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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第三章》
26/107

5.見知った人達の見知らぬ歓迎

 早夜が目覚めてからのお話です。

 早夜が目を覚ますと、すぐに蒼が声を掛けてきた。


「早夜! 目が覚めたのね!」


 蒼が嬉しそうに自分を見ていた。ふと視線を移せば、そこにはホッとした表情の亮太の姿もある。


「蒼ちゃん? 亮太くん……あれ? 私……」


 今はまだ、ボーとしている頭の中で思い出そうとする。


「えっと……確か蒼ちゃんの家にお呼ばれして……」

「えっ? そこからっ!? ちょっと早夜、いくらなんでも戻りすぎ!」


 蒼のつっこみに、ようやく頭が覚醒する。

(――っ!! そうか、此処はアルフォレシアだ!)

 そう思い、早夜は勢いよく体を起こが、すぐにくたりと体勢を崩した。


「早夜!?」

「桜花さん!大丈夫ですか?」


 蒼と亮太が慌てて声をかける。

 やはりまだ本調子ではないのかと気遣う二人だったが、次の瞬間“く〜…”という音が。

 見れば早夜は真っ赤になってお腹を押さえている。


「お、お腹すいちゃった……」


 眉を下げて笑う早夜にホッとする。大した事が無くてよかった。寧ろ、逆に空腹を感じるくらい回復をしたのだと思えば、嬉しさが沸く。


「そりゃあ当たり前よー。早夜、あなた丸一日は寝てたわ。それに朝起きて、朝食も取らずにこっちに来ちゃったんだもん、当然よね」

「ええ!? 丸一日寝てたの?」


 それはお腹が空く筈だ、と早夜は思った。


「あ、そういえば、あの後どうなったの?」 

「え? ああ、あの変態男なら無事よ。あの首輪が外れたと同時に、早夜は気を失っちゃったのよ。

 その後あの男がどうしたのかは、私らも知らないわ。だって、直ぐに私たちあそこを出たから……」


 そこまで言うと、何を思い出したのかニヤッと意味有り気に蒼は笑う。

 何だかその様子に、嫌な予感がして早夜は身構えた。


「早夜ってば、気絶して直ぐに運ばれたのよ。あのリカルドって言う王子様に、お姫様抱っこで……」


 身構えていた早夜は愕然とする。

(い、今なんて言ったの? リカルド王子? 運ばれ――……お姫様抱っこ!?)

 理解していくと共に「えぇっ!!?」と声を上げ、顔を赤くした。

 そんな早夜の様子を、亮太は不機嫌な顔で見ている。自分も目覚めた時にいたのだが、出遅れ蒼に先を越された。きっと、此方が声を掛けなければ、自分の存在に早夜は気付かないだろう。

 それを面白くない、と亮太は思った。

 そしてその時、彼女達が話題にしていたリカルド本人が入ってきたのである。


「お、目が覚めたんだな。おはよーさん、サヤ」


 噂の彼は爽やかに笑っていた。

 それを視認した早夜は、見る間に顔を赤くしていった。


「お、おはようございます……」

「腹減っただろ? メシ持って来させたから食え!」


 焦ってどもる早夜を気にせず、にかりと笑ったリカルド。

 彼が扉の外に向かって何事か告げると、料理を乗せたワゴンを押した数人の召使達が食事を運んできた。


「それ食ったら、親父とお袋に会わせてやるよ。2人とも会いたいって言ってたゼ!」


 その時、漸く早夜の顔が真っ赤なのに気付いたリカルド。


「ん? どうした? 顔が赤いぞ? もしかしてまだ具合が悪いのか?」


 そう言ってベッドに腰掛けると、サラリと早夜の前髪をかき分け自分の額をそこに押し付けた。


「んなっ!!」

「あらあら……」


 その自然な仕草に、亮太は衝撃に大きく口を開けワナワナと体を震わせ、蒼の方はニヤニヤと笑って口に手を当てていた。

 そして実際体験している早夜はと言うと、赤い顔を更に真っ赤にして、金魚のように口をパクパクさせていた。

 男性なのに肌が綺麗だとか睫が長いなとかどうでもいい事が頭に浮かぶ。

 目が伏せられ、扇状になっている金色の睫が不意に開かれると、深い森を思わせる緑色の瞳が現れ早夜を捉える。

 一瞬心臓が跳ね、ギクリと体を震わせるが、彼の強い眼差しは余計な思考さえも奪っていった。

 そんな真っ白になっている早夜を余所にリカルドは額を離す。


「んー、熱はないみてーだな……メシ、食えるか?」


 そして何事もなかったかのように、今度は召使が置いていったワゴンからスープ皿を手に取り自分の膝に置くと、スプーンでスープを掬って早夜に食べさせようとする。


「はっ、あ、あの、一人で食べれますからっ。だ、大丈夫です!」


 焦り全力で拒否する早夜に、漸く自分の行動に気付いたリカルドは、ゴホンと咳払いをすると「わ、わりー」と一言、照れた顔でスープ皿を早夜に渡した。

 早夜は受け取った皿を膝に置いたところでふと思う。

 今目の前にいるリカルドという男は、確かに夢の中でよく知っている人物に相違無い。声も表情も仕草も、リュウキの目を通して見てきたものと同じ。

 しかし、よく考えてみたらそれは可笑しいのだ。だって明らかに早夜の知っている彼ではない。

 何故ならば彼は女性が苦手だった筈だからだ。

 こんな風に自然に女の自分に接してくる現状が早夜には俄かに信じられなかった。

 そして最終的に思い至ったこと。

(もしかして私、女として見られてないんじゃ……)

 それはかなりショックである。そしてもう一つ思ったこと。

(私はリュウキさんの妹だからあるいは……リカルドさんは、私の事を妹として見てるのかも……)

 女と見られていない事よりもすっきりと受け入れられるし、彼らしいと思えば、何だか先程までの気恥ずかしさが消えた。

 そして、少し寂しいような残念なような気持ちに囚われる。

 そんな気持ちを何処か不思議と感じながらも、いつの間にか緊張も解れ自然と笑っていた。


「あのリカルドさん。私が倒れた時、運んでくれたそうですね? その節は有難うございました。

 えぇっと……重くありませんでした?」


 チラリと窺うように訊ねると、リカルドは首を振って異を唱える。


「重いどころか、すっげー軽いぞお前。ちゃんとメシ食ってんのか? お前はもっと食った方が良いな。ほら、遠慮せず食え! リョウタもアオイも食えよ、冷めちまうぞ」


 リカルドはそう言って自分のスープ皿を取り、パンを片手に食べ始めた。


「えぇ!? 王子様もここで食べるんですか?」


 蒼が驚き声を上げると、リカルドは途端に不機嫌な顔になる。


「何だよ、俺にメシ食うなってーのか? それにその王子様は止せ。リカルドでいい」

「い、いや、そーゆー事を言ってるんじゃ無くてー……」


 蒼が言いたいのは、リカルドのような身分の高い者が、自分等の様な庶民と一緒に食べても良いんだろうか、という事。

 だが、目の前の王子様は、全くそのような事は気にしない。寧ろそのような扱いをされる事を嫌っているようにも見える。

 いや、実際そうなのだろう。早夜が夢の中で見た彼は、始終そういった事で城の者達に小言を言われていた記憶がある。

 リュウキの目線であったが、彼を怒る人々は皆、呆れながらもそんなリカルドを好いていたように思う。最後には皆笑顔になっていたのだから。

 そんな事を思い出し、早夜は笑顔で蒼に呼びかける。


「ふふっ、蒼ちゃん早く食べよ? 皆で食べた方が楽しいよ」


 そして手本を見せるかのように匙でスープを掬って見せ、ひとくち口に運んだ。


「あ、おいしー! リカルドさん、このスープ凄く美味しいです!」

「そうか! そりゃ良かった。このパンも食ってみろよ、旨いぞ!」


 にこやかに美味しいと告げてくる早夜に、リカルドも嬉しそうに返す。わざわざワゴンを早夜の目の前まで引いてくると、パンの器を差し出してくる。

 そんな和気藹々とした雰囲気に、蒼はぽかんとした。


「どういう事かしら? 早夜ってば、さっきまで顔真っ赤にしてたのに……ねぇ? 亮太……」


 蒼が亮太の方を見てみれば、彼はムムゥ……と悔しそうに2人を見ていた。


「はぁー、そんなに悔しいんなら、あの2人の間に割って入る位しなさいよ……。

 まぁ、私は仲間に入れてもらうけど」


 唸る亮太を背に、そそくさと蒼もスープ皿を持って、早夜とリカルドの中に入ってゆく。


「蒼ちゃん! このパン、スープに付けて食べるともっとおいしーよ!」

「そう? あ、本当だ、おいしー!」

「そーだろ? それもうまいが、この肉挟んで食うともっとうまいんだっ!」

「え……目覚めたばっかりの胃にお肉はちょっと……」

「そうですよリカルドさん。早夜の言うとおり朝から肉はないでしょう」

「何だと? 朝だからこそ肉を食うんだ! 力でねーぞ!!」


 その様子を見ていた亮太の腹がぐーと鳴る。


「お、俺も……」


 そして、おずおずとその輪の中に入って行ったのだった。






「ふふ、早夜ってばそのワンピース可愛い〜!!」

「蒼ちゃんもその服すっごく綺麗ー!」


 あれから、朝食を食べ終えた早夜達は、用意された服に着替えていた。

 早夜は淡いピンク色のワンピースで、フリルやリボンがついてる。だが、決して子供っぽくは無く、清楚な感じだ。

 蒼は水色のワンピースで、こちらは早夜ほどフリルやリボンはついておらず、襟や袖スカートの裾などに、刺繍が施され、真っ青なチョーカーと腰に巻き付けた布がアクセントになっている。

 キャイキャイとはしゃいでいる早夜達を亮太はボーと見ていた。

 彼は茶色を基調とした服で、シャツには金糸で刺繍を施してある。

 ある意味ホッとした、何かごてごてした派手な衣装だったらどうしようかと思ったが、結構落ち着いたものだった。

 それでも、普段Tシャツやらジャージなどを着ている亮太にとっては大分堅苦しいのだが。

(はぁ〜、それにしても桜花さんはべらぼうに可愛いな。蒼もまぁ、ちゃんと女に見えるな……。

 しかし、蒼はあの話をしないが、諦めたのか?)

 あの、日本へ帰る云々の話である。

 諦めたのなら良いが、長い付き合いの亮太には蒼がこのままでいる事は考え難いのだ。

 必ず何かしらのアプローチがある筈である。

 それも踏まえ、油断せずに見張っていようと亮太は心の中で誓った。

 そうしていると着替えを待っていたリカルドがやってくる。


「用意できたか? じゃあ親父達が待ってるから行くぞ」


 彼の言う親父というのは、つまりはこの国の王の事である。

 若干その事に緊張を覚えつつ、リカルドに連れられ部屋を後にするのだった。




「うわー、すごーい、ひろーい、大きいー、キレー!」


 蒼が口をあんぐりと開け、驚いている。


「これは、すごいな……」

「はー……ほんとだねー……」


 亮太も早夜も周りを見渡し、呟いた。

 先ほど感じていた緊張が今は感嘆へと変換されている。三人共口が開きっぱなしだ。

 城の中は白を基調とした大理石で壁や柱を造っており、その到る所に細かな彫刻が施されている。

 そして天井を見上げれば、そこには美しい絵が描かれていた。

 それらは決して悪趣味ではなく、洗練された美しさだった。


「ん? でも、早夜は夢の中で見てたんじゃないの?」


 ふと疑問に思って蒼が言った。


「そうだけど……目線が違うせいか、まったく別に見えるの……」


 きょろきょろと辺りを見回す早夜。

 確かに見覚えはあるのだが、いつもは目線の高さに在るものが今は、見上げなければ見る事が出来ない。


「ああ、そっか。そういえば、リュウキさんって背はどの位あるの?」


 その質問に、早夜は前方を歩くリカルドを見た。


「丁度、リカルドさんと同じ位だよ」


 蒼もリカルドを見やる。自分よりも遥かに背の高い彼を見て、蒼は納得した。


「なるほど……それは確かに違く見えるかもね……」

「頼むから、俺の前で身長の話はしないでくれ……なんか惨めになる……」


 亮太がそう言って、ガクリと肩を落とした。

 背の低い事をコンプレックスにする彼には、この話題は酷だったようである。




 それから3人は、荘厳な雰囲気の扉の前に通される。

 扉の前には、全身を鎧で包んだ見張りの者が微動だにせず立っており、ぱっと見、置物のようだった。


「あー、何かテレビで見た事あったけど、こーゆー人達って、動いたり、喋ったりしちゃ駄目なのよね……」


 彼らをじーと見つめる蒼。

 はっと亮太は気付き、蒼の肩をガシッと掴む。


「やめろ! ダメだぞ蒼、この人達の邪魔はすんな、なっ?」


 半ば必死になって言われ、振り返った蒼は、何故か手をワキワキさせていた。


「あら? 何の事かしら……酷い言いがかりだわ」

「嘘付け! だったらなんだ? その手はっ!?」

「何って、ただの指の運動よ……」

「……蒼ちゃん、目が泳いでるよ」

「あー、ムリムリ。俺も今までいろいろ試してきたが、全部惨敗だ!」


(って、オイ! 王子がそんな事すんなよっ!)

 心の中でつっこむ亮太。

 それでもやっぱり、前を向いたまま微動だにしない彼らに、亮太は感心しつつ同情した。


「えっ、そうなんですか? リュウキさんとはたまに話してましたよ」


 早夜がそう言うと、「はぁ!?」と、リカルドが早夜を見た。


「何だそれ、リュウキそんな事一言も言ってなかったぞ!」


(それは多分、この人に言ったら、彼等へのイタズラが増すからだと……)

 亮太は毎回ちょっかい出されていただろう彼らにもう一度同情した。


「でも、そんなわざわざ話すほどの事でもないんじゃ……」

「俺にとっては大問題だ! 今迄どれだけの事を試してきたか……」


 ぐっと拳を握り締めるリカルドに、早夜はあたふたする。


「で、でも、本当に大した事じゃないんですよ。挨拶して、それに返す程度……」


 するとリカルドは、その人達に向かって「おはよう!」と言った。


 “……シーーーン……”


「なっんでだっ!? 何でリュウキには喋って、俺にはしゃべんねーんだ!」


 悔しそうに拳を震わせていたが、やがて諦め「行くぞ」と言って、扉を開け一人で入っていった。

 それを見送る早夜は、ものは試しとその人達に挨拶してみた。


「えっと……おはようございます。カインさんにオーガスタさんですよね。今日もご苦労様です」

「っ! 早夜? あなた名前まで知ってたの?」

「えっ!? ああ、うん。カインさんはね、一ヶ月前に結婚したばかりで、新婚でラブラブなんだって! オーガスタさんはこの前、初孫が産まれたって喜んでたよ!」

「あっ」


 その時亮太は見た。

 今までピクリともしなかったその二人が、驚き目を見開いたのを……。

 だが、話に夢中な早夜達は気付かなかった。


「いや、あのね早夜、別にそこまで聞いてはいないんだけど……」

「あ、そっか、夢の中では何度も挨拶している所見てたから、顔も名前も覚えちゃった」


 そして、早夜が照れたように笑ったその時、“ガシャン”と後ろで音がした。

 そちらを見ると、なんと見張りの二人が持っていた剣を縦に構え、こちらに向かい礼をした。


「う、動いた!?」


 蒼が驚きの声を上げる。


「王子には内緒ですよ?」


 と、右側のカインと呼ばれた者が言った。


「何をされるか分かりませんからな……」


 と、こちらはオーガスタと呼ばれた者。


「それにしても、リュウキ様の夢を見ていたと言う話は本当だったんですね」

「リュウキ様とは、ご兄妹であられるとか。なるほど、何処となく似ておられる……」


 そう言うと、二人はまた前を向き、元の姿に戻る。


「我々はあなた方を歓迎いたします」

「ようこそ、アルフォレシアへ……」


 そしてその場は、何事もなかったように静かになった。

 呆然となる三人。

 その時、扉が開いて、怒った顔のリカルドが出てきた。


「お前ら、何してんだよ!? 暫らく一人で気付かなかったろーが!」

「いっ、今うごっ、ムグッ!!」


 蒼が「動いた」と言いそうになり、亮太は慌ててその口を塞ぐ。


「は? 何だ?」

「い、いえ、何でもないっすよ! ですよね? 桜花さん」

「え? ああ、はい、何もないですよ……」


 あははと乾いた笑いで誤魔化す二人。


「何でもねーなら早く来いよ。皆、待ってんぞ!」


 憮然とした顔で、今度は扉を開けたまま、三人が入ってくるのを待っている。

 早夜はふと、見張りの2人に目を向けた。

 すると、カインはパチッとウインクをし、オーガスタは僅かに口角を上げる。

 早夜は嬉しくなり、ペコッと頭を下げると、扉の中へ入っていった。


「んっ?」


 そんな早夜の行動をリカルドが不思議に思い、彼らに目を向けるのだが、その時には既に元の生きた置き物と化しているのだった。




 扉の中は謁見の間となっている。

 やはり白が基調となっており、赤い絨毯が目に鮮やかだ。

 天井を見上げれば、丸い天窓があり、ステンドグラスがはまってある。

 奥にある玉座には国王のアルファードが座っていた。隣には銀色の髪を上品に結った王妃のシルフィーヌの姿もある。

 そして、一段下がった所に双子の王子のミヒャエルとシェル、王女のセレンティーナの姿があった。

 こうして見ていて、早夜はふと思う。

 やはり夢の中とは違うのだと。

 夢の中で、つまりリュウキ本人はあちら側に立つ人間なのだ。

 このように、謁見の間で彼らと対峙するのは、早夜は初めてであった。

 自分は今、いつも夢の中で見ていた世界に来ているのだと、彼らは実在しちゃんと生きている生身の人間なのだと、改めて実感していた。

 そして、桜花早夜として自分が彼らにどう映っているのだろうと思うと、何か緊張と不安で胸がいっぱいになった。

 果たして自分は、この人達に受け入れてもらえるのだろうか。

 その時、早夜はつんつんと蒼に袖を引っ張られる。

 何かと思い、彼女を見ると、『あれ』とある方向を示した。

 その方向に目を向けると、何故かカートとルードに挟まれた、リジャイの姿があり、早夜は目を丸くする。

 彼は目を向けられた事に気付いて嬉しそうにこちらに向かって手を振り、カートに注意されていた。

 元気そうな姿にホッと安堵し、早夜が笑顔を向けると、リジャイは一度目を見開き微苦笑を返す。

 そんなやり取りはほんの僅かな時間のこと。

 国王アルファードが口を開く。


「そなたがサヤと申す者か?」


 その声は静かだが、この広い部屋の中でよく響いた。


「は、はいっ! 桜花 早夜といいます!」


 緊張で声が少し裏返ってしまった。真っ赤になりながら、早夜は頭を下げる。


「それで、その者達は?」


 蒼と亮太を見て、アルファード王が聞いた。


「お友達の蒼ちゃんと亮太君です。此方に呼ばれた時、私の傍にいたんです」

「美名月 蒼です。初めまして」

「杉崎 亮太です」


 2人とも前へ出て、頭を下げる。


「こちらの夢を見ていたと聞いたが、それは本当か?」

「はい、もうずっと前からです。気付いたら見ていたんです。リュウキさんの目を通して、此方の世界を見てきました」

「では、そなたがリュウキの妹と言うのは本当か?」


 その質問に、早夜は目を伏せる。


「……それは、わかりません……」


 王の眉がピクリと動いた。


「わからないとは?」

「あの、私……母一人子一人で育って、ずっと自分は一人っ子だと思っていたんです。

 リュウキさんの事だって、私は本当に夢だと思っていました……。

 でも今回、あの人が私のお兄さんだとわかって、すごく嬉しいんです。だって、ずっと憧れていたんですよ。兄弟とか、家族とか……本当に夢みたいで……」


 そうして、本当に嬉しそうに微笑む早夜を見て、王は立ち上がった。

 そして、早夜へと近づいてゆく。

 早夜はそれを見ていることしかできず、アルファードが目の前までやってくるのをただただ眺めていた。

 アルファード王が眼前に立つと、背の高さはリカルドと変わらぬ程だがその威圧感故に「お、大きい……」と呟き、思わず一歩下がってしまった。

 だがすぐに失言だったと顔を俯かせる。

 相手は一国の王である。只でさえ謁見としての礼儀作法など皆無であるのに、これ以上の礼儀は失するべきではない。

 例え、そんなことで怒るような人柄ではないと分かっていたとしてもだ。

 早夜はチラッとアルファードを見た。だがすぐにギョッと目を見開いてしまった。

 何故なら、彼のその目からは涙がボロボロと流れ出していたからだ。


「あ、あの、ええっ!!?」


 大の大人に、それも王と呼ばれる国の一番偉い人間に、いきなりこの様に無防備に泣き出され、一体どうしたらいいのか。

 早夜だけでなく、蒼や亮太も呆気にとられた顔をしている。


「うう……ぐすっ、兄妹だというのに、離れ離れで暮らすとはっ……ぐすっ、しかも妹の方はそれを知らずに……。

 ううっ、リュウキは……リュウキはずっとそれを、心の中に留めていたというのか……」


 ぼろぼろと涙をこぼしたまま、アルファードは早夜の肩を掴み声を絞り出して言った。


「なんと不憫なっ!」


 叫んだかと思うと、早夜をぎゅうっと抱き締め、声を上げて泣き出した。


「ふぇええっ!!?」


 いきなりの事に目を白黒させる早夜。

 もともと情に熱い王様ではあった。が、こんなにも開けっぴろげに容易く人前で泣く人であっただろうか。

(そ、それにしても苦しい……)

 それはもう、力いっぱい抱き締めるものだから、早夜は息が出来なかった。

 その時、何者かの手が早夜とアルファードとを“ベリィッ!”と形容してもいいくらい思いっきり引き剥がした。

 そしてその腕は、そのまま庇うように早夜の肩を抱いた。

 早夜はというと、その顔は酸欠により真っ赤で、少しでも酸素を取り入れようと激しく肩で息をしている。その苦しさから、己の肩を抱くその腕に無意識にしがみ付いていた。


「いい加減にしろよ親父! サヤが窒息しちまうだろーがっ!」


 腕の主はリカルドだった。


「だってな……ぐすっ、ううっ……うおーーっ!!」

「大の大人が泣いてんじゃねーよ! ウザってーなっ!」

「そうですよ? 陛下、ちょっと見苦しいですわよ……」


 リカルドの言葉に同意しつつアルファードにハンカチを差し出すのは、王妃のシルフィーヌだった。

 アルファードはハンカチを受け取るなりチーンと鼻をかむ。


「おお、シル! だってな、あまりにも不憫で仕方ないのだよ! 家族は共に在らなければならない、そうだろ? シル」

「それはそうでしょうけど、事情だってあるでしょうに……」

「それは余も分かってはおる。

 だがね、シル。何より、リュウキは我々に何も話してはくれなかった。

 それは我々を信用してなかったといえないかね?

 だとしたら……何よりもそれが悲しいのだ」

「そんな事ありません!」


 早夜は思わず叫んでいた。皆が此方を見る。


「リュウキさんが、皆さんの事を信用してないなんてありえません!

 皆さんの事が好きだから……大好きだから、一緒に居る事だけで幸せだから、自分の事で心配させたくない、煩わせたくないって思ったんじゃないでしょうか……」


(……だって私がそうだったから……)

 早夜はぎゅっと手を握り締めた。

 リカルドにそれが伝わり、「サヤ?」と心配そうに呟く。


「そうか、大好きか……そうだといいねぇ」


 アルファードのその言葉に、早夜は頷く。


「そうです! 何より、リュウキさんはセレンさんを大切に思っています!

 私が最後に見た夢の中でも、リュウキさんはセレンさんに貰ったお守りをずっと握り締めていました。

 誰よりも皆さんと家族になりたいと思っているのは、リュウキさんだと思います!」


 その言葉を聞いたセレンは、口に手を覆い、涙する。

 ようやく涙が引っ込んだのか、アルファードは鼻をすすりながら此方を見た。


「それにしても……いつの間にお前達はそれ程仲良くなったのだね?」


 アルファードは肩を抱くリカルドと、その腕にしがみ付く早夜を見て首を傾げた。

 その言葉により『えっ?』とお互いを見る早夜とリカルド。

 そうやって見つめ合う事数秒。


「おわっ! ワリー!」

「い、いえっ! こちらこそ……」


 漸く今の状態を理解した二人は、顔を真っ赤にして慌てて離れた。

 何とも初々しい反応をする2人。アルファードはにんまりとすると、隣にいるシルフィーヌに言った。


「シル、リカルドが……あのリカルドにも漸く春が訪れたようだ。これは盛大にお祝いしなければいけないよ」

「あらあら、そうですわねぇ……」


 頬に手を当て、シルフィーヌも微笑ましげに、リカルドを見ている。


「な、何言ってんだ!? そんなんじゃねーって!」

「そ、そーですよ! 私とリカルドさんは、何でもありませんから! 寧ろ、リカルドさんをお兄さんのように思ってますから!」 

 

 互いに否定する二人。

 しかし、「……お兄さん?」と微妙な顔をして、早夜を見るリカルド。

(い、いや、兄と思われるのは嬉しい……嬉しいんだが……なんだ? このもやもや感は……)


「シル……息子が振られてしまったよ……」


 悲しそうにアルファードが呟くと、ホホホとシルフィーヌが笑った。


「あら、陛下、寧ろ喜ばしい事ではないですか。兄として慕う感情が、やがて恋に発展するなんてざらですわ。リュウキとセレンだってそうだったでしょう?」

「はっ! そうだったな、喜べリカルド! お前にもまだチャンスはある!」

「だから、違うって!」


 リカルドが否定するも、まったく聞く耳を持たないアルファード。早夜を優しく見つめると、胸に手を当て言った。

 


「異界より来られし客人よ。幸福なる遣いよ。我々はそなたらを心より歓迎し、もてなす事をここに誓おう。ようこそ、アルフォレシアへ!」



 朗々とした声と共に、アルファード王は優雅に礼をとる。

 すると、他の者達も王にならい一成に声を合わせるのだ。


『ようこそ、アルフォレシアへ』


 室の中響く声に呆気にとられる早夜達3人。

 早夜はふと、傍らにいるリカルドを見上げる。

 彼はこちらの視線に気づくと、フッと笑い胸に手を当てた。


「ようこそ、アルフォレシアへ」


 何だか早夜は、胸がドキドキして止まらなかった。





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