3.リカルドの誘い
リカルドが気分転換に早夜を外へと連れ出そうとしますが……。
「おわっと、あれ? 兄貴……?」
リカルドが早夜の部屋の前までやって来た時、丁度早夜の部屋から、双子の兄の片割れが出てきた。正直ぱっと見、どちらかわからない。
「リカルド、いい加減その呼び方は止めたらどうだ。お前は、一国の王子なのだぞ?」
その口調と内容で、リカルドは彼がシェルだと確認する。ミヒャエルであったなら、呼び方など気にしないからだ。
「何だ、シェル兄貴か……。何で、サヤの部屋から出てくんだ?」
己の言う事など全く気にしようとしないリカルドの様子に、シェルは諦めたように溜息を吐く。そして、しょうがないと言う風に肩を竦めた。
「腰が抜けたと言うので、部屋まで送ってやったまでだが?」
「は!? 腰が? 何で?」
「さぁな……よほど驚くような事でもあったのだろう? 後で、本人に聞いてみたらどうだ?」
にっこりと笑って告げる。
内心、可笑しくて仕方がない彼だが、そんな事は面には出さずリカルドを見やった。
「リカルドこそ、どうしたんだ? 彼女に用事でも?」
するとリカルドは、バツの悪そうな顔をして頭を掻く。
「いやさ、サヤが友達行っちまって、落ち込んでんじゃないかと思って……。気分転換に街に誘ってやろーかなと……」
「……デートか?」
ボソリと告げたシェルの言葉に、リカルドは一瞬にして顔を真っ赤にすると、ぶんぶんと首を振った。
「っな、ちがっ、ぜ、全然違う!! もっと大事な――ハッ! な、何でもない!!」
何かを言い掛けようとして直ぐに口を噤んだ。
明らかに怪しく、訝しげにリカルドを見やるシェルであったが、ふとその手に持つ物の存在に気付いた。
「それは何だ? お前には前科があるからな。何か変な事にサヤを巻き込むようなら、外出は許可は出来ないぞ?」
リュウキの一件を思い出し、そう言った。
「うっ! べ、別に変な事じゃねーよ……。それにほら、これはサヤが少しでも動き易いよーに持って来たんだ。あんなひらひらした服じゃ、自由に動き回れないだろ?」
そうして見せられた物に、シェルはピクリと眉を上げる。
「……一体何処に行かせようとしてるんだ、お前は……」
「いやさ、サヤはリュウキの目を通して、ずっとこっちの夢を見てきたって言ってたろ? だからさ、リュウキも知らない所に連れてってやろうと思って」
シェルは眉間に手を当て、はぁーと溜息を吐いた。
僅かにその肩が揺れている様に見えるのは、リカルドの気のせいであろうか。
「……まぁ、良いだろう。あまり無茶はさせないようにな……。
それから、行くのならサヤの腰がちゃんと立ってからだぞ……」
最後のセリフで、ちょっと顔が引きつって見えたのも気のせいか……。
リカルドは、不思議そうに首を傾げた後、シェルに向かい頷く。
それを見届けるとシェルは去っていった。
去ってゆくシェルは必死に笑いを堪えていた。
(さて、サヤはあの服を見せられてどんな反応をするのやら……それに、腰が抜けた事をリカルドに聞かれたら、さぞかし面白い顔をするのだろうな……)
その光景を思い浮かべ、クックッと笑うのだった。
リカルドは、改めて早夜の部屋の前に立つと、扉をノックした。
暫く間があり、「はい、どうぞ」と返事があった。
男では有り得ない、高く甘さを含んだ声。
扉の向こうから聞こえたそれに、リカルドは一瞬ドキリとして手を止めてしまった。
そんな己の行動を不思議に思い首を傾げつつ扉を開けた。
「あ、リカルドさんでしたか。出迎えられずにごめんなさい……」
想像のままの早夜の姿。
彼女は長椅子に腰を掛けていた。
華奢で頼りなげで守ってやらねばという感情が無意識に湧いてくる。しかし、その内に秘める強さは計り知れない。
そんな彼女の姿に声を聞いた時同様、一瞬思考が停止する。
だがそれはほんとに一瞬の事。すぐに早夜の言葉に答えた。
「いや、腰が抜けたんだろ? しょーがねーって」
「えっ!? ななな何で知ってるんですかぁ!!?」
思いがけない言葉に動揺を隠せない早夜。
その驚きようにキョトンとした顔でリカルドは答えた。
「ああ、さっきシェル兄貴から聞いたんだよ。一体何があったんだ?」
「い、いっ、いえっ! た、大した事じゃないのでっ、お気遣いなくぅ!!」
真っ赤な顔で、しどろもどろに言い繕う。
内心、全ての原因であるシェルに対する非難でいっぱいであった。
「そーか? たいした事じゃねーんなら良いんだけどさ……。
それより、立てるようになったらコレに着替えろよ! 街にいこうぜ!」
リカルドは意気揚々と、その手に持っていた服を差し出された。
「え? …………こ、これは男性の服ですよね?」
たっぷり10秒ほどの沈黙があり、早夜は尋ねた。
「おう! そうだ!」
そう言って頷くリカルドはとても嬉しそうだった。
そして早夜はというと、服を凝視したままショックを受けていた。
自分はどれほど女性と見られていないのだろうと。
そんな早夜の心情を知る由もなく、リカルドは話を進めた。
「この方が動きやすいだろ? それにこれ、昔リュウキが着てたやつなんだぜ!」
「えっ?」
その言葉にドキリとする。
リュウキのお古だと言うその服。
改めて見てみれば、記憶の奥底で見た事あるよーな無いよーな、と微妙な顔をする早夜。
そして、意を決したように頷く。
「わかりました! 街に行きましょう。
実のところ、ずっと行ってみたかったんですよね」
照れたように笑ってみせる早夜。
彼女はリュウキの目を通してずっと見てきた街並みを、実際にこの目で見てみたいとずっと思っていたのだ。
そうなれば、リカルドのこの誘いは服の事を抜かせば純粋に有り難かった
「そうか! そうこなくっちゃな!!」
俄然張り切るリカルド。嬉しそうに二ッと笑った。
「あの、ところでリカルドさん。ちょっと手を貸してもらえませんか? もう少しで立てそうな気がするんですが……」
「ああ、そうか。わかった」
リカルドは手を貸す。
そして手を取り、改めて気付く。その手があまりにも小さくて柔かい事に……。
当たり前だが、男の物では決してあり得ないその感触。少しでも力を入れたら握り潰してしまいそうなそれ。
改めて男女の違いを自覚すると、リカルドは途端に緊張しだした。
「あ、何とかいけそうです! ちょっと引っ張りあげてみて下さい」
「お、おう!」
緊張するままにその手を引いた。
すると、思わず必要以上の力が入ってしまったようで、早夜が「キャアッ」と悲鳴を上げながら、リカルドの胸に飛び込んで来た。
その羽のような軽さと柔さ、そして花の様な香りに、頭がくらくらした。
「リ、リカルドさんっ!? あ、あの、もう大丈夫ですよ?」
ハッとして見てみれば、早夜が自分の腕の中で顔を赤らめ此方を見上げている。
何故そんな顔をしているのかと思い、漸く自分が彼女を抱き止めたままでいる事に気付いた。
慌てて手を離す。
「うおっ!? ワリー!」
とっさに謝罪を口にするが、恐らくその顔は真っ赤だろうと火照る顔を意識する。
そして、早夜はというと頬を染めながらもにっこりと笑ったのだ。
その笑顔にリカルドは我知らずドキリとする。
「あの、支えて下さって有難うございます」
「え? あ、ああ……」
告げられる感謝の言葉。
彼女は純粋に、リカルドが支えてくれたと思ったようだった。
その事にホッとしながらも、何処か釈然としない。
(何か、俺だけ緊張してんだな……)
自分ばかりが焦ったり慌てたりしている事が何だか不公平のような気がした。
彼女の様子にも己のこの自分勝手な感情にも、何処か胸のムカつきを覚えたが、ふと早夜を見て気付く。
「おい、サヤ。お前普通に立ってんぞ」
すると、その言葉に二回程瞬きをし、早夜は自分の足を見た。
「ああっ、本当です!
よかった。これで街に行けそうです!」
ホッと胸を撫で下ろしながら嬉しそうに笑う早夜を見て、リカルドはフッと笑った。
まるで花の咲くようだと感じる。
その笑顔に、いつの間にか感じていた苛付きも無くなっていた。
(まあ、こいつか楽しそうならいっか……)
そう思ってリカルドはいつもの笑顔で告げる。
「そっか、やったな! サヤ!」
そして、早夜の頭を優しく撫でるのだった。
「まあ、サヤ様! まるでリュウキ様の子供の頃のようですわ!」
「ええ、なんだかリュウキ様の弟君って感じですわね」
「そ、それは褒めてもらってるのかな……」
キャイキャイとはしゃぐ彼女らは、この城の使用人でリリアとセイラというそうだ。
今回、早夜の世話にとつけられた侍女だった。
最初、自分の事は自分でと断ったのだが、いかんせんこの世界の服と言ったら背中にボタンやらリボンがいっぱい付いていたりと、一人で着るには困難な物が多いのだ。
今回は男物なので、一人でも大丈夫かなと思ったのだが、細かなものが結構あって着る順番が分らない。
なので、今回こうして彼女達に手伝ってもらっていた。
リュウキの事を思い、彼も最初はこんな風に戸惑ったりしたのだろうか、と感慨深くもある。
「どうせなら、髪型もリュウキ様の様にしましょう」
「そうね、その方がしっくりしますわね」
きゃいかゃいと楽しそうに話し合う彼女達は、早夜の髪をポニーテールより少し低めの位置に束ねていった。
その時、リリアが嬉しそうにこう訊ねてきた。
「それにしても、サヤ様? 一体どちらが本命ですの?」
「え?」
「あら、それは私も聞きたいですわ」
もう一人の侍女セイラも話に乗っかってきた。
何の話やら分からない早夜は、首を傾げキョトンとしている。
その様子にリリアがくすくすと笑った。
「いやですわサヤ様。リカルド様とシェル様の事ですわよ。私たち、見ていましたのよ? さっきサヤ様が、シェル様に抱き抱えられて部屋の入っていかれるのを」
「ええっ!?」
「あのように楽しそうにしているシェル様を見たのは初めてですわ」
「ち、ちがっ! あ、あれはただ、こ、転んでしまって、それでっ、運んでもらっただけで……」
「じゃあ、やっぱりリカルド様が?」
「リカルド様も、女性に対してあのように積極的なのは初めてですわねぇ」
「そ、それは、ただ私の事を女として見ていないだけなんじゃあ……」
早夜のその言葉に侍女二人は目を合わせ否定する。
「まあ、サヤ様! 何て事言いますの!? そんな事ありえませんわ!」
「ええ、リカルド様はちゃんとサヤ様を女性として見ておられますよ」
「うーん……そ、そうでしょうか……」
まだ信じられないと言う顔をする早夜に、2人は力強く首肯する。
『そうですとも!!』
部屋の外で待っていたリカルドは、扉が開き、メイドに入るよう促された。
言われた通りに中に入ると、早夜が照れたように笑って立っていた。
「あ、あの、リカルドさん。どうですか? やっぱりリュウキさんに似てますか?」
「…………」
リカルドは暫く微動だにせず見つめている。
確かに記憶の中にある昔のリュウキに何処と無く似ている……似ているのだが、それが余計に早夜が女である事をリカルドに意識させていた。
髪を少し上の方で束ねている為、その眩しいくらいに白い項と片手で簡単に折れそうな細い首はむき出しとなっている。そして、男物の幅広の帯は、彼女の腰の細さを更に際立たせていた。
全体的にも線が細いが、かいま見える曲線は紛う事なく女性の物。リュウキと比べる事でも、その差は一目瞭然である。
「リカルドさん……?」
彼が固まり黙ったままなので、そっと下から覗くように顔を伺ったのだが。
「……ッ、お前、細すぎ!!」
「へぁっ!?」
「何だよその腰の細さはっ! ちゃんと飯食えって言っただろ!!」
漸く口を開いたかと思ったらいきなり怒鳴られ、戸惑うばかりの早夜は、近くにいたリリアとセイラを見やるのだが二人はくすくすと笑うばかり。
そればかりか、
「では、私達はこれで……」
「ごゆっくりどうぞ……」
そう言って部屋を出て行く始末。
困惑する早夜とすれ違い様、二人は早夜に囁いていった。
『サヤ様、後で話を聞かせて下さいませね?』
『デートかんばって下さい』
「っ!! デー――っ!!?」
「何だ?」
思わず叫んでしまいそうになり、慌てて口を閉じる。
幸いにも彼には彼女達の声は届いていない。
「な、何でもありません……」
明らかに不自然な態度であったが、リカルドは「そうか?」と言って首を傾げるだけで、次の瞬間には二ッと笑った。
「それじゃ、行くか!」
「はい!」
リカルドの笑顔とその言葉に、早夜は元気に笑って返事を返した。
「ちゃんと俺について来いよ? 逸れたら、見付けて貰えるまで迷う事になっからな。後、途中、梯子とかもあっから気を付けろよ?」
「へっ!?」
一体何処に連れて行かれるんだろうと、少々不安になる早夜だった。
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〜日本・一時帰宅その後 其の3〜
「えーと、じゃあまず、自己紹介からしよう!」
「アイ!」
蒼の言葉に、片手を上げて元気に返事をする花ちゃん。
「じゃあ、蓮実ちゃんからどうぞ!」
「うーん、なんだか変な気分……。
ええっと、僕は、蒼の父の蓮実と言います。
よろしく……」
蓮実は握手のつもりでおそるおそる人差し指を出す。
「アイ! 僕、花チャン!」
すると花ちゃんは元気いっぱいに返事をして、蓮実の指をちまっと掴むとペコリとお辞儀をした。
「ど、どうしよう茜さん! この子カワイすぎるよ!」
頬を染め、蓮実が茜に言った。
ファンシー好きの彼としては、たまらないものがあるらしい。
「ああ、ハイハイ、私もそう思うよ。じゃ、次は私、蒼母の茜。よろしく」
蓮実と同じように人差し指を差し出す。
「アイ! 僕、花チャン!」
やはり同じようにちまっと掴む。
それに習うように、皆がそれぞれ続けて挨拶をしていった。
「オッス オラ楓! 蒼の兄ちゃんだ!」
「アイ! 僕、花チャン!」
「……楓、それ、某キャラクターのセリフ……。じゃあ次は私……初めまして花ちゃん、私は亮太の姉の、百合香よ。よろしく……」
「アイ! 僕、花チャン!」
「……亮太父、翔太郎……(スチャ!)」
「アイ! 僕、花チャン! コレハ何デツカ?」
「それは、翔さんのライブのチケットだよ。フフフ、花ちゃん、翔さんに気に入られたね
ー! 私は、亮ちゃんのママ、マリアだよ!」
「アイ! 僕、花チャン!」
「ハイハイ! 次、僕! 花ちゃん、僕は亮兄ちゃんの弟で海里って言うんだ! よろしくね!」
「アイ!僕、花チャン! ヨロシクナノデツ!」
「ウフフ、仲良くなれそーね」
それらの様子を微笑ましく見ていた蒼。
「おい! 本当の目的、忘れんなよ? 早夜さんのお、お母さんに会って、真実を聞くんだろ!?」
「もー、お母さんの所でどもんないでよー。
ふふん、ちゃんと分ってるわよ。早いとこ、早夜の所に戻らないとね。
亮太も気が気じゃないもんねー、リカルド王子様でしょ、あのリジャイって三つ目の人でしょ……それと、思わぬ所で伏兵が出てきたりしてー……」
「な、何だよ、伏兵って!?」
「例えば、カートさんとか、ルードさんとか……後、意外な所で、第二王子のシェルさんとかー……」
「ううっ……」
だらだらと汗をたらす亮太。
「ほーらほーら、心配でしょー? 今すぐ早夜に会いたくなったでしょー? 会って、抱きしめて、チューしてー……」
「蒼! やめてくれっ! 本当にシャレになんねーからっ……」
亮太は切なそうに胸を押さえる。
蒼はそれを、少し寂しそうに見つめていた。
そして目を瞑り、深く息を吐くと、力いっぱい亮太の背を叩いた。
「だから! 早く済ませて、早く戻りましょ!」
「いって! ……蒼、お前……緊張感とか、本当、皆無なんだなー……」
背中を押さえながら、亮太はため息混じりに呟くのだった。