4.ナイールの命令
今回お送りするお話は、クラジバールが舞台となります。
「ムムム……遅い、遅すぎる! 魔力の放出が治まって、暫らく経つと言うのに、何故あやつは帰ってこぬのだ!」
掌を強くテーブルに叩き付け、ロイは叫んだ。
「フム、そろそろ枷を抑える魔道具も限界じゃのぅ……」
「っ!! それはかなり大変な事ではないかっ!!」
「………」
そんな中、ムエイことリュウキは無言であった。微動だにしない。
その時、小さい頭に花を咲かせた手の平サイズの魔道生物が一体、円盤に乗って飛んできた。
そして、ピトの許までやってくると、ビシッと敬礼をする。
「ゴ主人タマ、ナイール王子カラ伝言ナノデツ!」
何事かと、その場にいる一同は緊張し、その生物を見た。
「フム、何かのぅ? 言ってみるのジャ」
「アイ! 王子カラノ伝言ヲ再生シマツ! ポチットナ」
すると、その魔道生物は何か押す仕草をし、それと同時にその小さな体に青白い光を纏わせた。
『そちらにリジャイは来ていないかな? もしいるのならすぐに来て欲しい。では、また何かあれば連絡するよ』
「以上、再生終ワリマツタ!」
その小さい生き物は、どういう仕組みなのか、王子そのままの声で喋ったのである。
一同が驚く中、ピトは考え込むように腕を組んだ。
「ウーム、どう伝えるべきかのぅ……フム、じゃあこう伝えてくれんかの?」
ピトがそう言うと、その生物は嬉しそうに一回転した。
「ゴ主人タマノオ役二立テルノデツ! ソレデハ。マタマタ、ポチットナ」
そう言ってまた、先程のように光を纏わせた。
ピトはそれを確認すると、ゴホンと一つ咳払いをし、それに向かい喋り始める。
「ナイール王子、魔学者のピトじゃ。リジャイなんジャが先程までいたんジャがの、また何処かへ出掛けてしまったんジャ。まぁ、いつもの事ジャから、またふらっと現れるかもしれん。そん時は、ワシの方から言っておくでの」
言い終わると、光が消え、またビシッと敬礼する。
「デハ、王子ニ伝エテ来ルノデツ!」
そう言うと、その魔道生物は飛んでいってしまった。
「あの円盤にはの、飛行能力の他にも録音機能が備わっておるのジャ。ワシの自信作の一つジャ」
その小さい生き物を愛情たっぷりに見送って、満足気なピト。
「はっ! それってムエイ様の声も録音できるって事!?」
話を聞いていたミリアは、目を輝かせる。
そして、すかさずイーシェも、
「ミョミョ! これは、ムエイに愛の言葉でも囁いてもらうミョ! ついでにミリアも愛の言葉を送るミョ! きっと感動に咽び泣くに違いないミョ!!」
と、いつものように、見当違いのことを言った。
「それにしても、ナイール王子はリジャイに何の用なんだ?」
カムイが疑問を口にすると、ロイがフンと面白くなさげに言う。
「そんなの決まっておろう? 先程の魔力の放出についての事に違いないのだ!」
その言葉に、ムエイはピクンと反応した。
「まさか、アルフォレシアに何か仕掛けるつもりか?」
「ウーム……それはわからんが……。あのクラジバール王の事ジャ。何分、あの男は被害妄想の気が強くてのぅ……。何かしら王子に命じたのかも知れん……」
ピトがそう言って、考え込むようにあごに手を置いた時、突如魔法陣が現れ、リジャイが現れた。
『リジャイ!!』
皆が一斉に声を上げる。
彼の周りには、魔法の名残である、光の粒が舞っていた。
「ヤッホー、ただいまー、皆ゲンキ?」
そんな気の抜ける挨拶をするリジャイに、ロイが吼える。
「キサマ! 何なのだ、その軽さは! 我らがどれだけ心配したと思っておるのだ!」
ロイのその言葉に、リジャイは眉を上げ、大げさに驚いて見せた。
「へー! ロイロイが僕の心配するなんてめっずらしー……これは槍でも振るのかなー……」
そのリジャイのいつもの調子に、皆は呆れると同時にホッと胸を撫で下ろした。そんな中、ムエイがリジャイに詰め寄る。
「リジャイ! それで如何だったんだ? 早夜は無事なのか?」
「……うん、大丈夫、無事だよ。暴走のせいで体は傷付いていたけど、それはちゃんと治したし、また暴走しない為の処置もしといたよ」
それを聞いて、漸く安心したのか、はぁーと溜息をついて肩の力を抜いた。
あの、恐ろしいまでの魔力を感じなくなってからも、ムエイは心配で仕方なかったのだ。
「そうか無事か……良かった……。ありがとう、リジャイ。お前も無事で良かった」
ムエイは暫くぶりに笑顔になると、そう感謝を述べる。それを受けたリジャイは少し擽ったそうであった。
「早夜はとても良い娘だったよ。なかなか面白いし、それに凄く頑固者だったなぁ」
思い出したように目を細め、苦笑したのだった。
「再会を喜んでる所悪いんジャが……。リジャイ、お前さんにナイール王子から伝言があったぞ。何でも、すぐに会えないかという事だったんジャが……」
「えー、帰って来ていきなりかぁ」
リジャイが何かを考えあぐねていると、ピトが近付きリジャイにだけ聞こえる様に言った。
「お前さん、その首輪は如何した? 見た所、枷ではないの?」
今、リジャイが着けている物、それは枷に良く似たフェイクであった。
「あはは、流石造った本人。やっぱり分かるー?」
「フム、術式が全く感じんの。もっと上手く作らねばバレるぞ?」
「あ、そっか、忘れてた。後でなんか術掛けとくよ。それよりもこの事は、今はまだ皆には内緒ね」
「わかっとるよ。皆が混乱するだけジャからの。それよりも、如何して外れた?」
そう言うピトの目は何処か怖い。
おそらく自分の作った物を外され、少なからずプライドが傷付いているのかも知れない。
「うん、それがね、ムエイの妹が外したんだ。さすが万物の力持っているだけあるね」
その言葉に目を見開くピト。
「何!? やっぱりあれはそうジャったのか……」
「そういえば、ピトの世界にも万物の力はあったんだったね……」
「フム、我ら樹木人の王であり母。始まりの樹。我らの創造主。我らが世界樹と崇めておる。
……そして、ワシが目指すもの……」
焦がれる様に、そして何処か懐かしむ様に、ピトはその黒い瞳で研究所の中央にある巨大な樹を見上げる。
「ワシはいつか世界樹を創る……。そう、ジャからのぅ……会ってみたいのぅ、そのムエイの妹に……」
チラチラとリジャイを見上げながら体を揺らす様は、まるで親に玩具を強請る子供そのものだった。とてもじゃないが齢五百を越えているとは思えない。
しかしながら、そんな仕草に絆される所か冷たい視線を向けるリジャイ。
「あはは、一体会って何をする気? 実験? 研究? ……でもだめだよ……」
スッとその紫色の瞳が細まる。
その瞳の中に底の見えない冷たさを感じて、ピトはゾクリと体を震わせる。
「あの娘を傷付ける事は、僕が許さない……」
「ジャ、ジャったら、ちょっと会って話すだけでも! 世界樹と同じ力を持った者が、どんな考えを持っておるのか知りたいのジャ!」
冷たい視線に晒されて一度は怯んだものの、それでもめげずに食い下がってくるピトに、リジャイは冷たさを引っ込め溜息と共に困ったように笑った。
「僕に言われてもねぇ……枷やあの結界がある限り無理でしょ?」
「ムムゥ、そうジャった。解除したくとも、この枷はもうワシの手からは離れておるからのぅ……」
己の首にもある銀色の輪っかを摘みつつ、ピトはその場に座り込み腕を組んで「ムムム」と唸っている。
リジャイはそんなピトを横目で見やると、もう用は無いとばかりにその場を離れた。
「さーてと。じゃあ、王子様の所へ行きますか」
そんなリジャイをムエイは引き止めた。
その顔は不安に染まり、瞳は心配気に揺れていた。
「……ナイール王子の件、もしかしたら早夜の事かもしれない、もしそうなら――」
「大丈夫。僕はね、君達兄妹が気に入ってるんだ。下手な事はさせないよ」
ムエイは息を詰まらせる。何故ならば、リジャイが何処か慈しむようにポンポンとムエイの頭を軽く叩いたからだ。
その感触に、胸の奥で忘れ去った何かが湧いてくるような気がした。
「ミョミョ? ミリア、何羨ましそうに見てるミョ?」
「えぇ!? べ、別に羨ましくなんて……わ、私もムエイ様の頭をポンポンしたいだなんて思ってないわよ!」
「それは……思っていると捉えて良いのではないか?」
「な、何でロイがここに!? あっちの方にいたんじゃ……」
「……我はさっきから此処に居たのだ……ミリアはずっとムエイを見てて、気付かなかったのだ。我はちょっと寂しかった……」
しょぼんと耳を垂れるロイ。
その様子に、ミリアは顔を真っ赤にして「うひゃ〜!!」と奇声を発し、ロイの頭をリジャイがするようにポンポンと、いや、それよりも強めに叩き出した。
「うおっ!? イタタ、ミ、ミリア? いきなり何をするのだ!?」
「ミョ〜! ミリア、ムエイの頭をポンポン出来ないからって、代わりにロイの頭をポンポンし出したミョ〜!」
「〜〜っ!!」
(その顔は、その顔はダメなのよー!!)
“ポンポンポンポン!”
「い、いたい、痛いのだ! 代わりだと言うなら、もっと優しく叩いてくれぬか!?」
「……なんか楽しそうミョ! イーシェもやるミョ!」
“ポンポンポンポン!!(W)”
「イタタタ!」
「お、何か楽しそうだな!」
「〜〜っ!! カ、カムイ!! ダメだ、お主だけはやってはならぬ! 死ぬ! 死んでしまうのだ!!」
「何だよ、つれねーな、ロイロイ」「……何をやってるんだ? お前ら……」
リジャイを見送った後、改めてロイ達を見たムエイは呆れたように呟くのだった。
△▼△▼△▼
扉をノックする音がして、ナイールは「入れ」と命じる。そして扉を開けて入って来た者に目を見開く。
「リジャイ!? ……これは驚いたな。君が、其処から……扉から入ってくるなんて珍しい……」
いつも神出鬼没な彼は、いつ何処から現れるか分からないからだ。
「うん、まぁ、たまには気分転換も兼ねて、ね。それで? 用って何?」
「ああ、その事なんだけど、アルフォレシアに行って来て欲しいんだ」
ナイールのその言葉は予想していたものであった。
僅かだがリジャイの表情に変化がある。
しかし、それは注意深く見ていれば分かる程度の変化であり、リジャイに顔を向けていなかったナイールには到底気付けぬものであった。
「ふーん、やっぱりさっきのあれの事?」
ナイールを見据えるリジャイの瞳の色が若干濃くなる。
「ああ、そうだよ。君にはアルフォレシアに行って、先程の魔力の主を連れて来て欲しい」
「……連れて来てどうするの……?」
瞳の色が更に深く濃くなった。
「さあ? あの男は力を利用すると言っていた。実際には何時ものように、ただの思いつきで言ったに過ぎないと思う。利用出来なければ殺せとも言っていた――」
その時ピリッとしたものが首の後ろを刺す。
これは殺気だと気付き、ナイールは振り返る。
この場に居るのはリジャイのみ。殺気を放ったのは彼しかいないだろう。
しかし、今見た限りでは何も変わった様子はなく、普段通りだった。
気のせいで済ますには、少々鋭すぎる殺気。
「リジャイ? 今――」
「王子様? 悪いけど、今回は僕その命令は聞けないよ。他にやらなきゃいけない事があってさ……」
「――っ!! なっ!?」
まさか断られるとは思っていなかったのだろう。青天霹靂とばかりにナイールは唖然呆然としていた。
そんな彼を前にリジャイはただ笑う。
「ナイール王子……僕は基本的には自分の意思じゃないと動かない男なんだよ。今まで君に付き合ってきたのは、君の考えに賛同したからであって、決して君の身分が高いからとか、枷が怖かったからとかじゃないんだ。
今回の命令はまず君の意志じゃないし、僕の賛同し得ない話。だから、今回の君の命令、聞くことは出来ないな……」
「……君は今、何を言っているのか解っているのか? 命令に背くと言う事が、どういう事なのか……」
リジャイの笑みが深くなる。それは肯定という事を意味していた。
ナイールの胸に、言いようのない、不快とも言えない感情が湧く。
その時ノックの音がした。
ナイールはハッと我に返って扉を見る。そして一度リジャイに目をやると「入れ」と命じた。
「失礼いたします」
そう言って、入ってきた人物にリジャイは目を見張る。
そこに居たのは紫の髪の暗くミステリアスな女性、カンナ・ハマだった。
「リジャイ、君の言い分は分かった。さっきの事は聞かなかった事にする。
それと、彼女は君がつかまらないと思って呼んでおいたんだけど、どうやら無駄にならずに済んだみたいだ。
今回の件は彼女に頼む事にするよ。
それから、君は此処には来なかったし、僕は君に命令もしなかった。よって、命令違反も無かった。
そういう事にしておくから、早く此処を出て行くといい……」
此方を見もせず言ってのけたナイールに、リジャイは何処か自嘲めいた笑みを浮かべた。
「……君のそういう所は、僕も結構気に入ってるんだけどねぇ……」
そう呟いて、リジャイは部屋を出て行った。
いつもならそのまま空間に溶け込むように消え去るのに、来た時と同様に扉を使っていった。
それを背中で感じ取ったナイールは、フゥーと息を吐くとカンナを見る。
ただ黙ってそこに立つ。
彼女は何を考えているのか、何処を見ているのか判らない様な暗く虚ろな目をしていた。
そんな彼女にナイールは命令した。
「カンナ・ハマ、今からお前に命じる。心して聞け」
すると、今まで虚ろだった瞳に光が宿り、恍惚とした表情を見せる。
「はい、ナイール様、何なりとお命じ下さい」
そしてナイールはカンナに命じた。
「これより、アルフォレシアへと行き、先程感知された魔力の主を探し出し、連れて来るのだ」
言葉はこれだけで良い、この女は馬鹿じゃない、命令されれば後は自分で全てやる。
「そのご命令、承りました」
カンナはそう言って、深く一礼する。
ナイールはカンナに近づき、枷を解除した。
「うーん、思わず命令断っちゃったな……殺気まで出しちゃって……。こんなんじゃ、スパイなんて無理かなぁ……」
そして、空を仰ぎ見て溜息をついた。
空には星がちらほらと輝いている。今は夜だった。
だが、城の周りは魔道の明かりで真昼のように明るかった。此処では本当に、星が数えるほどしか見えない。
「あー、それにしても、あそこでカンナが出てくるとはなぁ。彼女の存在、すっかり忘れてたよ。あれはちょっと厄介かな……」
リジャイはカンナの能力を思い出し、舌打ちした。
「これは、早夜に忠告しておかないとね……。あ、そーいえば……」
何かを思い出し、ふと手を開く。
すると、その掌にある物が出現した。
それは、紐のついた小さな袋。
早夜の持っていたお守りである。
リジャイはその袋を開け、中身を取り出す。
中には紙の包みと、小さく折りたたまれた呪符が入っていた。
リジャイは躊躇うことなく紙の包みを開くと、そこには3cm幅の髪の束があった。それも2つ。
1つは黒い髪の毛。細く、子供の毛のようだった。
「……これは恐らくリュウキの髪の毛かな。これのせいで、探索魔法に引っかかっちゃったんだろうね」
それともう1つ。それは白く艶やかな髪の毛。
リジャイはそれを暫く無言で見つめると、そっと愛しげに撫でた。
「一体何があったのかな……」
そう呟くと元通りに紙に包んで袋に戻す。
しかし、呪符だけはその手に持ったままだった。
「この呪符は貰っとくね、後で使わせてもらうよ……。さてと、どうしよっかな? このままアルフォレシアに行くか、カンナの邪魔をするか……」
暫く悩み、リジャイはアルフォレシアに行く事にした。
「カンナのあの能力がある限り、僕には彼女の邪魔をするのは無理だからね」
そう呟くと、リジャイは魔法陣を出現させた。
「うーん、早夜はまだ寝てるかな……?」
そして、意識をアルフォレシアに向けた。