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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第四章》
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2.シェルの素顔・後編

 早夜のもとを後にしたシェルは立ち止まり、ふと自分の胸に触れてみる。

 あの娘に触れられた箇所だ。あの時、胸を撫でられた時……ゾクリとした。

 まるで本当に魂に触れられている様だった。

 それを誤魔化すように、彼女をからかうような事をした。

 だが――。

 チラリと窓の外を見る。

 もうそこには赤毛の母子はいない。

 シェルは深く息を吐いた。

 何故あんな事をしてしまったのか……しかも、あんな十も離れた小娘に……。

 いくらあの人の名を言われたからといって、もっと他に黙らせる方法などいくらでもあった筈だ。

 そこでシェルはふと気付く。

 いつの間にか、あの娘の前で『私』ではなく『俺』とい言っていた事に……。


「はっ、何処まで感情的になっていたんだ、私は……」


 そう吐き捨てた後、シェルは自嘲気味に笑った。

 どれ程そこに佇んでいただろうか。さほど時間は経っていないように思う。

 そんな彼に声をかける者がいた。


「シェル?」


 その声にハッと顔を上げる。

 兄ミヒャエルの声だ。

 そしてその傍らには、先刻まで庭で散歩をしていたミシュアとアイーシャの姿もあった。


「あ、に、うえ……」


 先程までのこともあり、思わずギクリとしてしまう。しかし、そのような心の動揺など表には出さずに、直ぐに取り繕い相手に向かい軽く会釈をする。


「お早う御座います、兄上。姉上もお元気そうで……」


 チラリと伏せた目で其方を見ると、アイーシャが困ったような顔で笑っていた。


「お久しぶりです、シェル様。最近お忙しそうですのね……。それに、姉上なんて……わたくしの方が年下ですのに、今だ慣れませんわ……。名前で呼んで下さったら良いのに……」


 そんな事できる筈も無い。何の為に今まで、なるべく会わないようにしてきたのか……。

 シェルは出来るだけ其方を見ないよう、再び目を伏せ言った。


「そんな……いずれ王妃となられる方を名前で呼ぶなど……そんな無作法出来る筈がありません」

「だめだよ、アイーシャ。シェルは真面目すぎるんだ。兄である私に対してもこの調子なのだから始末に終えない。

 しかし……この前は驚いた。あんな感情的なシェルは初めて見たからな……。

 少し安心したのだぞ? お前もちゃんと怒れるのだと。お前はもう少し感情を表に出す事を覚えた方が良いな。

 いつか壊れやしないかと心配だよ……」


 温かい目でシェルを見やるミヒャエル。

 あの時とは、あの三つ目の男に対しての事だろうと思いながら、まともに兄の顔を見られずに下を向いた。

 そして、目をやった先にはアイーシャの陰に隠れたミシュアの姿があった。

 彼女は怯えた目で此方を見ていた。あれ以来、ずっとこんな調子だった。

 怖がらせてしまった。

 確かに、幼い子供の前であの様に敵意を剥き出しにすべきではなかった。その事は反省すべき点かもしれない。


「そういえばシェル。サヤを見なかったか? アイーシャに会わせたいのだが……」


 一瞬、シェルの動きが止まった。

 だが、やはり感情は表に出さず、顔に笑顔を張り付かせたまま首を振る。


「……さぁ、私は存じ上げませんが……」

「そうか……部屋には居ないと聞いたのだが……。シェル、お前も一緒に来るか?」

「はっ?」


 何故と思い、一瞬断ろうとも思ったが、あの娘が余計な事を言わないように一緒にいた方が良いのではという考えに至った。

 そうしてシェルは彼らについてゆく事にしたのだった。




(流石にもうあそこにはいないだろう……)

 そう思っていたのだが、予想に反して何故か彼女はまだそこにいた。

 それも、壁際で膝を抱え縮こまっている。

 顔を伏せていたので、泣かせてしまったのかと僅かながらに罪悪感が湧いた。


「サヤ!! どうした!? 何かあったのか?」


 勿論そんな状況の早夜をミヒャエル親子が放っておく筈もなく、彼等は慌てて駆け寄った。

 いきなり声をかけられた早夜は、体をビクッと震わせると顔を上げた。

 その顔は紅潮し涙目だった。

 そして、駆け寄ってきたのがミヒャエル親子だと分かって驚き、次いでシェルを見つけるとギクリと顔を強張らせた。その顔は羞恥か怒りか、更に真っ赤に染まる。

 そして、慌てて立ち上がろうとするが、なかなかそれが叶わないようだった。

 それを見てシェルはピンときた。

 恐らく腰が抜けたのだろうと。

 何の事情も知らないミヒャエル達は、なかなか立てない様子の早夜に何か重傷か病かと焦ったようにおろおろとしだした。


「サヤ? もしかして何処か具合でも悪いのか?」

「大変! お医者様を呼ばなければ!」

「どーしたの? サヤ、どこかイタイイタイなの?」


 当の早夜は事がどんどん大きくなってゆくので、必死になって否定した。


「だ、だだ大丈夫です! 本当に何でもありませんからっ!」


 必死な様子の彼女を見て、シェルは思わず噴出してしまった。

 あれしきの事で腰を抜かしてしまったという事実と、顔を真っ赤にしてどもりながらも必死に言い繕う姿が滑稽に見えてしまった為だ。

 当然笑い出すシェルをその場にいる者達は目撃する訳で。


「し、失礼、あまりにも必死なのでつい……」


 怪訝な顔で此方を見るミヒャエル達にそう言った。

 彼ら越しにぷくっと頬を膨らませて此方を睨む早夜の顔が見え、それがまた笑いを誘う。

(そんな顔もするのだな……)

 そして漸く笑いを引っ込めると、改めて早夜を見た。


「恐らく転んだのでしょう。顔をぶつけたのかもしれませんね。可哀相に、こんなに赤くなってしまっている……」


 その様に言いながら、早夜の傍らにしゃがみ込み、さも心配そうにその顔に触れる。

 すると彼女は一瞬ビクリと震えた。


(これは、シェルさんのせいなのに〜〜!)

 早夜は心の中で叫ぶが、ミヒャエル達がいる手前、その手を振り払う事も出来ない。

 心配そうだがシェルのその目は、(そうだよな?)と言っている。


「そう言われて見ればそうかも知れないな……。サヤ、転んでしまったのか?」


 シェルの言葉を信じたミヒャエルが訊ねた。

 全ての原因である彼を見上げれば、にっこりと無言の圧力をかけてくる。

 逃げられない。


「は、はい……転びました……」


 なので涙目でそう言うしかなかった。

 そんな早夜を、真実を知らないミヒャエルが心底心配そうに気遣う。


「そうか……じゃあ、痛い所や怪我した所は無いか? やはり医者に見せた方が……」


 その時、早夜が何か言うより早く、その華奢な体がふわりと浮く。


「ひゃあっ!?」


 いきなりの事に驚き声をあげる早夜。シェルが彼女を抱き上げたのだ。


「見た所、顔が赤い事意外では何の外傷も無いようですし、医者は呼ばずともよいでしょう。

 彼女は私が部屋まで送って行きますので、挨拶はまた後日、という事で如何ですか?」


 シェルの行動に呆然としていたミヒャエルだったが、ハッと我に返ると頷いた。


「そうだな、また幾らでも機会はある。何だったら今夜、私達と一緒に夕食でもどうだろう? 今夜が無理と言うならば、明日でも構わないが……。

 なぁ、アイーシャどうかな?」


 ミヒャエルの提案にアイーシャも嬉しそうに手を叩いた。


「ええ、それは良い考えだと思います。ねぇ、ミシュア?」

「うん!」


 話を振られたミシュアも、頬をバラ色に染めて頷いた。

 その時、ギュッと早夜の肩を抱く手に、僅かだが力が入る。

 早夜はそっと、シェルの顔を窺った。

 彼はにこやかな顔をしている。だが、それは仮面だった。早夜の目には何処か苦しげに映る。

(そうだった……シェルさんは、アイーシャさんの事を……)

 先程は想像、推測でしかなかったが、こうして見るにどうやら間違いではないようである。

 目の前の親子に目をやれば、彼らは本当に幸せそうであった。

 早夜は不安と緊張で組んでいた手を外し、そっとシェルの肩に触れる。

 彼の顔は相変わらず笑顔のままだったが眉がピクリと動くのが見えた。そして、彼の手の力が少し緩んだのでホッとする。


「では、兄上、姉上、それにミシュア、私はこれで失礼します」


 シェルは目礼だけすると、ミヒャエル達親子を置いてその場を後にする。

 早夜は慌てて彼らに言った。


「夕食楽しみにしていますね!」 





 その場に残されたミヒャエル達親子は、彼らをにこやかに見送る。


「あんな風に笑うシェルは、初めて見たよ」

「あら、そうなんですか?」

「ああ、彼女の……サヤの存在が、少しでもシェルに変化を与えているみたいだ。これは、なかなか良い兆候だと思わないか?」

「そうですね、シェル様はいつも何処か寂しそうに見えます。サヤ様の存在が癒しになれば良いでのですけど……」

「そうだ! 夕食にはシェルも誘おう!」

「それは良い考えです! ミシュアもそれで良いかしら?」

 そう言ってアイーシャがミシュアを見下ろすと、ミシュアは彼らが去った方を見て祈るように手を組み、「ステキねー」とほぅっと息を吐いている。

 その表情を見れば、うっとりと頬を染めており、どうやらミシュアにとって先程の早夜とシェルの姿が憧れのカップルその2となってしまったようである。




「まったく……あんな事をした男に気を使うとは……どれだけお人好しなんだお前は……」


 前を見据えたまま廊下を歩いてゆく。勿論その腕には早夜が抱えられたままであった。


「シェルさんだって、もう近づくなって言いました。なのに、何で戻ってきたんですか?

 あの……アイーシャさんの事なら誰にも言いませんよ?」


 シェルがピタリと立ち止まり、冷たい目で早夜を睨んだ。途端に早夜は、先程の事を思い出し、慌てて口を押さえる。

 ビクビクとしながらも、なお気を遣うような眼差しに、シェルはハァーと息を吐くとまた歩き出す。


「あれは運がなかったんだ。私にもお前にも、な……まさかあそこで、兄上が出てくるとは思っていなかった。

 ……それにしてもっ、あんな所で腰を抜かしていたとは――」


 先程の早夜の様子を思い出したのか、ククッと笑い出すシェル。

 それを見て、笑われた本人である早夜は声を荒げた。


「あ、あれはっ! 誰のせいだと思ってるんですかっ!?」


 すると、シェルがチラと流し目を送ってきたと思ったら、次いで耳に息を吹き込むように掠れた甘い声で囁いてきた。


「分っている……私がお前をあんな風にしたんだろう?」

「ひうっ!?」

「あれしきの事で腰砕けになってしまうとは……感じやすいんだな、お前は……」


 今度は肩を掴んでいる手の指を動かし、早夜の細い首をツーと撫でてきた。


「ひゃぅ!?」


 思わず上擦った声が出てしまい、顔を真っ赤にする。

 それを見たシェルは、堪えきれずに吹きだした。


「なっ!! 人をからかって、楽しいんですかっ!?」

「ああ、楽しい」


 身も蓋も無いセリフに言葉を詰まらせる早夜。

 見つめるシェルの顔は、何処までも意地悪そうである。


「こんなに楽しいのは初めてだな」

「イ、イジワルです。シェルさんは凄くイジワルです……」


 ニヤリと笑うシェルに、早夜はプクリと頬を膨らませる。そんな分かり易い怒り方をする早夜を見て、シェルはさも可笑しそうに笑うのだった。




 その後暫く無言が続いた後、早夜の部屋の前に着いた。

 部屋の扉を開けようとするシェルに、早夜はぽつりと言った。


「……でも、やっぱり、シェルさんは優しいですよ」


 ミヒャエル達の前での彼の様子を思い出しながらの早夜の言葉。

 また言うのかと、シェルは目を眇める。だが言葉は止まらない。


「それに……純粋で傷付き易いです……」

「懲りない奴だな、お前は……」


 暫く呆れた顔で早夜を眺めていたシェルだったが、やがて諦めたように溜息を吐いた。


「シェルさんがどう言おうと、私にはそう見えます……。あの、私の中だけでもそういう事にしちゃ駄目なんですか……?」


 部屋の中に入ると、シェルは早夜を長いすに座らせる。

 そしてチラと横目で見てきたと思ったら諦観の境地とばかりに肩を竦めた。


「まったく、お前のような頑固な奴は初めてだ。……好きにすれば良い……」

「はい! 好きにします!」


 許諾を得ることの出来た早夜は、パッと顔を輝かせる。

 その濁りのない表情をまじまじと見つめ、シェルは目の前にある頭にポンと手を置く。


「……?」


 頭を覆う暖かい感触に、早夜は不思議そうに首を傾げる。


「本当お前みたいな奴は初めてだよ……サヤ」


 フッと微苦笑を浮かべる彼は、踵を返して扉へと向かう。


「それからサヤ、お前はもっと人を疑う事を覚えろ。このままじゃ、いつか騙されるぞ!」


 そして扉に手を掛け振り返ると、そう言い残し部屋を出て行った。

 部屋に残された早夜は、ぽかんとしていたが、やがて眉を下げながら笑った。


「ほら、やっぱり優しいじゃないですか……」




 △▼△▼△




 〜日本・一時帰宅その後 其の2〜



「また、僕だけ仲間外れ!?」


 まだ明るくなりきっていない所に無理やり起こされ、半分寝ぼけ眼でリビングにやって来た海里。

 蒼と亮太を発見し、一気に眠気が覚め叫んだのである。

 いーなー僕も見たかったなー等と、ぶちぶち言っていたが、テーブルの上に何やら変なものを見つけ立ち止まる。


「何コレ!?」

「アイ! 僕、花チャン!」

「え!? 喋った!? ってゆーか、コレ何!!?」

「うーんと、魔道生物よ……」

「えぇ!? だから何ソレ!」


 先程の楓のような事を言う海里。


「僕、花チャン!」


 よほど嬉しかったのか、自分の名前を何度も叫んでいる。

 そんな花ちゃんの様子を、微笑ましげに見ていた楓がポツリと言った。


「それにしても、可愛いな……」


 楓のその言葉を始めとして、皆が口々に可愛いと言い出した。

 いつもは無口の翔太郎でさえも、「……かわいい……」と言う始末。

 すると花チャンは、皆がかわいいと言うたびに、「エッ? エッ?」と反応して、それを言った者達の顔を交互に見上げる。

 そして、球根のように丸い顔を真っ赤に染めると、顔をその小さな手で隠しゴロゴロと転がり出したのである。


「キャ〜〜〜ッ! 恥カシイノデツ〜〜〜! 可愛イト言ワレマツタ!

 デモ、仲間ガ居ナイカラ、喜ビノ舞ハ踊レナイノデツ〜〜〜!!」


 どうやら、あの喜びの舞なるものは彼ら、魔道生物達の照れ隠しだったようだ。

 更にキャーキャー言いながら、ゴロゴロと転がってゆく様子に、一同魅了されてゆくのだった。




 ああ、何やら、リカルド応援組とシェル応援組に分かれてしまいそうですね、小さな争いが生まれる予感……。

 別にそんなつもりはなく書いていたのですが、思わぬ展開です。


 シェルですが、まだ恋愛感情は無いようですね。ただ、興味は持ち始めた感じです。

 最後に早夜を名前で呼んだことは、彼女を認めたという事ですね。

 それまでは余所者として、信用していませんでした。たとえリュウキの妹だとしてもです。

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