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異界の旅人  作者: ろーりんぐ
《第二章》
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2.囚われ人

「そういえば、自己紹介まだなんじゃないの?」


 三つ目の男が言うと、獣人が「そうだった」とリュウキに向き直る。


「お主の名はもう知っている。魔眼使いのリュウキであろう? 我の名は、ヴァ・ロイ。ロイと呼んでくれ」

「僕はリジャイ・クー。ジャイジャイ、それかクーちゃんでも良いよ」


 そう言った三つ目の男リジャイに、獣人ロイはブワッと毛を逆立てると叫んだ。


「ヤメロ! 気色悪い!!」

「えー? いーじゃんかー、ロイロイのけちー」


 ブーイングと共に唇を尖らせるリジャイに、ロイはまたもや毛を逆立てる。


「ケチで言ってるのではないわっ!! それにいい歳をしてそのような顔をするな! っていうかロイロイ言うなっ!!」


 そうやって叫ぶ様はロイには悪いが、何処か威嚇した犬を思わせる。

 リュウキはそんな2人の様子についてゆけず、完全に取り残されていた。

 そのまま蚊帳の外かと思われた矢先、リジャイがこちらに向かって何事か告げる。


「あ、そうそう。君さ、一応この国では異界人って事で報告されてるから。何か言われてもそういう方向で話進めてね。

 とまぁ、そーゆー訳でぇ……君はもうこの国の“囚われ人”って事だから! そこんとこよろしく!」


 そう告げる様はどこか楽しそうであった。

 そんなリジャイの言葉にリュウキは首を傾げ、問うようにロイの方を見る。

 しかしその問い掛けに彼は答える事はない。逆に申し訳なさそうに顔を背けている。


「ロイロイってば優しいからね。さっき聞いたとおり、ロイロイは君を逃がそうとした。でもそれは、僕らにとって死と隣り合わせの行為なんだ」


 そして自分の首を示す。

 そこには銀の首輪がはまっていた。繋ぎ目等は一切見当たらない、綺麗で艶やかな輪っかだった。


「これは枷なんだ。ここに呼び出された異界人は皆着けてる。これのせいで、僕らは逃げられないし逆らえない。逆らったら最後、僕らの首は“ポーン”と弾け飛んじゃうからね」


 そう言って、上空に向かい勢いよく両手を広げる。どうやら彼なりに“ポーン”を表現してるらしい。


「後、この国を出ようとしたり、無理矢理外そうとしたりしても、この枷の呪は発動するらしいから」


 そこで漸く、リュウキは自分の格好に気付いた。

 この国特有の衣装。眠っている間に着替えさせられたらしい。

 そしてふと首に触れると、リジャイやロイと同じような輪っかが着けられていた。


「あ、気付いちゃった? ごめんねー、寝てる間につけちゃった。報告しちゃった以上、それをつけるのが原則なんだ」


 謝っているのにも関わらず、その口調は軽く、全くすまなそうじゃない。寧ろ楽しそうな雰囲気で言ってくる。

 逆にロイは、先程よりも耳と尻尾が項垂れている。


「この枷さえなければ、今すぐあの王を殺してやるものを」


 そんな物騒な事を呟くロイ。


 リュウキはぼんやりとした様子でロイを眺めていた。

 彼の金色の髪を見ていると、リカルドの事を思い出す。

(あれから一体どうなったんだ? せめて彼らに生きている事を教えられればいいんだが……)

 彼の性格は長い付き合いで分かり切っている。

 楽観的に見えて意外に繊細な彼は、恐らく今回の騒動の事で酷く落ち込んでいる事だろう。自分のせいだと悔やんで。

 まぁ実際、彼のせいというか不用意な行動が要因となった事は間違いではないのだが……。

 しかし、あれがなければもっと甚大な被害が出ていたかもしれないのだ。

 恐らく、責任を感じた彼は、全力で戦に取り組むか、落ち込みすぎて何も手に付かないかのどちらかであろう。

 だが、やる気になれば勝てない戦ではない筈だ。彼の傍にはカートもいる。

 あの男、いい加減そうに見えて、十二の頃より戦の先頭に立つ様な(つわもの)である。

 ミヒャエル殿下も、カートのような人間ならばリカルドも安心するのでは、と思ったのだろう。

 それから―――。


(それから早夜はどうしたんだ?)

 自分の中に意識を持っていくが、今は何も感じない。

 早夜が夢を見ている時、リュウキの方は意識を向ければ彼女の存在を自身の内に感じる事が出来た。

 そして自分もまた、夢の中で彼女の世界を見ていた事もある。だがそれは、酷く曖昧なもので、早夜が見ている物程しっかり見えているわけではない。ただ、早夜の姿、周りの人物、そして環境などは、何と無く把握できた。


 ここに飛ばされる直前にした早夜との約束。それを思い出し、フッと笑う。

(どうやら、まだその時じゃないらしい……)



「ああ、そうだリュウキよ。これはお主の物だろう?」


 そう言って取り出されたのは銀色の髪が編み込まれた、セレンのお守りだった。

 ロイはリュウキの元まで近づくとそれを手渡す。


「お前の鎧や服は捨ててしまうしかなかったが、これだけは何か大事な物に思えてな。取っておいたのだ」


 そして手渡す時に、リュウキの耳元でボソリと囁く。


『……あまりリジャイに近づかぬ方がいい、こやつは少々危険だ……』


「あはは、聞こえてるよ?」


 大分小さく囁いたつもりのようだったが、彼にはしっかりと聞こえていたらしい。

 けれどリジャイは全く気にした素振りも無く、寧ろ楽しそうに笑っている。

 そしてわざとらしく溜息を吐くと、肩をすくめた。


「酷いな。僕はいつだって、安心安全な男を目指してるのに」


 ロイはまたもや毛を逆立てる事となる。


「どの口がそのような事を言うかっ!! 人を切り刻んで血を飲むような奴が安心安全な訳が無かろう!!」

「ええー? 殺さないんだから良いんじゃないの?」

「殺す殺さないの問題じゃあないわっ!!」

「僕ってばそういう種族なんだよー、定期的に飲まないと発狂しちゃうのー」


 内容は重いのに、軽い調子でふざけて言うリジャイ。やはり何を考えているのか分からない。


「キサマは既に狂っておるわっ! この者を見逃したのも、どうせ血が目当てだったのだろう? ……ハッ、そうか!! あの時ワザと我に恩を売ったな? 我の血が目的か!?」


 嫌な予想にロイはゾワゾワと鳥肌を立てて後退る。

 その様子が面白かったのか、リジャイは楽しげに笑った。


「えー!? 心外だなー……でも、興味はあるかな。魔眼使いの血かぁ、どんな味だろう……?」


 笑いを治めると、リジャイはうっとりとリュウキを見た。今度は、リュウキが後退る番だった。


「あー……でも君の場合……中の上ってとこかな……」

「な、何が……?」

「何がって、味だよ味。君の場合、魔力が普通の魔術師よりちょっと上くらいだからね。それに、魔眼の力も加えると丁度その位かなって」


 その答えを聞いて、リュウキは聞き返した事を後悔した。しかしリジャイは止まらない。


「僕にとって血の味は、その人の魔力と比例するんだ。つまり、魔力が強ければ強いほど、僕にとってその血は美味しくなる。その点で言えば、ロイロイの血は極上の味だよね……借りの件、忘れないでね……」


 リュウキに向けていた視線をロイに戻し、じゅるりと口元を拭うと、リジャイはニィーとあの独特の笑い方をした。


「や、やめろ!! 気色悪い! 血だけはキサマに絶対にやらん! それ以外でこの借りを返す!」

「えー、いーじゃん。血の一滴や二滴、減るもんじゃなし……」

「減るわ!! 馬鹿者!」

「あ、そうそう。君、名前どうする?」

「は?」


 リジャイに唐突に話を振られ、リュウキは戸惑って気の抜けた声を出してしまう。


「だからね? そのままリュウキじゃまずいでしょ? この国でも君の名前は結構有名だからね」


 その言葉でようやっと理解したリュウキ。ロイも納得するように頷いた。


「それは失念していたな……。

 リュウキ、仮の名とは言えお主の名だ。そこな男に頼んだが最後、恥を掻く名を付けられるに決まっているのだ。

 ならいっそ自分で付けた方がましだろう。自分で何か無いのか?」


 なるほど、とリュウキも納得し、思案するように口元に手を置くと、ボソリと一言。


「……ムエイ、ではどうだろう……」


 何故かその言葉にリジャイがピクリと眉を上げた。目を眇めリュウキを見つめる。

 何処か探る様な眼差しであったが、すぐに表情を変え、誰にも気付かれる事は無かった。


「へー、ムエイか。なになに? 知り合いの名前か何か?」


 細い目を好奇心で見開かせて、ずいっと顔を近づかせた。そうすると、彼の目の色は紫だと分かる。

 そんな態度の彼に多少たじろぎ、躊躇いながらも質問に答えた。


「……兄の名だ……」


 その答えに驚愕するロイとリジャイ。


「お主、兄がいたのか……」

「まぁ、彼も異世界からやって来たんだしね……前の世界に家族がいるに決まってるよね……」


 愕然としているロイに対し、リジャイは驚きながらも納得してみせた。けれど次の瞬間、鼻の頭がくっつきそうなほど顔を近づけてきた。


「もしかして、家族全員が魔眼使いなのかい? そのお兄さんとかも?」


 先程よりも更に目を見開いて訊いてくるリジャイ。そんな彼に少し引きつつリュウキは答えた。


「いや……これは母から受け継いだものだが。兄か……兄は体が弱くてな。魔眼を使うには体力も魔力も無さ過ぎたんだ」

「ふーん、そーなんだー……」


 それを聞くと、急に興味を無くしたという様にリジャイはリュウキから離れる。その顔は、何かを考える様に深く思案しているようだった。


「っ!? なっ! キサマ、自分から聞いておいて、何なのだその態度は! もうちょっと相手に敬意を示さんかっ!」

「えー? めんどくさいよー。でもいい名前だね? ムエイって」


 まだ文句を言いたそうなロイを無視して、リジャイはリュウキに向き直った。


「じゃあ、名前はムエイでいいとして、次はその髪型だよね。ずるずる長くて邪魔そうだし、何より目立つよ? 君の特徴知ってる人が見たら気付かれちゃうかもだし……よし! 分かった、切ろう!!」


 リジャイは何処からともなく、細身のナイフを取り出した。その表情は楽しそうだ。


「ま、待て、お前が……しかもそのナイフで切るのか?」


 はっきり言って、未だ不信感のある奴に背後をとられる行為は抵抗を感じる。

 リュウキが慌てて後ろに下がった。


「えー? 何そんなに慌ててるの? 僕上手いよ? 伊達に色んなもの切り刻んでないよ?

 大丈夫、痛くしないし、すごく自然に仕上げてあげるから」


(痛いってどういう事だ!? 痛いって……)

 心の中で突っ込みつつリュウキはロイを見た。何だ、という風に首を傾げるロイ。

 正直、逃げ道として期待したが、こちらの意図には気付いていないようである。


「ン? ロイロイは止めておいた方がいいよ? 彼不器用だから、大変な事になると思うし? それに自分で切るには無理があるでしょ? 後ろの方とか……ほらほら僕に任せちゃいなよ」


 自分でやると言おうとしたが先手を打たれてしまう。

 本当に何処までも楽しそうなリジャイに、少々不安は残るものの、リュウキは一先ず諦めて彼に任せる事にした。


「それじゃ、始めるね!」


 その声はウキウキと弾んで、まるで新しい玩具を手に入れた子供のような雰囲気を醸し出している。

 その事が余計に不安を助長させているのだが、更にナイフを追加していったのでそこに恐怖感も付属された。

 どうしてそれ程のナイフが必要なのか。

 しかし彼はそれらを指に挟み込み、実に器用にハサミのように動かしだした。

 リュウキの髪を掬い取ると、肩の辺りからバッサリと切る。床に落ちた髪の長さに、少々ギョッとしてしまう。

 惜しいという女々しさはなかったが、長年あったものが無くなるというのはやはり落ち着かないものだ。


「ずいぶんと長く切るんだな……」

「うん。この方がイメージ変わるでしょ? それにしてもまったく癖のない髪だね。これだと結わえるの大変なんじゃない? 縛ったそばから解けるとかさ。

 あ、わざと癖つけるいい?」


 コロコロと話を変えてくるリジャイ。訊ねてきた質問に、どこか諦めたように好きにしてくれと呟く。

 ある意味、負けを認めた瞬間であった。


「僕がこうしてる間、ロイロイは話進めちゃいなよ」

「だから、ロイロイと呼ぶな! まったく……では、これからの事を話すぞ」


 吠えるように怒鳴るロイはしかし、すぐに気持ちを切り替え、リュウキに話し始めた。




「リュウ……いやムエイ、お主はその後、この国の王子ナイールに会わねばならない。

 奴はこの国にいる異界人と、その異界人に関する事柄全般を取り仕切っている。ああ、そんなに緊張せずとも良い。あの王子は王とは違い、いくらか理解のある人間だ。異界人だからといって、ぞんざいに扱うような事はしない。

 お主の正体さえバレなければ大丈夫であろう。

 後はどれだけ役に立つか見せられれば、特別待遇を受ける事も出来るだろうな」

「そうそう。ロイロイってば、魔力の強さと魔術師としての腕を認められて、こんな屋敷に住んでるんだよー。スゴイよね!」

「だからロイロイと……あーもういい! そう言うお主も本当なら、屋敷ひとつ位貰えている筈だぞ!」


 ロイはリジャイを睨んだ。

 すると、彼はリュウキの髪を切る手は休めずに肩を竦める。


「えー? 僕、寝れれば何処でもいいよ。まぁ、ロイロイ本当なら、今頃前の世界で王様やってたんだもんねー。この屋敷でも狭いんじゃないの?」


 リュウキは驚いて彼の方を見た。しかしすぐにリジャイに戻される。


「はーい、頭うごかさなーい」


 顔を戻された際に一瞬見えた彼は、バツの悪そうな顔をしていた。


「ロイロイはね、前の世界では王族でさ。丁度、即位式の時にこっちに呼び出されちゃったんだってさ。

 あははー、間抜けだよねー」


 それは間抜けと言うんだろうか。

 でも言われてみれば、何処か気品のようなものも感じる。立ち居振る舞いも高貴な者を思わせた。

 そんなロイであったが、今は毛を逆立て、リジャイに抗議している。その様はやはり、威嚇する犬に見えて仕方がない。

 そうか、こんな行動を多く目にしていたから、彼の王族の高貴さが埋もれてしまったのか。

 リュウキは内心納得せざるを得なかった。


「ま、間抜けとは何だ、間抜けとはっ! あれは不可抗力であろう!? それにキサマは如何なのだ? 他人の事は言えぬであろうが!」

「あはは、そーかも。僕の場合、空間の狭間を漂ってたらさー、こっちの召喚の網に引っかかっちゃって、そんで引っ張り上げられたんだよねー」

「キサマは魚かっ!?」


 あっけらかんと言うリジャイにロイは突っ込む。

 どうでもいいが、自分を挟んでの掛け合いは止めて欲しいとリュウキは思った。




「はい、これで最後」


 シャキンと音を立てて最後の一房を切った。

 リジャイは正面に回ると、全体を見て満足そうに頷く。


「うん、終わり。お疲れさまー」


 そしてナイフを何処かへと消した。

 それを見て、一体何処にしまっているのだろうと不思議に思う。

 今着ている服では、何処にも隠せるような所はない。奴隷用の服と言うとおり、質素で薄い物なのだ。

 取り敢えず、魔法で何かしているのだろうと納得することにする。


「ほう……別人のようだな。髪型でこうも変わるとは驚きだ……」


 ロイもまた正面に回り全体を見て感心した様に言うと、得意げにリジャイが胸を張った。


「でしょー? わざと癖をつけて、ちょとワイルド系にしてみました」


 リュウキは前髪を摘んでみて、つんつんと引っ張ってみる。


「うーん……自分ではよく分からないが……」


 困惑気に言うリュウキに、リジャイはナイフと同様、何処からか鏡を取り出し手渡した。


「どうぞ、見て見てー。僕凄いでしょ?」


 鏡を覗いてみて驚いた。


 そこに“リュウキ”は存在しない。

 たった今、ここに“ムエイ”という男が誕生した。




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