5.感知する魔力
王子に会って、三日程経っていた。
今、ムエイは大きな樹木を見上げている。
そこは、この国中央にある地下の研究施設。
天井は吹き抜けとなっており、そこから太陽光が入ってくるようになっていた。
よく見ると、樹の周りには掌に乗る程の小さな生き物達が動き回っている。
それ等は、頭に花が咲いていたり、葉っぱが生えていたり、尻尾のように根っこが出ていたりと、一体一体微妙な違いがある。
見た目はとても可愛らしく、それが独楽の様な円盤型の乗り物に乗り、そこら辺を忙しなく飛び回っているのだ。
それらは全て魔道生物であり、それもあの巨大な樹から生まれ出たもの。そう、あの巨大な樹でさえ魔道生物なのだと言う。
そして、その魔道生物を創った者は、名をピトと言い、この国の魔学者であった。
ピトもまた異界人であり、樹木人という種族だと言う。
彼の容姿は変わっていた。髪は太く平べったく、黄色に近い黄緑色をして、毛先に行くにしたがって茶色く変色していた。
そう、まるで植物の葉。それも、日に当てずに育てた葉の様だった。
そして肌の色は白。
彼は白衣を着ているのだが、その白衣よりも眩しいくらいに真っ白で、瞳の色は黒くガラス玉の様に澄んでいて、その白い肌の中で際立っている。
それから彼は小さかった。と言うより、まるで十歳位の子供のよう。だが、そんな見た目とは裏腹に、彼の年齢は五百を超えていると言う。
最初、この首の枷を作った者として警戒していたが、その容姿と彼の気さくな性格で今は大分打ち解けていた。
そして今、ムエイはそんな彼の研究に付き合わされている所だった。
「フム、これでどうかの? ムエイ試してくれんか?」
ピトはムエイに、腰ほどの高さの台の上に置かれた剣を示した。
台の上には複雑な魔法陣が描かれている。何でも武器の強化を試したいらしい。
言われた通り、ムエイはその剣を手に取った。
「っ! お、重いぞ……」
ズシリと見た目以上の重さに、動揺を隠せない。
これでは振るう事など、到底無理だろう。
「フム、強化するのに色々と付属したからのぅ」
「それにしたって重すぎるだろう。これではこちらが構えをとっている間に切られてしまう」
「んー……今まで剣の類の武器に関してはカムイが実験相手だったからのぅ……。あやつはホレ、ロイが言うところの筋肉バカという奴でな? そういう重いとかの苦情は一切無かったんジャよ。
ジャからの、重さについてとんと考えとらんかった。いや、スマンスマン。これからはちゃんと軽量化も考えるからの
どれ、では早速……」
ピトは台の上に手を置いて、聞いた事のない呪文を唱え始める。すると、描かれていた魔法陣が輝き、別の模様に描き変えられてゆく。
その時である。
「あ、ムエイ様! 来てらしたんですかぁー?」
やけに高く甘えたような声で、ミリアが入ってきた。
その横には、真珠色の髪と瞳を持つ美少女イーシェもいる。
「ミリア、これはアタックするチャンスミョ! ガンガン行くミョ!」
彼女は相変わらず、言葉遣いは変だった。
黙っていれば可憐で儚いイメージが強い為、ギャップが激しくいまだ慣れない。
「フム、今度はどうジャ? ムエイ、剣を置いてみるのジャ。
それとミリア、銃の調子はどうジャ? 魔力はちゃんと充てん出来とったかのぅ?」
そうピトが聞くと、ミリアはにっこりと笑った。
「ええ、もうバッチリよ! 凄い威力だったわ!」
嬉しそうにピトの前に銃を二丁置いた。
「そこで提案なんだけど、いちいち魔力を充てんしなくちゃ、この銃使えないでしょ? それに私、魔法は使えないから、イーシェに頼まないといけないし……だから、自動で充てんできないかしら。例えば、対峙した相手の魔力を吸い取ったり、周りの自然の力を吸収したりとか……やっぱ無理?」
そう、伺うように尋ねると、ピトは腕を組み考えた。
「ウゥム……無理ではないが……難しい注文ジャのぅ。
でも面白い! やってみようかのぅ!!」
何処かウキウキとその銃を別の台に置いた。
新しい試みは、ピトにとって楽しい事らしい。そういうところは、恐ろしく勤勉だ。やはり学者なのだなと納得する。
「あ、あのムエイ様? この後お暇でしたら、お茶でもどうですか?」
もじもじしながら上目遣いでミリアは問いかける。
その後ろでは、イーシェが手を前にぐっと握り『ガンバルんだミョ!』と、応援していた。
ムエイがこれをどう断ろうかと考えあぐねていると、後ろの方からあのお馴染の言い争いが聞こえてくる。
「まったく! キサマのせいで迷ってしまったではないか!!」
「えー!? ちゃんと着いたんだからいーじゃん」
「ははは! まあ、今まで見た事のない場所に出て、俺は結構、面白かったけどな!」
途端に騒がしくなる室内。
そして気付いたのだが、あのロイに対して嫌悪を向けていたミリアが大人しかった。
見てみると、ロイを見るその表情は以前に比べ穏やかで、驚いた事にその口元には僅かに笑みまで浮かんでいた。
「克服したのか?」
そう訊ねてくるムエイに「えっ!?」と驚いた声を上げるミリア。
そういえば、こうして自分から話しかけた事がなかったな、と思い立った。
「ロイの事だ。表情が以前と違い穏やかだ。獣人嫌いは克服できたみたいだな……」
そう言ってフッと笑うと、ミリアが真っ赤になって惚けている。
(そういえば、笑いかけた事もなかった気がする……)
ミリアのその様子にムエイがそう思っていると、またしてもイーシェが余計なことを言い出した。
「やったミョ、ミリア! 一歩前進ミョ! ここでグッと2人の距離を縮めるミョ!」
等とガッツポーズをとりながら。
プラスの方向に考えるのは構わないけれど、正直この様に煽るのには困りものである。お陰で、ミリアがなかなか諦めてくれない。今もイーシェに言われて目を輝かしているではないか。
彼女からの熱い視線に正直困り果てていると、ロイ達三人が此方にやって来た。
「ムエイ、聞いてくれ! こ奴、自分から道案内を買って出た挙句、散々道に迷いおったのだ!!」
ロイはそうやって怒りを露わにしていたが、ミリアを見た途端その怒りを引っ込める。そして、ふにゃっと柔らかく笑った。
「ミリア、調子はどうなのだ?」
すると、ロイを見たミリアは一瞬ギクッとなったが、ばつの悪そうに視線を外す。
「私は元気よ。あんた……ロイは、どう?」
そうミリアが問うと、パッとロイは顔を輝かせる。彼の周りに花が飛んでいるのが見えるようだ。
「我はとても元気なのだ!!」
そしてその言葉通り、一番感情に正直な彼の尻尾は、勢いよく振れている。
恐らくこの数日の間に、2人の間で和解する何かがあったらしい。
(そういえば、ここのところロイの機嫌が、すこぶるよかった気がする……)
そんな2人を何処か微笑ましく思っていたが、またしてもイーシェの余計な言葉で二人の穏やかな雰囲気は壊れていった。
「ミリア! ムエイが見てるミョ! これはきっとロイロイとの関係を疑ってるに違いないミョ! これはアレミョ、“ヤキモチ”ミョ!」
何を根拠にかそう断言するイーシェに、ミリアはハッとしムエイに向き直った。
「ムエイ様、違いますからね! 私はムエイ様一筋ですから! ロイとはなんっとも無いですから!!」
必死になって言うミリアに、たじろぐムエイ。
そして、ミリアの言葉に少し傷ついた顔を見せるロイ。
元凶のイーシェはというと、満足気に頷いていた。
彼女のことを恨まずにはいられないムエイであった。
「フム、じゃあ、カムイはこっちの台に斧を置くのジャ。
ムエイ、今度の剣はどうジャ?
ミリアはほれ、リジャイかロイに試させてもらうのジャ!」
それぞれの事を同時に行うピト、流石は魔学者と言った所だろうか。
そして、それ等の全ての作業が一段落付いた頃のことだった。
それは何の前触れもなく起こった。
「っ!!」
最初にそれに気付いたのはロイだった。
続いてリジャイ、ピトと続いた。
「―――っ!! 早夜?」
ムエイも感じた。
それは、とても馴染み深い気配。
そしてあの日、その身で直に体験した魔力―――。
「な、何なのよ!? これ?」
「これは魔力ミョ! 異常なほどでっかい魔力ミョ!!」
「ああ!? これが魔力? 俺、魔力なんて感じた事ねーぞ!?」
そうなのだ。ミリアとカムイは魔法を一切使えず、魔力を感じる等ありえない。
だが、彼らには今、それを感じる事が出来た。
「それ程、この魔力が尋常じゃないって事ミョ! まるで世界を覆い尽くす程の魔力ミョ!!」
いや、実際覆い尽くしてしまうかもしれないと、イーシェは思った。
一方、ロイ達はその魔力に驚くと共に、疑問を感じていた。その魔力には覚えがあったからだ。
その時は、これ程の放出は見られなかったが、気配は全く一緒だった。
リジャイも同じ考えなのか、彼らはムエイを見る。何故ならその気配は、彼がクラジバールに飛ばされてきた時に感じた気配だったからだ。
++++++++++
《クラジバール城 王の寝室》
「陛下、お呼びでしょうか?」
ナイールは目の前でシーツに包まり、震える男を見た。
贅沢の限りを尽くし、醜く膨れたその体。
周りには国中から集めた美女達を侍らせていた。
女性達はナイールを見ると、その美しさにほぅっと溜息を吐く。
そして、如何に目の前の男が醜いか、改めて認識してしまうのである。
「お、おおおお王子よ! こ、この膨大な量の魔力はい、いったい何なのだ!?」
震えながらナイールに聞くその男は、このクラジバールの王、ムハンバードであった。
そんな王を冷たい目で見つめ、ナイールは告げた。
「先程、魔力感知装置が反応しました所、方向はアルフォレシアと分りました。恐らく、異界人であると思われます」
「っ!!! アルフォレシア! またアルフォレシアか!!
おのれっ、わしの国はアルフォレシアに対抗して、多くの異界人を呼び寄せたと言うに、何故こうもアルフォレシアが先を行く。
そうか! わしの国を乗っ取るつもりなのだな!? おのれっ、王子よ!!」
シーツを剥ぎ取り、憎悪に醜く歪んだ顔で言った。
「その異界人をここに連れてくるのだ! ククク、これほどの魔力だ。手に入れて利用してやろうではないか。
出来なければ殺してしまえ! これ以上、アルフォレシアが、わしの国より大きくなるのは我慢ならん!」
「わかりました。腕の立つ、異界人を送りましょう」
そう言ってナイールは王に深く一礼をする。
伏せた顔のその奥で、その瞳は侮蔑の色に染まっていた。
++++++++++
「この方向だと恐らくアルフォレシアで間違いないかな? あー、でもこれは暴走してるねー……」
額の第三の目を見開き、リジャイが言った。
どうやらその目は魔力を見るのに優れているらしい。
口調こそあっけらかんとしているが、その表情は常より堅い。
「暴走だと!?」
リジャイの言を聞いたムエイが、茫然とした様に呟いた。そして立ち上がると、そのまま部屋を出て行こうとする。
「待て! どこに行く!?」
ロイがムエイの腕をとった。
だが、彼はその手を乱暴に振り払う。
「暴走を止める!!」
そう叫ぶとまた出て行こうとする。誰の目から見ても、今のムエイが焦り我を失っている事は明らかだ。
この場に居る者達は皆、冷静な彼しか知らない。なのでそんな彼の姿を見て、誰もとっさに動けずにいた。
しかし、常日頃から本能で行動するカムイがだけは動く事が出来たようである。
彼は素早くムエイを捕らえると、身動きが取れないように羽交い締めにした。
「だぁーら、待てって!」
「はなせっ!! このままでは早夜がっ!!」
「さや?」
リジャイの眉がピクリと上がる。
皆がその名を聞いた。
聞いた事のない名前である。
「サヤ? ではやはり、この魔力の持ち主はお主の知っておる者なのか?」
「いくらムエイ様の知り合いだからって、無謀すぎます! わたしたち、国境を出ればただではすまないですよ?」
「そうミョ! 首が飛ぶミョ!」
ロイ、ミリア、イーシェがそれぞれ言った。
「……ムエイ、正直に答えてね?」
その時、リジャイがムエイの前に立ち、静かに、そして真っ直ぐにムエイを見た。
「その早夜って誰? 君の何?」
ムエイもまた、リジャイを見据える。
いつものふざけた雰囲気は無く、その紫の瞳は真剣だった。
そんな彼の様子に、ムエイは意を決したように言った。
「……早夜は、俺の……妹だ……」
その場にいる一同は驚き、彼を見た。
「本名は、オミサヤと言う。本当なら異界の地で幸せに暮らしている筈だった」
早夜がこの世界に居る事。
ムエイは何故、と思い、そしてそれは自分のせいかと思い当たる。
早夜は自分を探しにこの世界に来たのだ。
苦い思いが胸を苛む。
リジャイは、悔やむように唇を噛んでいるムエイをじっと見ると、ニコッと笑い、彼の頭を撫でた。
思いもよらぬその行動に、ムエイは目を見開く。
「わかった。僕が行ってあげる。君の妹の暴走を止めてあげる」
その言葉にムエイは声を無くす。
「な、何を言っておる! 枷はどうなる!?」
ロイが叫んだ。
すると、今まで黙っていたピトが口を開く。
「フム。それなんジャが、一時的に発動を抑える事が可能ジャ……」
それを聞いたムエイが「じゃあ俺が……」と、言いそうになるのをリジャイが止めた。
「今それが出来るのは、僕だけなんだよね。悪いけど……」
「そうジャ。今までちょくちょくリジャイの枷をいじくっとった。ジャから、発動を抑えると言ったのは、リジャイの枷の事ジャよ」
「だけどね、不完全だから何が起きるか分からないや」
何でもない事の様に笑いながら手を翳すと、自分の足元に魔法陣を出現させた。
そして、ピトは懐から四角い箱のようなものを取り出し彼に渡す。
リジャイはそれを受け取ると、自分の枷に触れさせた。
すると、見る間にその箱が解け、淡く魔導の光を発しながら枷を覆ってゆく。
それを確認したリジャイは満足げに頷き、皆の方を振り返った。
「それじゃあ、行ってくるね」
まるで、ちょっとそこまで散歩にでも出かけてるかのような軽い口調のリジャイに、ムエイは何か言葉をかけたかったが、何も出てこなかった。
そんな彼を見て、リジャイはクスリと笑う。
「今から心の準備をしとくといいよ。帰ってきたら君の血飲ませてもらうからね」
「わ、わかった! いくらでも飲ませてやる! だから……」
だから無事に帰って来い、と言おうとする。リジャイはそれが分かったのか、こくんと頷いた。
出会った最初の頃は、怪しく油断ならない男だと思っていた。いや、それは今も変わらない彼に対する印象であったが、今回のことに関しては信頼を寄せているムエイ。
普段が飄々としているからこそ、今彼は真剣に事に当たろうとしていることがありありと分かったのである。
一体何が彼の琴線に触れたのかは分からない。けれどムエイは今の彼なら信じられると思ったのだ。
そして、当のリジャイはと言うと、皆に見守られる中、足元の魔法陣を発動させる。
途端に輝きだす魔法陣の中で、最後にリジャイは、あの彼特有の爬虫類を思わせる笑みで、いたずらっぽくこう言った。
「でも、今一番飲みたいのは、その早夜って娘の血かもねー。すんごくおいしそー」
そして、「バイバーイ」と手を振りながら消えていったのである。
後には、あんぐりと口を開けたムエイとロイ。
「結局そういう事かーーー!!」
ロイの叫びが空しく響いていった。