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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第三章》
22/107

1.暴走する力

(――だめ、止められない――)


 早夜は、自分から溢れ出る魔力を必死になって抑えようとしたが、それでも抑え切れない魔力が内から止め()なく流れ出てくる。

 頭の中には、先程から意味のない魔法の知識が駆け巡っており、そしてその身体は、魔力の暴走に耐え切れずに皮膚が次々に裂けて傷を作っていた。それでも傷付いた側から、魔力はその器である彼女を自動的に癒そうとする。

 そんな悪循環とも言える現象が早夜がこの世界に来てからずっと、現在進行形で繰り返されていた。

 もう、何処もかしこも痛くて、正直痛くない所を探すのが難しいくらいである。

 気を失ってしまえば楽になるかもしれない。しかし、そうなってしまったが最後、今自分を苛んでいるこの力は間違いなく周りの者を攻撃してしまうだろう。


『―――っ!!』


 そう、このように今も自分に向かって必死に呼びかけている友人を危険な目に遭わせる訳にはいかないのだ。

 溢れ出る力のせいなのか、聴覚も視覚もうまく働かない。

 そんなぼやけた視界の中に、早夜は蒼と亮太を捉える。何かを言っているのは認識できるのだが、酷い耳鳴りのせいで聞き取る事はできない。

 そして視線を移すと、あの夢の中の人物達がいた。

 ぼやけてはいるが、それが誰だかハッキリ判る程、早夜には馴染み深くなってしまった人達。

 リカルドを始め、ミヒャエル、シェル、カート、ルードがいる。彼らは、必死になって早夜を助けようとしているのが分かった。

 しかし、早夜の魔力に当てられ、なかなか近づけないでいる。

 その中でも、リカルドが一番、必死になって助けようと試みていた。


 そして、ふと気付く。


 彼らにとって、早夜は見ず知らずの人間。赤の他人なのだと。

 それなのにあんなに必死になってくれているのを見て、早夜は堪らなくなった。

(ああ――、なんて優しい人達なんだろう――……)

 早夜の体はそろそろ限界が近づいていた。

 体中が悲鳴を上げている。痛みでどうにかなりそうだった。

 さっきまで、すぐに治っていた傷も、徐々に治りが遅くなってきている。体力もそんなに保たない。抑えるのも難しくなってきた。

 そして、そうなれば間違いなく彼らを巻き込んでしまうだろう。

 今の状態でも彼らはかなりきつそうだなのだ。

 それなのに、もし今抑えているこの箍が外れてしまったら……?

 それは想像以上に恐ろしい事になるかもしれない。

 そしてとうとう、早夜は足に力が入らなくなり、ガクンと膝を付くと、また血を吐いた。



 △▼△▼△



「早夜っ!!」

「桜花さん!!」


 膝をつく早夜に、蒼と亮太は必死になって呼び掛けていた。

 今すぐ駆け寄り、助け起こしてあげたい。しかし、何故か体が震えて、これ以上近づく事が出来なかった。未知なる力に、本能が拒絶反応でもおこしているのだろうか。


「お願い! 早夜を助けて!」


 それでも蒼は、震える体に叱咤して、近くにいた銀髪の青年に縋り付いた。

 だが彼は、申し訳なさそうに目を瞑ると首を横に振る。


「すみませんが、私達にはどうする事も出来ません。彼女の力はあまりにも強大すぎる……」


 ルード自身も先程から、何度も早夜に対して術を試してはいるのだ。しかしその術は、彼女の強力な魔力の前に、全て打ち消されてしまっていた。


「そんな……」


(私が、魔法を試そうなんて言わなければ)

 ルードの言葉を聞いて、蒼は後悔の念でいっぱいだった。


「馬鹿やろう! 諦めんな! 何とか方法を見つけ出すんだ!!」


 そう叫んだのはリカルドだった。

 彼は、何とか震える足を押さえつけ、じりじりと早夜に近づこうとしている。


「しかし……」

「ルード! お前、宮廷魔術師だろうがっ!!」

「……せめて、この部屋から出してあげられれば良いのですが……」


 元々これは、魔力量が多い者が魔力を増幅させてしまった事で起こっている事態だ。その為、魔力を抑える術をかけようとしていた。

 そう、この部屋から出ればこの魔力は治まる……。

 しかし、魔法も効かない、近づくのも困難な状況でどうやってあの少女を部屋から出すというのだ。そう思って、ルードは唇を噛んだ。

 皆、彼のその表情に最悪の状況を考えてしまう。と、その時――。


「この部屋から出してあげられないのなら、この部屋の方を如何にかしてあげればいいんだよ」


 そんな声と共に、ピシィッという音が響く。

 と、それと同時に、あの凄まじい程の魔力が和らいだ。

 皆が皆、呆然とし、現状を確認するのに辺りを見回した。

 すると、壁や天井や床等、いたる所に罅が入っているのが見受けられた。


「この部屋ってば、魔力増幅の呪が施してあるよね。その呪は、部屋の内側の壁や床の表面に施されてるだけだから、それをこんな風に傷つけるだけで解除できてしまう。

 今回そのお陰で助かったけど、実際問題、こんな簡単に壊れちゃうのは問題だよねー」


 そして皆がケラケラと陽気に笑うその人物を見た。

 額に第三の目を持ち、右側の顔と腕に刺青をしている男。


「何者だ!」

「どこから忍び込んだ!?」


 ミヒャエルやカートが警戒を露わに言及する。

 他の者達も、突然現われた男に驚きと不審と警戒の目を向ける。

 しかし、男はそんな眼差しに怯むことなく、寧ろ笑みを深めながら彼らを見返す。


「僕? 僕はリジャイ・クーって言うんだ。呼ぶ時はジャイジャイそれかクーちゃんでいいよー」

「そんな事を聞いてるんじゃねー!」


 恐らくこの中で一番感情的であろうリカルドが、リジャイのその軽い態度にキレる形で向かって行った。

 しかし、リジャイが彼に向かい手を翳した途端、リカルドは力を無くした様に、ガクッとその場に膝をついた。

 いや、リカルドだけではない。その場にいる者達全員同様に膝を付いている。

 見れば、彼らの足元には巨大な魔法陣が現われていた。


「テメー……何しやがった……」


 リカルドが苦しそうに言葉を発しながら、リジャイを睨む。


「うーん、ごめんねー。僕がこれからする事を邪魔されたくないんだ。あんまり時間が無いからねー……」


 やはり何処までも軽い口調で、スタスタとリカルドの前を通って、リジャイは早夜に近づいてゆく。




 あの凄まじいほどの魔力が、スッと引っ込み、あの苦しさが嘘みたいに楽になった。

 ぼやけた視界も、あれほど五月蝿かった耳鳴りも、今はもうない。

 ただ、自動的に傷を癒されていたのは、魔力が暴走していた間だけの事だったらしく、体のダメージはそのままのようで、新しくできた傷からは血は流れている。起きあがろうにも力も入らなかった。

 そうする内に、胸の辺りに痛みを感じ、またケホッと血を吐いた。

 俯く早夜に影が覆う。


「あー……、随分血を失ったみたいだねー……勿体無い……」


 影の正体リジャイ。

 早夜は目の前に立つ彼をぐったりした表情で見てきた。

 そんな彼女の様子を、リジャイはしゃがみ込み、目線を合わせて観察する。

 早夜は今だ暴走の名残の為、頭の中がボーっとしていた。しかし、次にリジャイにされた事によって、早夜の意識は一気に覚醒する事になる。

 一体何をしたのか?

 彼は早夜の服の襟元に両手を掛けると、それを左右に引き裂いたのだ。

 ブチブチという音と共に、シャツの釦が弾け飛ぶ。

 早夜は、一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐさま自分がされた事を理解し、叫び声を上げようと口を開いた。


「っ!! イッ――」

「んキャー!! ちょっと、早夜に何してくれてんのよっ!!」


 だが、早夜が叫ぶのを遮り、真っ先に叫んだのは蒼だった。

 そして、亮太も怒りを露わにして怒鳴った。


「てめっ!! それ以上桜花さんに何かしてみろ! ただじゃすまさねぇ!!」


 リジャイはそんな彼らにフフンと笑って見せると、何処からとも無くナイフを取り出した。

 そしてそれを、自分の手に宛がうとそのまま力を込め横に引く。途端に溢れ出る鮮血に、早夜は驚きの声をあげた。


「な、何をっ!?」

「シッ、黙って……」


 そしてリジャイは、その血濡れた指を早夜の露わになった胸元に置くと、何やら書き始めた。


「キャーー!! この変態男! 早夜の柔肌にぃ!

 ……ハッ、ちょっと、あんた達! 何じっと見入ってんのよ! 見ちゃダメ、これ以上見たら金取るわよ!!」


 蒼に言われ、皆ぎこちなく顔を逸らせる。

 亮太とリカルド、ルードにいたっては、顔を真っ赤にして何処かオドオドとしていた。

 けれどその時、カートがボソリと呟く。


「別にそんな大した物でも……」

「はいっそこ!! 何言ってくれてんのあんた!?

 早夜はね、ちっちゃくたって形のいいおっぱいしてんのよ! すッごく柔かくて、見てるとほんわかしてくる……そんな幸せになれるおっぱいを、大した事無いですって!?

 謝んなさい! 早夜のおっぱいに土下座して謝んなさい!!」


 床をバンバン叩いて、ビシィッ! とカートを指さす。

 流石におっぱいを連呼され、赤面するカート。片手で頭を抱え、信じられないと言う風に首を振る。

 他の者達も、顔を赤くし居た堪れなさそうに俯いていた。




「ウゥ……蒼ちゃん、やめてー……」


 羞恥に耳まで真っ赤にして涙目になる早夜。

(恥ずかしくて死んじゃいそう……)

 すると、リジャイがクスリと笑う。


「なかなか愉快な友達を持ってるねー」


 そんな彼は、先程からずっと手を動かし続けている。何か模様の様に見えた。


「これはねー、魔術ってゆーより呪術に近いかな」

「呪術? 呪いって事ですか?」


 服を破られるという乱暴な行為をされたにも拘らず、早夜は大人しくしていた。

 それは、自分を見る彼の目がどこか親しい者を見る様な、そんな眼差しをしていたからかもしれない。それに手付きも態度も、まるで医者のような、飽くまで事務的なものだ。

 リジャイは早夜の質問に頷く。


「そう、でも近いって言うだけで、完璧に呪いって訳でもないんだけど……今の君には必要なものだよ」


 その時、胸に痛みを感じ、また血を吐き出しそうになった。

 リジャイはそれをいち早く察知すると、そのまま早夜の口を自分の口で塞いだ。


「――っ!!?」


 それがあまりにも自然で流れるような動きだったので、早夜は抵抗する隙もなく、拒む事ができなかった。


「ぎゃーーー!!!」


 それを目撃した蒼の叫びが部屋の中にこだました。


「んんーっ!」


 早夜は力の入らない腕をリジャイの胸に置き、突っ張らせるが、当然の事ながらびくともしない。

 そしてまた我慢できずに血を吐いてしまった。

 リジャイが空かさずそれを飲み込むと、合わさった唇の隙間からツーと血が滴り落ちる。彼の額の目が見開いた。そして、口から力が注ぎ込まれる。

 早夜は急激に体が暖かくなるのを感じ、そして体の内から痛みがスーと消えてゆく。体に無数にあった傷も、見る間に癒されてゆく。

 リジャイはそれを確認すると唇を離した。そして、早夜の顎に付いた血に気付き、ペロッと舐め取る。

 あまりの事にショックで声も出ない早夜。

(こ、この人、私の吐いた血を飲んだ!? って言うか、これって私のファーストキスなんじゃ……)

 そんな事をぐるぐる考えていると、リジャイが満足そうに微笑んだ。


「うん、やっぱり体ん中の傷は、口からの方が早いね。

 ……それにしても、さすが万物の力……思ってた通り……いやそれ以上の味……」


 等と頬を上気させると、ほぉーと息を吐いた。

 だがその時、リジャイの後ろで物凄い殺気を出して立つ者がいた。


「――俺はさっき言ったよな? 何かしたらただじゃ済まないと……」


 持っていた竹刀を支えに、亮太が立っていた。

 蒼の叫び声でばっちりと早夜と彼とのキスシーンを見てしまったのだ。


「死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」


 亮太のその声はやけに静かで、その顔には表情がない。そしてその茶色の瞳は、刃のように鋭く冷たかった。


「あはは、君すごいね! 立ち上がるのだってやっとの筈だよ? それって何? 根性? 根性で立っちゃったの? それともアレ? 愛?」


 愉快そうに笑うリジャイに、バカにされたように感じた亮太は怒りが頂点に達する。

 未だ地に縫いつけられたように重い足に、意識を集中しその身を支えると、持っていた竹刀を構える。


「そんな殺傷能力の低そうな物で、どうやって僕を殺すのか興味ある所だけど、今はこっちが先。

 よし、血の気の多そうな君に決定!」


 リジャイは動じる事無く亮太に手を翳す。

 すると、彼の胸の辺りに光る魔法陣が現われ、そこからシュルルとリジャイの手に向かい何かが集まってくる。

 亮太は、体から何かが吸い出されるような感覚に陥り、焦って「おわっ!?」と声を上げる。そして、そのまま力を失ったように膝をついて倒れた。


「亮太君!?」

「亮太っ!?」


 早夜と蒼の声が重なる。


「大丈夫、大丈夫。ただの貧血だよ」


 そう言ってリジャイが手のひらを開くと、そこには無骨な形ながらも美しく輝く赤い石があった。


「彼には、生命力と血を提供させてもらったよ。早夜が今、最も必要なもの……これはその結晶だね。じゃあ早夜、手を出して」


 早夜は言われるまま、リジャイに手を差し出した。

 だがそこには、この世界に飛ばされる前から握られたままになっていた、あのお守りがあった。思わず「あ……」と声を上げる。


「それは……」


 リジャイは一瞬目を見開くと、それを摘み上げ、変わりに血と生命力の結晶を置いた。

 すると、その結晶がシュルルと解け、早夜の手の中に吸い込まれてゆく。

 早夜は、先程まで力の出なかった体に、力が湧いてくるのを感じた。見た目から言っても、見る間に顔色が良くなっていくのが分かる。

 それを確認し、リジャイは満足げに立ち上がると早夜を見下ろす。


「早夜、その胸の呪印が完全に消えるまで、君は一切魔法を使っちゃダメだよ? もし使っちゃうと、その呪印が発動して、意識を強制的にシャットアウトしちゃうからね。

 今の君は、とても不安定でちょっとしたきっかけで、暴走し易くなってるから、これはその予防策だよ」


 そこまで告げると、フーと溜息を吐いた。


「これで僕の役目は、ある程度終わりかな?」


 そして他の者達を覆っていた魔法陣を解いた。

 途端に体が自由になった事を確認した蒼達は、こちらに駆け寄ってくる。

 蒼は早夜へ、そしてリカルド達は謎の男を捕らえる為に――。





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