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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第四章》
33/107

1.シェルの素顔・前編

「何か一気に静かになっちゃったな……」


 朝目覚め、溜息混じりに呟く早夜。

 蒼たちを見送り、何やら胸にぽっかり穴が開いたようだった……。


「……それから、亮太君への返事、どうしようかな……」


 亮太の告白を思い出し、早夜は顔を赤らめた。


 彼は自分を好きだと言う。では自分は? 自分は彼をどう思っているのだろう……。

 嫌いではない、寧ろ好きな方だ。だがそれは、彼の言う好きとは別物である。


「恋ってどんなかな……?」


 口の中でそっと呟いてみる。


 早夜はまだ恋を知らない……。





 気分転換に散歩に出ようと、部屋を飛び出した早夜。

 あの後何故か、あのリジャイの紫の瞳を思い出し、大変だった。

 

「あ、あれは誰だってドキドキするよぅ〜〜」


 あの光景を振り切るように頭を振ると、今度はリカルドの顔も思い浮かんだ。


「イ、イヤイヤイヤ、だから、リカルドさんはお兄さん的存在だってばっ!」


 自分で自分をつっこんだりもした。




 そうして廊下を歩いていると、前方に人影を見つけた。

 その人物は窓辺に寄りかかり、外を眺めている。

 ストレートの金髪に、涼しげな青い瞳、第二王子のシェルだった。


 今の彼の眼差しは、優しく、口元には笑みまで作っている。

 一見すれば、第一王子のミヒャエルと捉えるものもいるだろう。だが、早夜には何故だか判った。


 何を見ているのだろうと、彼の目線を目で追った。

 そこには、庭園の中を散歩する赤毛の少女ミシュアと、彼女によく似た同じく赤い髪の優しそうな女性がいた。この女性はミシュアの母で、ミヒャエルの妻のアイーシャであった。


「……? ミシュアちゃんとアイーシャさん?」


 その早夜の呟きに気付いたのか、シェルが此方を向いた。


「……お前は……」

「あ、おはよーございます。シェルさん」


 早夜はペコッと挨拶をする。

 すると、シェルは眉を上げ、驚いた顔をした。


「おどろいたな……。一目で私を誰だか言い当てたのはお前が初めてだ。それとも、ただの当てずっぽうか……?」

「あ、当てずっぽうじゃありません! でもなんとなく判って……あ、もしかしたら、魔力で判ったのかも!」


 するとシェルは笑った。何処か、馬鹿にしたような笑いに聞こえる。

 早夜は少々、ムッとする。

(シェルさんってこんな人だったっけ……?)

 夢の中の彼は、こんな風に意地悪く笑った事が無い。

 かといって、どんな人物かとはっきり言える程、リュウキとは特別仲が良かった訳でもない。

 つかず離れずの関係、と言った所だろうか。


「私はミヒャエル兄上の影武者だ。魔力で人を見分けられる者がいる事は分かっている。そんなものは大分小さい頃に矯正されたよ。

 それよりも、何となくで見破られては兄上の身代わりは務まらない。一体どうやって――」


 シェルは言葉をとぎらせる。

 何故なら、早夜が眉を寄せ、今にも泣きそうな顔をしていたからだ。


「……どうした? 何故、そのような顔をする?」

「魔力の矯正って、凄く辛くて苦しくて……痛いんですよね? それを、子供の頃にやったんですか……?」


 早夜の中の知識が告げたのだ。

 それがどの様に行われ、どの様な苦痛をもたらすのかを……。

 大人でも、泣き叫ぶほどの苦痛のはずだ。


 それと、もう一つ告げていった。

 それは自分がシェルを見分けられた訳。

(ああ、そうか、だからか)


「……魂です……」

「何?」


 今まで悲しげにしていた早夜が、いきなりポツリと呟いた為、シェルは訝しんだ顔をする。

 早夜は顔を上げ、真っ直ぐにシェルを見た。

 その瞳は不思議な光を湛え、何もかも見通すような雰囲気を醸し出している。


「魂の色や形は人によって違うんです。私はどうやら、無意識にその部分を見てシェルさんを見分けたみたいです」


 早夜はそうして喋っている間も、じっと探るようにシェルを見ていた。

 まるで彼の中の何かを見るように……。

 そして実際、早夜はシェルの魂を見ていた。

 日本にいる時は感じなかった事やものが、此方に来てから……いや、あの魔力の暴走がきっかけなのだろう、鮮明に感じ取れるようになったのだ。

 ただ、それが何なのかという詳細な事までは、早夜が意識して内に眠る知識を起こさねば知る事は出来ない。


「シェルさんの魂はとても綺麗です……純粋で、そして傷付きやす――」


 その時、シェルは早夜の肩を掴み半ば乱暴に壁に押しつけた。


「キャッ!」


 小さな叫びと共に、早夜の背が壁にぶつかる。

 そして“バンッ!!”と音を立てて、シェルは早夜の顔の直ぐ脇に左手を叩きつけた。


「随分と知ったような口を利くな……。俺が純粋だと……? ふざけるなっ!」


 早夜は目の前にあるシェルの眼差しが、怒りに満ちているのを見た。


「出会ったばかりのお前に、俺の何が分かるというんだ? 双子で生まれ、世に出てきた順番が俺の運命を決めた。兄の為に生き、兄の為に死ぬ運命だ」

「……シェルさん……」

「それを、キレイだと? 純粋だと? お前は、俺が今までどんな思いをしてきたのか知らないだろう? 俺は兄を憎んだ。周りの人間も、俺を生んだ親でさえもだっ! 見ろ、俺の中身は、妬みや憎悪でいっぱいだぞ……?

 それでもまだ、俺を綺麗だと言えるのかお前は……」


 早夜は見た。彼の中の魂が、心が傷付いているのを……。

 そして、そっとシェルの胸に触れる。


「っ!? 何を――」

「シェルさんはいっぱい傷付いています。それに……シェルさんはやっぱり純粋な人です。

 純粋だから傷付いて……そんな自分を隠す為に怒っているのでしょう?」


 早夜はシェルの胸に置いた手を動かす。実際に魂には触れられないが、少しでも癒されますようにと、願いを込めて優しく撫でる。

 そして、シェルを見上げるとふわりと柔らかく笑った。


「それに、シェルさんの魂の色は、とても優しい色をしています」


 だからきっと完全には恨めないのだ。でも、心から愛する事も出来ない……そんな自分に傷付いているのだ。

 そんな人をどうして優しくないと言えるだろう。


 一方シェルは、そんな早夜の笑顔をぼぅっとした顔つきで見つめていた。

 そしてハッとし、一瞬でも惚けていた自分を恥じて目線を泳がせると、はたと自分の置かれた手に目を留めた後、何を思いついたのかニヤリと笑った。


「お前……見かけによらず大胆なんだな。この手は俺を誘っているのか?」

「えっ?」


 シェルに言われて初めて自分が何をしているのかに気付いた早夜は、慌ててその手を離そうとした。

 だが、シェルがその手を絡め取り、そのまま自分の胸に置かせる。置いた後もシェルはその手を離さなかった。


「シェ、シェルさん!?」

「遠慮はするな。何だ、この前のあのリジャイという男の口付けに真っ赤になっていたのは演技だったんだな」

「え、演技じゃありませんっ! は、離して下さいっ!!」

「お前から触ってきたんだろう?」


 そう言う彼の顔は何処までも意地悪くからかうようで、それが分かった早夜は、ムッとしながら顔を赤くしたりして、必死に手を外そうとする。

 だがシェルは、それを面白そうに眺めたままだ。一向にその手を離す素振りが無い。

 どうにかこの状況を打破しようと、早夜は目を彷徨かせていたが、はたと窓辺に目をやった。

(そういえば、あの時……)

 早夜は思い出し、気を逸らせる為にも訊ねた。


「そ、そういえば、何でさっき、外を見てたんですか?」


 すると彼の顔から笑みが消え、その手も僅かながら緩んだ。

(えっ!? 効果があった? でも何で……)


「外には、ミシュアちゃんとアイーシャさんがいました。それをシェルさんは、すごく優しい顔で見てましたよね?」


 そう言った所、シェルの瞳が揺れた。

 少なからず動揺しているようだった。

 普段は鈍い早夜も、何故かこの時は何となく彼の気持ちに気付いてしまった。


「アレ? もしかして……シェルさんって、アイーシャさんを――」


 早夜の言葉は続かなかった。シェルがその口を塞いだからだ。

 彼はその時、早夜の顎を掴んで上向かせた後、覆いかぶさる様にその唇を塞いだのだ。


「っん!?」


 何が起きたのか理解できない。

 だが、直ぐ目の前にあるシェルの冷たく青い瞳が、唇の柔かく湿った感触が、じわじわと早夜にその行為を理解させてゆく。


「っむ……んんっ」


 早夜のくぐもった声と共に、何かぬるっとした物が、口の中に入ってくる。

 それが彼の舌だと分かった時、ゾワゾワと全身に鳥肌が立った。

 そして、必死に抵抗する。

 彼の胸を叩き、力いっぱい手を押し、それから顎を掴んでいるその手を抓ったり、爪を立てたりした。

 しかし、彼は早夜の背に手を回すと、さらに深く舌を侵入させてくる。

 早夜はそれを押し戻そうとするが、逆にその舌を絡め取られ、強く吸われた。


「んあっ! ふぅ……ん……」


 さっきとは別のゾワゾワ感が背筋に走り、足に力が入らず、膝ががくがくと震える。その目には涙が滲んでいた。

 酸欠で頭がボーとなる頃、漸く唇を放すシェル。

 唾液で銀色の橋が出来るのを、シェルはわざと見せつけるようにする。

 早夜は、恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながら、肺に酸素を送ろうと必死に肩で息をした。

 シェルはそれを見て、フンと笑うと、親指で自分の唇を拭う。


「口は災いの元だな……。お前がそれ以上言ったら、こっちもこれ以上の事をしてやる。人にばらした時も同じだ」


 そして漸くシェルは体を離した。


「これで分かっただろう? 俺はお前が言うように、純粋でも優しくも無い。寧ろ俺の心は、冷たく嫉妬でどろどろに汚れきっている。

 それが分かったら、今後はもう俺には近づかない事だ」


 そう冷たく言い放つと、その場を去って行った。

 シェルの姿が見えなくなると同時に緊張の糸が切れ、へなへなとその場に座り込む早夜。

 そして――。


「あ、あれ?」


 いくら立ち上がろうとしても、まったく足に力が入らない。

 早夜は完全に、腰が抜けていたのだった。




 △▼△▼△▼




 〜日本・一時帰宅その後 其の1〜




「アイ〜〜目ガ回ルノデツ〜〜〜」

「何だこれ!?」


 可愛い声と共に、楓の疑問の声が上がる。

 蒼と亮太は顔を見合わせた。

 そして蒼が一言。


「えーと、魔道生物?」

「マドウッて……だから何!?」

「と、とりあえず中に入ろう! ちゃんと説明してくれるよね?」


 戸惑いつつも蓮実が言った。

 一方彼らの足元で、漸く焦点が定まったのかぼんやりと辺りを見回すその小さい生き物は、可愛く首を傾げて言った。


「アイ? 此処ハ何処デツカ?」

「ええーと、落ち着いて聞いてね? ここは私達の世界よ。あなたは誤ってこっちに来ちゃったの……」

「アイー、ソウナノデツカー…………何デツッテ!!?」


 その小さな生き物は、蒼の説明を聞くと頬に手を当て、ガーンとショックを受けた顔をしている。ムンクも吃驚だ。


「ほ、ほら、あなたも中に入ろう? 私の家族を紹介してあげるから、ね?」

「そういえば、こいつの名前ってなんて言うんだ?」


 亮太がポツリと呟いた素朴な疑問に、魔道生物は顔を上げると首を傾げた。


「名前デツカ? 僕タチ魔道生物ニハ、名前ハ無イノデツ。

 名前ヲ付ケルト、研究ニ支障ヲキタスト、ゴ主人タマハ言ッテイマツタ!」

「ええー!? それじゃあ呼ぶとき、困るでしょうに……。そうだ、私が名前付けたげる。そうねー、花ちゃんでどう?」

「何だ、そのまんまなネーミング!」


 呆れ顔の亮太に、ムッとする蒼。


「いーでしょ別に、どっからどー見ても花ちゃんじゃない!」


 すると、その小さな生き物は、パァァッと顔を輝かせ、蒼の足にピトーッと張り付いた。


「アリガトーナノデツ! 僕ニ名前ガ付キマツタ! 蒼ハ、僕ノモウ一人ノマザーナノデツ!!」


 その何とも言えない姿に、その場にいる一同は、ほんわかするのだった。




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