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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第四章》
41/107

9.月夜の晩に・前編

(まったく兄上にも困ったものだ……)

 心の中でそう愚痴るシェル。

 彼は今、魔道の明かりと、月の明かりとが交差する廊下を歩いていた。月の明かりの方が強い為、廊下にその明かりが映し出されている。


 兄はどうやら、自分と早夜をくっつけたがっているらしい。


 十ほども違う小娘相手に、と鼻で笑うが、嫌ではない自分がいる事に気付き戸惑う。

(まさか自分が、あんな子供に惹かれていると?)

 バカバカしいと首を振る。が、視界の端に映る影にその動作を止めた。

 ふと心がざわめき、シェルはその影に意識を向ける。

 下町の娘の格好をした早夜の姿がそこにあった。

 少女は窓から外を眺めている。小柄な身体故幼く思えるが、今、月に映し出されるその横顔は、冷え冷えとする青白い光に照らされ何処か大人びて見えた。しかも今着ている服は、大きく背中が開いている事もあり、色気さえも兼ね備えている。


 暫しそれに魅入られていたシェルは、ふと我に返りクスリと笑う。

 月の光は女を美しく魅せ、月の魔力は男を狂わせると言う。

 果たして、この心の内に燻ぶるこれは月のせいかそれとも……。

 ならば確かめてみようと彼は思った。


 まだ此方に気付いていない早夜に、シェルはそっと近づくと、その背後に立ってその前にある窓枠に手を掛けた。そうすると丁度、その華奢な身体を両腕の間に閉じ込めた形になる。

 早夜はいきなり背後に感じた熱と、視界に入った手に驚き振り返った。


「シェ、シェルさん!?」


 予想通り驚き目を見開く少女。彼女の漆黒の髪と瞳は、月の光で青く煌めく。無垢だが妖しいその煌めきに一瞬心を奪われそうになるが、そんな事はおくびにも出さずに、シェルは少し意地悪そうに笑ってみせた。


「どうしたんだ? その格好は……てっきり男の格好をしているものと思っていたんだがな」


 非常に残念だと早夜の耳元で囁く。その際、唇が僅かに耳を掠め、早夜の細い肩が小さく震えた。

 その反応に、もし此処でこの耳殻を甘噛みしたらどうなるのだろうという考えが頭をよぎったが、今それを実行する事はなかった。

 今はこの他愛ない言葉の応酬を楽しもうと思ったのだ。


「なっ! そ、そういえばっ、シェルさん何で、リカルドさんにあの事言ったんですかっ!?」


 あの事とは、腰を抜かした事だと分ったが、シェルはしれっとした顔で逆に「あの事とは何の事だ?」と聞き返す。

 それに早夜は、羞恥と怒りで耳まで真っ赤にすると、今にも消え入りそうな声で答えた。


「こっ、腰を抜かした事です……」

「事実だろう?」


 シェルはフッと笑ってそう言った。そして早夜の姿を再び見下ろす。

 月明かりで更に輝くような白い肌は、先程の羞恥と怒りによってほんのりと染まっていた。


「それにしてもこの服……。リカルドに贈られたのか? あいつも男だな、なかなかそそられる……」

「ひゃぅ!?」


 いきなり剥き出しの肌の部分に指を這わされ、可愛らしい悲鳴を上げる早夜。シェルはそれをさも面白そうに眺める。


「も、もう! いきなり何するんですか!?」


 怒鳴りながら振り返る早夜は、鳥肌が立ったのか、涙目になりながら自分の肩を抱いている。

 シェルはとうとう堪えきれずに笑った。

 からかわれたと思った早夜はぷくりと頬を膨らます。幼いその仕草は、更にシェルの笑いを深くする。


「そんな風に人をからかっちゃ駄目です! もしかして、他の人にもしてるんですか? いつか皆に嫌われちゃっても知りませんからね!」


 そんな風に注意してくる早夜に、笑いは治まったが口元に名残を残したままシェルはこう言った。


「他の者にこんな事する訳が無いだろう? 私の本性も秘密も、知ってるのはお前だけなんだから……」


 何処か真剣さを帯びたシェルの言葉に、動揺した早夜は慌てて前に向き直った。


「わっ、私、これからミヒャエルさんの所に行かなければならないので、放して――」

「それなら明日に延期だそうだ」


 最後まで言葉を言わされずに被せられたその内容に、早夜は「えっ?」と声を上げてしまう。

 そして、その肩は見るからに下がり、気落ちしていることは一目瞭然である。

 早夜としては夕食の事もあるが、何より今の状況を打破する口実が無くなってしまった事に気落ちしているのだが、シェルはそれに気付いているのかいないのか、理由を述べた。


「今兄上は父上と大事な話をしている最中だ。長引きそうだから、明日に延期すると言伝された。

 ついでに言えば、その食事の席には私も同席する事になっている」

「ああ、食事は大勢の方が、楽しいですもんね」


 無邪気にそう返す少女に、何も分かってないなと、シェルは苦笑する。


「そんな風に笑ってていいのか? どうやら兄上は、私とお前をくっ付けたがっているらしいぞ?」


 早夜は暫し沈黙した後、「えぇっ!?」と叫び、戸惑いの色を見せる。


「なっ、何故そんな事にっ!?」

「さぁ? 今朝の事で、何か思う所があったらしいな……。まったく……私のも選ぶ権利があると思わないか?」


 溜息混じりにそんな事を言われ、早夜は思わずムッとしてしまった。泣けなしのプライドを傷つけられたようだ。


「う〜〜、どーゆー事ですか? それ……」

「何だ、不服そうだな。そんなに私とくっ付きたいのか? それとも、今朝のキスがそんなに良かったか……?」

「んなっ!! ち、違いますっ!! そんな事思っていません!」


 必死に否定する早夜に、ますます笑みを深くしてゆくシェル。


「わかっているさ。第一、お前と私は年齢が十ほども違うのだぞ? そんな子供のお前に私の相手が務まるとでも?」


 そして身を屈めると、「因みに……」とシェルは早夜に囁きかける。


「夜の私は激しいそうだ。そんな私にお前はついて来られるのか……?」


 また唇が触れる程に近付かれ、早夜は擽ったそうにするが、シェルの言葉に首を傾げた。


「……? 激しいって……何がですか?」


 本気で訳の分らない様子の早夜を、まじまじと見下ろす。次の瞬間にはシェルは声を上げて笑い出した。


「はははっ! 本当に子供なんだな、お前は……。いや、すまなかった、色々と……本当に――……」


 そこで言葉を区切らせると、堪え切れないかのように、また笑い出す。途中、笑い過ぎて噎せる程だった。

 流石に恥ずかしくなってくる早夜。


「な、何がそんなに可笑しいんですか!? 私、何か変な事言いましたか?」


 そんな早夜を見てシェルは思う。

(そんな子供相手に、俺は何をしてるんだか……)

 自分自身が滑稽で仕方がない。

 漸く笑いを収め長い溜息を吐くと、困った顔をしている早夜を見た。


「いや、すまなかったな。お前は別に、変な事は言っていないさ……寧ろ変な事を言ったのは私の方だ……」

「え?」


 困惑気味に首を傾げる早夜。


「いいや、こっちの事だ」


 そんな風に答える彼の眼差しは、何処か憧れのものを見るように細められた。

(いや、子供……と言うのではないかも知れないな……。純粋なのか? 何ものにも汚れていない……。どう見てもサヤ。お前の方が純粋で、傷付き易くて、キレイだろう?)

 そう指摘してやりたかったが、恐らく否定するだろう。自分が感じたものだ。否定などされたくない。

 そう考え、シェルは今朝の早夜の言葉を思い出す。

(ならば俺も、自分の中だけでそう思う事にしよう……)

 シェルは早夜に気付かれぬ程のさり気なさで、そっと彼女の旋毛つむじに口付けをする。


 早夜はふと髪に感じた違和感に振り返るも、その時にはシェルは身を離し隣に立って素知らぬ顔をしていた。


「そう言えば……サヤはさっき、何を見ていたんだ?」


 窓の外を眺めながら、シェルは尋ねた。

 ちょっとの間、早夜は隣に立つ彼を不思議そうに見上げていたが、同じように窓の外を眺めると言った。


「月です……」

「月?」


 言われてシェルも月を見上げる。彼にはいつもと変わらぬ月がそこにあった。

 だが、早夜には違った。


「この世界の月は、とても近いんですね。此方に来て、初めて見た時は驚きました」


 此方の月はとても大きく見える。月面の凸凹としたクレーターが肉眼ではっきりと見える程に。

 だから明るさも全然違ったりする。大きい分断然明るい。

 それを聞いて、シェルは少し怪訝そうにする。


「リュウキの夢で見なかったのか?」

「此方と彼方では、どうやら昼と夜とが反転しているようで……。だから、此方で日が暮れる頃には、私は彼方で目を覚ましてしまうんです」

「……では、星見の塔とかは、見た事が無いのだな……」


 早夜の言葉で納得したのか、シェルがそう呟く。すると早夜は顔を紅潮させ振り向いた。


「ああっ、そうでしたっ! そういえば、そんな塔がありましたよね! やっぱり、夜になると全然違うんですよね!!」

「ああ、何せ星見と言う位だから、夜でなければ意味を成さない塔だな……。

 良ければ連れて行こうか?」


 彼女のその興奮ぶりに苦笑するシェルが、何とは無しに言ってみた言葉だった。

 だが、彼女の予想以上の反応にシェルは吃驚してしまう。


「うわぁ! 本当ですか? 凄く見たいですっ!!」


(これで、祭りの事を言ったらどうなるんだ?)

 そう思って試しに言ってみた。


「因みに今度、星見祭も行われるぞ?」


 するとまた早夜は、予想外な反応をする。ハシッとシェルの腕を掴んだのだ。


「ほ、本当ですかぁ!?」


 彼女の驚きの表情は、次第に綻び解ける様に笑顔に変わってゆく。


「うわぁ……どうしよう、すっごく嬉しい……。ずっと、どんなだろうって思ってたんです……」


 余程嬉しかったのか、その目には涙まで浮かんでいた。

 シェルは困ったように笑って、その涙を拭ってやる。


「………?」


 だがその時、シェルは早夜の異常に気付いた。指先に感じる彼女の頬が異様に熱いのだ。

(興奮しているにしても、これは熱すぎないか?)

 そう思ってそのまま頬に手を添えてみる。

 やはり熱い。


「……シェルさん?」


 戸惑う早夜にシェルは言った。


「サヤ、お前顔が熱いぞ? 熱があるんじゃないのか?」

「ふぇ? あー……そう言えば、何か頭がボーとします……。あはは、シェルさんの手、冷たくて気持ち良いですね」


 何処か舌っ足らずでへラッと笑う早夜に、シェルは眉を顰める。

 そして、もう一度確かめる為、身を屈め彼女の額に自分の額を押し付けた。


「やっぱり熱が――」

「何してんだよ……」


 熱があると続けて言おうとした時、何者かの声に遮られた。

 振り返ってみれば、険しい顔で此方を見ているリカルドが立っていた。


「リカルド?」

「? リカルドさん?」


 シェルの呟きに早夜も振り返って、彼の姿を確認する。


「何でここに?」


 だってさっき別れたばかりなのに、と早夜は呟いた。




 今日一日早夜を連れ出したリカルドは、城に帰った後、今夜はずっとミヒャエルは忙しいという話を聞いた。確か早夜は会う予定ではなかったかと思い至って、その事を伝えようと戻って来た次第だ。

 そうして見てしまった光景、顔を寄せ合う早夜とシェルの姿……。

 リカルドから見れば、それは口付けを交わしているようにしか見えなかった訳で、言うなれば勘違いに他ならないのだがそれをリカルドがそれに気付く事はない。

 勘違いしたままの彼は、カァッと頭に血が上るのを感じ、感情の赴くままシェルに詰め寄った。


「サヤに何してんだよっ!!」


 そう叫びながらシェルの胸倉を掴み、早夜から引き離したのだが、その拍子に早夜が突き飛ばされる形になった。


「キャアッ!」


 元々熱のせいで足元がおぼつか無くなってきた所に、そのように突き飛ばされ、成す術なくそのまま倒れそうになった。

 それに気付いたシェルとリカルドは同時に早夜の名を呼んだ。


『サヤ!?』


 ああ倒れるな、と早夜が思い、衝撃を覚悟した途端、フワリと誰かに抱き留められた。


「大丈夫? 早夜」


 頭上から聞こえる声に見上げると、そこには心配そうに自分を見下ろすリジャイの顔があった。


「あ、リジャイさん……ありがとうございます……」


 熱っぽく、ぼんやりとした顔で早夜はお礼を言った。

 そんな早夜にリジャイはクスリと笑う。


「イエイエ、それにしても昼間と違って可愛い格好してるねぇ。まぁ、何着ても早夜は可愛いだろうけど」


 それからリカルド達の方を冷たい目線で見やった。


「まったく……女の子になんて事するんだろうね君達は……。もう少し注意するべきだ」


 全体的に得体の知れないリジャイにそんな事を言われ、腹が立つと同時に自己嫌悪に陥り酷く落ち込んだ。


「わ、悪い、サヤ……」


 リカルドはそう言って、シェルから手を離す。

 シェルは乱れた所を直しながら、一度心配そうに早夜を見てからリカルドに言った。


「リカルド……お前誤解しているようだから言っておくが、私はサヤの熱を測っていただけだ。彼女には今、熱がある」

「えっ!?」


 驚いて早夜を見る。

 確かに彼女の顔は、シェルの言った通り熱があるようで、肌は上気した様に赤く、瞳は潤んで光が揺らめいている。


「うん、確かに熱があるね。脈も速いし……」


 リジャイが早夜の首筋に手を置き脈を測っている。

 それを見て、リカルドは漸く己の勘違いに気付いたようだ。


「わ、悪かったサヤ! 本当にごめん! 兄貴もごめん!」


 シェルはそんなリカルドに苦笑すると、その肩に手を置いた。


「もう気にするな、リカルド。私は気にしていない」

「私も、全然気にしていません、よ……」


 早夜もそう安心させるように言ったが、流石に立っているのが辛そうでふらふらと頭を揺らしていた。


「早夜? 辛かったら、このまま僕に寄りかかって良いからね。ちゃんと支えてあげるから」


 今だ早夜を抱き留めたままのリジャイに、リカルドは今すぐ引き剥がしたい衝動に駆られるが、何とか思いとどまる。

(サヤがこんなじゃなかったら、ぜったい、ぶっ飛ばしてやるのに……)


「でも――……」


 自分を覗き込みながら、心配げなリジャイ。早夜は彼に何事か言いかけようとするも、彼自身に遮られてしまう。


「君はもっと、人に頼って良いんだよ? 我慢なんかしなくていい……君はもう、一人じゃないんだから」


 リジャイのその言葉を聞いて、早夜は肩の力が抜けるのを感じた。

 一人じゃないと言われて、日本での事を思い出す。あちらに居る時は、熱が出ても我慢しなくてはならなかった。仕事で忙しい母の為、その手を煩わせたくは無かったから。でも今は――……。

 リカルドとシェルの方を見てみる。二人とも心配そうに、此方を見ていた。

 早夜は何処か安心したように微笑むと、そのまま引き摺られるように意識を手放した。


『サヤッ!?』


 崩れ落ちる早夜を見て、シェルとリカルドは同時に声を上げる。

 リジャイは大事そうに早夜を抱え上げると、首を傾けながらシェルとリカルドに言った。


「さて、早夜の部屋は何処? ちゃんとベッドに寝かせてあげないとね?」




 早夜を部屋まで運び、ベッドに寝かせる。

 シェルが医者を呼ぼうとするのをリジャイが止めた。


「医者は呼ばなくても大丈夫。僕が治してあげられるから」

「できるのか?」


 シェルが目を見張ると、彼は頷いた。


「うん、できるよ。でもさ、その前に君達、早夜の過去に興味は無い?」


 リジャイはニヤリと笑う。


「どう言う事だ?」


 目を眇めながら、胡乱げにシェルが尋ねる。

 そんな中リカルドはハッと思い出した。


「もしかして、家族と別れる切っ掛けになった過去か!?」


 昼間の光景が頭に浮かぶ。リジャイに取り縋って泣いていた姿。

 できる事なら会わせてやりたいと思った。


「うん、そのとーり。彼女の記憶を探ろうと思うんだ。熱で無防備になってる今がチャンスなんだよね。

 普通の状態だとまず抵抗されて、探る事はできなくなっちゃうから……特に早夜の場合、あの力があるからね」

「……サヤに危険は無いのか?」


 シェルが慎重にそう訊ねると、リジャイは頷いて見せた。


「無いよ。多分早夜にとっては、夢を見ているようなものだからね」


 そしてシェル達を見据えると、「どうする?」と言って、首を傾けた。




 今、シェルとリカルドはベッドの両サイドに座り、早夜の手を握り締めている。その手には、リジャイが施した呪印が施してあった。そうする事で意識が繋がるらしい。

 リジャイはというと、早夜の枕元に座り込み、その顔を覗き込んでいる。

 彼女の顔は上気し、息も荒く辛そうだ。


「できる事なら、今すぐ取り除いてあげたいけど……もう少し我慢してね……」


 リジャイは汗に濡れる早夜の頬を優しく撫でると、額の目を見開かせ、それを早夜の額に近づける。

 すると、その間にポゥッと青白く光る小さな魔法陣が出現し、その魔法陣を通して光の道が出来た。

 リジャイはチラとシェル達に視線を送る。

 リジャイの「用意はいい?」という言葉に、2人が頷いたのを確認すると、早夜に語りかけ始めた。


「早夜……君がリュウキと別れてしまう前の記憶を見せて欲しい……。君の家族がばらばらになってしまう切っ掛けとなった記憶……例え、君が赤ん坊だったとしても、それは消える事無く、君の中に在る筈だ……」




 …………。

 ……。

 遠く、リジャイさんの声が聞こえた……。

 私の意識は、深く、遠く、沈んでゆく……。

 それはまるで揺りかごに揺られている様で、私はまどろみの中をゆらゆらと揺れている……。


 目を開けると、世界はキラキラと輝いていた。

 それが嬉しくて、私は手を伸ばす。その手は、とてもとても小さくて……。

 ふと影が差す。


 ――お母さん!?――


 目の前には母が居た。

 でも、私の知っている母よりもずっと若かった。

 母は私を見て嬉しそうに微笑む。

 その時、もう一つ影が視界に入り込んだ。

 母はその人物を見ると、恭しく頭を垂れる。

 その人物は白髪の女性。しかもその目は血の様に紅い。

 母やその女性の着る服は、共に昔の日本と昔の中国を合わせたような着物であった。

 そして女性の着ている物の方がより高貴そうに見える。

 私が手を伸ばすと、その女性は人差し指を握らせてくれた。そして、私を愛しげに見つめると母に何事か言う。 すると母は、私を抱き上げ、そのまま何処かへと私を連れて行くようだった。母に抱かれ、その心臓の音を聞きながら、揺られる心地よさに、ついウトウトとしてしまう。

 そうしている間も、世界はキラキラとして、まるで私を祝福しているみたいだった。


 次に目を覚ますと、黒髪の男性が私を抱いていた。

 何処と無く、リュウキさんに似ていなくも無い……。

 現在のリュウキさんよりも年上で、そして何処か威厳に満ちている。

 その人は私と目が合うと、嬉しそうに笑った。

 私はもっと笑って欲しくて、その顔に手を伸ばす。

 だが、その手は横から伸びてきた幼い手によって掴まれてしまった。

 肩まで伸ばした黒い髪の少年が、私を覗き込んでいた。私には、それが幼い頃のリュウキさんだと分る。

 リュウキさんは、顔を輝かせて私を見ている。そして、目の前の男性に何か言うと、私の頬にキスをした。

 それがくすぐったくて、嬉しくて、私は声をあげて笑った。

 幼いリュウキさんも、目の前の男性も、それを見て嬉しそうに笑う。

 とても温かくて、優しくて、居心地の良い場所。

 そう、私はこの人たちが、大好きだった……。


 次に目を覚ますと、私は一人で揺りかごの中に居た。

 世界は相変わらずキラキラとしていたけど、私は何だかつまらなくて、何かを求めるように手を伸ばす。

 その時、誰かが私に語りかけた。その人物は、私を覗き込み、それと同時に揺りかごがゆっくりと動き出す。その人物が揺らしてくれたみたいだ。

 その人物は、左右のこめかみの部分が白髪の少年だった。青白い顔で、寂しそうに、でも優しく微笑んでいる。

 私には、その少年に何か黒い靄のような物が纏わり付いている様に見えた。

 私はそれを振り払いたくて、必死に手を伸ばす。彼はそれに気付き、その手を取ろうとしてくれた。

 でも次の瞬間、驚いた顔をして、その手をすぐさま引っ込めてしまった。

 私はむずがるように声をあげる。

 彼にどうしても触れたかった。いや、触れなくてはならなかった……。


 しかしその時、彼の肩に手が掛かる。死人のように、白く細い手だった。

 目の前の少年は、その手の主を振り返ると、そのまま、私の元から離れてしまう。


 ――行かないで――


 そう叫ぶように私は、声を張り上げて泣く。手もめいっぱいに伸ばすが、彼が戻ってくる様子は無く、その代わりに、その白い手の人物がここに残った。

 さっきまでキラキラとしていた世界は、その人物から滲み出す禍々しいものによって、淀んだ空気へと変わった。

 その人物は私を見下ろしてくる。

 仮面を付け、くすんだ鉛色の髪。やはり手と同様その肌の色は白であった。

 そして、その人物は手を伸ばす。その手から禍々しいものは滲み出させたままで……。

 目の前を覆うように、私の前に広がるその人物の手、その隙間からは、引きつるように笑う口が見えた――。



 ――いやだっ!!――



 体の奥底から恐怖が湧き出し、私はその記憶を拒絶する。

 すると、バチンとまるでブレーカーが落ちたような音と共に、世界が暗転した。

 そして聞こえる子供の泣き声……。

 それは、とても心細そうで、私は思わず駆け寄って抱き締めたくなった。




 △▼△▼△▼




 〜日本・一時帰宅その後 其の九〜


「翔タン、マリアタン、実ハ2人二見テ欲シイモノガアルノデツ!」 


 ソファーに座る翔太郎とマリアを前に、テーブルの上にちょこんと正座する花ちゃん。


「どうしたの、花ちゃん? 改まっちゃって」


 マリアがそう言うと、花ちゃんはスクッと立ち上がり、グッとちっちゃな拳を作る。


「コノ前見タ、ロボットダンスヲ元ニ、ロボットノ舞ヲアミ出シマツタ! 翔タントマリアタンニハ、ソレヲ見テ欲シイノデツ!」


 すると、マリアが手を叩き言った。


「うわぁ、本当? すっごい楽しみー! ねぇ、翔さん?」

「んっ!」


 こっくりと力強く頷く翔太郎。

 それを確認した花ちゃんは、「デハ、踊ルノデツ!」と意気込むと後ろを向いた。

 どうやら、後ろ向きの姿勢から、その踊りは始まるようだった。

 そして始まる、ロボットの舞なるもの……。


 花ちゃんはまず、後ろ向きから見事なムーンウォークをし、途中、ブレイクダンスも取り入れ、最後はロボットダンスでシメた。

 そして始終、何故か無表情で、時折見せる決めのポーズの時だけ、「ゥアイッ!」という掛け声と共に、クワッと目を見開き、何とも微妙でくどい顔になっていた。


「うわー! すごいねー花ちゃん。プロ顔負けだねー」


 花ちゃんの踊りが終わり、拍手をするマリア。


「ねぇー、翔さんもそう思うよね!」


 マリアが翔太郎に同意を求め振り返ると、彼は何故か横を向いていた。


「翔さん……?」


 マリアが不思議そうに声を掛ける中、翔太郎の肩が震えだす。

 その震えにやがて笑い声も交じり、そしてとうとう彼は大声で笑い出したのだ。


「しょ、翔さん!?」


 流石のマリアも、それには驚きの色を隠せない。


「何だ、何だ?」


 翔太郎の声を聞きつけた他の面々も、彼の馬鹿笑いに、唖然とする。


「ウーン、翔タンガ笑ッテシマイマツタ……。マダマダ修行ガ足リナイノデツ!」


 花ちゃんはそう言うのだが、翔太郎が笑ったのは、花ちゃんが決め技の時に見せる、決め声と決め顔のせいなのだが、その事を花ちゃんは知る由も無い。

 それ以外であったのなら、花ちゃんの踊りはそう、マリアの言っていた通り、プロ顔負け、完璧なものであったのだが……。

 しかし、今の所それを教えてくれる者は暫く復活できそうもない。

 それまで花ちゃんは一人、ロボットの舞の練習に勤しむのだった。





 =今回の事=

 早夜、熱出しちゃいましたねー。まぁ、短い期間に、あれほどの事があったんだから、仕方ありません。

 それに、シェル……なんかエロい……。(でも、書いてて凄く、楽しかった……はっ、私って変態?) 後、三人揃いましたね……亮太君抜け駆けされまくりです。

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