4.裏路地
「あれ? リカルドさん、そっちは違うんじゃ……」
リカルドと共に城を出た早夜。
しかし、中央広場の方に行くのだとばかり思っていたのだが、向かうは全く別の方向であったのだ。
夢の記憶が確かならば、中央広場には転送装置が設けられ、そこから町の至る所に行く事が出来る筈。なので別の方向へと向かうリカルドに戸惑う。
「やっぱり知ってるんだな。
夢って言ってたけど、それってリュウキが見てきたもんなんだろ? それじゃいつもの道行っても面白くねーじゃねーか。
だったら、リュウキも知らない、俺だけが知ってる秘密の場所に連れてってやるよ!」
白い歯を見せ快活に笑う彼は、裏通りの方へずんずんと歩いて行く。
正直いつもの道でも早夜にとっては、夢で見るのと実際体験するのでは大分違うのだから、楽しむというのなら別にどちらでも構わなかった。でも、少しでも楽しんで貰おうとする彼のその心遣いが嬉しく、そして胸が温かくなる。なので、何の疑いもなく素直に彼の後をついて行った、のだが……。
表通りとは違い、そこは薄暗く、怪しい雰囲気のお店が立ち並ぶ通りだった。
そして、店の前には露出度の高い服を着た女性や目つきの悪い男性等が、客引きをしていた。
(こ、これは、いわゆる、歓楽街と呼ばれる場所なんじゃ……)
まさかここが目的地なのかとドキマギしていたのだが、リカルドはそれらを無視して、更に細い裏路地へと入っていってしまう。
「あ、待ってください!」
辺りを見回していた早夜は慌てて彼の後を追う。
その裏路地は幾つもの道が交差しており、まるで迷路だった。
こんな所を迷ったら、絶対に抜け出す自信がない。
逸れない様にリカルドの後を必死でついて行くのだが、歩幅の違いでどんどん引き離される。
「リ、リカ、ルドさんっ、歩く、の早い、ですっ! も、もう、少しだけ、ゆっくり、歩い、てくれま、せんかっ?」
先程からずっと小走りで、息も絶え絶え言葉も途切れ途切れな早夜。
そして、漸くその言葉に振り返ったリカルドは、大分距離が離れている事に気付き、驚いて立ち止まってくれた。
「わ、わりー……大丈夫か?」
気付かなかった自分に恥じ、早夜を気遣うリカルド。
(そういや、女って歩くのおせーんだったな……)
息を弾ませ此方に走ってくる早夜を見て、今更ながら気付く。
一国の王子として、社交やマナーとして学んだ事はあるがスマートに出来た試しがなく、今回は気が逸ってすっかりそういった事が抜け落ちてしまっていた。
悔やむ彼であったが、当の早夜は息を整えると笑った。
「大丈夫です。それにしてもこんな入り組んだ所、よく迷わずに行けますね。リカルドさん凄いです!」
素直に称賛の言葉を投げ掛ける早夜に、リカルドは驚いた。だが次の瞬間には胸を張って笑っていた。
「まぁな! ガキの頃からよく来てるし、ここはもう俺の庭みたいなもんだからな!」
得意そうにする様子が、まるで子供の様で早夜は笑った。そしてチラと思い出す。
(そうだった。そう言えばリカルドさんって、褒めると直ぐに調子に乗るんだった)
夢の中でもよく、その事でリュウキに注意されていたのだ。
そういった事を振り返っていた早夜の耳に、聞き慣れない声が届いた。
「何言ってんだか。そのガキの頃はよく迷ってベソ掻いてたくせに。んで、その度にガマじぃに連れて来てもらってたよなぁ……」
突然湧いた声に驚きリカルドと二人そちらを見てみれば、そこにはニット帽を被った男性が立っていた。
どうやらリカルドの知己であるらしい。
よく見れば、彼の顔には火傷の跡があった。
それは左の目元から頭の方へと続き、首の後ろの方にもある事から、その帽子の下にも広い範囲でその傷跡が広がっていると思われる。
「ゲッ! マシューじゃねーか! 何時からそこにっていうか、バラすなっ!」
どうやら彼は、マシューという名前らしい。
リカルドは苦い顔をしている。それは知人に不味い所を見られたという思いと、早夜に恥ずかしい過去を知られたという気まずさ故である。
「いやさぁ、買い物帰りに声がすると思って見てみれば、見覚えある金髪だろ? そんで、このチビこいのがお前を褒めて、お前がえらそーに踏ん反り返ってる所に、丁度出てきたんだよな、俺は……」
(チ、チビこい……確かにこの人の胸ぐらいしか身長ないけど……)
少々その呼び方にショックを受ける早夜。身長の事はコンプレックスの一つなのだ。
「んで、誰? このチビこいの」
早夜を見て、面白そうに尋ねてくるマシューに対し、リカルドは一瞬早夜を見た後、言葉を濁しながらしどろもどろに答える。
「ああー、えぇーとだなー……。こいつはサヤと言ってー……リュウキの……弟だっ!」
思わずバッとリカルドを見る早夜。
リカルドはというと、汗を垂らし此方を見ようとしない。
「へぇー、リュウキ様の? そー言われて見れば、似てなくも無いよーな……でも、リュウキ様は異界人、幸福の遣いだろ?
弟も一緒に来たなんて……ハッ! まさか、この前のあの馬鹿でかい魔力! あん時かっ!?」
「そう、あれ、サヤの暴走だから」
「暴走って……城からは、新しい魔法の研究の為とか言ってたが……」
「違う違う。そっか、そーゆー事になってたんだな……。
あん時、俺らはリュウキを探す為に探索魔法と、ついでに召還も行ったんだが、代わりに呼び出されたのが、こいつ。んで、そのまま暴走……」
マシューは、まじまじと早夜を見る。
「じゃあ、本当にこのチビこいのがあの魔力を出したのか……」
どう反応したら良いのか分からず、早夜はリカルドとマシューを交互に見るばかり。
「しっかし信じられないな……こんなチマいのが……。ああ、サヤだったな、俺はマシューだ。よろしくな」
彼はそう言って、二ッと笑うと左手を差し出す。
見れば、その掌にも火傷の跡があり、皮膚が引きつれた様になっていた。
「えぇーと、チマくてスミマセン……早夜と言います。よろしくお願いします……」
マシューに言われた言葉に、ちょっと拗ねた様にそう言うと、マシューの手を何の躊躇いもなく握り返したのだ。
それにマシューは驚いた顔をする。
「へぇー、俺の手を何の躊躇いも無しに握り返したのは、あんたで二人目だよ。因みに一人目こいつな」
マシューは感心したように、そして嬉しそうにリカルドを指す。
だが早夜は、何故彼がそんな態度なのか、心底不思議そうな顔をして首を傾げる。そして見当違いな勘違いで慌てだした。
「え? 手を差し出されれば、普通は握手ですよね? ハッ! もしかして私、何か間違ってましたか? 何か失礼な事をっ?」
「いや、お前は何も間違ってねーって……」
リカルドは少々呆れた風である。
それでもまだ、おろおろとしている早夜は何処か小動物を思わせ、その滑稽さにとうとうマシューは「ブハッ!」と吹き出した。
「やベー……こいつ、マジ天然じゃん。おもしれー」
一頻り笑った後、安心させる様に早夜の頭を撫でた。
「別に何も可笑しな事はしてないから安心しろって。それより、さっきはチビだのチマいだの言って悪かった、な……おー? 何かお前、髪サラサラだなー……女みてー」
女みたいという言葉に、リカルドがギクリとした。そして慌ててマシューと早夜の間に割って入る。
「い、いや、こいつ、リュウキの弟だからっ! 女じゃねーからっ!」
「は? いや、分かってるし。みたいって言っただけだろ? 見た所、胸もねーじゃん」
ガーンとショックを受ける早夜。思わずその場でよろけそうになった。
しかし、何とかこの動揺を表に出さないように内に秘め、それでも押さえきれなかった衝動に自分の胸を押さえながら心の中で涙する。
別に性別について嘘をつく必要はなかったのだが、とっさに出たリカルドの嘘に付き合う早夜は、お人好しか健気としか言いようがない。
その後、マシューが先頭に立ち、道を歩いて行く。
2人とも早夜に歩幅を合わせてくれていた。
「小さい分、歩幅も小さいな」
早夜の事を気に入ったマシューは、時折振り返りながらからかったりしている。そして、プクッと膨れる様を見てさも可笑しそうに笑った。
ふいっと顔を逸らした早夜は、リカルドと目が合う。
『あ、あのな、サヤ……』
気まずそうにリカルドが小さく声をかけたのだが、早夜は何故かその顔を見れずにそっぽを向いてしまう。
『どうせ、私はチビだし胸も無いです。何処からどう見ても男の子です。あ、なら、私じゃなくて、僕って言わなきゃダメですね』
唇を尖らせながらそう言っていた。思っていたよりも、早夜は腹を立てていたようである。
これは八つ当たりだと自身で気づいているので、気まずく思ってチラッとリカルドの方を窺う。
「っ!?」
思わず目を見開いた。
何故なら、彼が傷付いたような顔をしていたからだ。
(何でリカルドさんが、傷付いた顔をするんですか!?)
何か自分が悪い事をしてしまったような気がして、リカルドの傍にいる事も出来ず、マシューの元へと駆けて行った。
「ん? 何かあったか? お前ら……」
2人の様子を見て、異変を感じ取ったマシューが早夜に尋ねる。
「い、いえ、大した事じゃありませんから……」
理由にしてみれば、とても下らない事である。
それでもやはり辛い物は辛いのだ。笑う頬が引きつるのを感じる。
マシューはそれに気付き、無理して笑っているのだとその小さい頭を撫でてやる。
「何があったか、知らねーけど。あいつの事、嫌いにならねーでやれよ?
あいつ、王子っぽくなくて、バカっぽくて何も考えて無さそうだけどさ、結構スゲー事考えてたりすんだな、これが。
それが、時々空回りして失敗すっ事もあるけどさ。例えば、今回のリュウキ様の事とか……でも、あいつはあいつなりに自分でケジメつけようとしてる。
今日、サヤを俺達の街に連れてこうとしてんのも、それがあると思うぜ?」
「……ケジメ? 街?」
「何だ、あいつ何も言ってないのか?
これから行こうとしてるのは、俺が住んでる街。通称“ゴミための街”なんて呼ばれてる」
「ゴミため? そんな街、聞いた事がありません……」
「そりゃあ、そうだろ。俺達は、隠れて住んでる」
「隠れてって……何故ですか?」
するとマシューは、少し悲しそうな顔をした。
「それは……行けば、自ずと分かるんじゃね?」
「マシューさん?」
何故そんな顔をするのか分からずに彼の名を呼んだ。
しかし彼はそんな心配げな早夜の顔を見てニカッと笑ってみせる。
「まぁ、お前、天然だからなぁ……行っても分かんねぇかもなぁ……。
んで? お前はどっちが悪いと思ってる訳?」
「はい?」
「だからさ、喧嘩したんだろ? 大分落ち込んでるぞ、あいつ」
そう言ってリカルドを見る。
彼は肩を落とし、どんよりとしていた。
そして、早夜が此方を見ている事に気付くと、一瞬ぱっと顔を輝かせる。だが直ぐにさっきの様に傷付いた顔をして目を逸らしてしまう。
それらを目撃した後「な?」と、マシューが早夜に言った。
「け、喧嘩と言うほどのものではないです……ホントにつまらない事で……。
それに、悪いのは、わ……僕です。勝手にリカルドさんに対して怒ってしまったんです……」
自分が一方的に怒っているのだから、喧嘩とは言わないだろう。
それに、今見たリカルドの様子に罪悪感も湧いていた。
「そっか、じゃあ謝んねーとな」
苦笑しながらマシューは早夜の肩に手を置いた。
「…………」
ふとマシューが無言になったので顔を上げると、彼は目を見開いて、まじまじと早夜を見ている事に気付いた。
彼は改めて早夜の事を上から下までじっくりと眺めると、肩から手を離しハァッと息を吐いた。
「……細い肩……なんでバレないと思うかね、あのバカ王子は……」
聞こえないようにぼそっと呟く。
「マシューさん?」
「サヤ、今言ったこと撤回な。お前は謝んなくていい。悪いのはぜーんぶあいつ。サヤは全然悪くない」
「へっ?」
いきなりコロリと意見を変えたので、困惑気に早夜は彼を見上げる。
「まぁ、何でこんな事を言い出したのかは、大体予測がつくとして……。ふっ、お望みどおり、後でたっぷりじっくりからかってやるとするか……」
「はい? マシューさん、何て言いましたか?」
「イーヤ、こっちの話。それよりも、こっから先は屋根の上を歩かなきゃならないんだ……」
「え!? 屋根の上ですか?」
「そう、あれ」
早夜は指さされた方を見る。しかし首を傾げた。
「あれ? 行き止まりです」
「違う、違う。梯子があるだろ?」
もう一度よく見れば、確かに梯子があった。
出掛ける前のリカルドの言葉を思い出す。
(リカルドさんが言ってたのは、これの事か……)
「うわぁ、本当に屋根の上です……」
梯子の最後の方で、マシューに引っ張り上げてもらいながら、屋根の上に降り立つ早夜。
目の前には屋根と煙突が並んでいる。足場には、板が貼り付けてあり、歩き易くなっていた。
「あ、お城です!」
振り返ると、早夜がやって来たアルフォレシア城の姿がある。その姿に圧巻され、見惚れる早夜。
その時である。
ふと視線を感じ其方を見ると、一つ向うの屋根の上に人がいた。
紫色の長い髪の女性だ。
その女性は此方をじっと見ている。
「サヤ?」
声を掛けられ、ハッとして我に返ると、リカルドが心配そうに見ていた。
「あん? どうしたんだ?」
マシューもその様子に気付き早夜に近づく。
「あの、あそこに紫色の髪の女の人が……あれ?」
しかし、そう言って指を指した時には、何の影も見あたらなかった。まるで最初から何もなかったかのように。
「うーん、あんな所に道は作ってなかった筈なんだけどな……」
マシューが顎に手を置き首を傾ける。
「気のせいなんじゃないのか?」
「そんな筈ありません! 私、この目で――あ……」
途中で早夜は自分がリカルドと話している事に気付いた。
彼の翠色の目と合うと途端に気まずく感じる。
(ど、どうしよう……謝るべきだろうか……)
動揺して目を彷徨かせる早夜だったが、リカルドもまた、動揺して手を上げ下げしている。そしてその口は何か言いたそうだった。
いつまでもこのままじゃと思い、早夜は意を決して謝罪の言葉を言おうとした時、マシューに声を掛けられた。結局謝罪の言葉は言えずじまいになってしまった。
だがその代わり、
「そうですね、きっと気のせいです……」
という言葉が口をついて出た。
大分、可愛くない物言いになってしまったように思う。
案の定、リカルドは落ち込んでいた。
(ああ〜〜〜、こんな事言いたいんじゃないのに〜〜〜っ)
早夜はそう思うのだが、意識すればするほど、どツボに嵌って行くのだった。
△▼△▼△▼
〜日本・一時帰宅その後 其の4〜
花ちゃんに自己紹介を終えた、美名月家と杉崎家の面々。
その後、蒼達の異世界の話が始まった。
「じゃあ、こういう事? 早夜さんの夢の中に出てくる、リュウキって言う名前の男性を探す為に、異世界へ行って、そこで早夜さんの中に眠る魔力が暴走して、そのリュウキと言う名の人物は、実は早夜さんのお兄さんで、それを早夜さんのお母さんに尋ねる為に戻ってきたと……?」
蓮実が聞いた話をまとめて言った。なわかには信じられない話である。
しかし、現に蒼と亮太は何も無い場所から忽然と姿を現し、目の前には花ちゃんと言う不思議生物までいる……。
「それで、早夜チャンは? どうしたのさ、無事なの!?」
楓が心配そうに尋ねる。
「うん、それはまぁ大丈夫。リジャイとか言う、美形だけど、三つ目で細目の変な男に助けてもらったから」
蒼の言葉に、色々と思いだしたのか、亮太はムスッとした顔になる。
「え!? それって本当に大丈夫なの!?」
タラリと汗を流しながら楓はつっこんた。
「それで、早夜のお母さんに話を聞きたいんだけど。あの後、おばさんには何て?」
すると蓮実達は顔を見合わせた。
「それが……蒼達がいなくなって直ぐ、早夜さんのお母さんを呼んで、説明したんだけど……。話をした後、凄く動揺しててね、探しに行くと言って出て行ってしまったんだ。それっきり、何の音沙汰も無しだよ……」
茜が深刻そうに言った。
「後、ちょっと気になる事も言ってたわ……。恐らく私達には、探すのは無理だって……何か知ってる風だったわね……」
百合香も茜に続いて言った。
「一体、どうやって探すつもりだったんだろうね」
マリアも眉を寄せる。
「じゃあ、直ぐにでも早夜のアパートに行ってみましょう! おばさん居るかもしれないわ! 早夜は無事だって知らせないと!」
しかし、今すぐにでも外に向かおうとする蒼は止められてしまう。
「取り敢えず、今日はこのまま学校に行きなさい。休みの理由を適当に話して、休学を出すなら出す。
早夜さんの事も、何か理由をつけてあげないと、ずっと無断欠席になっちゃうよ」
お母さんの事はこっちで連絡するからと、蓮実が言った。
「でもっ! 早夜さんクラジバールに狙われてるんだ! 早く戻らないと――……」
「狙われてる? それは穏やかな話じゃないな……でも、当のお母さん本人が捉まらない限りは無理だろう? その間だけでも、君達はちゃんと、学生の本分を勤めなさい」
焦る亮太に茜が真面目な顔で言う。
その時、ずっと黙っていた翔太郎が口を開いた。
「……亮太。男は時に、忍ばねばならない事もある。今は忍び、耐えろ……いずれそれがお前の力となるだろう……」
「親父……」
父の思わぬ長台詞に、感動を覚える。
いったん熱の冷めた亮太は席に座ると、「分ったよ……」と、頷くのだった。
その時、海里はと言うと、ずっと花ちゃんを見続けていた。
何故ならば、花ちゃんはずっと、彼らの会話に合わせて一人芝居をしていた為だ。
後で聞いてみたら「コレハ訓練ナノデツ!」と、訳の分らない事を言っていた。
花ちゃんのこと。
花ちゃんが訓練と言ったのは、第三章のナイールの命令の回で、魔道生物が見せた、録音機能の事です。
連絡係は、彼らの中で結構人気のお仕事。(大好きなピトの役に立てるし、外にも出れて、色んな人に出会えるからです)
競争率も高いので、彼らでオーディション等も行われています。