おまけ(ロイロイと呼ばないで)
この話は、二章5にちょろっと出てきたロイとミリアの和解についてのお話です。
何故二人は和解したのか、その隠れエピソードです。
――それは、ムエイが誤って、ロイをロイロイと呼んでしまった事から始まった――
「――そんなっ! ムエイだけは、その名で呼ばぬと信じていたのにっ!!」
そう言って、酷くショックを受けたようにロイは立ち去ってしまった。
謝ろうと思い謝罪の言葉を発しようとした矢先であった。
呼び止めようと、差し出された手が空しく宙を彷徨う。
「……そんなに嫌だったとは……」
呆気にとられ、後でちゃんと謝らなくては、と思うムエイだった。
++++++++++
ムエイの元を立ち去り、ロイは人気の無い場所へとやってきた。
この国の緑と砂漠の丁度境目、結界の境界線である。
その近くの木の陰にしゃがみ込み、ロイは砂漠を眺めていた。
「何故、皆ちゃんと我を名前で呼ばぬのだ。ムエイもムエイだ。信じておったのに、裏切り者め……」
そうやって、ぶつぶつと言いながら足元の草を引きちぎっていた。
その時、ガサッと後ろで音がする。
「ゲッ!! 何で獣人がここにいんのよ!!」
ミリアであった。
よりにもよって、落ち込んでいるときに、一番落ち込みそうな相手に会ってしまうとは……。 今日は厄日だと思うロイだった。
「我が何処にいようと、我の勝手であろう? お主こそ、何故ここに来るのだ。ここは今、我が使っている。他をあたれ」
少々きつめ言った。どうしても立ち去ってもらいたかった。
何故なら今は、顔を見せるには支障があったからだ。
しかしミリアは、そんな彼の態度が気に入らなかったらしく、立ち去るどころか、突っかかってきた。
「ちょっと! 何時から此処があんたのものになったてのよ! それを言うなら私だって、ずっと前から此処を銃の射撃場として使ってるんだから! あんたがどっか行きなさいよ!」
ロイは軽く舌打ちをしながら、
「分かったのだ。我が此処を去る。それでよいのだろう?」
そう言って、顔を見せないように立ち上がり、去ろうとした。
「ちょっと! 今、舌打ちしたでしょう? しっかり聞こえたわよ!」
どうやら、謝れと言いたいらしい。ロイは、少々イラッとした。
「まったく面倒くさい女だな! 悪かった! これでよいのだろう? じゃあな!」
今度こそ立ち去ろうとするが、服をガシッと掴まれた。
「あのねぇ! めんどくさいって何よ! めんどくさいって!」
そう言ってミリアは、無理矢理ロイを振り向かせる。
(ヤバイ、見られる!)
慌てて顔を隠そうとするが、ミリアはばっちり見てしまった。
「っ!! ちょっとあんた、泣いてんの!?」
戸惑うミリア。
大の大人が、しかも男が泣いているのを見るのは初めてだった。しかも相手は獣人だ。
だがそれで、自分の知っている獣人と、目に前にいる獣人は明らかに違うと認識してしまう。何故なら、自分の世界の獣人は、決して泣かないからだ。
ミリアの知っている獣人は、本能で動く。本能だけで行動する生き物に、果たして感情などあるのだろうか?
「ふん! 笑いたければ笑うがイイ!」
そう言って、拗ねたように顔を背ける。そんな彼に、思わずきゅんと胸が疼くのを感じた。
そう、その感情は……ミリアの良く知っている、あの懐かしい感じ――
(こいつってば弟に似てるんだわ……)
前の世界にいる兄弟達を思い出した。
六人兄弟の長女であるミリアは、両親が死んでから、たった一人で弟や妹達の面倒を見てきた。
その中の一番上の弟は、普段大人ぶっているが、ふとした時に思わず泣いてしまい、今目の前にいるロイのように、拗ねて見せる時があるのだ。
そんな弟が可愛く、思わずギュッと抱き締めたくなる……。
そして今、ロイに対する感情はまさにそれだった。
(ど、如何しよう……なんか放っとけない……)
「と、とにかく座りましょう」
ロイを座らせ、自分もその隣に座った。
「……獣人は嫌いではなかったのか?」
まだ憮然としているロイに、素っ気無く言った。
「嫌いよ」
「では――」
「でもあんたは、私の両親を殺した獣人じゃないわ……」
そして、ふっと笑う。
「まったく、そんな当然な事、全然分かってなかったわ。分かってるつもりになってた。私って馬鹿よね……」
「そ、それは……そんな事は無い! 両親を殺されたのだから、当然の感情だ!」
「……本当は、まだちょっと怖いのよ。だってあんた、両親を殺した、あの獣人と同じ眼の色してるんですもの……」
だから彼女は、自分の顔を見ると逃げていたのかと、ロイは思った。
「……じゃあ、ミリアの前では目を瞑る事にするのだ。そうすれば怖くないであろう?」
そう言うと、ロイは目を瞑った。
そんな彼に思わず吹き出してしまうミリア。
「さっきまで、ガキみたいに泣いて拗ねてた奴が、気を使ってんじゃないわよ。
まったくいい歳して……」
そう言って、ぺちっとロイの額を叩く。
すると、目を開き、ロイは気まずそうに目線を外し、ポツリと言った。
「ガ、ガキなのだ……」
「え?」
首を傾げるミリアに、意を決したようにロイは言った。
「だからっ! 我はまだガキなのだ。いい歳なんかじゃないし、まだ十四なのだ!」
その言葉に、ミリアの目が点になった。
「はぁ!? ちょ、ちょっと待って! だってどう見ても……」
「我の世界の獣人は、十二まで人間の倍の速さで成長するのだ。そして十二になると、一旦成長が止まって、そして、これは個人差があるのだが、二十を過ぎた頃からゆっくりと歳をとってゆくのだ……」
呆気にとられ、ミリアはボーとしていた。
「ミリアの世界の獣人は違うのか?」
そう聞かれ、ハッとして眉を上げると、
「そ、そんなの分かる訳無いでしょ!? だってあいつら普段は森の中に潜んでるのよ? そんな奴等の事なんて分かる訳無いじゃない!」
思わず声を荒げてしまった。いけないと思い、頭に手を置き、気を落ち着かせる。
そんなミリアを、怒ったのかと思い、しゅんと耳を項垂れるロイ。
「まあ、それは置いといて、何であんた泣いてた訳? 何か理由があるんでしょ? 言って見なさいよ。聞いてあげるから……」
そんな彼を横目で見ながら、ミリアはさっきとは違い優しい口調で言った。
ロイは優しい言葉をかけられ、またその目に涙を浮かべると、理由を語りだした。
「はあ!? そんな理由? 名前くらいいいじゃない」
呆れた様に言うミリアに、ロイはムッとした。
「良くないのだ! 我の世界では、名前はとても重要なのだ。名前は、その人を表すもので、我の名は王のみに与えられる名前なのだ!」
フンッと鼻息を荒くするロイ。
ミリアは、そんな彼に少々押され気味になる。
「わ、悪かったわよ。そ、そうよね。名前って重要よね」
「……そうなのだ! なのに皆、我をロイロイ等とふざけた名前で呼ぶ……それならまだ、ミリアに獣人と呼ばれる方がましなのだ……」
そう言って彼は、膝の中に顔を埋める。
そんな彼をミリアは、まじまじと見てしまう。
ロイのその金色の耳は伏せられ、金色の尻尾も元気なく項垂れている。
その姿に、またあの感情が湧いて来た。こう、身の内から、うずうずと湧いてくるのだ。
ミリアは、知らず知らずのうちに、ロイのその頭を撫でていた。
膝に顔を埋めていた彼は、そうされて、ビクンと体を揺らしたが、拒否する事無くされるがままになっている。
思った以上に、その耳の感触は柔かく気持ちよかった。
(な、なんて気持ち良いの!? ちょっと病み付きになりそうだわ!)
そして、彼女の視線は、その金色でふさふさの尻尾に注がれる。
(し、尻尾も気持ちよさそうね……)
じーと見つめていると、ムクッとロイが頭を上げる。
そして彼は恥ずかしそうにすると、
「こんな風に誰かに頭を撫でられたのは、初めてなのだ……。我は王として育てられ、いつも気高く在れといわれた。だから、誰かに甘えた事も、こんな事をされた事もなかったのだ……」
ポツリと呟くそんなロイに、また、胸がきゅうとなるミリア。
「ねぇ、ちょと目を瞑っててくれないかしら」
そんな事を言われ、首を傾げながらもロイは従った。
するとミリアは、彼の前髪を後ろに撫で付けると、その露わになった額に口付けた。
その柔らかな感触に、ロイは思わず目を開き、そして自分がされている事に気付くと、顔を真っ赤にした。
ミリアは唇を離すと、目線のすぐ下にあの金色の目があったので、思わずぎくりとする。
やっぱり、こうして見ると怖いものは怖い。目線をそろっと外した。
「あー……弟はこうすると泣き止んだのよ」
「我はもう泣いてないぞ?」
すると、立ち上がったミリアは、腕を組み仁王立ちになった。
「だから、これで泣くのはもう終わりよ! ロイ」
「っ!! 今、我をロイと呼んだか?」
ミリアがそう呼んだのは、初めてだった。
「私、やっぱり獣人って嫌いだわ!」
その言葉に眉を下げるロイ。
「でも、あんたは嫌いじゃない。だから、これが私とあんたが近づく第一歩。私はあんたをロイって呼ぶわ!」
そして呆けた様になっているロイを見て、
「何か不満でも?」
と、首を傾ける。
そんな彼女に、ロイは慌てて頭を振った。
「不満なんてないっ! とても嬉しいのだ! ありがとう、ミリア!!」
そう言ってロイは嬉しそうに笑った。
「〜〜〜っ!!」
そのロイの笑顔に顔が赤くなるミリア。
(その笑顔は反則じゃない!?)
その時のロイは、思わず抱き締めたくなるような、可愛らしい笑顔だった。
ミリアはその自らの内なる衝動を抑える為、彼に見えぬ所でその手を思い切り抓ったのである。
++++++++++
「あ、ロイ。今日はすまなかったな」
帰ってきたロイに、ムエイは謝った。
「ん? 何がだ?」
本当に何か分からない様子のロイ。
「い、いや、今朝名前を間違えただろう?」
そう言われてやっと思い出す。
「ああ、あれはもういいのだ!」
そう言って、さわやかに笑うと、鼻歌交じりに自室へと戻っていった。
そして自室に入ったロイは、
「たった一人に呼んで貰えたからいいのだ……」
そう言って、照れたように額を撫でたのだった。