~表の顔と裏の顔~
『 欲しい欲しいと求めるは
絶対的な“力”の束縛
“力”がその身を強く縛るほどに
満たされて行くのは
“束縛”による心の“解放” 』
活気ある町並み。
そして、建物の屋根からそれを見下ろす影……。
風になびく紫色の長い髪、女性らしい丸みのあるしなやかな体つき。
彼女の名は、カンナ・ハマ。
今、彼女の体は誰の目にも留まる事は無い。
そして彼女のその体には、顔にも、体にも、その髪の毛一本一本にでさえも、青白く輝く呪印が描かれている。
その呪印の効果により、彼女の姿は……いや、存在自体が今、消え去っているのだ。
今の彼女は普段とは違い、あの緩慢な動きも凡庸とした雰囲気もなりを潜め、その眼差しは鋭く生気に満ちている。
彼女が瞬きをするその灰色の眼にもまた、呪印が浮かび上がっている。
彼女は、その呪印の浮かぶ瞳で周りをゆっくりと見回す。
その瞳の呪印によって、魔力を個別に識別するのだ。
クラジバールの感知装置により、この広いアルフォレシアの国の中、城周辺とその城下町と限られてきたが、それでもまだ広く、少しずつ範囲を狭めている所だった。
骨の折れる作業だが、それでも彼女は苦ではなかった。
何故ならこれは、久しぶりの力の開放。
出来る事ならば、ずっと味わっていたい感覚だった。
だが、確実に素早く任務を遂行する事、これもまた彼女の生きる上で大切な事。
長期に渡る力の開放は、体に負担をかけるのだ。
下手をすれば、命を縮める事に繋がりかねない。
それに、彼女の中の何かが求めるのだ。
その魔力の主に会いたいと……。
あの時感じた力は、何も感じる事の無い彼女の心に、恐怖の感情を覚えさせた。
(あの時、私は恐怖を感じながらも笑っていた……。それは、私を解放させる力なのかもしれない……)
だから、王子の命令は彼女にとって好都合な事だった。
その力の主に会える。彼女の心は弾んでいた。
(その者がどんな人間でも構わない。重要な事は、その人物が自分を支配するに足る人間か――……)
その時、彼女は自分の他にも魔力を探っている者がいる事に気付いた。
(あれは命令とは関係ない)
そう思い無視をする。
ただ、自分の邪魔をするのであれば、その時始末をすれば良いと思った。
「ここにはいない……」
そう呟くと、屋根の上の足場から、何も無い宙へと足を出す。
すると、そのつま先から呪印の紋様が空中に広がり、そしてそれは、そのまま彼女を取り囲むと、まるで飲み込もうとするように覆い被さり、彼女の姿もろとも消えてしまった。
そして、数キロ先の屋根の上にまた姿を現す。
すると、先程したのと同じように、ゆっくりと周りを見回した。
こうして彼女は、少しずつだが、確実に早夜のもとへと近づいてゆくのだった。