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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第四章》
42/107

10.月夜の晩に・中編

 過去の記憶を見せられ、仮面の男を見た途端、その記憶を拒絶する早夜。

 そして聞こえてくる子供の泣き声、早夜は一体何を見るのか……。

 ――バチン!――


 そんな音と共に、リカルドとシェルは早夜の手から弾かれてしまう。


「っ!? 何だ? 今のは……」


 呆然とする二人。

 彼等がリジャイに目を向ければ、彼は先程と変わらぬ姿勢であった。

 しかし、よくよく見てみれば、彼の額からは薄っすらと汗が滲み、その表情も苦しげに歪んでいる。


「おい! どうした!?」


 流石に可笑しいと感じてシェルが声を掛ける。

 すると視線だけを此方に向け、リジャイが何処か切羽詰ったように告げた。


「早夜に抵抗されたのさ。よっぽど見たくないものだったらしい。

 それよりも、助けてくれない? 早夜に意識を持っていかれる――……」


 そうしている間も、手を突っ張らせて何とか離れようと見えない何かに抗っているようだった。

 しかし、第三の目から繋がる光の道は、彼の抵抗を嘲笑うかのように益々輝きを強くする。

 その只ならぬ様子に二人は驚き、慌ててリジャイを引き離そうとするもビクともしない。


「まず早夜を起こして。それでしか多分、この術は解けない……」


 だが、早夜が起きる気配はなかった。

 余程深い眠りに陥っているようだ。

 そしてそれは何を意味するのか……。


「――駄目だ早夜、僕の過去なんか見ちゃいけない――……」




 *****




 気が付けばそこは真っ暗な場所だった。

 見える物は何もなく、上も下もない様に思えてくる。軽い前後不覚に陥りそうになった。

 私はその中を、子供の泣き声を頼りに進んでゆく。


 ――誰? 何処にいるの?――


 呼びかけてみたけれど返事が返ってくる様子はない。それ所か泣き声は酷くなるばかり。

 何か繋がる物が欲しくて、手探りで辺りを探ってみたけれど、その手には何も触れなかった。

 落胆にその手を握り込む。

 ふと私は不思議な事に気が付いた。

 何故自分の手はこんなにはっきり見えるのだろう?

 辺りは相変わらず真っ暗で、何も見えない。それなのに私の手は見えるのだ。

 そして分かった。

 これは私自身が発光しているのだと。

 それが分かって足元に手を翳してみれば、そこにはちゃんと床がある。

 もっと、もっと光が欲しい。

 そう願えば、その光は強さを増した。

 そして漸く周りの光景が見え始める……。


 床、壁、天井、それに家具もある。一見すれば普通に人の住まう部屋だった。

 けれど私はその異様さに言葉を失う事となる。

 何故なら、それらは全て赤い何かで彩られていたから……。

 ぴちゃんと天井から滴るそれは、どこか粘り気を帯び床に落ちてゆく。

 それは血だ。

 天井ばかりではない。ありとあらゆる場所に、血飛沫が飛んでいる。

 それを認識した途端に、私の嗅覚は鉄臭さを感じ取った。

 血の臭いだと理解すると同時に、その生々しさに吐き気を催す。

 私は少しでも新鮮な空気が吸いたくて窓を探した。

 けれどそこには窓が一切無かった。

 そうしている間も子供の泣き声は聞こえている。

 そしてハッとした。

 こんな所に子供を置いておけない。

 私はこの部屋を見回す。

 さっきよりも明るくなり、この部屋の中が見渡せた。

 一体何があったのか、壮絶と呼ばざるを得ない部屋。

 子供向けの玩具や家具があるから子供部屋だと分かる。

 それが余計に、この状況の異様さと悲惨さを表しているようで、一刻も早く子供を保護したいという気持ちが強まった。

 そして……。


 居た――。


 その子供は、床に蹲り泣いていた。

 部屋と同様に子供も血に染まり、髪にもべっとりと血糊が付いて、その顔を覆い隠してしまっていた。

 普通であれば恐怖を覚えるだろうその光景に、私は全く恐怖を感じなかった。

 そんな事より、早くこの子を安心させてあげたい。

 そう思って、私は駆け寄ってその子の傍に膝をつく。

 ベチャリと膝に粘着質な血が付くが気にならなかった。


 ――ねぇ君、大丈夫?――


 私は出来るだけ優しく、そっと声を掛けると、その子はビクリと体を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

 赤黒く染まった髪の隙間から、瞳を覗かせている。

 それは酷く傷付いた眼差しで、絶望、恐怖、寂しさなどが入り混じった悲しいものだった。

 瞳の色は綺麗な紫色。

 怯えた目で私を見ている。

 私は大丈夫だよと言って、抱きしめ安心させようと手を伸ばした――。


『サヤ!』


 その時、誰かに呼び掛けられた。

 振り返ってみたけれど、そこには誰も居なくて……。

 でも耳を澄ませばまた聞こえてきた。


『サヤ! 起きろ! 目を覚ませ!』


 この声はリカルドさん?


『目を覚ますんだ、サヤ!』


 これはシェルさんだ……。


 私は立ち上がろうとした。

 でもその時、何かが私の手に触れる。

 見ると子供が、私の手を躊躇いがちに握ろうとしていた。

 とても不安そうな顔。まるで置いてかないでと言っているみたい。

 私はその子の手を取ろうとした。

 でもそれは叶わなかった。


 意識が急激に上昇するのを感じたのだ。


 ――待って、私はこの子を置いて行けない――


 そんな叫びも空しく、私は目を覚ました。

 熱のせいで頭がぼんやりとする。

 目の前に紫色の目を見つけた。

 私はそれにホッとして自然と微笑んでいた。

 嗚呼、子供は此処にいたのだ。


「良かった。此処に居たんだね、もう大丈夫だよ――……」


 安心させようと手を伸ばしてその頭を撫でる。

 すると、目の前の紫瞳は一瞬驚いたように見開かれた後、一度切なげに揺れてからすっと細められた。


「えーと、早夜? 寝ぼけてるのかな……? 僕としては、結構嬉しいけど……」


 戸惑いがちに言われ、ぼんやりとしていた頭が徐々に覚醒してくる。


「……あ…れ?」


 周りを見渡せば、あの壮絶な部屋はそこにはなく、アルフォレシアで自分に宛てがわれた部屋のベッドの上だと分った。

 そして私は驚いてしまった。

 何故ならシェルさんとリカルドさんにベッドの両サイドから見下ろされていたから。

 二人は何処か不機嫌そうに見えて不思議に思った。

 そして、改めて目の前を見てみれば、苦笑するリジャイさんの顔があって……。

 私はその頭に手を置いていた。


「ふわぁ! ご、ごめんなさいっ!」


 私は慌てて手を離し起き上がろうとした。

 けれど身体がだるく、直ぐにベッドに崩れ落ちてしまった。


「こらっ、サヤ! 起きんじゃねぇ!」

「そうだ。お前はまだ、熱があるんだぞ!」


 リカルドさんとシェルさんに怒られた。


「そうそう、君の熱、結構高いんだから」


 リジャイさんにもそう注意され、私は酷く心が落ち込むのを感じた。

 そういえば、昔から風邪を引くと情緒不安定になってたような……。


「ご、ごめんなさい……」


 謝罪の言葉を口にした途端、私の目からはポロッと涙が零れ落ちた。

 熱のせいで、涙腺も可笑しくなっているのかも知れない。

 一度零れてしまえば、後は蛇口を緩めた様に止め処無く溢れてくる。

 それを見たリジャイさん達三人は当然の事ながら吃驚する訳で。


「なっ、何で泣くんだよ!? 俺は別に怒ってないから……」

「私もちょっと、きつく言ってしまったかもしれないな……。すまなかった、サヤ」


 戸惑う彼らに私は申し訳なくて益々泣けてきた。


「ふっぅ……ふえっ……ち、ちがっ、これ、は――」


 そして不意に夢の中の光景が脳裏に浮かんだ。

 今し方見た子供の夢ではなく、その前の――。

 あの夢の中で、私はとても幸せだった。

 そう感じた事は嬉しい事なのか悲しい事なのか……。


「……お父さん……」


 知らず知らずの内に呟いていた言葉。

 それに反応するように三人分の息を呑む音が聞こえてきたけれど、今はその事を気にする余裕は無かった。


 あの人がお父さん……。

 それとリュウキさん、本当に私のお兄さんだったんだ……。

 それに、あの少年がもう一人の私のお兄さん……?

 そして――。


「ごめんね、早夜」


 思考に深く潜り込んでいた私は現実に戻された。

 それが謝罪の言葉であると気付くのに少し時間が掛かった。

 顔を上げれば、眉を下げたリジャイさん。


「な、んで……あやまるん、ですか……?」


 嗚咽混じりに聞けば、彼はすまなそうに言った。


「実は夢を見せたのは僕なんだ……。君の記憶を探って、過去に何があったのか知ろうとしたんだけど、それが早夜を悲しませてしまったね……」

「そんな……謝らないで下さい。確かに悲しいけど、嬉しいんです……。

 私にもちゃんとあったんですね、温かい家族っ――」


 そう思ったら、また泣けてきて、感情が溢れ出すように涙も止め処無く流れる。

 そのせいか頭は更にぼんやりとして、嗚咽の為か胸も苦しい。

 だけど、これだけは伝えたくて、リジャイさんの服を掴み言葉にした。


「あり、がとう、ございます……。リジャイさん、ありがとう……」


 なるべく笑顔で、と思ったけれど、浮かべたものは不自然だっただろうな。多分ひどい顔をしてる……。

 そう思っていると、リジャイさんは溜息混じりに呟いた。


「……全く君って子は、何処まで……」


 何故だか私には、彼が泣きそうに見えた。

 しかしすぐに苦笑いをすると、私を見てこう続けてくる。


「でも、そろそろ泣き止んでね。ますます熱が上がっちゃうよ?」


 そんな事を言われても、涙なんてどうやって止められるのだろう……。

 自然にポロポロと出てくるのに。

 するとリジャイさんは、何か思いついたようで一つ頷いた。


「うん、分った。じゃあ、早夜が泣き止むまで、此処に居る三人で早夜にチューしまーす!」

「うえぇぇっ!!」

「おいっ!」


 リカルドさんの驚きの声と、シェルさんの怒気を含んだ声が頭の中に響いて、グワンと視界が歪んだ。

 そんな中で私もリジャイさんの言葉には驚いていた。

 驚きすぎて、涙は止まってしまう程。


「あはは、止まったねー。ちょっと残念? じゃあ早夜、これから君の熱を取り除いてあげるね」


 するとリジャイさんは、私の額に手を置き反対の手で私の手を握る。

 そして、彼は額の目を見開かせた。

 私にはそこから魔力が溢れ出すのが見え、同時に私の中から熱とダルさが吸い取られる。

 その時、私の中で引っかかる事があった。

 それは魔術に関する知識の中にあり、確かめようと自分の中のそれに意識を向けようとした。

 でもそれは出来なかった。

 リジャイさんが声をかけてきたからだ。


「ねぇ早夜、一つだけ訊いて良い?」


 返事をする代わりに私は彼を見る。


「夢の中で……家族の夢の後で、君は何か見た?」


 そう聞いてくる彼の表情は、何処か不安げで、あの夢の中の子供とだぶって見えた。

(ああそうか……あれはリジャイさん――……)

 そう確信すると共に、私は彼を安心させる為に微笑んでいた。


「……迷子の子供が居ました」

「まいご……?」

「はい、だって……泣いていたんです。すごく心細そうに……だから迷子です……。私はその子を連れ出そうとしました。あんな所じゃ、迷子になって当然です……」


 私がそう言うと、リジャイさんは何処か釈然としないながらも、ホッと安心したみたいだ。

 それで、あの壮絶さと悲惨さに溢れた部屋の事は伏せていようと思った。

 でも迷子と思った事は本当。

 あんな場所に居たら、心が迷子になってしまう、と何となくそう思ったから……。

 リジャイさんは私の言葉を聞いて微笑むと、眠るように言ってくる。

 確かに、意識すると抗い難い眠気が襲ってきた。


「体力は奪われているから、今はぐっすりと眠った方が良い。でないと、いくら僕が治しても、またぶり返しちゃうからね」


 私は彼の言葉に頷くと、体が訴える欲求のままに目を瞑った。

 そうすれば後はもう、引き擦られるように私の意識は沈んでいった。




 *****




 早夜が眠りに付いた事を確認したリジャイは、目を細めると術に集中する。

 徐々に早夜の顔色は良くなり、苦しそうだった呼吸も整ったものへと変化した。

 それら見て、リカルドもシェルも、ホッと胸を撫で下ろし微笑む。


「……それにしても、あのサヤの記憶の中に出てきた仮面の男は、何者なのだろう……?」


 ふとシェルが呟くと、リカルドも頷いた。


「そうだよな……サヤが拒絶したって事は、多分彼奴が原因なんだろう?」

「ああ、恐らく……。それに、あの中に出てきたリュウキの年齢から言っても、此方に来た時期とぴったり合いそうだ……」


 二人がそのように考えを纏めていると、リジャイが口を挟んできた。


「でも、結局の所は何も分らずじまいだよね。後は、早夜のお友達が彼女のお母さんに話を聞いてくるのを待つしかないか。何処まで話してくれるのかは分らないけど……リュウキに聞くにしても、彼も幼かったみたいだし、何処まで覚えてるのかも怪しいしね……」


 リジャイのその言葉に、シェルは溜息をつく。


「私達も、サヤの母に会えればよいのだがな……」

「母親ってアレだろ? あの白髪の……」

「ああ、よく似ていたな」

「サヤをまんま、大人にした感じだったよな。色が違うだけで……」


 白髪に紅い瞳の女性を思い浮かべる2人。

 けれどその中でリジャイだけは、黙って話を聞いていた。

 彼には分っていたのだ。

 早夜にとっての母親は、もう一人の女性だという事を……。

 映像を見ただけの彼らと違って、此方は深く意識が繋がっていた為、彼女の思考も捉えていた。

 拒絶されてからは、全く感じなくなってしまったが……。

 リジャイは早夜の顔を見つめる。

 夢の中の彼女は、白髪の女性を見て確かに思っていた。

 この人物が自分の本当の母親なのではと。

 その際、感じ取った彼女の感情は、驚き、喜び、そして悲しみと寂しさ。

 早夜の額に置いた手で、クシャリと頭を撫でてやる。

 彼女に施す術は、実はもう既に終わっていた。

 しかし、離れがたく、この手を離す事ができない。

 術の反動か何なのか、感情を押さえきれない。

 握っている彼女の手を、そっと口元まで運び、その甲に口付けた。

 そのままチラッとリカルド達を見ると、彼らはまだ早夜の記憶の映像についての話で忙しそうだ。此方の動向には一切気を止めていない。

(さて、いつ気付くかな……?)

 ニヤリと口角を上げる。

 彼はそのまま頭を下げ、リカルド達が見ていないのをいい事に、彼女の唇に自分の唇を押し付けていた。

 最初は感触を楽しむように、そして徐々に深くしてゆく。




「あの服装からいって、結構身分は高くないか?」

「そうだよな、あれは多分父親なんだろうけど……何か、偉そうな雰囲気だったよな……」


 リカルドがそう言って、何気無く視線を移したその時、信じられないものを見た。

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 しかし、徐々に理解していくと共に、頭に血が上ってゆくのを感じる。


「……? リカルド?」


 突然黙り込んだリカルドに訝しんだシェルだったが、その視線を追った事で彼もまた目を見張った。


「なっ!? 何を――」


 シェルが怒鳴りそうになった。しかし、それは阻まれてしまった。

 リカルドが猛然とリジャイに向かっていったからだ。

 そして、そのままリジャイの肩を掴むと、強引に早夜から引き剥がす。

 大して抵抗もしなかった為、その場に尻餅をついたリジャイ。リカルドを見上げるとニッと笑った。


「あはは、やっと気付いた。あんまり遅いから、舌まで入れちゃったよ」


 ブチッと何かが切れるのを感じたリカルドは、リジャイの胸倉を掴むとその頬に拳を振るっていた。


「っつ――! うぅー、いったー……」

「これで済むとは、思ってねーよな……」

「自業自得だな……」


 低く唸るようなリカルドの声。その目は何処までも冷たく、殺気を含んだものだった。

 シェルもまた同様にリジャイを冷たく見やって、懐からハンカチを取り出すと早夜の口を丁寧に拭いてやる。

(自分もしておいて何だが、他の奴がするのを見て、こんなにも腹立たしいとは……)

 思わず手に力が入ってしまい、口を拭われている早夜が「うぅーん……」と唸った。

 ハッとして手を離すと溜息を付き、彼女の顔を覗き込む。

 眉根を寄せてはいたが、起きる様子は無く、また安らかな寝息を立て始める。

 そんな無邪気な寝顔を見て、この騒動の中でも起きないこの眠り姫に、何だか少々憎らしくも思えてくるシェル。


「あはは、寝顔があんまり可愛いからついー」

「つい、じゃねえ! てめぇ、俺の目の前で3回も――」

「目の前じゃなかったらいいの?」

「いい訳ねーだろっ!」


 リカルドは、拳を震わせ怒鳴る。

 つい数時間前なのだ。

 リカルドが自分は早夜を好きだと気付いたのが。

 最初は戸惑ったが、その気持ちは驚くほど暖かく、そして穏やかな気持ちになれたというのに……。

(全部こいつのせいだ……)

 倒れそうになる早夜をこの男が抱きとめた時も。

 この男の言葉で早夜が穏やかな表情になった時も。

 目覚めた早夜がこの男に微笑みかけ頭を撫でた時も。

 そして、今のキス――……。

 胸の奥で、ドロドロとしたものが溢れ出してくる。

 恋する上で不可欠なこの感情……そう、これが嫉妬なのだと確信する。

(サヤもサヤだ、こいつの前ではもっと警戒持てよっ!)

 苛立ちからか寝ている早夜に対して、そんな無茶な事を思うリカルドであった。


「あー、そんな怖い顔しないでさー。まぁ、熱に浮かされてやったんだと、多めに見てくんない?」

「あぁ? 何でお前の方が、熱に浮かされんだよ!」


 胸倉を掴んで、グイッと締め上げる。


「ううっ、くるしっ……。熱をきれいさっぱり取り除いた後、その熱は一体何処に行くんだと思う?」

「は? お前、治したんじゃねーのかよ!?」

「熱は治せないよー。傷だったら、その人の治癒力を高めてあげればいいんだけど、熱って体の中の悪いものを出そうとする一種の治癒力だから、それに掛ける治癒魔法は無いんだよねー」


 訳が分らずリカルドは眉を顰める。

 しかし、察しのついたシェルが代わりに尋ねた。


「ではお前は、それをそのまま自分に移したと言いたいのか?」

「そう、そのとーり」


 へらりと笑うリジャイを見て、リカルドは手を離した。

 解放された彼は、少々咳き込みながらゆっくりと立ち上がり、ダルそうに近くの壁に寄り掛かった。

 そしてチラリと早夜を見やる。


「もー早夜ってば、我慢強すぎだって、この熱けっこーきつい――……」


 そんな彼は呼吸も荒くなって本当に辛そうである。そして呆然としているリカルドを見た。


「どうしたの? もう殴る気失せた?」


 リジャイの言葉にリカルドは、悔しそうに歯軋りをした後、横を向いてしまう。

 苦笑したリジャイは、今度はシェルに視線を向けた。


「じゃあ僕、本当にきついから、帰って寝るね? 後の事はよろしく。あ、ぶり返さない様に、早夜にはちゃんと休ませたげてね。それと――……」


 リジャイは人差し指を口に当る。


「早夜には内緒で……」


 そして魔法陣を出現させると、そのままこの場を去っていった。

 リカルドはリジャイの去った場所を睨みながら悔しげに呟く。


「何かすっげー負けた気分……」


 そんな弟を呆れた顔で見つめ、シェルは言った。


「何が負けただ。あいつが何をしたにしろ、サヤに口付けた理由にはならないだろう? もう一発くらい殴ってやればよかったんだ……。と言うか殴れ、あばらの2、3本は折ってやれ――……」


 シェルの言葉は何処までも低く、その目は据わっていた。

 その様子に、思わず数歩後退ってしまうリカルド。


「な、何か怒ってねーか? シェル兄貴……」


 いつもは冷静なシェルから、常にはない何やらドス黒いものを感じ、リカルドは冷や汗を垂らす。


「ははは、何がだ? リカルド」


 にっこりと笑うシェル。しかし、その目はちっとも笑ってはいない。

(こ、こえーって兄貴……。怒ってる……これってぜってー怒ってるって!)

 そう、心の中で叫ぶリカルドであった。




 △▼△▼△▼




 〜日本・一時帰宅その後 其の十〜


「はーなちゃん♪」


 マリアが翔太郎を連れ立ってニコニコと花ちゃんを見ている。

 その横には、やはり此方もニコニコ顔の蓮実と茜夫妻が居た。


「何デツカ?」


 小首を傾げて花ちゃんが訊くと、翔太郎が花ちゃんの前にドデンと何か袋を置いた。


「これはねー、この前CMで流れてた肥料だよー! 私と翔さんからのプレゼント!」


 そう言われて見てみれば、確かにあのテレビで見た肥料であった。


「ヒャ〜〜! スゴイノデツ!」


 両手をホッペに当て、目を輝かせる花ちゃん。


「そして、これは私達から」


 今度は茜と蓮実の夫婦。彼等も何やら花ちゃんの前に置いた。

 それは『花ちゃん専用!』と書かれた鉢。

 丁度、花ちゃんがすっぽり入れる位の大きさであった。

 早速、その中に肥料を入れると「どうぞ♪」と言って、花ちゃんに差し出す。


「キャ〜〜!! 素敵ナノデツ! デハ、オ言葉ニ甘エルノデツ!」


 そうして「よいしょ、よいしょ」と言って、鉢をよじ登って跨ぎ、そしてお尻をクイックイッと振ると、半身を(うず)めた。

 暫しじっとしていたかと思うとブルッと震え、花ちゃんは頬を染めなかまらうっとりとした顔で鉢の縁に顎を乗せる。


「フィ〜、極楽、極楽、ナノデツ〜」

「ほ、本当に、お風呂感覚なんだっ!」


 皆、笑いを堪えるのに必死であった。





 =今回の内容=

 リジャイ、彼がキスをしたのは、離れがたい事も理由の一つですが、熱で起き上がれなかったせいもあります。彼らに見せつけて、無理やり離して貰おうという訳です。

 だったら他にも方法はあったんじゃね?という人もありましょうが、そこはリジャイですから。彼って他人を怒らす事が趣味みたいなもんですからね……。


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