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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第二章》
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4.王子ナイール

 城の中はさっきまでいた場所と違い、煌びやかで派手だった。それに、外で感じた以上に涼しく過ごし易い。常に新鮮な空気を感じる。

 建物自体に何か術が掛けられているようである。

 バレてはいないとは言え、敵陣の中という事もあり多少神経を尖らせていたが、その城の中の様子に物珍し気に辺りを見回してしまう。


「王子の執務室はこっちなのだ」


 そう言ってロイの示す先は、城の奥。

 そちらは少々薄暗く、先程のような派手さはない。奥に行けば行くほど、それは顕著になってゆくようだった。

 そして、大きな扉の前に辿り着くと、ロイが振り返って『よいか?』と声を顰めて訊ねてくる。ムエイはそんな彼に頷くと、背筋を正した。

 ロイも頷き扉をノックする。

 すぐに返事がきた。


「どうぞ、入って」


 思った以上に若い声。

 その声を確認し、ロイはその扉を開けた。


「ナイール王子、例の異界人を連れてきたぞ」


 ロイが声に此方に顔を向ける王子ナイール。彼はムエイよりも若く見えた。

 砂漠の国特有の褐色の肌をしており、その髪もこげ茶色。ただ、瞳だけはオアシスの泉の様に澄んだ水色をしている。

 彼は入ってきた者達を見てフッと笑った。


「初めまして。私がこの国の王子、ナイールです。リジャイから君の事は聞いているよ。名前はムエイと言うんだね」


 そして、ムエイの頭から爪先まで、じっくりと観察した。


「なるほど。本当に髪も瞳も黒いんだね。まるで、アルフォレシアの“魔眼使い”のようだ……」


 思わずギクリとするムエイとロイ。

 何とか表に出さずにいると、カムイがムエイの肩に手を置いて言った。


「ナイール王子! こいつ凄いんだゼ!! この俺を片手一本でひっくり返しちまったんだ!」


 それを聞いたナイールは、目を見開いて感心したように息を吐くと、もう一度ムエイを見返してくる。


「それは凄いね。岩をも砕くカムイを片手一本でだなんて……でも、何でカムイまでここにいるのかな?」

「別にいいじゃねーか! それに俺はこいつが気に入った!! ナイール王子もきっと気に入ると見た!」


 不思議そうなナイールにニカリと白い歯を見せるカムイ。それからガハハと豪快に笑われてしまえば、肩を竦め苦笑を返すしかない。

 ナイールはそうやって困ったような顔をしていたが、


「そう決め付けられてもね……ムエイ、他に君は何が出来るのかな?」


 と、不意に目を向けられ問われたムエイは、考えるように口元に手を置く。


「そうですね……私は剣を扱いますが、魔法も少々使います。まぁ、役に立つかどうかは、王子が決める事ですが……」


 その様に言いながらナイールを見るムエイの目は、どこか挑むようであった。

 その言葉の真意は『自分の力をどう生かすかは、王子しだいだ』と、こうだ。

 王子もそれに気付いたようで、探るようにムエイを見る。

 そして、ふっと肩の力を抜くと、


「なるほど、なかなか面白い人だね君は……まぁいいだろう。君もロイロイやカムイと同じよう扱うよう言っておくよ。後で、自由に歩き回れるよう、手配しておこう。

 ん? どうしたんだい?」


 ふと目に映ったロイは、あんぐりと口を開き固まっていた。


「ロイロイどこか具合でも……あ、そうか。すまないね、ロイ。リジャイからいつも話を聞いていたから、この呼び名が移ってしまったようだ。気を悪くしたかな?」


 困ったように聞く王子に、それでも引きつった顔ながらロイは首を振った。


「イ、イヤ、気にしていない……大丈夫だ……」

「……そうか、ならいいのだけれど……」


 そこでナイールは、ムエイを見て何かに気付いた。


「おや? 君、それは何だい?」


 彼が見ている物、それはあのセレンのお守りだった。

 ムエイはハッとしてそれを隠そうとしたが、一足遅くナイールに取り上げられてしまった。


「……これは……」


 それを難しい顔で見つめ呟くと、目だけをムエイに向ける。


「確かこれはアルフォレシアに伝わるお守りだった筈……」


 途端に部屋の中は緊迫した空気に包まれる。

 カムイはこの中で一人、きょとんとした顔で取り残されている。


「……このお守りはよく妻が夫に渡すものとされている。そしてそのお守りに使われる主な物、それは女性の髪とされる……このお守りに使われてる髪は見た所銀髪だよね。アルフォレシアで銀髪の女性は、私の知っている限りでは、王妃のシルフィーヌとその娘のセレンティーナ……だけだった筈……」


 ピリピリとした空気の中、ナイールはスッと目を細め此方を見てくる。底冷えのするその青い瞳を前に、ムエイは背に冷たい汗が流れるのを感じた。

 年齢こそ若いが、他国の情勢や人間関係などを把握している知識の豊富さ。そして人と対峙し見極める事。

 その事で、彼がどれだけ勤勉で相当の場数を踏んでいるかが窺える。


「確かアルフォレシアの魔眼使いが、王女のセレンティーナと婚約していた筈だけど……」


 ナイールの追及は止まらない。

 だが、ナイールが更なる追求に口を開こうとした時、聞き覚えのある声が降ってきた。


「それは、僕が拾って彼にあげた物だよ」


 スタッと着地する三つ目の男。


「っ!! リジャイ、キサマ何処から出てくるのだ!?」


 驚きの声を上げるロイ。天井を見たが、どこにも入ってこられるような場所はない。まるで空間そのものから湧いて出たかのような……。

 ムエイやカムイも驚いている中、ナイール王子だけは慣れているのか平然としていた。


「リジャイ、それはどういう事かな」

「どういう事も何も、そのお守りは木の上に引っかかってたんだ。恐らく鳥が運んだんだろうね。僕も何だろうと思って拾ったんだけど、それをムエイがジーッと見てたから、欲しいのかと思ってあげたんだ」


 何処までも軽く、何でもない事のように肩を竦めて見せる。そして、どこからともなく一本の剣を取り出すと、それをムエイに投げて寄越した。


「ほい。君、剣使うって言ってたでしょ? 良いの拾っておいたよー」


 息をするように自然と嘘をつく彼を、呆然とした様子で見つめるムエイとロイ。よくあんな風に湧いてくるなと思っていた。

 ナイールも何処か釈然としない様子でリジャイを見つめていたが、やがて諦めた様に溜息を吐いた。


「リジャイ、君がそう言うのなら私はその言葉を信じるしかないな。それよりも私の言った事はやってきてくれたのかい?」


 そう言って澄んだ泉の様なその目をリジャイに向ける。

 リジャイはそんな彼に、あの爬虫類を思わせる笑みを浮かべて答えた。


「んもーばっちり。用事はきっちり済ませてきたよ」


 その言葉にナイールは満足そうに頷き、改めてムエイに向き直った。


「ようこそムエイ。君はこれより、このクラジバールの住人だ」


 こうしてムエイは、一時的だがクラジバールの人間になったのだった。




「君達に言っておきたいのだけれど、いくら自由に出歩けるとは言え、私の居るこの別館以外はあまり出歩かないで欲しい。分かっているとは思うけど、この国の人間はあまり異界人を快く思っていないからね」


 ナイール王子がムエイ達に忠告した。


「ナイール王子、貴方は如何なのです?」


 ムエイがそう聞くと、ナイールはフッと笑い、


「私は変わっているのさ、君達に親しみさえ感じているよ? ただ、敵だと言うのなら……私はそれを排除するだけだ」


 そう言った彼は、またあの底冷えのする瞳でムエイを見つめた。

 だがすぐに笑顔に戻り、


「まぁ、そんな人間はまず此処にはいないだろうけどね」


 と、声を出して笑ったのである。






「いや、心臓に悪いぞ、あれは……」


 先刻の事を思い出し、汗を拭うロイ。

 今、ムエイ達は城の外を歩いている。


「あれは間違いなく、俺の正体に気付いているよな……」


 あのナイールの鋭く追求してくる眼差しを思い出し、ムエイは口元に手を置き考えた。

(だったら何故、そのまま捕らえようとしなかったんだ? もしくは何か企んでいるのか……それとも、あのリジャイのせいなのか?)

 自然と視線がリジャイに向く。

(それ程の信頼を寄せていると言う事か? それとも弱みを握られているとか……)

 すると、その視線に気付いたリジャイが此方を振り返った。


「ん? 何? ムエイ」

「いや、何でもない……」


 ムエイは首を振った。


「なー、さっきから心臓に悪いだの、正体だの何の話だ?」


 一人蚊帳の外なカムイが不思議そうな顔をしている。


「いや、こっちの話だ」

「そーそー、ムイムイはなーんにも気にする事ないよー」

「っ!? ム、ムイムイッ!? それはカムイの事か? 何でキサマのあだ名は本名より長いのだ!」

「ははは!! ムイムイか、おもしれー!!」

「っ!!? 何だ、何故怒らんのだ!? こんな変な名は嫌だろう!?」


 愉快そうに笑うカムイにロイは、信じられないという様な顔をしている。


「えー? いーじゃんムイムイ。可愛いじゃん」

「カワイイッ!? 可愛いだと!? この筋肉馬鹿に可愛さを求めるのかキサマはっ!?」

「ガハハ!! かわいいは良かったなっ!」


 そんな三人の様子を、ウンザリした様に見ているムエイ。


「なぁ、名前の事はいいから、戻らないか? 俺は何か疲れた……」


 ロイは勢いよく振り返り、ムエイを指差しリジャイに言った。


「じゃあムエイはどうなるっ!? ムエムエかっ? エイエイか!」


 するとリジャイは、眉を顰めて不機嫌そうに言う。


「えー!? ムエイはムエイだよー。何その変なあだ名ー」

「〜〜〜〜っ!!」


 声にならない声を上げるロイ。相当の腹立たしさと苛立ちを覚えているようである。

 まだ出会って間もないながらも、その金色の獣人に愛着を感じてきたムエイは、何だか彼が可哀想になるのだった。





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