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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第三章》
23/107

2.早夜の申し出

「うあーん! 早夜、大丈夫? どこも痛くない? ごめんねー!」


 体の自由になった蒼が、真っ先に早夜に駆け寄ると力いっぱい抱きしめる。

 しかし、抱き締められた本人は慌てたように蒼の背中を叩く。


「あ、蒼ちゃん! 踏んでる! 亮太君踏んでるよ!」


 見れば、蒼の足の下には亮太が横たわっていた。


「ちょっとー、亮太ってば情けないわよ! 途中までやるじゃん、て感心してたのに! あんなアッサリやられちゃうんだから!」


 プリプリと怒りながら、蒼は亮太から降りる。


「うるせー! しょーがねーだろーが。あんなの反則だ!!」


 苦しげに呻きながら何とか上半身を起こす。そして顔を上げると早夜と目が合った。

 そして苦々しげに唇を噛むと俯いてしまう。


「すみません桜花さん。俺、何も出来なくて――って蒼っ! 何やってんだよ!?」


 蒼はおもむろに亮太の制服を脱がせていた。


「何って、早夜がこのままじゃ可哀そうでしょーが! それとも何!? 他の男どもに早夜の柔肌見られてもいいっての?」


 その言葉に今の早夜の状態を思い出し、顔を赤くしながら素直に従う亮太であった。




 亮太の上着を着た早夜は、彼の隣に来て座ると何故かその手を取って握り締めてきた。


「お、おうかさん!?」


 当然、彼女に想いを寄せる彼には、その行為は熱湯を掛けられるが如く全身を熱くさせた。

 しかも、彼女は今、ぶかぶかの己の上着を着て、その袖からは指がちょっとしか出てなくて……そんな男がグッとくるような姿をしてこちらを上目遣いで見上げてくるのだ。

 それが舞い上がらずにいられようか。

 しかしながら早夜は、そんな彼の気持ちを知る由もない。手を握ったまま、じっと彼を見つめ熱っぽく言う。


「亮太君、本当にありがとね。あの時、私の為に本気で怒ってくれたよね、その気持ち凄く嬉しかったよ」


 心の底からの感謝を込め、にっこりと微笑む早夜に、先程から胸の高まりが止まらない。


「それとね、亮太君のお陰で私は元気になれたんだよ? あの三つ目の男の人が、亮太君から血と生命力を取り出して私の中に入れたの。だから今、私の中には亮太君の血と生命力が流れてるんだよ」


 そう言って早夜は胸に手を当て目を瞑る。まるで、自分の中で流れる物の音を聞こうとするように。

 そして目を開けると、亮太を見て、華の様に笑った。


「――っ!!」


 亮太はその笑顔に、まるで自身が心臓と化してしまったかのような錯覚を覚えた。

 真っ赤になって完全に動きの止まってしまったそんな彼を、早夜は不思議に思い「亮太君?」と上目遣いに小首を傾げるという止めをさしてきた。

 そう、限界だったのだ。

 亮太は、今ここで想いのたけをぶつける為に口を開いた。


「桜花さん! あなたの事が好――」

「そうだ! 私、あの人にお礼言わなきゃ!!」


 若干亮太の方が早かったが、殆ど同時に言葉を発した二人。

 早夜は叫ぶと同時に立ち上がり、「あ」と気付いて彼を見る。


「えっと、ごめんね? 亮太君、何か言いかけたよね?」


 申し訳なさそうに眉を下げる早夜に、亮太は力無く笑って首を振った。


「い、いいえ。何でもありませんから、気にしないで下さい……」

「そうなの?」


 不思議そうに首を傾げる早夜に、亮太は頷いて見せると、それに安心した様子で、


「じゃあ行ってくるね?」


 と、言って駆けていってしまった。


「ちょっと早夜! あんな変態男にお礼なんて言う事無いわよ!」


 それまで二人の様子を、一歩離れた所で生温かく見守っていた蒼が、リジャイの元に駆け出す早夜を止めようと後を追おう。けれど、ふと立ち止まり亮太を振り返ってみると彼はボウッと走り去るその小さな背を見つめていた。

 蒼は少々憐憫の篭った表情で、彼のその肩にポンと手を置く。


「うん、まー……ドンマイ?」


 彼は何処までも虚ろな目で蒼を見遣ると、ガックリと肩を落としたのだった。


「早夜ってば、天然の小悪魔ちゃんよね……」




「あれー? アルフォレシアって異界人に優しいって聞いたのになー……」

 カートやリカルドに取り押さえられたリジャイが、ニヤニヤと笑いながら言った。

 その表情は、やはり何処かふざけて見える。


「それは時と場合による」


 ミヒャエルが低い声で言った。


「それに、その格好はどう見てもクラジバールのものだ……」


 そして続けて冷たい声で言ったのはシェルだ。


「少しでも妙なまねをすれば、直ちに発動させますよ?」


 ルードは、リジャイに向かい杖を向けている。


「何を企んでやがる!」


 リジャイの首に剣を押し付けるリカルド。


「答えてもらおうか……」


 最後にリジャイの腕を掴み跪かせているカートが言った。

 だが……。



「やめて!! クーちゃんをいじめないで!」



 その時、この場に似つかわしくない可愛い声が響く。

 ミシュアが何処からか駆けて来てリジャイの首にしがみ付いた。


「ミシュア? 何故此処にっ!?」


 ミヒャエルを始め、驚く一同。


「クーちゃんにつれてきてもらったの! クーちゃんはミシュアのお友達なんだからっ!」


 ミヒャエルがリジャイを睨む。


「どう言う事だ!」

「えー? だって庭で一人で震えてたからさー。そのまま一人にするの、可哀想でしょ?」


 ニヤリと笑って空いた手でミシュアを撫でる。そして、チラッと自分を拘束しているカートを見た。

 カートは舌打ちすると、その手を外した。リカルドは、ミシュアが来た時点で既に剣は下ろしている。


「ミシュア! その男から離れなさい! こっちに来るんだ!!」


 ミヒャエルがミシュアに向かい手を差し伸べた。しかし彼女は、益々以てしがみつく手を強めたのだ。


「イヤ! クーちゃんいじめないって言うまで、そっちにいかないモン!」

「だってさ、どうする?」


 リジャイはミヒャエルを見る。

 暫しリジャイとミシュアを交互に見た彼は、やがて諦めたように溜息をついた。


「分かった。お前に手出しはしないと約束しよう」

「だってさ。ミーちゃんお父さんああ言ってる事だし、僕は大丈夫だから、ね? 行ったげなよ」

「……でも……」

「ミーちゃんこの部屋に来て、ずっとお父さんの所に行きたかったのに、僕の言いつけ守ってずっと良い子で待っていてくれたよね? すっごく偉かったよ」


 リジャイはそう言って、ミシュアの目をじっと見つめる。

 その紫色の眼差しは、今までのふざけた様な彼の印象とは違い、何処までも穏やかで優しかった。

 そして抱きつくミシュアの腕をそっと外し、ミヒャエルに向かせると軽くその背を押す。


「ほら、大好きなお父さんの所に行くんだ。今まで我慢した分いっぱい甘えるんだよ?」


 幼い少女はそんなリジャイに「わかった」と頷くと、一度ギュッと首に抱き着いた後、父親のもとへと走ってゆく。


「お父さま!」

「ミシュア!」


 手を広げた父の胸に薔薇色の少女は飛び込んだ。


「うーん、感動的なシーンだねぇ……ねぇ、そう思わない?」


 リジャイがその光景を見て呟く。

 だが、そんな彼は今、ミシュアが無事ミヒャエルの元へ行った事を確認したカートに、再び取り押さえられていた。


「まぁ、あれはあれで感動的だがな」

「あれぇ? 何で僕、君に捕まってるのかなぁ? 約束はぁ?」

「ぬかせ。約束したのは殿下であって俺じゃないでね」


 予想していたのか、リジャイの言動はわざとらしくふざけた調子だった。

 そんなリジャイを、カートは押さえる力を込めつつ苦々しく睨み付ける。


「クーちゃん!!」


 ミヒャエルの腕の中でその光景を見てしまったミシュアは叫び、すぐさまリジャイのもとへ駆け寄ろうとした。しかし、ミヒャエルはそれを抱き上げる事で阻止した。


「ふふっ、あーいたい……まー予想はついてたんだけどねー」

「やっぱりかよ。あんなくさい三文芝居見せやがって」

「えー? あれは別に演技してた訳じゃないよ? 僕けっこう子供好きだしー……」

「ハッ! それも嘘くせーな。もしそうだったら、テメーはロリコン野郎だ! その面なんか気に食わねーんだよ! ヘビみてーに笑いやがって」

「うわーひどいなぁ。僕はロリコンじゃないし、第一この顔は生まれつきですぅー」


 そんな言い合いをする中、割り込んでくる者がいた。



「カートさん、止めて下さい!」



 見れば、あの黒髪の少女、早夜であった。

 彼女は二人に近づくと、リジャイを取り押さえるカートの腕にしがみ付く。


「お願いです離して下さい。この人は、私の命の恩人なんです」


 カートは目の前の少女をまじまじと見た。

 先程の恐怖さえ感じるような魔力の持ち主。

 それがこの目の前の少女であるなどと、実際目にしていても信じられなかった。

 それにこの少女、気付いたのは自分だけだろうか。

 先程、彼女の瞳は紅く染まってはいなかったか? まるでリュウキの魔眼の様に……。

 少女のこの漆黒の髪と瞳もまた、彼を連想させる。

 そのせいか不思議と他人のような感じがしなかった。

 だからなのか、カートは警戒の色を薄め答えていた。


「だがな、嬢ちゃん。例えそうだとしても、俺達はこいつを見過ごす訳にはいかねぇんだよ。こいつは、クラジバールの密偵かも知れねぇからな」


 それを聞いて悲しげな顔をする早夜。

 しかしその時、誰かが彼女の肩を掴み、乱暴に振り向かせたのだ。「キャッ!?」


 その勢いに早夜はたまらず声を上げる。

 そして、それを見た面々は、驚き口々に少女の肩を掴んだ者の名を呼んだ。


「シェル!?」

「シェル兄貴!!」

「シェル殿下!? 女性相手にそんな乱暴な……」

「ちょっ? シェ、シェル殿下?」


 ミヒャエル、リカルド、ルード、カートの順である。

 そう、早夜の目の前には今、怖い顔をしたシェルが立っていた。


「何故お前はカートの名を知っている? それに先程の瞳、紅かったがあれは魔眼か? お前は何かリュウキについて知っているのか!?」


 矢継ぎ早に質問されたことと、掴まれた肩が痛くて、早夜は顔をしかめた。


「よせ! シェル!」


 ミヒャエルが制止の言葉を掛けたが、シェルは一向に止めようとしない。

 その時、蒼が早夜とシェルの間に割り込んだ。


「ちょっと待って下さい! 早夜はずっと日本って国で、リュウキさんの目を通して、こちらの夢を見ていたんです!」


 このように叫ぶと、蒼は話し始めた。

 早夜が如何にして此処に来るに至ったのかを――。




 蒼の語る早夜の夢の話を聞いて、最初疑わしげだった彼らも、最後にはその話が信用に足る話だと認めざるを得なかった。

 何故なら、彼らにしか知りえない話も多くあった為だ。


「しかし、そんな事があるなんて……」


 ルードが信じられないと首を振った。


「でも、髪もおめめも、リュウキさまといっしょだわ!」


 可愛らしい声でミシュアが言った。

 しっかり話を聞いていたのだろう。その目は、興味津々といった風に、キラキラと早夜を見ていた。

 そしてその時、カートに押さえ付けられているリジャイが驚くべき事を言った。



「それは当然だね。だって君等は兄妹なんだから」



 いきなりリジャイから告げられた衝撃の事実に、一同は一斉に固まった。

 そして一拍おいて『えぇー!!』と驚きの声が上がる。

 だが、言われてみれば、とどこか納得している彼らもいる。


「んー、さっきの話聞いてて気付いたけど、早夜は知らなかったんだねぇ……言っちゃまずかったかな?」

「ちょっと待て、何でそれをお前が知ってるんだ!?」


 カートが聞いた。思わずリジャイを押さえていた手に力が入ってしまう。


「イタタ! ちょっと話を聞きたいんならその手を離してくれないかな? このままじゃ話しづらいよ」


 カートはチラリとミヒャエルを見ると、彼はその視線に気付き頷いた。それを確認すると、カートは漸くリジャイを解放した。

 リジャイは肩をぐるぐると回すと、手首をさすりながら肩をすくめる。


「あー、痛かった。まったく手加減しないんだもん」


 そして、自分を見ている者達を見回す。


「これなーんだ?」


 そう言うと、空中で何かを掴む仕草をした。

 次の瞬間、その手には黒く、長く、真っ直ぐな束ねられた髪があった。


「それはっ!? まさか――」


 リカルドが声をあげる。

 そんな彼に、リジャイはニヤッと笑った。


「そう、そのまさか。これはムエ……じゃなかった、リュウキの髪の毛だよ」

「どういう事だよ? 何で髪の毛が……まさかあいつに――」


 サッと顔を青くするリカルドに、リジャイは至極明るく否定した。


「あはー、元気元気ー。彼、今クラジバールに居るもんだから正体隠す為に髪の毛切ったんだー。あ、因みに切ったの僕」

「クラジバール!?」

「そう、彼は今そこで、ムエイって名乗ってるよ」


 リジャイはそう言うと、クラジバールでの経緯を語った――。




 全てを聞いた面々。その中で同時に声を上げる者が居た。


『じゃあ、リュウキ(さん)は、無事なんだな(ですね)?』


 リカルドと早夜である。

 二人は思わず顔を見合わせた。が、すぐに前に向き直ると、まるで示し合わせたように同じ様な事を言う。


「会えねーのか?」

「お願いします、会わせて下さい!」


 しかしながら、リカルドは尋ね、早夜は懇願するという違いはあったが。

 それは早夜にとってはずっと焦がれていた願いだった。

 それが、兄妹だと聞かされ、益々その想いが強くなった。


「うーん、それは無理だなぁ……」


 リジャイは顎に手を置き、人差し指で頬を叩く。そして困ったように笑い、そう言った。

 リカルドが間を置かずに「何故だ?」と尋ねると、リジャイは自分の首を示し、そこにある枷について必要な限り説明した。


「と言う訳で、今の僕は発動を抑えるための魔道具を使って、此処にこうしている訳だよ」

「じゃあ、こっちから行く事は?」

「それも難しいねー、結界の所為で、外からの進入は難しいと思うよ。それに、君等はリュウキを探すのに探索魔法を使ったみたいだけど、そういう魔法は跳ね返しちゃうからね」


 

 早夜は枷の事を聞かされてから、ずっと彼の枷を見ていた。

 そして、彼女の中の知識が、その構造を教えてくれる。どのような材料を使い、どの様に組み立てたのか、発動すればどうなるかまで事細かに解った。勿論、解除の方法さえも……。


「あの、私にその枷を外させて下さい」


 するっと、そんな言葉が出てきた。

 リジャイは眉を上げる。


「はぁ!? 何言ってんの? 今までの僕の話、聞いてなかったの? この枷は外そうとすると発動するって。それに君は、その胸の呪印が消えるまで魔法は禁止って言ったでしょ?」


 彼にしては珍しく、焦った様子見せる。


「でも、何かお礼がしたいんです。それに……えーと、お名前は……」


 そういえば、名乗ったのは彼女が暴走している間であった。


「リジャイだよ、リジャイ・クー! とにかく、お礼なんていーから大人しくしてて!」 

「もし、リジャイさんの枷が外れれば、その結界も壊せるかもしれないじゃないですか!」

「もしって君、僕を実験台にする気!?」

「いいえ! 自信はあります! こうなったら無理矢理にでも外させてもらいます!」


 何処までも強気な発言。この少女にしては珍しいことであった。

 そして強気なまま、早夜はカートに指示を出す。


「カートさん、リジャイさんを押さえてて下さい!」


 いきなり声を掛けられるカートであったが、それまで唖然とした様子で2人の言い争いを見ていた彼は、我に返ると面白そうにニヤッと笑う。そして、何を感じ取ったのか逃げようとするリジャイを羽交い絞めに捕まえた。


「さっきまで余裕ぶっこいてたのに、ずいぶんと様子が違うな? 何だ、あーゆー女に弱いのか?」

「ああ、弱いよ! あーゆー真っ直ぐな子は何を言っても通用しないんだから! それにしても、これで僕を掴まえたつもり?」


 不適な笑みを浮かべ手をかざして魔法を発動させようとする。


「おまっ! じゃあさっきまでのはワザと掴まってたのか?」

「さあ、どうでしょう?」


 何処までも不遜な態度で、手に光を纏わせ始める。


「リカルドさん! リジャイさんの額の目を覆ってください!」

「へっ!?」


 予想外の事に、リジャイは一瞬情けない声をあげる。

 リカルドはいきなり指示され驚くも、面白そうだと思ったのか、すぐさま近づくと、ベチンと痛そうな音を立ててリジャイの額を掌で覆った。


「イタッ! ちょっ、それされちゃったら僕、何も出来ないって!」


 早夜には、額の目から魔力が溢れ出すのをしっかりと感じ取っていたのだ。

 それから、身動きの取れないリジャイの前に立つと、怒ったようにこう言った。


「お礼が駄目だと言うのなら、これは罰です! わ、私、ファーストキスだったんですよ!!」


 耳まで真っ赤にする早夜をキョトンとした顔で見たリジャイは、次の瞬間さも可笑しそうに笑い出した。


「ブプー!! ちょっと、おも、おもしろいよ君。アハハ、だ、だめ、ツボかも、お腹イタイ!!」

「っ!? そんなっ、何で笑うんですか?」

「だめよ早夜、こんな変態男に乙女心なんて解らないわよ」


 それまで、親友の意外な一面を見て(大の男に指示を出す早夜、新たな萌え要素だわ)等と思っていた蒼が、ショックを受けている彼女の肩を慰めるように、ポンポンと叩いた。



 ひとしきり笑ったリジャイは軽く息を吐くと、未だ頬を膨らます少女をじっと見た。


「わかった降参、早夜の好きにすればいいよ。ただし、覚悟はいい? けっこう痛いかもよ? その呪印」


 そう言って、にぃーと口角を上げる。早夜には、ワザと怖がらせる笑みだと分かる。


「そんなの、望む所です!」

「フフ、勇ましいねぇ!」


 そこで、リジャイは笑みを引っ込めると、隣のリカルドやカートに言った。


「もう逃げたりしないから、離してくんないかな」

「いーや、何かお前の言葉は信用できねーんだよな」

「俺も、それにこのサヤってのはリュウキの妹なんだろ? だったら断然こっちを応援するっ!」

「じゃあ、せめて座らせてよ。早夜の負担を減らす為にもさぁ……」




 そうやって座り込んだ、

「じゃあ、やりますね……」


 固唾を飲んで皆が見守る中、ちょこんと正座した早夜が、リジャイの枷に手を伸ばす。


「正直に言えば、そろそろ限界だったんだよね、この枷を抑える魔道具の効果」


 そう言われて見てみれば、所々黒く変色して、ひびが入ってきているようだった。そして、今もピキッと小さな音を立てて新しいひびが入る。

 急がなくてはと思い、早夜は枷に触れ、指に魔力を纏わせた。


「―――っ!!」


 途端に胸に走る痛み。

 形容し難い痛みが早夜を襲う。


「ほらね? 魔法使わせないように、少しでも魔力を出せば痛みが走るようにしてある。君は本当に耐えられるのかな? 止めるなら今の内だよ」


 わざとやる気を殺がせる事を言うリジャイに、早夜は気丈にも笑って見せた。


「いいえ、止めません。こんなのさっきに比べたら何でもありません!」


 痛みによる生理的な涙、そして額には脂汗が浮かぶ。

 そんな彼女にリジャイは目を見開いた。


「君は強いね。……ああ、そっか。君はそういう子なんだね。誰かの為に何か出来ちゃうような……」


 その目は優しく、どこか羨望の眼差しで早夜を見ていた。

 そんなリジャイに気恥ずかしさを覚え俯くと、そのまま目を瞑り意識を集中させる。

 早夜はその細い指先に魔力を纏わせ、枷に進入させた。


 枷の中は様々な魔法が組み合わさり、複雑に入組んでまるで難攻不落のパズルのようだった。

 少しでも解く順番や解き方を間違えれば、すぐにでもこの呪は発動してしまう。

 しかし、それを早夜は一切突っかかる事無く解いてゆく。目指すはこの枷の中枢にある解除の呪だ。

 しかしながら、やはりと言うか痛みは例外無く早夜を襲う訳で、彼女の呼吸は自然と荒くなる。

 脂汗は顎を伝い、膝の上に置かれている手にポタリと落ちた。

 その手も白くなるくらいに握り締められている。恐らくその掌には爪が食い込み、血が滲んでいる事だろう。

 時々痛みで意識が遠のきそうになったが、ふと温もりを感じ、早夜の意識が覚醒する。

 誰かが手を握ってくれている……。

 そう感じ、ありがたいと思うと同時に、少しは気を紛らわす事が出来た。


 手を握ったのはリカルドだった。

 白くなる程に握られた手を見ていたら、どうしても見ていられずに思わず、といった感じだ。案の定掌には爪が食い込み血が滲んで、彼の胸を痛めた。

 ふと視線を感じ横を見れば、リジャイとカートが此方をじーと見ている。

 声に出さず口だけを動かし『何だよ?』と言うと、カートとリジャイはニヤリと意味有り気に笑う。


『いんや、別にぃ』

『よく出来ました』


 彼らもまた、声には出さずに口パクで答える。

 リカルドはそんな彼らを不機嫌そうに睨むと、ふいっと顔を逸らせるのだった。


 彼らがそうしている間も、早夜は枷の中を探っていた。

 そして迷路の様に入り組んだ呪を抜け、早夜はそれを見つける。


「ありました……」


 静かに告げ目を開けた少女に、目の前に居た彼らは目を見張る。

 何故なら、彼女の目は紅く染まっていたからだ。先程も見た物だったが、間近で見るそれは、より一層鮮やかだった。

 カートやリカルドには魔眼として馴染みある物。

 しかし、そうでない筈のリジャイは何故か、その紫色の瞳を悲しく切な気に揺らし、そして口の中で何事かを呟いた。

 だがそれは、あまりにも小さくて、誰の耳にも届かず、そして気付かれる事はなかった。


「解除する為の最後の鍵となる呪を見つけました。後は、その呪に対して魔力を発動させるだけです」


 そこでふと気が付いた。

 リジャイはカートに拘束されている為、二人とも手が塞がっている……と言う事は必然的に、今早夜の手を握っているのが誰か判った。


「……リカルドさんが手を握っててくれたんですね。ありがとうございます。すごく助かりました。途中、何度か意識が飛びそうになっちゃって……」


 そんな彼女の顔には今も、脂汗が流れている。こうしている間も、相当痛いのかもしれない。

 それでも笑っている早夜に、何処か畏敬の念を感じるリカルド。


「そうか、役に立てて何よりだ」


 彼はそう言うと、自然に笑顔を返していた。



 その時、後ろの方で悶々としている者が一人いた。

 亮太である。

 彼は不機嫌そうな顔をして早夜達を見ていた。

 蒼はそんな亮太を見て思う。

(あー……さっきまで自分の手を握ってくれていた早夜が、他の男と手を繋いでるんだから面白くないのは当たり前よねー……。

 それに周りは良い男ばっかだし、こりゃ不安にもなるわ……。早夜は早夜で、自分の唇奪った相手を助けようとしてるし……ま、それが早夜の良い所って言えば良い所なんだけどね……)

 そして一方では、今も痛みを堪え苦しげな親友に何もしてやれない苛立ちも感じるのだ。

(私は早夜に何をしてあげられるんだろう……)

 その時、蒼はある決心をしていた。けれどまだそれは胸の内に仕舞っておく。



「それじゃあ、一発勝負だね。覚悟は良い?」


 「はい」と頷く早夜を見て、今度はリカルドとカートを見る。


「君達、離れた方が良いかも。失敗すれば、とばっちり食うかもよ?」


 ニヤリと笑うリジャイに、2人も同じように笑った。


「ここまで来といて何言ってんだ。そこの嬢ちゃん置いて退けるかよ」

「そうだ。もしそんな事になったら、俺は身を挺してでもサヤを守るぞ」


 早夜に対し、何処か尊敬の念を抱いているリカルドは、そんな事を言った。


「それは……頼もしい事を言うねぇ」

「大丈夫ですよ。絶対に失敗しませんから!」


 自信たっぷりに笑う早夜に、他の三人も笑う。

 不思議な一体感が、ここに生まれていた。


「じゃあ、発動させますね」


 その言葉に三人は頷き、それを確認した早夜は魔力を発動させた。


 途端に視界が暗転する。

 意識が完全に遠のく寸前に、早夜の耳にはパキンという枷の解除された音が響いた―――。





 今回、魔法に関してちょっと説明。


 まず種類ですが、魔法陣、呪符、呪文詠唱、呪印、などがあります。(大まかなものだけ)


 リジャイは、魔法陣を使うのが得意です。でも他の魔法も使えます。


 ロイは、呪符。彼の場合はリジャイ同様他の魔法も使えるのですが、呪符にある種のこだわりのようなものがあります。

 

 イーシェは、呪文詠唱。彼女は、治癒魔法が得意です。


 カンナは、呪印ですが、まだ詳しい方法とかは考え中です。


 早夜は、あの力のおかげで全部使えます。でも、何分経験不足なので、迷いながら使っていくと思います。

 

 ここで、今回の話の中のことでちょっと補足。

 魔法を使う事と、魔力を使う事は別と考えて下さい。

 魔力を使って、それを何だかの形にして、発動させるとそれが魔法となります。(解り辛くてすみません)


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