違います! 私の中の知識が教えてくれたんです!」

「ああそっか! 僕とした事が迂闊だったな……。でも、あれ位何でも無いから大丈夫。一晩寝たら治ったよ」

「大丈夫じゃありません! 何であんな事したんですか!? あれ位であれば、放っておいても自然に治ります! わざわざリジャイさんが自分に移す事は無かったんです!」


 怒鳴られたリジャイは今の言葉に目を見開く。

 それは、以前誰かに言われた事ではなかったか。今目の前の少女の様に、プリプリと怒りながら叱ってきた……。

 懐かしさに思わず笑みがこぼれる。


「もうっ、何で笑うんですか!? 私は真面目に言ってるんですよ! ちょっとそこに座って下さい!」


 顔を真っ赤にして怒る姿が何とも愛らしい。

 口元に笑みを浮かべたまま、リジャイは素直に指をさされた場所に座った。

 リジャイは誰に言われるでもなく、ちゃんと膝を折り畳んで正座をしている。

 大体、正座という物は日本特有の風習であるのだが、リジャイは苦もなくその形をとった。しかし、その頭に血がのぼっている今の早夜には、その事を不思議に思う余裕はない。

 寧ろ、それを見て満足気に頷くと、左手を腰に右手を前に突き出しアレを行った。


「メッ! ですよ、リジャイさん!」


 一瞬、この場は静寂に包まれる事となった。

 因みに、リカルドは事前に知っていた為、何とも微妙な顔で頬を掻いている。

 それ以外の者達はポカンと口を開けて固まっていた。

 そして我に返ると、皆何となく居た堪れない無い気持ちになった。

 何というか、気恥ずかしいというか、照れるのだ。

 そんな事とは露知らず早夜は更に言い募った。


「リジャイさん、前に私に言いましたよね? もっと自分を大切にして、と。

 言った本人がそれをしないなんて、本末転倒もいいところです!」


 眉をつり上げたまま、早夜はズイッとリジャイに顔を近づける。そしてじっと彼の目を見つめて言った。


「私分りました! リジャイさんは子供の頃、叱られた事とか無かったでしょう?」


 そんな早夜に少々たじろきながら、リジャイはハハッと乾いた声で笑う。


「えっと、怒られた事はあるよ……?」


 けれど早夜は首を振ってそれを否定した。

 ただ怒りにまかせて怒る事と、愛情を持って叱る事は違うのだ、と。

 自棄に核心をついた物言いだった。

 そして、リジャイはハッと思い立って早夜を見る。もしかして、と思ったのだ。

 もしかしたらあの時。あの早夜の過去を覗き見たあの時。

 彼女は見てしまったのかもしれない。己のあの忌まわしい過去を。

 そう思うと、不安に駆られる仕方がない。

 すると、早夜は更に言い募った。


「子供の頃に、ちゃんと愛情を持って叱られたのなら、分る筈です。自分という存在が、その人にとって、大切な存在なんだと。そうしたら、もっと自分を大事にするでしょう?」


 そして、早夜はグッと拳を握り締める。


「だから、私決めました! リジャイさんが今後、自分を大切にしない行動をとったら、私がリジャイさんのお母さんに成り代わって、愛情を持ってリジャイさんを叱りますからね! “メッ!”て」


 そこまで言うと、早夜は満足気にニッコリと笑った。そして、以前彼から言われた言葉をそのまま彼に返した。


「だからもう、あんな事しないで下さいね? リジャイさんという存在は、とても尊いですよ」


 ああ駄目だ、とリジャイは思った。目の前にいる子は、なんて綺麗なんだろう、と。

 それに比べて、自分は……?

 血に塗れた夜を思い出す。

 自分の左手を見た。その小指には早夜の髪。魔術でコーティングされていた為、その髪自体は汚れる事は無かった。けれど……。

 スッと目の前に、自分の手より白く小さな手が現れる。

 見上げれば、早夜が笑顔で此方に手を差し出していた。

 一瞬、リジャイは幻視する。

 目の前の小さくて綺麗な手が、血に染まってしまう所を……。この輝くような笑顔が、恐怖に色取られるのを……。

 ―― パンッ! ――

 乾いた音が響いた。

 リジャイは無意識の内に、早夜の手を振り払っていたのだ。


「――あ……」

「……リジャイ……さん?」


 驚愕に見開かれる漆黒の瞳。

 少女の顔は、徐々に悲しげに歪められる。


「さ――」


 早夜、と呼び掛けようとした時、グイッと胸倉を掴まれる。

 シェルが冷たい瞳で、リジャイを睨みつけていた。そして憎々しげに言う。


「今、オレはお前を、不法入国罪で、牢屋に入れる事も出来るんだがな……」


 リジャイはある意味ホッとしていた。

 そう、この眼差しだ。

 この怒りに色取られた憎しみに満ちた眼差し……。

 こちらの方が自分に合っている……。

 リジャイは笑った。ニィっと、あの独特の笑顔――……。


「不法入国罪かー、僕よりも今、牢屋に入れなくちゃならないのがいるでしょ?」

「それなら今、兵を使って、全力で探させて――」

「捕まえたよ」


 笑みを深くして、リジャイは言う。


「一人、捕まえた……。どうする?」


 目の前の冷たい青い瞳が、徐々に見開かれていった。





 と言う訳で、今回ルードが出てきました。

 なんか凄いうじうじキャラですね。 最初、彼の設定は、もうちょっとクールな性格でした。


 そして、早夜のメッが登場。

 最後はなんか緊迫した感じで終わりましたね。

 本当ならもうちょっとコミカルに終わらせたかったですが、リジャイがさせてくれませんでした。


 さて次回、わたくし書いてて恥ずかしさで悶絶したお話です。

 内容は読んで確かめてください。

 お楽しみに!

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