表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第三章》
27/107

6.私の救世主

「あの王様、ちょっと良いですか?」


 歓迎の挨拶が済んだ頃、蒼がタイミングを見計らい、片手をあげアルファード王に訊ねた。

 早夜は不思議そうに、そして亮太はハッと何かに気付いたように蒼を見る。

(蒼? まさか、ここであの話をする気か!?)


「何だね? 言ってみなさい」


 アルファードが蒼を見て言った。

 すると蒼はスッと人差し指を出し、リジャイを示した。


「あの人に質問があるんですが、いいでしょうか?」


 指差されたリジャイは「え、僕?」と言いながら、面白そうに此方にやって来た。


「何々? 早夜の愉快なお友達が僕に何の用?」

「ば、馬鹿! 勝手に動くな!」

「え!? あ、待って下さいっ!」


 カートとルードが、慌てて追いかけてくる。どうやら彼らは、リジャイがおかしな事をしないように、見張っている役目をしていたらしい。

 蒼がアルファードを見ると、彼は頷き促す。

 蒼は、リジャイを真っ直ぐ見据えると言った。


「リュウキさんは貴方に、早夜が妹だという事以外に何か言ってませんでしたか? 例えば、母親の事とか……」


 それを聞いて、早夜はあっと声を上げる。リュウキの母親という事は、自分の母親でもある、つまりアヤの事だ。

 リジャイは考える様に顎に人差し指を置く。


「うーん、そうだなぁ……ああ、リュウキの魔眼は母親譲りだって言ってたな」

「えっ!? お母さんも魔眼が使えるんですか?」


 びっくりする早夜。今まで、一度だってそんな素振りは見せなかった。


「ん? まぁ、そーいう事になるんじゃないの? 後、お兄さんがいるって言ってた」

「お、お兄さん!? 私にはもう一人お兄さんがいるんですか?」

「うん。今、彼がクラジバールで名乗ってる名前、ムエイはお兄さんの名前だそうだよ。

 でもお兄さんは体が弱くて、魔眼は使えないって言ってたけど……」


 新たな事実に目を丸くする早夜。

 他の面々もびっくりした顔をしている。

 

「後もう1つ。早夜、君のこの名前は、君の本当の名前じゃないよ」

「えっ?」

「君の本当の名前は、オミサヤ、と言うらしい」

「っ!! 何ですか、それ? そんなの私、知りません……どういう事なんですか?」


 早夜の呟きに、リジャイは肩を竦める。


「ごめんね。僕に聞かれても分からないよ……」

「……それはつまり、早夜は私達のいる日本とも、違う世界の人間って事?」


 蒼は考えを巡らすように厳しい顔をしていた。

 それを見て、早夜は何やら胸がざわつくのを感じ、不安げな顔を見せる。

 蒼は顔を上げると銀髪の青年ルードを見た。


「ルードさん…でしたよね? 宮廷魔術師のあなたに聞きますが、私達を日本…元の世界に戻る事は出来ますか?」


 いきなり声をかけられ、あたふたしながらルードは答える。


「え? あ、ああ、はい! ええっと、それが……異界への召還は、魔力がかなり要りますのであの部屋が壊れてしまった今、それは難しいと思われます」

「そうですか……」

「すみません……」


 その後ろで、亮太だけは安堵の息をついていた。


「申し訳ないが今、性急にあの部屋の修復に当たっている所でな。それまでは、この城でゆっくりしていて欲しい」


 気の毒そうなアルファードに、蒼は慌てて首を振った。


「いえ、それは王様のせいではありませんので。ただ、早夜のお母さんに会って、事の真相を聞いてみたかったんです。それが出来ないのは残念ですが、仕方ありません。またの機会にします」

「そうか、そうだったな。この娘の母親は、リュウキの母でもある訳だからな。これは余も、一度会ってみたい。我々も考えてみよう……」


 そう言って、アルファードは頷く。

 だがその時、リジャイが声を上げた。皆が彼に注目する中、彼は言った。


「あー、話が落ち着いた所に悪いんだけどさー。その君達の世界に戻る話? 何とかなりそうだよ……」

「っ!! それはまことか!?」

「うん、ホントー」


 国王を前にしても、やはり態度は変わらないリジャイ。


「おいっ! 陛下に対して無礼だろーが!」


 カートが注意するが、リジャイはひょいと肩を竦めるばかり。


「別に僕、この国の人間じゃないもーん。それに、僕の生まれた世界って、王様いなかったから王様に対する礼儀なんて知らないんだもーん」

「っ、貴様!」


 何処までもふざけた口調のリジャイに、カートは苛立ちをつのらせる。


「……やっぱり、俺はお前が気に入らねー。その人をおちょくったような態度といい、ふざけた言動といい、全部が俺を逆撫でしやがる……」

「あはは、別に君に気に入られたって、気持ち悪いだけだからね!」


 満面の笑みでリジャイが言ってのける。

 2人の間には見えない火花が散っていた。

 いつまでも終わらなそうな二人の睨み合いに、正直うんざりしかけた王が声をかける。


「ああー、もう礼儀とかよいから、早く話してくれんか……」

「ほら見なよ、君より王様の方が話わかるじゃん」

「い、い、か、ら! 早く話せ!!」


 ギリギリと歯を食いしばり、怒りを押さえるカート。


「そーだね、そろそろ君で遊ぶのにも飽きたしね」

「っ!!」


 ブチッと切れて、掴み掛かろうとするカートを、ルードとリカルドが押さえる。


「カ、カートさん! 今はおさえてっ!」

「落ち着けカート! 気持ちは解るが、今はそっちの話のが大事だろーが! 後でいくらでも殴らせてやるからっ!」


 リカルドの言葉に、漸く落ち着きを取り戻したカート。彼はクッと笑うと言った。


「お前に宥められるとはな……これじゃ、いつもと逆だ。早く言えよ、ヘビ野郎。後で思う存分殴らせてもらうからな……」


 リジャイは、カートのその言葉に肩を竦めた。


「あはは、それは本当に後が怖いなー。

 でも、リカルドだっけ? 早夜とは随分打ち解けたみたいだけど……でも、君にあの娘は渡さないよ……」


 最後は声を低め、細めていた目を開くと、その紫の瞳でリカルドを見据える。

 思わず睨み返すリカルドだったが、

(ん? 何で俺、こんなにムカついてんだ?)

 と、首を傾げた。


 そんなまだ無自覚そうなリカルドの様子を見て、リジャイはフッと笑うと口を開いた。


「ま、冗談はこの位にしてっと」

「冗談かよ!」

「そーゆー冗談は止めてください!」


 リカルドと早夜が突っ込む。

 しかし不思議そうな顔でリジャイはこう続けた。


「ん? もしかしてさっきの早夜を渡さないって言った事? あれは別に冗談じゃないよ。

 冗談って言ったのはあそこの茶斑君に対して。早夜の話は僕、本気だよ」


 そう言ってのけた彼は、不思議な笑みを浮かべた。

 その笑顔を見た早夜は、更に顔を赤くして何も言えなくなってしまう。

 そしてその様子を見ていたアルファード王と王妃シルフィーヌはこんな会話をしている。


「……シル、どうしよう……息子にライバル出現だよ……」

「あら、でも恋敵(ライバル)がいたほうが、燃えるものですわよ?」

「おお! そうだな、がんばれ息子よ!」


 そんな王と王妃をよそに、リジャイは苦笑しながら言う。


「とまーそういう事で、早夜に怒られちゃった事だし、僕、本気で話すね。

 まず、君達の移動手段、それは、クラジバールの召喚用魔法陣の事。あれだったら、あの部屋よりも簡単に送り返せる」

「っ!? ちょっと待て、お前、クラジバールに潜入するのは無理だとかぬかしてなかったか?」

「うん、無理だよ、魔力を持ったものなら、ね……」


 ニヤリと笑い蒼と亮太を見ながら「でも」と続ける。


「彼らなら可能だよ。魔力は一切感じられないから、これなら結界もすり抜けられるよ」

「しかし、それは危険すぎやしないかね?」


 アルファード王の懸念に、リジャイは頭を振った。


「多分、大丈夫だよ。あちらはまさか、魔力の無い者が潜入して来るとは思わないし、僕が直接その魔法陣のある所まで送ってあげる」

「あ、あの、それはちゃんと戻ってこれるんですよね……」


 早夜が不安そうに言う。

 その言葉に蒼がぴくんと反応した。


「うん、その点も安心して。戻ってくる為の呪符を用意してあげる。使い方も簡単。あちらで用事を済ませたら、ただその呪符を破るだけ。そうすれば、そのまま此方に戻ってこれるよ」


 それを聞いて、早夜は安心したように息をついた。

 しかしそれを打ち破るように声を上げる者がいる。


「ちょっと待ってくれ! その事なんだが、行くのは俺だけにしてくれないか?」

「っ!! ちょっ、亮太!? あんた――」


 いきなり口を開く亮太を、焦り止めようとするのは蒼だ。

 だがそんな蒼を亮太は睨みつけると、憮然とした顔で言った。


「お前やっぱり、桜花さんに言わないで行くつもりだったな? 桜花さん。こいつ、あっちに行ったらそのまま戻ってこないつもりなんです」

「えっ?」


 早夜が確かめるように顔をのぞき込むが、彼女は目線を合わせてくれない。

 途端に不安になる。


「あ、蒼ちゃん……?」

「どうしてもそれを実行するってんなら、桜花さんに納得いくように説明してからにしろ」

「うーん……確かに何も言わないで行くのは卑怯だよね」


 リジャイも亮太に乗っかるように言う。


「蒼ちゃん、本当?」


 震える声で言う早夜に、蒼は目を向けた。そこには、今にも泣きそうな早夜の姿がある。

(だから言いたくなかったのに……)

 言えばきっと早夜は泣く。泣いているのを見たらきっと決心が揺らぐ……。心を奮い立たせるように目を瞑ると、蒼は言った。


「だって私は、この世界では何も出来ないでしょう? 私だって、早夜を守りたいって思うよ。

 でもね、この世界は魔法が当たり前のようにあって、それが主力になってて……そんな中で私は、魔法は使えない、何か武術が出来る訳でもない。

 それにもう、早夜のあんな姿見たくないよ……。それを見てるだけで、何も出来ないのが何よりも嫌なの……」


 蒼の中であの時の光景が甦り体が震える。あの時は、本当に早夜が死んでしまうかと思ったのだ。

 またあんな事があったら、その時自分は自分を保てるだろうか。

 それを思うと怖くてたまらないのだ。今すぐ逃げ出してしまいたくなるほどに。

 そう、今自分は逃げだそうとしているのだ。

 何だか蒼は情けなくて笑い出しそうになった。


「蒼ちゃんは何も出来なくなんてないよ……」


 けれど蒼の考えを余所に早夜がぽつりと言った。

 蒼は目を開け早夜を見るが、その顔は俯いていて良く見えない。


「蒼ちゃんはね、私の救世主なんだよ。だからそんな事言わないで……」


 救世主……前にも一度、確か此方に来る前の晩に耳にしたような気がする。

 しかし、蒼にはその意味が分からなかった。


「だって、私は――」

「違うの、ただ傍にいてくれるだけでいいの……。お願いだから……蒼ちゃんまで離れていかないで――……」


 早夜はそう言いながら顔を両手で覆った。

 一瞬泣いているのかと思ったが、よく見ればそれは泣くという感じではなかった。

 どちらかと言えば恐怖を前に怯え顔を覆う感じ――。


 早夜の記憶の中、それは色濃く残る傷。

 一人、また一人と早夜の元から去っていく寂しさと孤独感。


 ――やっと離れていかない友達を見つけたのに――


「皆ね……私の夢の話をすると、離れていったの……気持ち悪い、頭がおかしいんだって……。その内、私の周りに誰も居なくなって、それで――」

「早夜! もういい、もういいからっ、それ以上言わなくていいから……」


 ぎゅうっと早夜の言葉を遮り抱きしめる蒼。


「それ以上言ってしまったら、早夜が傷付くだけでしょう?」

「っ、……蒼ちゃん、もしかして知ってたの? 私が虐められてたって事……」

「……ええ、早夜のお母さんから聞いたの。

 ……さっきのリュウキさんの話……。

 あの、心配させたくない、煩わせたくないって、あれは本当は早夜自身の事なんでしょう?

 おばさん言ってたよ、何も話してくれなかったって……」


 けれどその言葉に首を振る早夜。


「違う、違うの、それだけじゃないの……。虐められてるって知られるのが、怖かったし、恥ずかしかったの……。

 それに、認めたくなかった……自分が虐められてるって、認めたくなかっただけなんだよ……」


 早夜の目から、とうとう涙が零れ落ちる。


「だけど、とうとう認めなくちゃならない事が起きたの……。階段から突き飛ばされて、骨折っちゃって……その時、先生も近くに居たから、虐めの事もばれて……大騒ぎになっちゃって……。

 何よりね? 決定的だったのが……」


 言葉をいったん区切り、涙の溢れる目で蒼を見た。

 蒼も泣いていた。


「私を突き飛ばしたのが、私と一番仲良かった子だったの……。それでもう、戻れないんだなって思った。

 お母さんにもばれて……すごく謝ってた。お母さん何一つ悪くないのに……。

 それから引っ越して、蒼ちゃんの居る学校に転校して来たんだよ」


 早夜は思い出すように目を瞑ると、深く息を吐いた。


「私ね、もう友達は作らないって決めてたの……。なのに蒼ちゃんは、会って早々、友達宣言したよね。断ろうにも、どんどん話し進めちゃって……。

 正直困っちゃった。だってすごく嬉しかったし、楽しかったから……。だから、怖かったの……。蒼ちゃんも私から離れていくんじゃないかって……。

 蒼ちゃんに夢の話をしたのは、賭けだったの、もしかしたらって気持ちと、離れてしまうんなら早いうちがいいって……」


 蒼は、早夜がどれだけ傷付いていたのかを知った。

 アヤからいじめがあったと聞いてはいたが、その内容までは知らなかった。正直、階段から突き落とされた話は、衝撃だったし、怒りも覚えた。

 そして、自分と出会った時の早夜の気持ちを知って、悲しかった。


「だけどね、蒼ちゃんは真剣に聞いてくれたし、笑い飛ばしもしなかった。何より、ずっと私の傍にいてくれた……。それがどれだけ私を救ってくれたのか分かる……?」


 その時、漸く救世主の意味を理解した。

 そして今まで、夢の話をした後、いつもありがとうと言っていた意味も……。早夜にとって、どれだけ重い言葉だったんだろう、と思った。

 蒼はもう一度、早夜を抱きしめると、泣きながら謝った。


「ごめん……ごめんね、早夜。私、何にも分かってなかったね……」

「蒼ちゃん謝らないで……寧ろ謝るのは私の方だよ……。

 ごめんね、私の気持ち押し付けちゃって……。でも、分かって欲しかったの、蒼ちゃんは、私の救世主なんだって……。だからもう、何も出来ないなんて、言わないで……」


 今まで涙を流しながらも、しっかりした口調で喋っていた早夜だったが、此処で我慢できずに、嗚咽を漏らし始めた。


「ひっく……そ、そしたら、もう……うくっ、傍にいて、なんて、い、言わないからっ、ううっ……引き止めたりも、しないからっ……」


 嗚咽で聞き取り辛くなる言葉を聞いて、蒼は泣き笑いの様になる。


「馬鹿ね、そんな無理して言わなくてもいいのよ。私は早夜の救世主なんでしょ? だったら、傍にいなくちゃだめじゃない」

「ふぇっ? じゃあ……」


 蒼は頷くと、早夜の顔を見ながら言った。


「早夜のお母さんの話を聞いたら、ちゃんと戻ってくるからね。なんだったら、早夜の好きなお菓子、お土産に持ってくるわよ!」


 フフッと笑うと、こつんと額を合わせた。


「私こそ、ずっと傍にいさせてね。早夜の親友でいさせて?」


 蒼のその言葉を聞くと、早夜はクシャッと顔を崩し、声を上げて泣き出すのだった。


 


 亮太は、その様子を安堵の表情で見ていた。

(ひとまず、良かったな。でも桜花さんにあんな過去があったなんて……)

 何も知らずにいた自分に苛立ち、そして、早夜がどれほど勇気を出して言ったかを思った。

(俺なんかより、ずっと強いよな……桜花さんは……)

 その時、隣に立っていたリジャイが、亮太に話しかけた。


「いやー、よかったよかった。うまく話がまとまったみたいだねぇ。

 ねぇ、それにしてもさぁ、美少女2人が抱き合ってる姿って、けっこーグッと来るよね。そう思わない?」

「なっ!? どういう神経してんだよ、あんたはっ!」


 この感動的なシーンで、そんな事を考えていたリジャイに、亮太は驚き、呆れるのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ