~友情・それぞれの思い~
とうとう三章までこぎつけました。
この、三章のオープニングは、第一王子ミヒャエルの娘、ミシュアちゃん目線でお話を綴ります。
バスターシュとの戦が終わり、早夜がやってくるまでのお話です。
『 つむぎだす魔法の糸
糸はやがて無数の帯となる
帯はさまざまな運命をからめとり
ひとつの物語へと誘う 』
赤いバラ色の髪の可愛らしい少女は、お城の中をいつものように探検していた。
少女の名はミシュア。第一王子ミヒャエルの娘である。
(なんだかこのごろ、皆の元気がない気がするわ……)
ここ数日、城の中は重く沈み、悲しみに暮れていた。
(リュウキさまの事をきくと、お父さまもお母さまも、かなしいお顔をするのはなぜかしら?)
そんな事を考えながらプラプラと廊下を歩いたいた。そして、大好きな人を見つける。
「お父さま!」
そう呼びかけると、淡い金髪に青い瞳の男性がこちらを振り返り、優しく微笑んだ。
ミシュアの父ミヒャエルだ。
彼女が駆け寄ると、ミヒャエルはその小さな体を受け止め、抱き上げる。
「ミシュアはまた探検ごっこか?」
ミヒャエルがそう尋ねるのを、ミシュアは嬉しそうに頷く。
でもすぐに父の顔が曇るのを見てしまった。
(本当にどうしたのかしら?)
父の隣には、彼と瓜二つの双子の弟シェルがいる。
そちらもまた表情を硬くしていたが、ミシュアが見ている事に気付くと、にこりと微笑んで見せた。
(シェルは大好き! だってお父さまにそっくりなんですもの!)
「……カート、リカルドはどうしている?」
(リカルド? リカルドがどうしたの?)
いつも遊んでくれるリカルドの話だ。思わず声に出して聞きそうになった。
(お父さまが大事な話をしているときは、ジャマしちゃダメなのよ)
母に言われている事を、そのまま心の中で言い聞かせ、何とか声に出すのを我慢する。
ふと顔を上げると、カートと目が合った。彼はミシュアを見ると、ニヤッと口角を上げる。
その表情に、少女は慌てて父の陰に隠れた。
(カートは嫌い、だってイジワルそうなんですもの……)
「どうしてると言われても……ずっと落ち込んでるとしか言えませんね、ありゃ……」
ミシュアに向けていた視線を戻してカートが答えると、ミヒャエルの隣にいるシェルが口を開いた。
「どうやら相当堪えたようですね」
「戦には勝てたとはいえ、リュウキを失った事は相当の痛手だな。セレンも部屋にこもってずっと泣いている……」
己の父のその言葉に、ミシュアは言い知れぬ不安を感じる。
(リュウキをうしなった? セレン泣いてるの? だめよそんなの! 2人はいつでも幸せいっぱいじゃなくちゃだめっ!)
リュウキとセレンのカップルは、ミシュアにとって憧れでもあった。
自分にもいつか素敵な恋人が出来たら、絶対2人のような恋人同士になりたいと思っていた。
因みに、夫婦では父と母が一番の憧れである。
「我々はどうやら、リカルドを甘やかし過ぎたのかもしれないねぇ……」
別の声がして、ミシュアは思わず声を上げてしまった。
「おじいちゃま!!」
「おお、ミシュア! どれおいで、おじいちゃんが肩車してあげよう!」
己の孫の存在に、目尻を下げ両手を広げる。
「父上!」
「陛下っ!?」
その場にいたミヒャエル達は、その人物を見定めると、深く礼をした。
ミシュアは父に降ろしてもらい、祖父でありこの国の王、アルファードへと駆け寄った。
アルファードは、少女の小さな体をひょいと抱き上げると、その肩に乗せる。
(おじいちゃまも大好き! だっていっぱい甘やかしてくれるんですもの!)
アルファードは、白髪交じりの金髪に深い緑色の瞳、そして立派な髭を蓄えていた。
その面影は、何処かリカルドを思わせる。
(おじいちゃまがえらいのは、きっとこのりっぱなおひげのせいね)
そんな事を思って、目の前の髭を掴むと引っ張った。
「こら! ミシュア止めなさい!」
娘の思わぬ行動に、父であるミヒャエルは慌てて注意した。
だが、被害者であるアルファードは全く気にした風もなく声を出して笑った。
「いやいや、ぜんぜん平気!」
(ほらね、どんなにいたずらしても怒らないもの)
掴んでいた髭を離して、今度は髪を引っ張る。
すると、アルファードの顔が曇った。
(? いたかったのかしら)
そう思って慌てて手を離したが、その表情は痛いというよりも悲しげだった。
「余もつらいよ。だってリュウキは余にとってもう一人の息子。幼い頃より故郷を離れ、親といたかったろうに、心配させまいとそんな事は決して表に出さない子で……。幸せになって欲しかったなぁ……」
アルファードは独白するかのように呟くと、目を伏せるのだった。
(おじいちゃままで元気がないのね。やっぱりリュウキさまに何かあったの?)
つられてミシュアまで悲しくなってきた。
その時、勢い良く駆けて来る者がいた。
銀髪にハシバミ色の瞳、銀縁の眼鏡をかけた男だ。名をシルドレットと言い、皆からはルードと呼ばれていた。この国の宮廷魔術師である。
「で、殿下! 大変です!! あっ、陛下! 失礼いたします!」
王に礼をし、顔を上げると、その頬を紅潮させ興奮気味に言った。
「お喜び下さい! リュウキ様は生きていらっしゃいます!」
「何っ!? それは本当か!」
「ルード! もっと詳しく話せ!」
ミヒャエルとカートの声が重なった。
その場の空気が一気に明るく、希望に満ちてゆく。
ミシュアも訳は分からなかったが、その雰囲気に心が躍った。
(何か素敵な事がおこったみたい)
「は、はい! 探索魔法を試した所、生命反応がありました。ただ今、リュウキ様を呼び寄せる準備をしております!」
その言葉に、その場にいた者達は喜びに顔を輝かせる。アルファードはルードに向かい言った。
「でかしたぞ、ルード! そのまま続けよ。何ならあの部屋を使うといい。許可しよう!」
「はっ、あの部屋ですね? それは助かります! ……あの、それでですね……実は今回、探索魔法を行ったのは、リカルド王子様です……」
「は? 落ち込んでたんじゃなかったのか?」
カートが訊ねる。
「はぁ……落ち込んではいたのですが、一度底について、また浮上したようです。それで、私の所に来て、ありとあらゆる探索魔法を教えろと……」
そこまで聞いて、アルファードが声をあげて笑った。
「ははは、それでこそリカルド! それでこそ余の息子!」
肩に乗せていたミシュアを、高く掲げてくるりと回った。ミシュアも楽しげに声をあげる。
(やっぱり、何か素敵な事があったんだわ!)
「我々も何か出来る事はないか?」
シェルが聞いた。
「はっ、では手伝ってください。人手は多い事に越した事はありませんから!」
「では余も手伝おうかな……」
「へ、陛下もですか? ……いや、それはちょっと……」
一国の王に手伝ってもらうのは気が引ける。
「ミシュアも手伝うわ!」
我慢できなくなってミシュアは叫んだ。
すると、周りにいた者達は、そんな少女を見て苦笑した。
「ミシュア、気持ちは嬉しいが、これは遊びじゃないんだ」
ミヒャエルが困ったように言う。
その言葉に、ミシュアは分かりやすくまん丸に頬を膨らませた。
(あそびだなんて思ってないもん! ミシュアだってリュウキさまが心配だもん!)
「ははは、ミシュアもリュウキが心配なんだろう。なぁ、ミシュア?」
アルファードが自分の言いたい事を代弁してくれた、と顔を輝かせるミシュアだったが、次の言葉にまた頬を膨らませる。
「だがこれは、大人の我々でも難しい事なんだよ? だからミシュアは大人しく待っておいで」
アルファードはミシュアを降ろし、頭を撫でたのだった。
〜それから一日が経ち〜
「もう! お父さまもおじいちゃまも嫌い! 皆でミシュアを子ども扱いしてっ!」
ぷりぷりと怒りながら、ズンズンと庭園を歩いてゆく。
暇を持て余した彼女は、いつものように探検ごっこをしていた。
あれから城の大人達は、あの部屋にこもってリュウキを呼び寄せる為の魔法を行っている。
「それにしても、何であの部屋って言うのかしら? ただの真っ暗いお部屋なのに……」
実はその部屋は普段入る事を禁止されている。しかし、城の中を探検して回っているミシュアは、何度か忍び込んだ事があるのだ。
だが真っ暗な為、怖くてすぐに出てしまっていた。
その後も、ミシュアは何度か度胸試しな感じで挑戦していたりする。結局入り口で中を覗くに留まっているのだが。
空が茜色に染まり、そろそろ戻ろうと思った時だった。
急にズンと足元が揺れた気がした。
「ふわっ!!」
思わずペタンとその場に尻餅をつく。
そして、今までに感じた事のない奇妙な感覚にとらわれた。
(こ、こわい)
それは、ミシュアが魔力を感知した為であったが、幼い彼女はその初めての感覚に恐怖を感じていた。
そして、その場にうずくまり、がたがたと震えるのだった。
どの位そうしていたのだろうか、ミシュアはふと暗くなった事に気付き顔を上げた。
目の前に人が立っていた。
その人物の影が、ミシュアを包んだのだ。
背が高くしなやかな体つき、そして額には第三の目を持った男。
男は微かに光を纏っていた。
そしてミシュアに声をかける。
「大丈夫? ミーちゃん」
ミシュアはたまらず、その男に抱きついた。
「クーちゃん! 怖いよっ! これなぁに? ミシュア食べられちゃう?」
そんな子供らしい発言に、男はクスリと笑う。
「ミーちゃん、これはね? ある女の子が魔力を暴走させちゃったからなんだ。そんでもって、僕はこれから、それを止めに行くんだよ」
男は首を傾げているミシュアに目線を合わせると、その額にそっと指を置いた。その指は光を纏う。
「ミーちゃん。今、お城の人達が集まってる場所って何処かな? たとえば、誰かを呼ぼうとしてたりとか……」
「それなら、お父さまたちがリュウキさまを探すって、あの部屋に……」
「あの部屋って何処?」
そう聞かれて、ミシュアはその場所を思い浮かべた。
すると、男はニコリと笑って額から指を外した。
「うん、分かった。有難う、ミーちゃん」
一言お礼を言うと、男は立ち上がる。
「えっ! ミシュア、何も言ってないわ!?」
男は、少女のその言葉に意味ありげに笑うと、足元に魔法陣を出現させた。
「僕はこれからそこに行くけど、ミーちゃんも一緒に来る?」
そう聞かれて思わず「行く!」と答えてしまった。
大人達に仲間外れにされた事と、この場所に一人でいるのが怖くなったせいでもあった。
「じゃあ、行こう」
男は手を差し出す。
そして、ミシュアはその手を取ったのだった。