1.風に感謝……?
その日、早夜がゴミための街にやって来ると、ニット帽を被った見覚えある人物を見つけた。
「こんにちわ、マシューさん!」
にこやかに挨拶をすれば、マシューもまた満面の笑みで返してくれた。
「おー、サヤ! 早速それ使ったのか」
早夜は胸にはブローチが太陽を反射して輝いている。
これはゴミための街へと直接移動する為の鍵となる物だ。
早夜は、ブローチがよく見えるように胸を張ると、にっこりと笑った。
「はい! 凄く便利ですね、あっと言う間です!」
マシューはそんな早夜の頭をぐりぐりと撫でてやる。
彼にとって、彼女の存在は本当に妹が出来たみたいで、とにかく可愛がりたくて仕方がない。 早夜もそんな彼の気持ちが伝わるのか、嬉しそうに撫でられている。
「あ、そうだ。マシューさん、サニアさんは何処ですか? お借りしていた服を返しに来ました」
「あー、何を大事に抱えてるかと思ったら、それかぁ」
「あら、その服はサヤにあげたものよ。アリサもきっと、サヤが着てくれる方が、喜ぶわ」
「サニアさん!」
振り返れば、にこやかに笑う隻眼の女性、サニアの姿があった。アリサというのは、彼女の妹の名前である。
「でもでも――」
「フフッ、あの時サヤは、私の事をお姉さんみたいって言わなかった?」
「あ……はい、でも……」
「じゃあ、素直にお姉さんに甘えて頂戴?」
サニアは早夜をギュウッと少し苦しい位に抱き締め、そしてパッと放すと嬉しそうに顔を覗き見る。
「サヤに似合いそうな服、まだ他にもあるのよ。着てくれると、嬉しいわ」
此方を見るサニアの目は、本当に肉親を見る様に温かな眼差しだった。
早夜は彼女の気持ちを汲み取って、一度微笑むと頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
そうして早夜は再びサニアが選んだ服に着替える事になった。
今度の服は前みたいに背中は開いてはいなかったが、スカートの丈はやっぱり短かった。
そして早夜は思い出してマシューに告げる。
「そうでした! 私、他にも用があったんです!」
「ん? 何だ?」
「あ、あのっ、リジャイさんを呼び出すベルって、今何処にありますか?」
「用事って……あの男にか……?」
途端に眉を顰めるマシュー。キスした云々の話を聞いてから、あの男にはあまり好い印象を持っていない。
早夜も彼の負の感情を感じ取ったのか、心配そうに顔色を窺っている。
「えと、はい。お礼をしたいんです」
「お礼? 何かサヤに、感謝されるような事したのか?」
「実は……一昨日、ここに来た日の夜なんですけど……私、熱を出して倒れちゃったんです」
「っ!! 本当かっ!? 大丈夫なのか!?」
「はい、その時治してくれたのが、リジャイさんなんです。
それと……私に家族の思い出を見せてくれました……」
最後ぽつりと呟いて、少し寂しそうに早夜は笑う。
何の事か分からないマシューは首を傾げたが、取り敢えず頷いておいた。
「そっか、そりゃあ一言お礼位言わなきゃなだな。
あのベルなら、集会所に置いたままだ。行くか?」
「はい!」
集会所に行くと、あの日と同様ガマじぃが扉の横に座っていた。
彼は早夜を見つけると、傷の目立つ顔でにっこりと笑い、立ち上がると恭しく礼をする。
そして、その行為に擽ったそうにしている早夜を見て、茶目っ気たっぷりに片目を瞑る仕草をすると、また何事も無かったかのように椅子に座り直してパイプをふかす。
(ふわぁ、何か様になってて格好良いです……)
さぞかし若い頃はもてた事だろうと、何となく想像してしまう早夜であった。
「ほら、やっぱり早夜ッスよ!」
「おー、やっぱり凄いな、お前の嗅覚」
「えっへんッス!」
ドアを開けて入ってみれば、そんな会話が聞こえてきた。
聞けば、ハルは早夜達が集会所の訪れる前から、早夜の存在に気付いていたそうだ。何でも早夜の匂いがしたとの事。
「わ、私の匂い、ですか……?」
(えぇっと……夕べもちゃんとお風呂に入ったよね……)
思わず腕に鼻を寄せ、自分の匂いを嗅いでしまう。
マシューは苦笑すると早夜に言った。
「サヤ、ハルはな、目が見えない分、それ以外の感覚が鋭いんだ」
「そうッスよ。サヤの匂いは、何か花みたいに甘くて、春の風みたいッス!」
何だか詩的な表現をされ、恥ずかしくて思わず早夜は赤面してしまった。
ここぞとばかりに赤いバンダナを着けたデュマが寄ってきて、顔を近づけてきた。
「へぇー、どれどれ?」
“ゴツン!”
「あだっ!!」
そして空かさず水色の髪の男性セインに頭を殴られ、その場にうずくまていた。
「セイン、痛い……」
「……自業自得だな、いい加減懲りろよ……」
「ウウッ……無理……」
最後、呆れ溜息を吐くのは隻腕の男性キースだった。
早夜が彼らにベルの事を尋ね聞けば、所在は何故かハルのもと。彼は素直にそれを早夜に差し出す。
「実はオイラ、事前に何度か押してみたんスけど、うんともすんとも言わないッス」
「え? じゃあ、私が押しても駄目かな……」
何も起こらなかったと聞き、困ったようにベルを見つめる早夜。
マシューは少し落ち込んで見える彼女の頭にポンと手を置くと、ニッと笑った。
「まぁ、ダメ元で押してみたらいいんじゃね?」
慰めとして言った言葉。浮かべる笑みに励まされ、早夜は頷くとエイヤッとベルを押してみた。
……全然鳴らない。
「……手が離せない用事でもあるんでしょうか?」
「さぁな……」
マシューも首を傾げる。その時、ハルが早夜に訊ねた。
「サヤはどうして、クーちゃんに用があるッスか?」
「ク、クーちゃん!?」
「え? だって、ジャイジャイかクーちゃんって呼んでくれって言ってたッスよ?」
「いや、それはそーなんだけどな……」
マシューが頭を抱える。他の者も微妙な顔をしていた。
「で? 何でなんスか?」
ハルがもう一度改めて訊ねると、早夜は周りの反応に困ったように笑った。
「えぇーとね。リジャイさんが、熱で倒れた私を治してくれたから、それでお礼が言いたくて……」
「サヤ、熱で倒れたんスか!? それは大変だったっスねー。でも、熱って治せるもんなんスか?」
「そーだな……熱って事は風邪だろ? 風邪を治せる魔法なんて、見た事も聞いた事も無いな……。
思ってたよりも凄い魔法使いだったんだな、あの三つ目って……」
感心するキース。
しかし、早夜は首を傾げた。
「え? でも、凄く簡単そうに……」
その時、早夜はハッとした。己の中の知識がある事を示す。
徐々に顔を険しくさせる早夜に戸惑う一同。
彼女はパッとベルを見ると、いきなり何度も何度も押し出した。
「お、おい。サヤ、急にどうしたんだ?」
その行動に戸惑うマシュー。
早夜は泣きそうになった。
彼女の中にある魔法の知識が教えてくれたのだ。リジャイは治したのではなく、自身の身に熱をそっくりそのまま移したのだと。
あの時感じた違和感はこの事だったのだ。
その事を理解すると共に、怒りが涌いてくる早夜。
それは、そんな事をしたリジャイに対してか、それともその事に気付けなかった自分に対してか……。
何故あの時、感じた不自然さを追求しなかったのか。
早夜の中に後悔の念が広がる。
なおもベルを叩き続ける早夜だったが、“バタン”といきなり部屋のドアが開いて行為を中断した。
もしやリジャイが、と期待して早夜は振り返った。
「ああー! やっぱりここに居やがった!」
しかし、そこに居たのは汗をびっしょりと掻き、肩で息をするリカルドだった。
その様子から、彼は裏路地の迷路と屋根の上を全力疾走してきたようだ。
早夜はリジャイでなかった事に落胆した。思えば、彼は神出鬼没で、扉から入ってくる所は見た事がなかったではないか。
そんな早夜の気持ちなど知る由もなく、リカルドは鼻息荒く早夜に近づく。
「お前なぁ、いくら治ったって言っても、一応病み上がりなんだからなっ! 下手に出歩くと、また熱出してぶっ倒れるぞ!」
「……リカルドさん、教えてください。あの時、リジャイさんが私を治してくれた時、リジャイさんはどんな様子でしたか? 辛そうじゃありませんでしたか? 熱とかありそうじゃなかったですか?」
怒鳴られた早夜だったが、怯む様子はなく、近づいてきたリカルドにしがみ付いた。
最近恋を知ったばかりの彼は、その相手にしがみ付かれたのだから当然顔を赤らめるも、リジャイという名が飛び出すと一気に不機嫌になった。
そして早夜から目を逸らす。明らかに拗ねていた。
「別に、何も無かった……」
「ウソです! ちゃんと目を見て言ってください!」
強い口調で言われ、渋々と言ったように早夜の顔を見る。
だが、その真っ直ぐな瞳に見つめられ再び目を逸らしてしまう。その漆黒の瞳は、心の奥底まで暴いてしまいそうで、直視など出来なかった。
「私は小さい時から、リュウキさんの目を通して、リカルドさんの事をずっと見てきたんですよ!? ウソかホントか位わかります!」
強い口調の早夜。眼差しまでもが強く射抜くようで、やがて観念したようにボソリと言った。
「あいつ、サヤの熱を自分に移したんだって言ってた……。後、サヤには内緒とか言ったのはあいつ自身だ」
早夜はそれを聞くと俯いた。
他人に迷惑をかける事が嫌だった。それは、小さい頃から思っていた事だったし、習慣でもあった。
最近になって、漸く人に甘える事を覚えてきた。それは、蒼のお蔭でもあったし、リジャイが掛けてくれた言葉もまた、早夜の心に確かに響いた事だった。
彼は前に自分に言ったではないか。もっと自分を大切にして、と……。
それなのに、言った本人が自分自身を大切にしてないような気がして仕方がなかった。
「……サヤ?」
急に黙り込んでしまった早夜に戸惑うリカルド。恐る恐る声を掛けてみたけれど、俯いていてその顔を窺い知る事は出来ない。
泣いているのではと思って焦った。
「で、でもな、サヤ。お前が気に病む事なんて、全然無いからな! あいつが勝手にやった事だし……なっ!」
何とか励まそうと試みるリカルドであったが、ここで早夜がパッと顔を上げた。
その表情は予想に反して、泣いても落ち込んでもいなかった。口をキュッと引き結び、凄く怒った顔をしていたのである。
「あの……サヤ?」
そっと窺い見るリカルド。
早夜はそんな彼を無視してマシューに声を掛けた。
「マシューさん!」
「なっ、何だ!?」
今まで第三者として見守っていたマシューだったが、早夜のその様子に、思わずたじろぐ。
「そのベルでずっとリジャイさんを呼び出してて下さい。それでもし、呼び出せたら私の所に来る様に言って下さい」
「えぇーっと……お礼、を……?」
しかし早夜はキッとマシューを見てこう答えた。
「いいえ、叱り付けてあげます! “メッ!”って!!」
その際のポーズは、左手を腰に当て、右手の人差し指を前に突き出す、言うなれば母が子供を叱り付ける仕草そのもの。
一同、その姿と言葉にポカンとしてしまった。
「じゃあ私は、これで失礼します!」
それだけ言うと、早夜はズンズンと歩き去ってしまう。
暫し静まり返る室内。
マシューが乾いた声でポツリと言った。
「ははっ、“メッ”か……そりゃーこえーなー……」
殆ど棒読みである。
「でも俺、あれだったら叱って欲しーかも……」
デュマがボソリと言うのを、キースとセインが冷ややかな目で見遣る。
「おい、リカルド。追わないでいいのか?」
マシューが今だ呆けているリカルドにそう告げると、漸く我に返ったのか慌てて追い掛けて行った。
「じゃあオイラ、ベルを押してるッス!」
ただ一人、嬉々としてベルを押し始めるハル。早夜に怒られるリジャイを思い浮かべながら、それはもう楽しそうに……。
「クーちゃん、どんな反応するッスかねー? 楽しみッス!」
「お、おいサヤ! 待てって!」
遅れて集会所を出てきたリカルドが早夜に追いついた。
しかし、彼女は前を向いたまま、ズンズンと歩いてゆく。
「なぁ……オレは別に異論はする気はねぇよ? 寧ろ、そうしてくれって言いたい……でも、何でそんなに怒ってんだ?」
てっきりお礼でも言いたいのかと思っていたのだ。
すると、早夜は歩く速度をゆるめ呟く。
「リジャイさんは私に、自分を大切に、と言いました。でも、リジャイさんのした行為は、自分を大切にしている行為でしょうか? そうじゃないですよね……」
だから今度は此方から言おうと思った。もっと自分を大切にしてという言葉を……。
そしてふと、早夜はあの夢の中の幼いリジャイの姿を思い出す。あの、血だらけで傷付いた表情の少年を。あれが、彼の心だとしたら……。
早夜はギュッと拳を握る。
リカルドはその様子を、複雑な表情で見ていた。
「今日も付き合ってくれて、ありがとうございます」
「いいや、俺もまた来たいと思ってたし……」
今、早夜とリカルドはあの丘にいる。
相変わらず風は強く、二人は柔かい草の上に腰を下ろし、眼前のアルフォレシアの街並みを見下ろしていた。
リカルドは風で乱れる髪を手で押さえ撫で付けている早夜を見つめる。
そして、前を向くとポツリと言った。
「なぁ、サヤ……一つ聞いていいか?」
「……? 何ですか? リカルドさん」
早夜は首を傾げた。
リカルドは其方を見ずにそのまま続ける。
「何で、あいつの事そんなに気にしてんだ? あいつは、お前の、その……唇を奪った男だぞ? なのにお前は、平然とあいつに笑顔を向けたりしてる……」
リカルドがチラと早夜を見ると、顔を俯けて頬を赤く染めている姿が見えた。
その姿に若干の苛立ちと不安を覚えながら、リカルドは搾り出す様に言葉を紡いだ。
「……お前、あいつの事どう思ってるんだ……?」
「はい?」
早夜は顔を上げる。リカルドは、その顔をまともに見れずに更に続けた。
「もしかして、あいつの事……好き、なのか……?」
一瞬何を言われているのか分からずに、ポカンとした顔を晒してしまう。
しかし、理解すると顔を真っ赤にして大きな声で「えぇっ!?」と叫んでいた。
思っても無い事を言われた事と、まさかリカルドがこんな事を訊いてくるとは思わずに仰天してしまったのだ。
「なっ、ななな何を言ってるんですか!? す、好きって……ちっ、違いますよぅ!!」
どもりながらも必死に否定する早夜。
ムスッとしながらリカルドは訊ねる。
「じゃあ、何でだよ……」
「な、何でって……そのぅ……リジャイさんは何となく……おじぃちゃん先生?
そう! おじぃちゃん先生っぽいんです!」
「は!?」
リカルドに何とも可笑しな顔をされながらも、早夜は更に言い募る。
「見た目は全然似ては無いんですけど……時々雰囲気が……その、私を見る眼差しとか、優しい手とか……何か、おじぃちゃん先生を思い出して落ち着くんです……」
「おじいちゃん先生ってあの幸せになれっつった?」
「はい! でも、リジャイさんそれ以上に子供みたいと言うか何と言うか……放っとけない? 放っておくとなんか落っこちてしまいそうで……」
「落っこちる?」
「何かそんな風に感じるんです……。ごめんなさい、訳分んないですよね……。言ってる私も訳分んないです……」
しょんぼりと早夜は俯く。
リカルドは、正直彼女の言っている事は全く分らなかったが、取り敢えず好きとは違うのだと分りホッとした。
そして、今だ考え込んでいる早夜に、別の話題を切り出す事にする。
「そーいやさ、ミヒャエル兄貴に食事に誘われてんだろ? あれどうなったんだ?」
「ああ、それなら今夜です。昨日は病み上がりだからと、ずっと部屋に居ましたからね。別にもう元気なのに……。
さっきだってリカルドさん、出歩くなとかそんな事言ってましたよね……。私、そんな体弱くないですよ」
ちょっとばかり拗ねて見せる早夜。
突き出された唇に内心ドキリとしてしまう。それをごまかすように彼は言った。
「いや、だってな? お前、体小さいし……」
“小さい”という言葉に、早夜はプクッと頬を膨らませた。
「もう、小さいのは関係ありませんよぅ! 皆さん過保護すぎます! そんなんじゃ、逆に病気になっちゃいますよ。病は気からと言うじゃないですか!」
「いや、その言葉は俺しらねー……」
聞き慣れない日本の言葉にリカルドは首を傾げる。
しかし早夜はぷいとそっぽを向いてしまった。
昨日のことを思い出す。
とにかく皆には過保護が過ぎると言いたかった。王様を筆頭に、皆が次々に見舞いに来た。
そして、少し出歩くにも誰かがくっつき回り、いい加減うんざりしたのだ。
実を言うと、今日も大丈夫だからと、何とか言い聞かせて出てきた。
ふとリカルドを見ると、彼は気まずそうに此方を窺っていて、早夜はクスリと笑ってしまう。
何だか怒られてビクビクしている子供そのものだった。
「そういえば、リカルドさんは星見の塔には勿論行った事があるんですよね?」
突然の話の転換に、リカルドは一瞬ついて行けずに戸惑った表情を見せたが、早夜が怒っていないと分かるとホッと胸を撫で下ろした。
「ああ、あるけど……それが一体……」
「星見の塔ってどんな感じなんですか? 実は今夜、夕食の後シェルさんが連れてってくれるって言われてて」
「は? シェル兄貴と!?」
「はい。本当なら、一昨日の夜に連れてってくれる筈だったんですけど……あの通り熱で倒れちゃいましたからね……。
ウフフ、夜の塔はどんな風に変わるんでしょう? 凄く楽しみです」
(星見の塔? シェル兄貴と2人? しかも夜……)
リカルドは頭を振ると叫んだ。
「それならっ、俺が連れてってやる!」
リカルドとしては憤りを感じて叫んだのだが、当の早夜はビックリした顔をした後、パッと笑ってこう言ったのである。
「じゃあ、リカルドさんとシェルさんと3人で行くんですね? シェルさんには私から言っておきます」
「い、いや、だからその……」
出来る事なら二人でと言いたかったが、早夜が無邪気に首を傾げるものだから、何も言えなくなってしまう。
(まぁ、シェル兄貴と2人ってのは阻止出来たからよしとするか?)
「じゃあそろそろ戻りましょう。過保護な皆さんの事ですし、心配してるでしょうから……」
立ち上がり、リカルドに向かってそう言った時、今までで一番強い風が吹いて早夜の長い髪を巻き上げた。
「ふにゃあ!?」
髪がぺったりと顔に張り付き、視界が遮られる。
何とか剥がそうにも、早夜の長い上に細い髪は、風に押し付けられ、綺麗に張り付いてしまっていて中々剥がせない。
漸く風が収まり、乱れてしまった髪を整えながらリカルドの方を見ると、何故か彼はあんぐりと口を開いて此方を凝視して固まっていた。
何だか気恥ずかしくなり、頬を掻きながら照れた様に言う。
「す、凄い風でしたね……」
すると彼は、ハッとした様に早夜を見ると、頬を赤らめ呟いた。
「そ、そうだな……」
何だか様子が可笑しい。
一向に此方に視線を合わしてくれないのだ。
「どうかしたんですか?」
不思議そうに首を傾げてそう尋ねてくる早夜を、横目でチラチラと見ながらリカルドは言った。
「何でも無い……」
それでも更に聞き出そうとする早夜に、頬を染め口元を覆いながらボソリと答える。
「強いて言うなら……風に感謝……?」
「はい?」
そんな訳の分らない事を言うリカルドに、早夜は益々頭を混乱させた。
「早く行こうぜ? 戻るんだろ?」
リカルドは立ち上がり、早夜を促す。
「え? あ、はい!」
早夜は返事をしてリカルドの隣に立とうとするが、彼は此方を見ずにズンズンと歩いて行ってしまう。
そんな彼を、早夜は慌てて追いかけた。
「ああ、待って下さいよ!」
あの時……あの強い風が吹いた時。
その風は、早夜の髪だけでなくその短いスカートをも巻き上げていた。
そしてそれは、しゃがみ込んでいたリカルドの丁度目線の高さであった……。
可愛らしく、リボンとレースがあしらわれたそれは、もうばっちりしっかりリカルドの脳裏に焼き付けられたのである。
「……白……」
グッと小さく拳を握りながら呟き、思わずにやけてしまうのを止められないリカルドなのであった。
このお話を思いついた時、それは春一番が吹いた時でした。
道行く女子高生達。 はい、物ともせずに歩いてましたよ。 なんと逞しい……。
しかし、ふと思い出してみると、自分もまた、そうであったような……。 一々気にしてられるかい!と自転車通学していた覚えがあります、はい……。