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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第五章》
48/107

~幸福の遣い~

第五章突入です。

オープニングは、早夜の過去のお話です。

『 ひらひらと舞い散る光の粒


  それは星の結晶 命の結晶


  星の数だけ人がいて


  人の数だけ幸せがある


  幸せってなんだろう?


  どうすれば幸せになれるだろう?


  他人を幸せにするには?


  死んでゆく人の幸せは?


  残される者の幸せは? 』





 〜七年前 夏のある日〜


 ジリジリと焼け付くような夏の日差しの中で、早夜は青々と茂る、桜の木を見上げる。

 そこには蝉が止まっており、早夜の耳にうるさく響く。


 真新しい真っ白の帽子と、真っ白のワンピース。

 早夜は、頭に被った帽子を手で押さえながら、境内の中を嬉しげに石畳に合わせてピョンピョンと飛び跳ねる。

 後ろを見れば、そんな早夜を微笑ましげに見つめる老人の姿があった。


 早夜はその老人に向かい、手を振る。すると、それに答えるように、その老人も手を振ろうとした。

 しかし、老人は胸を押さえたかと思うと、苦しそうにうずくまりそのまま倒れてしまった。


「おじぃちゃん先生ー!!」


 早夜は慌てて老人に駆け寄る。

 固く目を瞑る老人を、早夜は必死に揺すり声を掛けた。

 すると、老人は薄っすらと目を開け、泣きべそを掻く早夜を見て安心させる様に微笑んだ。


「ああ、早夜……大丈夫ですよ。アヤさんを呼んできてくれますか……?」

「わかった!!」


 目を開けてくれた事を喜んだ早夜は、急いで母を呼びに行く。


「ああ……とうとう、ですか……」


 寂しそうに老人は微笑んだ。





 早夜は硬く手を握り締める。

 目の前には病院のベッドに横たわる老人の姿。

 そんな老人の姿に、早夜は不安で不安で仕方がなかった。

 声を掛けたくとも、思うように声が出てこず、縋るように母に寄り添う。

 ふと母を見上げれば、アヤの目には涙が滲んでおり、早夜は更に不安になった。

 その時、老人が手を差し出し早夜を呼んだ。

 一瞬足が竦んだが、母に背中を押され、一歩前に出る。

 そして、差し出された手を握った。


「……おじーちゃん先生……?」


 漸く、絞り出すような声が出た。

 それに答えるように彼は微笑むと、早夜の小さな手を握り締める。


「早夜……私の最後の願いを聞いてくれますか……?」


 最後? 最後とは一体どういう事だろう?


 早夜は不安げに首を傾けると、目の前の老人はフッと息を吐く様に笑った。


「笑って下さい、早夜……。あなたの笑顔は、他人を幸せにします。

 言ったでしょう? 幸せになりなさい。幸せになって、どうか素敵な大人になって下さい……」

「……わかったよ、おじぃちゃん先生……。私、笑顔でいるよ、幸せになる……だから――……」


 おいてかないで―――


 そう言いたくなった。何故か、置いていかれる、そんな気がした。

 彼は深く温かく早夜を見つめている。


「ありがとう早夜。私は、あなたに出会えた事を、この運命を、心から感謝しています――……」


 そう言って彼は、ゆっくりと目を瞑った。

 握られた手からは力が失われ、するりと早夜の手から滑り落ちる。

 慌てて、もう一度彼の手を握り締めるも、その手はもう握り返してくれる事は無く、温もりも徐々に失われていった。


 いってしまう、おじぃちゃん先生がどこかにいってしまう……早夜はそう思い、いつの間にか呟いていた。


「いかないで――……」


 老人の肩を揺すり、起こそうとするが、その目は開かない。

 自然と涙がこぼれ、胸の中に言い様の無い、不安と恐怖が満ちてゆく。

 

「おいてっちゃやだ! おいてかないでぇ――……」


 早夜には、彼の体から、何かが抜け出てゆくのが見えたような気がした。

 それで理解してしまう、おじぃちゃん先生が死んでしまった事を……。

 彼は魂の故郷に帰っていったのだと――。


「……おじぃちゃん先生笑ってる……」


 早夜がぽつりと言った。

 その顔は、とても幸せそうに微笑んでいた。


「……うそつき……」


 小さい声で、早夜は呟く。

(おじぃちゃん先生は言ったのに、他人を幸せにすれば、自分も幸せになれるって。いくらおじぃちゃん先生が幸せでも、私は今、ちっとも幸せじゃないよ……)

 早夜は踵を返して、部屋を出て行ってしまう。


「早夜!?」


 アヤの声が早夜を追いかける。

 だが早夜は、それを無視して夢中で駆ける。あの場所を目指して……。

 そして、どうやって帰ってきたのか。

 いつの間にか、気付けば薄暗いお堂の中に立っていた。

 もし、第三者が居たなら、早夜がその身に光を纏わせているのを目撃しただろう。

 しかし、それを知り得る者は誰も居ない。

 ガランとしたお堂の中で、蝉の声だけが早夜の耳に響いた。


「おじぃちゃん先生……?」


 そっと声を掛ける。

 当然の事ながら、返事は無い。

 早夜はいつも彼が座っていた場所に腰掛ける。


「うそつき……おじぃちゃん先生のうそつき――……」


 そう呟きながら、暫く外を睨んでいた。

 その時、さわりと何かが髪を撫でていった気がした。


「っ!? おじぃちゃん先生?」


 パッと顔を上げ振り返る。

 だが、やはり誰もおらず、風が早夜の髪を撫で上げる。

 何だ風か、と落胆し肩を落とした。

 その時、チラと目の端に白くて小さい何かが映る。

 それは、ひらり、ひらりと目の前を落ちてきた。

 床に落ちたそれを手に取って見てみると、それは白くて小さい桜の花弁だった。


 何でこんな所に花弁が?


 不思議に思って辺りを見回す。

 今は夏だ。桜など咲いてはいない。

 掌に乗せた花弁に目をやった。


『一時一時を慈しみなさい――そうすれば――そこにある花弁にも命が宿ります……』


 おじぃちゃん先生の言葉が蘇り、早夜はクシャリと顔を歪めた。

 何だかまるで、その花弁が、おじぃちゃん先生のような気がした。


「やだよ、いかないでよ、おじぃちゃん先生――……」


 あの温かな眼差しも、深く穏やかな声も、頭を撫でてくれるあの皺くちゃだけど大きくて優しい手も……。

 もう見る事も、聞く事も、触れる事も出来ないのだ。

 早夜はその花弁を握り締めたまま、暫く泣き続けた。


 そうして漸く涙が治まってきた頃、早夜はお堂の中で寝そべっていた。

 時々しゃくりあげながら、もう一度花弁を見ようと握っていた手を開く。

 そしてその時、強い風が吹いて、その花弁を舞い上げてしまった。


「あっ!」


 追い縋ろうとした時、不意に思い浮かぶ言葉があった。


 ―― 魂の迷子 ――


 早夜は追うのをやめた。

 ここで引き止めてしまったら、彼の魂は迷子になってしまう。

 そう思ったからだ。

 だから早夜は言った。


「いってらっしゃい、おじぃちゃん先生……。大好きな人に会えるといいね……」


 まだ涙は出てくるけれど、それでも早夜は微笑んでいた。

 それが彼の、早夜の大好きなおじぃちゃん先生の、最後の願いだったから――……。


 蝉の声は、何時しかひぐらしの声へと変わり、早夜の頬を優しい風が撫でていった。





 おじぃちゃん先生の最期の時の話。 如何でしたでしょうか?

 実は、桜の花びらが落ちてくる話は、実話を基にしています。

 だからといって、感動できる話でもないんですが、冬場に掃除をしていた所、ひらひらと落ちてくるものが……かぴかぴに乾燥した、桜の花びらでした。

 どうやって入り込んで、今まであったのやらと、ちょっと自分の中で感動。

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