8.告白!? 潜入、一時帰宅!
その後、気付けば早夜の首には、あのお守りがいつの間にやらぶら下がっていた。
リジャイがあの時に返したものと思われる。
お陰で早夜は、お守りを見る度にあの時のキスを思い出して真っ赤になり、それを見た亮太とリカルドが、リジャイに対する嫉妬という名の憤りを募らせる事となった。
そうして数日経った今日、亮太は早夜を呼び出した。
その場所は中庭で、ここの所、亮太が自主練で使っている場所だった。
彼が緊張した面持ちで待っていると、早夜が息を切らせながら走ってきた。
自分の為にそこまで急いでくれた事に内心喜びを感じる。
「何もそこまで急がなくても良かったんですよ? 俺、いくらでも待てますから」
「そんな悪いよ……でも、少し遅れちゃったね。何だか最近、王様や王妃様によく会うんだよね……。何でだろう?」
そうなのだ。
ここのところ、廊下を歩いていると必ずと言っていい程、王と王妃にばったりと会いお茶に誘われるのだ。
部屋にいればたまたま通りかかったからと言って、お喋りしていく。
話は面白く飽きる事はないが、いくら国賓扱いだからといって、一国の王やお后様がこうも頻繁に後宮でもないこの客室の前をたまたま通るものだろうか。
そんな疑問が浮かばなくもなかったが、断る理由もないので早夜はそのまま彼らを受け入れている。
今日も廊下で引き止められて、断るのに時間がかかってしまった。
話の内容は趣味や好きな物といった、他愛無いものであったが、それ以上にリカルドの事をよく話してゆく。とにかく、彼の事をべた褒めするのだ。
(夢の中でよくリュウキさんが、陛下は親ばかだとか言ってたけど、何かそれ以上の褒めっぷりだったな……)
「あの……桜花さん?」
黙ってしまった早夜に、亮太は怪訝な顔をして声を掛ける。
「え? ああ、ごめんね? それで、話ってなぁに?」
早夜が聞くと、亮太は緊張に顔を強張らせる。
その顔は赤く、時折早夜の様子を窺うように見ている。
「あ、あのですね……。実は、日本に行くのが今日の午後になりました」
「えぇ!? 今日? 蒼ちゃん何も言ってなかったけど……」
「それは……俺も、今朝知ったばかりなんです」
「そっか……、クラジバールに行くんだよね。亮太君、蒼ちゃんの事守ってあげてね……」
心の底から心配そうに言う早夜に、亮太はグッと言葉が詰まる。
(俺は貴女を守りたいんだっ!)
そう心の中で叫ぶと、意を決したように早夜を真正面に見据えた。
そして、耳まで真っ赤に染めながら告げた。
「早夜さんっ! 俺、あなたが好きですっ!!」
(言った、言ってやったぞ! しかも下の名前で!)
心の中でよくやったと自分を褒める亮太。
いきなりの告白に、最初早夜はポカンとした顔をしていたが、やがてじわじわと言われた事の意味を理解すると共に、顔を赤らめ俯いてしまった。
「初めて会った時から好きでした。あなたのその笑顔が好きです。あなたのその強さも、弱さも、知る度に好きになって行きました……」
一度好きだと言ってしまえば、後は今までの事が嘘のように、すらすらと言葉が出てきた。
嘘偽りのない己の気持ちだからこそ、淀みなく誇りを持って告げることができる。
「俺の早夜さんに対する気持ちは、誰にも負けません! あのリジャイって男にも、リカルド王子にも絶対に負けませんから!
だから、俺に早夜さんを守らせてくれませんか?」
亮太は俯く早夜の手を取った。
その手の熱さに肩を揺らす。そしておそるおそる顔を上げると、顔を赤らめながらも、真っ直ぐに早夜を見つめる亮太がいた。
「俺はあなたを守りたい……俺もあなたの救世主になりたい……」
早夜はその真剣な眼差しをそのまま受け止める事が出来ず、また俯いてしまう。その手は小さく震えていた。
「いきなりですいません……。日本に行くって聞いて、どうしても俺の気持ちを伝えたくて……。俺のいない間に、他の誰かに先を越されるのは、もういやだから……」
あのリジャイのキスを思い出しながら、悔しげに呟く。
「返事は俺が戻ってきたら教えて下さい。それまではどうか、俺が早夜さんを好きなんだって事、忘れないで下さい」
亮太は今一度手にギュッと力を込めたかと思うと、そっと離した。
そして早夜に向かい頭を下げると、そのまま走り去ってしまう。
その場に残された早夜は、熱い頬を両手で押さえ、地面しゃがみ込むのだった。
「あら、亮太? ねぇ、あんた早夜見なかった?」
日本へ行く準備をしようと、部屋へと向かう亮太を蒼が呼び止める。
ギクリとし、赤い顔で蒼を見る亮太はボソリと言った。
「さ、早夜さんなら、中庭にいる……」
「……? そう、中庭に……」
そう呟くと何かに気付き、ニヤッと笑うと、蒼は言った。
「ふーん、成る程ねぇ……したんだ、告白……」
「っ!! なっ、何っで!?」
わかったんだ? と焦ったようにさらに墓穴を掘る亮太。
「だって、名前、下の名前で呼んでるわ。亮太の性格からして、いきなり下の名前で呼ぶなんて考えられないし、これは何かあったって考えるべきでしょ?
それに、あんな事があった後だし。今日、日本に行くって言うし……自分がいない間に他に誰かに奪われたら大変ってな事で、何かしらアプローチすると思ってたわ」
何もかもお見通しよ、と言う風にフフッと笑う蒼。
亮太はハァーと息を吐くと呟く。
「やっぱりお前には敵わねーよ……」
「それじゃあ行きましょ? 準備するんでしょ? 私も付き合うわ」
「はっ? 早夜さんに用があったんじゃ……」
「まーねぇ。でも、日本に行く事は亮太が話したんでしょ? それに今、あんたの告白でイッパイイッパイでしょうから、そっとしといてあげましょう」
蒼はそう言って、部屋に向かって歩き出した。
亮太もその後についてゆく。
「その様子だと、返事は日本から戻ってからってとこ?」
「ああ、って言うか本当何でもお見通しなんだな、お前は……」
すると蒼は、フフンと笑った。
「まーねー、生まれてからずっと一緒のようなものだしね。でもまぁ……もし振られでもしたら、その時は私が慰めてあげるわよ」
「ううっ、今から振られる話かよ。それに、お前の慰めって……何か企んでそーで、こえーよ……」
「あら、心外ね。純粋に慰めてあげるのに。なんだったら、そのまま付き合ったげてもいーわよ」
「はぁ!? 何言ってんだよっ?」
思いっきり変な顔をする亮太。
その顔を見て蒼はクスリと笑う。
「あら私、亮太の事好きよ。付き合ってもいいって思うくらいにはね」
さらりとそんな事を言われた。亮太の顔が益々に変になる。当の蒼は何処か可笑しそうに笑っていたが、そこにからかいの色はない。
「はっ!? ちょ、ちょっと待て、今のタイミングでそーゆー事言うか?」
「今だから言ってんじゃない。振られた後に言っても、同情されたなんて、思われるだけでしょ?」
何処までもあっけらかんとして言う蒼に亮太は戸惑うばかりだった。
そして、どうにも信じられなかった彼は、どもりながらも確認する。
「蒼……ほ、本当に、その……俺を?」
「ええ、好きよ。でも、それ以上に早夜も大事なの。早夜も幸せになれて、あんたも幸せになれるんだったら、それ以上に嬉しい事は無いわ」
本当に嬉しそうに、そして穏やかに笑う蒼に偽りの色は見えない。
それを確認した亮太は深い溜息と共に天を仰ぐ。
「あー、本当にお前には敵わねー」
口からこぼれ出る彼の声は、心底悔しそうであった。
「それじゃあ君達、準備は出来た?」
リジャイの質問に頷く。今、二人は制服姿であった。
ただ、何枚かの呪符と、護身用の剣をその腰につけている。呪符はルード、剣は王から直接賜った物だ。
その時亮太は、黙ってリジャイを睨んでいた。あの時の光景を思い出し、今にも殴りかかってしまいそうだ。
「ちょっと待てよ。サヤがいないぞ?」
リカルドもまたリジャイの事を睨んでいたが、早夜がこの場にいない事に気付き、辺りを見回した。
今この場には、王を始め、あの謁見の間にいた面々が揃っていた。しかし、一番の関係者である早夜の姿だけが見えなかった。
ただ、理由の分かっている亮太と蒼は、顔を見合わせると頷いた。
「俺はもう挨拶は済ませましたから平気です」
「私は挨拶はまだだけど、その分ずっと一緒にいて、語り合ったから大丈夫」
2人はそれぞれそう言うと、リジャイに出発を促した。
「ま、待ってください!!」
その時、早夜が走ってやってきた。そして、蒼の前に立つと、唇を尖らせる。
「挨拶もしないで行っちゃうなんて酷いよ、蒼ちゃん」
「あー、ごめんごめん、そっとしといた方がいいかなって思って……(亮太から告白されたんでしょ?)」
蒼は、ボソッと早夜に耳打ちする。
途端に顔を真っ赤にする早夜に、蒼は思わず胸がキュンとなるのだった。
(あー、もう、カワイー!)
「あのね蒼ちゃん、これ持っててくれる?」
そう言って、蒼が手渡されたのはあのお守りだった。
「いいの?」
蒼がそう聞くと、早夜がふわりと笑って言った。
「うん! だって、離れ離れになっても、また会えるおまじないだもん」
蒼は「そっか」と言って、そのお守りを受け取るのだった。
それから早夜は亮太と対峙した。
互いに顔を見合わせると、頬を染め、同時に目線を逸らす。
だが直ぐに、亮太は早夜に向き直り言った。
「じゃあ早夜さん、俺行って来ますね。あなたが言った通り、ちゃんと蒼を守りますから安心して下さい」
早夜はその言葉を聞き、顔を上げるとコクリと頷いた。
「ありがとう亮太君。私、亮太君の気持ち嬉しかったよ。ちゃんと返事できるようにいっぱい考えるから……」
亮太は早夜のその言葉に微笑んだ。
何より、真剣に受け止め、考えてくれるのが嬉しい。
「はい、今はそれで十分です。それでどんな結果が出ようと、俺はちゃんと受け入れますから」
「……うん、ありがとう。あのね、やっぱり亮太君も、私の救世主だよ。だって、私の夢の話を真剣に聞いてくれたし、魔法を使うって馬鹿馬鹿しい話にも真剣に付き合ってくれた……あれは、すごく嬉しかったな……」
そんな事をぽそっと言われ、亮太は今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。
亮太が手を伸ばしかけた時――
「はいはーい、そろそろ行かないと、日が暮れちゃうよーん」
その声で我に返った亮太は、その声の主を睨んだ。
(くそっ、いい所でっ!)
リジャイはそんな亮太を見ると、フフンと笑って見せる。
(く〜〜っ!やっぱりワザとかっ!)
「恐らくカンナは、もうこっちに来てると思うし、どこで何聞いてるか分からないからね。これ以上はあまり話さない方がいいかも」
「えっ? 本当ですか!?」
そう言って、周りをきょろきょろと見回す早夜を見て、リジャイはクスリと笑うと彼女に近づいた。
「いきなり城には来ないとは思うけど……この前みたく無理に魔力を出して、感知されちゃうような事はしないでね」
そう言うと、早夜の髪に触れ、その耳元にボソリと色っぽい声で呟く。
「それで、この前の質問の答え、分った?」
「―――っ!!」
一気に顔を真っ赤にする早夜を見て、何を言われたのか容易に想像できた亮太は、ギリリとリジャイを睨む。
そんな亮太を知ってか知らずか、リジャイは早夜の髪を指に絡めた。
「ところで早夜、髪の毛一本貰っていい? 貰うよ」
早夜の返事を待たず、触れていた髪からそのまま一本抜き取ると、くるくるっと左手の小指に巻きつけてゆく。
「この先何が起きるか分からないし、万が一君に何かあった場合、直ぐ探し出せるようにね」
そして、その小指に巻きつけた髪に口付ける。
早夜には、それが魔力でコーティングしたんだと分かったが、なんだか凄く恥ずかしかった。
それからリジャイは、亮太と蒼に向き直ると、足元に魔法陣を出現させる。
「蒼ちゃん、亮太君、気を付けてね!」
不安そうに見送る早夜に、2人は笑って見せた。
「大丈夫よ! 直ぐに戻ってくるわ」
「はい、早夜さんも気を付けて」
そして、魔法陣は輝き出し、亮太達はクラジバールへと移動した。
亮太と蒼が気が付くと、そこはもう、アルフォレシアではなかった。
そして、目の前に広がるものはとても幻想的な光景。
大きく広い空間の中には、一本の巨大な樹が生えていて、その樹の枝は、天井に開いた広く丸い穴に向かって伸びている。その吹き抜けとなった天井からは、外は夕暮れ時なのか、オレンジの光が差し込んでいた。
よく見れば、その樹の周りには小さなものがたくさん飛び回っているように見えたが、此処からではそれが何なのか、はっきり見る事は出来ない。
「おお、リジャイ! 潜入成功ジャな!」
その時、幼い声がして振り返れば、不思議な容姿の子供が立っている。
葉っぱのような髪に、真っ白な肌、黒くクリクリとした目は、彼が異界人である事を強く認識させられる。
「やぁピト。準備は出来てる?」
「勿論ジャとも。ワシを誰だと思ってるんジャ!」
その子供はフフンと胸を張った。それをボーとした顔で見つめる亮太と蒼。リジャイは、それに気付くとピトを紹介した。
「彼はこの国の魔学者で、ピトってゆーんだよ。彼、こー見えても、五百歳超えてるからね」
思わぬ事実に固まる二人。
ピトは、ホッホッと笑うと、亮太達に目を向ける。
「それでもワシら樹木人にとっては、人間で言う所の二十代後半から三十前後といった所ジャの」
また新たな事実に更に驚いている亮太達を促し、歩き出す。
「だって、どー見ても小学生……」
蒼の呟きに首を傾げるピト。
「ん? しょーがくせーとは何ジャ? でもまあ、言いたい事は分かるよ。
ワシずっと地下に篭っとったからのぅ……日光不足で成長が遅れたんジャ!」
彼は呵々と明るく笑った。
長い廊下を歩いていると、蒼が亮太の袖を引っ張ってきた。
彼は何だと振り返ると、蒼が後ろの方を示す。
「何か変な生き物がいる……」
見れば掌サイズの小さな生物達が、独楽のような形の乗り物に乗り此方を伺っている。
彼らは二人が見ていると気付くと、慌てて近くにある部屋へと隠れ、そして直ぐにその影からそーっと顔を出すのだ。
「あれはワシが創った魔道生物ジャ。さっきの部屋の大きな樹、母胎樹と言うんジャが、あれから生まれたものジャよ。
これ、お前達。隠れんでもいーから、出てきたらどうジャ?」
そんなピトの言葉に、一体何処にこれ程隠れていたのか、わらわらと魔道生物達が出てきて、亮太と蒼を取り囲んだ。
「ダッテ、ゴ主人タマ、秘密ノオ客タマナノデショウ?」
「ソーナノヨー、見ツカッタラ大変ナノヨー」
「ダカラ僕タチ、見張ッテルノー」
それは、見れば見るほど可愛らしく変梃な生き物だった。
頭には葉っぱを生やした者や花が咲いた者がおり、顔部分は球根のように丸く、その中にはちょんちょんとゴマ粒ほどの小さな目がった。そしてその下には、これまた小さい可愛らしい口も存在する。
そんな頭の乗った胴体は、何かモチモチしていて、蒼は思わず握り締めたくなった。
(なるほど、さっきの樹の周りで飛び回ってたのはこの子達ね……)
蒼は気付いた。
「初めまして。私、蒼って言うの。んで、こっちが亮太。よろしく!
因みに、私の名前と亮太の杉崎の杉って苗字は、植物関係の文字だから、お仲間ね!」
己の名について、草冠が付いてるから植物関係だろうという安直な考えである。
そんな考えなど欠片とも表には出さず、蒼は小さな愛らしい生き物ににっこりと笑い掛けた。
一瞬ぱちくりと瞬きをした彼らだったが、次の瞬間にはパッと顔を輝かせ大喜びした。
「アオイニリョータ!」
「オ仲間、オ仲間ー!」
「ドウ書クノー?」
「……蒼? 亮太? 覚エマツタ!」
「僕達ノオ仲間、仲良クスルノー!」
『ヨロシクー!!』
口々に喋るものだから狭い廊下は大騒ぎだ。
「これこれ、内密だと言うのに、お前達が騒いでどうするんジャ」
ピトは苦笑いしながら彼らに注意すると、しまったと言う様に、小さな両手でそれまた小さな口を塞ぎ、皆で『シーー』となんとも愛らしい仕草。
そして、今度は声を出さぬように無言で手をつなぎ、くるくると踊り出した。
ピト曰く、何でもあれは《喜びの舞》と言うらしく、彼らが嬉しい時に必ず踊るそうだ。
「今まで、あの子達に挨拶する者などおらんかったからのぅ……。よっぽど、嬉しいんジャろうなぁ」
ピトはそう言うと目を細め、魔道生物達を見守っている。
その姿を見て蒼は思った。
(まるで、孫を見るおじいちゃんの様だわ……)
それから、召喚部屋へと遣って来た一行。
リジャイは二人を魔法陣の中心に立たせると、呪符を渡した。
「これは、こっちに戻って来る為の呪符だよ。用事が済んだら、これを破ってね」
亮太と蒼は、それを受け取り頷いた。
その時足元の魔法陣が輝きだし、リジャイが離れる。
「フム、ばっちりジャな。あちらとの道は、まだしっかり開いたままジャぞ。いつでも出発できる」
「2人とも、心の準備はいい?」
リジャイの言葉に、亮太達は緊張した面持ちで、コクリと頷いた。
「オ見送リスルノー」
「気ヲ付ケテネー」
「蒼ト亮太、行ッテラッシャーイ!」
魔道生物達は、口々に見送りの言葉を言い、また踊り出した。
先程の踊りとは違うらしく、どうやらそれは、見送りの舞のようであった。
魔法陣が、輝きを増す。
そして、それに合わせるように魔道生物達の踊りも最高潮を見せる。
一体の魔道生物が、円盤からシュタッと飛び出し、彼らの造るピラミッドの頂点に立ち、華麗スピンした。
“ポテッ”
『あっ』
一同が声を上げる。
スピンをしていた一体が、勢い余って目を回し、魔法陣の中へと転がり落ちてしまったのだ。
そして、そのまま亮太達と共に姿を消した。
『…………』
「あらら、行っちゃった……」
「ま、まぁ、何とかなるジャろ……アレ自体には、魔力は無いからの……」
そんなピトたちの呟きの中、魔道生物達は慌てて右往左往するのだった。
△▼△▼△
楓はジィッとリビングから庭を見ていた。
そんな彼の目の下には隈が見受けられる。
早夜達が魔法陣と共に消え去ってしまってから、彼はこうして殆ど寝ずに庭を見張っていたのだ。
「楓もよくやるわね。確実に此処に帰って来る保証なんて、どこにも無いでしょう?」
声を掛けたのは百合香だった。
そんな今日の彼女の姿は、サリーに身を包み、インド風の出で立ちだった。
「いいんだよ、これは僕の気持ちの問題なんだから」
最初、面白がっていた彼も日が経つにつれ、心配でいても立ってもいられなくなったのだ。
「そう言う百合香だって、目の下に隈が出来てるぞー」
化粧では隠し切れぬ隈を指摘される。彼女もまた、心配で眠れなかったらしい。
「まぁ、そこはお互い様ね」
百合香は楓にお茶を出した。
「めずらしー、お茶なんて淹れられたんだな……」
「ふふ、お茶を淹れるのは得意なのよ」
そうして、2人でお茶を啜り、うっすらと明るくなってきた庭を眺めていた時だった。
庭の中心に魔法陣が現れ、光の渦と共に蒼と亮太の姿が現れたのだ。
楓と百合香は同時にガタンと音を立てて、椅子から立ち上がる。
その時大きな音をたて、後ろの扉が開いて、蓮実、茜、マリア、翔太郎も入ってきた。
どうやら、彼らも自室から庭を見ていたらしい。
彼らは庭に飛び出すと、蒼達のもとへと駆け寄った。
「うおー蒼ー、よく帰って来たなー! お兄ちゃん心配してたぞー!!」
「とにかく、無事でよかったわ……」
「一体どこに行ってたんだ?」
「おかえりー! 亮ちゃん! あーちゃん!」
「…………」
「あれ、早夜さんは?」
一斉に話しかけられ、戸惑う蒼と亮太。
しかしその時、足元から可愛らしい声がした。
「アイ〜〜、目ガ回ルノデツ〜〜〜」
そこには頭にピンクの花を咲かせた、可愛らしくも変梃な生き物が、目を回してフラフラとよろけていたのである。
「何だ、これ!?」
楓の呟きは、ここにいる一同の心の呟きそのものであった。