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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第四章》
43/107

11.月夜の晩に・後編

「あれ、ここ何処かなー……?」


 月の明かりが照らす中、ポツンと佇むリジャイ。彼は熱に浮かされた眼差しで辺りを見回した。

 後方にアルフォレシア城を臨める事から、自分がまだアルフォレシア国内に居る事が分かる。


「あー……目測誤っちゃったなー……」


 どうやら早夜から移した熱のせいで転移先を見誤ったらしい。

 煉瓦で出来た煙突がある事から、ここは何処かの屋根の上のようだった。

 月の明かりに誘われ見上げれば、頭上から巨大な月が自分を見下ろしている。

 銀色に輝くそれは、寒々しくも美しく、怪しい魔力を秘めているようで、月が人を狂わすという迷信も信憑性があるように思えてくる。

 そう、己の中の狂気も……。

 そこまで考え、リジャイは苦笑し振り払うように頭を振って気持ちを切り替える。


「それにしても、久しぶりにやったこれ、結構きついや……」


 ハハ、と軽く笑うリジャイの脳裏に、とある少女の声が響いた。


『まったく! また熱をお引き受けになったのですか!? その度に、倒れるリジャイ様を介抱する私の身にもなって下さい!』


 それは過去の幻聴。

 懐かしいその声に目を瞑れば、怒ったような少女の顔が思い出され、リジャイはクスリと笑う。


「……だって、凄く辛そうだったんだよ……」


 リジャイは頭の中の声に答える様に呟くと、脳裏に浮かぶその表情が困った様に変化する。


『お気持ちは分りますが、子供というものは熱を出すものなんです。自らの力で治させた方が、丈夫に育つんですよ』


 彼女はそう言うと、目を逸らしてポツリと呟くのだ。


『どうか、私の前で、そんな風に弱らないで下さい……』


 それに対して自分は何と答えたのだったか……確か――。


「殺したくなるから……?」


 そう、確かこう言った……。

 すると少女は、ハッと目を見張るように此方を見、そしてキッと睨んで言ったのだ。


『はい……そうですね……。凄く、殺したくなります……』


 一度唇を噛み絞め、搾り出す様な彼女の言葉。

 リジャイは一人、クツリと笑って目を閉じた。


 それから暫くぼうっと月を眺めていたのだが、ふと人の気配を感じ屋根の上から下を覗き込む。

 そこから見えた物は二つの人影。


「バーズ先輩。いくら探した所で、あの魔力の主は見つかりませんよ。ありとあらゆる方法を試したんですよ!? 諦めて国に帰りましょうよ……」

「何を言うキム! お前は努力が足りないのだ! アルフォレシアは、きっと隠しているに違いない。異界人等と言う寄生虫を、野放しになどできるかっ!

 この世界は、我々のものなのだぞ! 見つけ出して駆除せねばっ!」


 屋根の上からその会話を聞いていたリジャイは苦笑した。


「ウーン……もしかして、これってあれかな? 他国の侵入者ってやつ? 今のこの僕の状態でこれって……ラッキーなのかどうなのか……」




 キムは目の前のバーズという男の言う事が、理解できなかった。 

(異界人だから、どうだというんだ?)

 そんな事を考えるのは、自分が田舎者だからだろうか、とキムは考える。

(こんな事なら大人しく、田舎で畑でも耕してれば良かったかなぁ……)

 都会に憧れ、両親の反対を押し切って田舎を出た。そして魔術の才能を見込まれ、国のお抱え魔術師にまでなった。

 そこまでは良かったのだ。王道な成り上がり人生に、少々浮かれすぎていた。

 そんな自分に罰が当たったのかもしれない。

 それなりにお金も貰え、将来も明るくなってきた矢先、先日の強大な魔力……。

 国から直々に、その魔力を探れと通達があった。


 最初キムは、そんな者は適当に探せばいいと思っていた。

 見付かれば良し、見付からなくても別にいいや、と考えていたのである。

 さっさと探して、さっさと終わらせて、さっさと帰りたかった。

 だが、キムのパートナーとなった者は、都会生まれの都会育ち。代々魔術師の家系でプライドも高く、国に忠誠を誓っている人物であった。

 キムもそれなりに忠誠心はある方ではあるが、このバーズという男は、それが異常な程であった。

 国が異界人を認めないと言えば、今のように寄生虫呼ばわりするバーズ。飛躍しすぎではと、キムは思った。

 恐らく、見付かるまで帰るつもりは無いのだろう。キムは溜息混じりに、目の前を歩くバーズの背を、恨めしげに見つめるのだった。


「何をしている、キム。さっさと探索魔法を行うのだ!」

「あ……」


 キムは何かに気付き、立ち止まった。

 バーズもそのキムの様子に、前に向き直る。すると目の前に、月を背に立つ何者かの姿があった。


「やぁ、君達って他国から侵入者だよね? 何処の国なのか、何をするつもりなのか、他にも仲間は居るのか……ちゃっちゃと教えてくれるかな……」


 腕を組み、気だるそうに此方を見ている人物は、長い髪を後ろで三つ編みにし、右頬と右腕に刺青のある男だった。そして、一番異様なのはその額にある瞳。


「い、異界人!?」


 明らかにそうだと認識できるその容姿に、バーズはギクリとして立ち止まった。

 彼は慌てて懐からタクト状の魔法の杖を取り出しリジャイに向ける。その先端は細かく震え、明らかに怯えを見せていた。

 恐らくそのまま魔法を放ったとしても、標的には当たらないだろう。


「い、異界人の化け物め! 今、駆除してくれるっ!!」


 その時、キムは月の明かりが強くなったのかと錯覚した。

 何故なら、目の前に立つ三つ目の男の影が濃くなった気がしたから。


「……もう一度聞くよ……。

 何処の国から来て、何をするつもりで、仲間はいるのか……」


 しかしバーズは震えながらも小馬鹿にしたように笑った。


「だ、誰が教えるか、化け物! 我らは国の為なら、命を捨てる覚悟だ! 死んだってこの口はわらんぞっ! お、お前こそ、先日の魔力の主か!?」

「……だったら、どうするつもり……?」


 更に濃くなる影の中で、その三つの瞳だけは爛々と輝いていた。


「殺すに決まっているだろう、化け物! この世界は我らのものだ。異界の者に穢されてなるものかっ!

 あれ程の穢れた魔力を撒き散らし、この世界を喰らうつもりだったんだな? 見ろ、思った通りの化け物だ!!」


 バーズが怒鳴り散らした後、一時静寂が訪れる。

 彼はまだ気付かない。

 自分が過ちを犯してしまった事を。

 まだ平素の状態であれば救いはあった。しかし、運が悪い事に、今のリジャイは熱で半ば朦朧としており、理性のたが等すぐに外れてしまう状態だった。

 彼は、リジャイにとって地雷とも言える禁忌の言葉を言ってしまったのだ。

 リジャイはいっそ静かな口調で言葉を紡いだ。


「……じゃあ、お望み通り化け物になってあげよう……」


 次の瞬間、キムは三つ目の男から一気に何かが膨れ上がるのを感じた。


「何を言っているんだ? 化け物になるも何も、既に化け物ではないか!」


 そんな事を言うバーズを、キムは信じられない思いで見ていた。

 何故そんなにも相手を刺激するような事が言えるのか、この恐ろしいまでの禍々しいものを、この男は感じていないのだろうか。

 現に今、三つ目の男からは、バーズが化け物と言う度に、禍々しいものが膨れ上がっているのを感じる。

 実際、バーズは何も感じてはいなかった。多少威圧感が増したか、と思うだけである。


「な、何言ってるんですか先輩! ここは、早く逃げましょうよ!」


 頼むからもう刺激しないでくれと祈るように、キムはそう言った。

 しかし、その願いも空しく――……。


「キム、お前こそ何を言ってる。お前には国の意図が見えないのか?

 我が国の望み。それは、この世界から異界人を全て消し去る事だ! 異界人など寄生虫だ、蛆虫だ!」


 キムは頭を振った。

(駄目だこの人――……)

 きっと何を言っても話は通じないだろうと思った。キムはゆっくりと後退る。

 バーズはまだ、目の前の三つ目の男を罵っており、その隙に、と思ったのだ。

 しかし、三歩ほど下がった所で、キムは何かに阻まれている事に気付いた。


「えっ?」


 キムは後ろを振り向き、何もない空間に手を這わせてみる。そこには見えない壁があった。

(け、結界!?)

 それは、キムを取り囲むようにして存在した。


「逃げられないよ……」


 ボソリと呟く男の声が聞こえる。

 後ろを振り向くと、バーズの肩越しに、三つ目の男が此方を見ていた。


「ひぃっ!」


 心臓を鷲掴みにされたような恐怖がそこにあった。


「逃げる? 何を言ってるんだ化け物! 私が逃げる訳がないだろう!」


 バーズは、キムが逃げようとした事に気付かないようだった。

 そんなおめでたいバーズを、バカにしたようにリジャイが見やる。が、その時、バーズはまた言ってはいけない事を言った。

 それは、先ほどの地雷よりも危険なものだった。


「フン、確かこの国にはもう一体、化け物が居たな。魔眼とか言う紅い瞳の化け物が――」


 “バシュッ!”そんな音と共に、キムの目の前に紅い花が散った。

 ソレが結界に飛び散った血だと認識するのに、少しの時間がいった。それ位唐突だった。

 キムはその場にへたり込んで目の前で赤く咲く花を眺めているしかなかった。


「ああ、ごめんごめん。今、熱があってさ、手加減するつもりが……殺しちゃった」


 最後の言葉と共に、ズルリと何かを引き抜く音と、勢いよく何かが吹き出る音が聞こえた。そして、それと同時に目の前の紅はますます広がっていく。

 ドサリと重いものが倒れる音がして、へたり込んだ足の先からそれを見てしまった。

 見えない壁に張り付き、滴り落ちる血と血の隙間から、此方を覗き込む虚ろな目。


「ひぃぃっ!!」


 それがバーズの目だと解ると同時に、キムの全身に今まで感じた事の無い程の恐怖が走り抜けてゆく。

 股間に生暖かい物が流れていくが、それに気付かぬほど、キムはいま恐れ戦いていた。

 ピチャリピチャリと音がして、何かが此方に近づいてくるのが分った。

 そして“バシャン”と目の前の紅い花が落下して、地面の血溜まりと同化した。

 結界が消えたのだ

 背に感じていた壁が無くなった事により、キムは後ろへと倒れそうになった。 とっさに手を付き倒れるのを止めた彼の目の前には、月を背に立つ男が立っていた。


「やあ、お待たせ」


 待ち合わせにやってきた友人の如く、気安く声を掛けられたキム。

 彼には今、死の恐怖と絶望しか感じない。先ほどまで自分を閉じこめていた結界が恋しくて堪らない。

 そんなキムの気持ちを知ってか知らずか、ニィと爬虫類を思わせる彼特有の笑みを浮かべるリジャイ。

 笑う彼の姿は、いつの間にか三つ編みが解け、グレーの長い髪を波打たせている。全身からは禍々しいものが立ち上がり、まるで羽の様に四方に広がっていた。

 全身を返り血で、ぬらぬらと紅く染めるその姿を見て、キムは思ってしまったのだ。

 その姿はまるで――。


「あ、悪魔……」


 キムの口からポロリと言葉が零れ落ちる。

 それを聞きつけた三つ目の悪魔は、笑みを深くして言った。


「君の先輩は、僕に“化け物”を望んだけれど……そう、君は僕に、“悪魔”を望むんだね?」


 ピチャリと空気に触れ、粘着質になってきた血溜まりの中、リジャイは一歩前に進んだ。

 キムは、自分が失言してしまった事を理解した。

 恐怖と絶望がキムを支配する中、なけなしの生存本能が彼を突き動かす。

 目に涙を浮かべながら、そのままじりじりと後ろへ下がった。


「うわあっ! いやだぁ!!」


 キムは踵を返して逃げようとする。

 しかし――……。


「何処に行くの?」


 進む彼の目の前に、三つ目の悪魔が立っていた。

 後ろに居た筈なのに……。

(駄目だ、この悪魔からは逃げられない――……)

 彼の胸を諦めが支配する。


「あ……ああ――……」


 キムはガクンと膝をついた。

 もう彼に抵抗する意志はない。


「さぁ、望みどおり悪魔になってあげる……」


 そう言って笑う三つ目の悪魔。月の光を浴び、その灰色の髪は今銀色に輝いて、飛び散る紅に鮮やかに彩られている。

 恐れ戦きながらもキムは、目の前の悪魔に目を奪われている自分に気付いた。

 禍々しいのに神々しい。

 もしかしたら、本来神とはこういうものなのかもしれない。こんな状況なのにキムはそんな事を思ってしまった。


「もうこれ以上無いって位、君を甚振ってあげるよ。どうか殺して下さいって、泣いて縋る位ね……」


 血にまみれた手が、ゆっくりとキムに近づいてゆく。


「君の先輩の血は、凄く不味かったけど、君の血はどんな味がするのかな……?」


 死を覚悟したキムの脳裏には、故郷の景色と懐かしい母の顔が浮かんだ。

(ああ……こんな事なら本当に魔術師になんかならないで、故郷で畑を耕してれば良かった――)




「母さん……」


 涙をボロボロと流しながら呟く若い魔術師を、リジャイは触れたと同時に何処かへと消し去った。

 そして、リジャイから溢れ出す、禍々しいものも消え去る。

 目の前が歪むのを感じ、リジャイは壁に寄り掛かった。

 そのままズルズルとしゃがみ込むと、長く深い溜息を吐く。

 目線を、血溜まりの中に倒れる物言わぬ死体に投げかけると、肩で息をしながら月を見上げ呟いた。


「ああ、またやっちゃった……」


 頬と腕の刺青が、チリチリと痛んだ。

 恐らく、前よりも大きくなってるだろうなぁ、と刺青に指を這わせながら思った。

 これは、リジャイが自分自身に掛けた戒めの呪である。


「もう、悪魔にも化け物にもならないって決めたのに……」


 自分の中に、まだ黒いものが燻っているのを感じた。

 いくら熱で朦朧としていたにしろ、こうも簡単に自分の中の悪魔は表に出てきてしまう。

 リジャイは自嘲気味に笑い、呟いた。


「……これはもう、認めろって事かな……」


 そしてふと、自分の手を見つめる。

 血に塗れたその手を――……。


「あ……」


 リジャイは慌ててその手を擦る。正確には、その左手の小指。

 そこには、早夜の髪が巻きつけられている。

 だが、拭こうとするその手にも血はべったりと付いており、その手を拭こうと服を見るも、そこも血で濡れていた。

 そして改めて今の自分の姿を認識すると、リジャイは乾いた声で笑いだし、やがてそれは啜り泣きへと変わっていった。

 これは象徴なのかもしれない、自分が傍にいたら早夜もこうなってしまうという……。


「早夜――……」


 名を呟けば、彼女の顔が鮮やかに脳裏に浮かぶ。

 大丈夫だよと言って微笑む早夜を見て、何故か安堵している自分が居た。頭を撫でられ、子供みたいに縋り付いて、泣きたい気持ちになった。

 リジャイはうわ言の様に続けて早夜の名を呟くと、膝を抱えて顔を埋める。


「助けて――……早夜……」


 縮こまる彼のその姿は、さながら、早夜が夢の中で見た少年そのものであった。



 +++++



「大分、遅くなってしまったな……」


 月を見上げながら呟くムエイことリュウキ。


「まったくだ。ピトも研究熱心なのはいいが、それにつき合わされる此方の身にもなって欲しいのだ!」


 ロイが、金色の尻尾を不機嫌そうに振りながらそう言う。

 そんな彼とは反対にカムイが愉快そうに笑った。


「俺は別に、楽しいからいいけどなっ!」

「それはカムイだけなのだ。そんなに楽しいなら、ピトの助手にでもなればいいではないか」


 皮肉で言ったつもりがカムイには通じず、逆に喜ばせる結果になってしまった。


「おお、そりゃ良い考えだ!」


 何処までも元気なカムイを、ロイは呆れたように見る。だがその時、道の脇の草むらから、何かが飛び出してロイに覆い被さってきた。


「うぉわっ!?」


 ロイはそのまま、支えきれずに倒れてしまう。

 咄嗟に剣の柄に手をやったムエイであったが、その正体に気付くと目を見張った。


「リ、リジャイ!?」


 ロイに倒れ掛かってきたのは、何故か全身が血に塗れたリジャイであった。


「な、何だと? リジャイ!? お、おい、どうしたのだリジャイ。返事をせぬかっ! 何があったのだ!?」


 押し潰されたままリジャイを見るロイだったが、その濃い血の臭いに顔を顰めた。


「リジャイ? お主、何処か怪我をしておるのか?」

「あー……違うー、返り血だよー……」


 漸く反応を見せるリジャイ。酷くダルそうな声が響く。


「返り血? 一体何があったんだ?」


 ムエイは何時になく険しい顔で尋ねるが、返事が返ってこない。

 もう一度呼びかけようとしたが、ロイが耐えきれずに叫んだ。


「な、何でもいいから、早く退かしてくれ!」


 抜け出そうと藻掻くが、力の抜けた男性の重みはビクともしない。ましてやロイは、魔術師であり、普段呪符作りに勤しむ彼はいわばインドア派。そんな彼がどうこうした所でびくともしない。

 それが不意にヒョイッと軽くなる。

 見れば、カムイがリジャイを片手で抱え上げていた。


「うわっ、ひでーなそれ」

「ぬわっ! なんだこれはっ!!」


 カムイが眉を顰めて言うので見てみれば、思わずロイは叫んでいた。

 何故なら服に、血がべっとりと付いていたからだ。

 そして改めてリジャイの姿を見てみると、髪は解けバサリと垂れ下がっており、全身血まみれで、一見それがリジャイだとは思えない。


「やっぱり何処か怪我をしておるのか? とりあえず、我の屋敷に運んでくれぬか?」

「おう! 分った!」


 ロイの言葉にカムイは素直に頷いた。

 それからロイはムエイを見る。


「では、後はよろしく頼む。我はイーシェを呼んでくる!」


 そう言って、返事も待たずにそのまま駆けて行ってしまった。


「……? 何でイーシェ?」

「ああ、イーシェは治癒魔法が得意なんだよ」


 ムエイの疑問にカムイが答える。

 そして片手で抱えたままのリジャイを、横抱きに抱え直した。

 流石に苦しいかなと思った為である。

 すると、カムイの腕の中でボソリと呟く声が聞こえてきた。


「ウーン……男に男がお姫様抱っこって……かなりビミョー……」

「リジャイ!? お前、意識が無かったんじゃ……」

「ただ、喋るのが億劫だっただけだよ……。それより……どうせなら僕、ムエイにおんぶして貰いたいなー……」


 その言葉は、リジャイにとっては殆ど冗談のつもりだったのだ。

 なのに、ムエイは何も言わず、当たり前のように背を向け、しゃがみ込んだ。

 それを見て、リジャイは苦笑する。

(ホント、君達兄妹って――……)

 リジャイは少し泣きたくなった。



「あはは、生まれて初めてのおんぶだー。へぇ、人の背中ってあったかいんだねぇ……」


 ムエイの背に負ぶわれながら、リジャイがそう呟くと、ムエイが視線だけ寄越して訊ねた。


「親にしてもらわなかったのか?」

「ウーン、親かぁ……」


 微妙な顔をして口ごもるリジャイ。

 そして、衝撃的な事を口にする。


「実を言うと、僕って子供の頃、幽閉されてたんだよねー……」

「は?」

「何故……?」

「それはね……僕が、悪魔で化け物だったからだよ。僕の生まれた世界にはね、僕みたいな三つ目は一人もいなかったんだよね、実は……。

 だから、生まれてきた僕を、親は恥だと思ったし、怖がっていた――……」


 リジャイはムエイを窺う。

 彼は何も言わず、何故か不機嫌そうに、そして何処か怒っているような顔をしていた。


「……君らも、僕を化け物だと思うかい……?」


 何と無しにそう訊くと、ムエイはぎろりとリジャイを睨んだ。


「怒るぞ……」

「い、いたっ!」


 いきなり耳を引っ張られ、そちらを見ると、カムイも不機嫌そうにリジャイを見ていた。

「何で、んな事俺らに聞くんだよ。何かそれって、俺らにそう思って欲しいみてーじゃねーか」

「……そうだな。でも、お前が自分自身をどう思ってようと、俺達にとってはお前は只の異界人の一人だ。

 それに……これでも一応、俺はお前を友と思っているのだがな……」


 リジャイが目を見開く中、カムイも豪快に笑った。


「そうだゼ! 俺達は、ダチで仲間だろうがっ!」


 そして、バンバンと力任せにリジャイの背を叩く。


「イタッ、痛いよ……まったく、君は手加減ってものを知らないんだから……本当に痛いよ……」


 その痛みに(かこつ)けて、リジャイは涙を流す。

 ムエイは、それに気付かぬふりをし、カムイは気付いているのかいないのか、笑いながらリジャイの背を叩き続けるのだった。




「まったく、人騒がせにも程があるミョ! 血だらけと言うから、どんな大怪我だと思って来てみれば、これはただの返り血ミョ!」

「し、しかし、凄くぐったりとしてだな……」

「こんなの、ただの風邪による発熱ミョ! 頭冷やして、温かくして寝れば、大概治るミョ。

 本当に迷惑極まりないミョ! 夜更かしは女の敵ミョ! お肌の大敵なんだミョ!

 そうと分れば、イーシェは帰って寝るミョ」


 怒るだけ怒って出て行こうとするイーシェを、ロイは慌てて引き止める。


「ま、待てイーシェ。この後どうすれば――……」


 ロイは言葉を詰まらせる。何故なら、イーシェが無言で睨んできたからだ。


「そんなの自分で考えるミョ。何でも人に頼るんじゃないミョ! ……そんなんだから、ミリアを任せられないんだミョ……」

「は?」

「強いて言うなら、まずあの血だらけなのを如何にかするミョ。子供が見たら、絶対泣くミョ!」


 眉を顰めてリジャイを見やるイーシェ。


「何故ここで子供が出てくるんだ……?」


 そう呟きながら、出て行くイーシェを見送るムエイであった。




 △▼△▼△▼




 〜日本・一時帰宅その後 其の十一〜



「やっぱり、帰ってないみたいね。本当に、一体どうしちゃったのかしら……?」


 ポツリと呟く蒼。

 蒼と亮太はまた早夜のアパートを訪ねていた。

 部屋の中の様子は昨日訪れた時のまま。帰ってきている様子は無かった。

 暫く待ってみたが、やはりアヤは帰ってこない。


「また来てみて、それでも駄目だったらその時は――」

「そうね、諦めてあちらに戻るしかないわね……」


 諦め蒼達は表に出る。

 しかしその時、彼らは気付かなかった。

 テーブルの下に破れた呪符がある事を……。

 そして蒼達が出て行った後、そこからはチリリッと黒いものが滲み出し、まるで何かを探すように、それは靄となって辺りを漂う。

 しかし、誰も居ない事を確認したのか、その靄はまた呪符の中へと消えていったのだった。





 =今回の事=

 ウーン、今回はちょっとホラーっぽくなりましたかねぇ……まぁ、スプラッタな内容ではないので、そこまでホラーではないと思いますが、如何でしょう?

 リジャイの心の弱さなどが出せたらと思って、今回書いたんですけどね、皆様感想などございましたらお願いします。


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